1204:久しぶり、そして手伝い
朝だ。そして腹が減っている。どうやら昨日の夕飯ではちょい足りなかったらしく、アラームが鳴る前に自分の空腹感で目が覚めることになった。気分が悪いとかそういうわけではないので布団の効果は問題なく続いていることは確か。今日もありがとう。
朝食はハンバーガーの続き、今日の朝食でハンバーガー続きの食事もおしまいだ。最後のチーズデミグラスバーガーとポテトを温めると、早速かじりつく。
何種類かのチーズが合わさった複雑な旨味がいい感じに胃袋を刺激してくれている。朝からこれは中々にクるな。デミグラスソースもチーズと調和してバラバラになっていない。パティの量も充分用意されており、円盤のような一枚がパサッと乗っているような感じではない。これは中々に好感触。ポテトがいい感じに口の中をリセットしてくれるような薄い塩味のため、ガツガツ行けるのもポイントだ。
ふぅ……色々食べたが、どれもそれぞれ特色があって面白いイベントだった。また旅行か会談か仕事で東京へ行った時は似たようなことをやろう。旅行の楽しみが増えたな。ファーストフード食べ歩き、というのも楽しめるということが解った。次は地方にないファミレスへ通い続けるのもいいかもしれん。各店舗の山盛りポテトの標高を競ったりするのだ。
さて、朝食を食べたので昼食づくりだ。ボア肉のカツサンドを作るぞ。いつものボア肉を切って食パンの大きさになるように叩いて伸ばすと、塩コショウで味付けして小麦粉卵液パン粉とくぐらせて油の中にイン。揚がるのを待ってから二度揚げ。それを二回繰り返し、揚がり立てのまま保管庫に一時避難。ゆっくり時間を待ってる間に油の温度を上げて二度揚げ。しっかりした揚げ具合を確認したところで、パンにバターを塗りキャベツを敷いて、揚げたてのカツサンドを挟み込んでまな板でグッと押し込んで厚みを抑える。
カツサンドだけだと栄養が偏るので、何時ものサラダサンドも作る。こっちはバターではなくマヨネーズを塗り、レタスとトマトと……セノに渡さなかった分のツナ缶がまだあったな、これを挟んで二種類のサンドイッチが出来上がった。斜めに切れ込みを入れて二つずつにしたので実質四つ。食事としてはそこそこの量になった。余ったツナ缶は今胃袋に入れて、魚の油のいい部分を肉体に入れて健康的になろう。ちょっとマヨも足したが、ツナ缶だけでもそこそこ腹に溜まるもんだな。
後は時間までニュースをつけながら出勤時間を待つ。会談の話はひとまず収束したのか、ダンジョン特集みたいなものは組まれなくなってきた。もしくは信頼できる情報元を確保した上でちゃんとした番組内のコーナーとして特集するんだろう。もしあの時時給千二百万につられて数分のインタビューをされていたらこういう番組にも乗るチャンスがあったのかと思うとちょっとおしいが、同時に大人しくダンジョンに籠れなくなることも理解したため、あの断り方でよかったんだな、と学習しておく。
柄、ヨシ!
圧切、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
車、ヨシ!
レーキ、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。久しぶりの芽生さんとの探索だ、気合入れていこう。二人で三億をめざしてがんばるのだ。
◇◆◇◆◇◆◇
小西ダンジョンに着くと芽生さんはもう着替えて装備をそろえて待っていた。
「見てください、これが新作の槍です」
こっちに槍を突き出して見せて来る。確かに、穂の部分も含めて全体的に変わっている。穂の色は俺の圧切と同じ輝きを放っているのでダンジョニウム製の金属部分であることは間違いないらしい。槍の長さもちょっと変わっているな。後は……石突が前よりシンプルになっているかな? 後は穂の部分も前より少し長くなっているな。
「どうやらいい感じに作ってもらったみたいだな」
「そうですよ。二回ほどリテイクして改造してもらった私のための武器です。これぞ一張羅って感じですねえ」
流石にギルドの建物の中なのでぶんぶん振り回すことこそしていないものの、早く試し切りをしてみたいというのが伝わってくる。
「じゃあ早速行くか。いつも通り茂君ダッシュから五十六層、そこから指輪集めで良いかな」
「いいですよー、日々確実な金額を稼ぐというのは大事ですからね。もう数十億稼いでるとはいえ税金でかなり持っていかれるんですしその分差し引いてもお金はあるのが大事ですから」
入ダン手続きを終えてリヤカー、七層から茂君を経由して五十六層までの長いエレベーターの間に、情報の共有をしておく。
「というわけで、わざわざ小西まで来てくれたのに申し訳ないんだけど取材はお断りということになった」
「格好いいのかどうかは微妙なラインの断り方でしたねえ。見方を変えればただの成金おじさんの世迷言だったかもしれません。俺に話を聞きたきゃ金を積め、というのは聞いてた他の探索者からしたら羨ましい話ではあるとは思いますが」
「でも断るにはちょうどいい言い訳だったからな。おかげで余計なメディア露出が増えなくて済む。その分ダンジョンに潜っていられるのも悪くない話だしな。ただ、かなり鼻が利く記者だったのは確かだな。ここまで追いかけてきて俺を特定するところまでセットで見ても、取材力は悪くなかったんだろうな」
「そこで金の話でダウン、というのはさすがにかわいそうでもあります。初回特典で一つだけ質問を受け付けてあげても良かったのでは? 」
一つだけ、イエスかノーで質問に答えましょう。というのも中々かっこいい話だったかもしれんな。次にたどりついた記者がいれば試してみようかな。
「そういえば今日はセノさんは来ませんね」
「セノには仕事をしてもらっているからな。海外のダンジョンマスターを引き抜いて日本付近のダンジョンマスターとして活動をしてもらえるようにならないかというお願いをしてみた。おそらくガンテツの所に行って、そこから情報を得ていま説得の真っ最中というところかもしれない。いつ結果が返ってくるか解らないが、なんとも楽しみだよ」
「日本としてはダンジョンを増やす方向性でいくんですか」
「日本としては、というより、ダンジョンを新しく作るならそれっぽい所を誂えるからそこを中心にして探索者を呼び込んで周辺地域の活性化をもくろむ……みたいな話らしい。国家事業として職場を誘致するからその周辺で生活してくれる探索者の活動の結果で地方活性化みたいな形にならないだろうか……みたいなことを考えてるらしいよ」
「それはまた大規模な話ですねえ。ダンジョン庁もダンジョンが減ることによる経済縮小を考えて、それなら職場の素を他から持ってこようという話になったってことでしょうねえ。どこまでうまくいくかは解りませんが、とりあえずやってみようってところですか」
探索者が周辺に住み着くかどうかはおいといて、数十人から数百人が入り込んで働く施設が近所に出来て、ダンジョンからはモンスターがあふれてこないのは証明されたわけなのだから危険視する必要はない。そうなれば、商業施設の一角にダンジョンがあってそこで働いてきて帰り道に買い物して帰ってくれるという流れは地元に金が落ちるパターンとして非常にいい。しかも金払いはいいんだから質でも量でもそれなりのものをそろえても問題ないと来ている。隣に住居の代わりにホテルがあってもいい。
「大きいシノギの話になりそうだな。呼びかけに応じてくれるダンジョンマスターが居てくれればそれが一番なんだろうが、実際にその場所が出来上がるまで待ってくれるかどうかと、どんなダンジョンを作るかについて相談が出来る場所がないということが問題か。この間の会談みたいに毎回高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンの一層を借りて軽く雑談、とかそういう話になれば早いんだろうけど、マーカーも何もつけてない一般公務員のところに迷わずたどり着けるかどうかは別の話だよな」
「その点洋一さんや南城さんは便利ですよね。向こうから勝手にこっちへ来てくれて色々と相談にも乗れるし通訳もできるし、洋一さんにおいてはその辺の流れまでちゃんと読みつつ外付けの思考回路としてダンジョン庁に話を持っていくことが出来ますから。これを機に洋一さんもダンジョン庁に入庁しますか? 歓迎されると思いますよ」
「今後はダンジョン庁とどうやって対話していくかが課題になるわけか。いっそのこと、どこかにダンジョンマスタールームしか存在しないダンジョンを一つ作ってそこで通信を利用してダンジョン庁と対話する、みたいな形に出来ればベターなんだろうけどな」
ダンジョンマスターの集まるダンジョンとしていつでも踏破できるダンジョンを一つ用意しておいて、暇ならそこに待機していてもらうというのも囲い込みの手段としてはアリだな。問題はそれをどこに作るかということだろう。流石に長官室の一部屋がいきなりダンジョンに変わってそこでお互い対話をしていく……というのが理想形ではあるか。ただ、長官とダンジョンマスターの間にそれだけの友好的関係を築いているかと言うとそれはまだ、という感じなので段階を経てそういうものを作っていくのは必要かもしれないな。
「何にせよ、しばらくは俺は何もしなくて良さそうだな。今年いっぱいぐらいはゆっくり探索をしつつ、ミルコが次を作ってくれることを楽しみに待ってるよ。どうやら新階層は通信も通じるようにしてくれるらしいからな」
「ということは七十層到着記念に生配信とかできるわけですか。長官やギルマス相手に七十層はこんな所ですと紹介できるわけですね」
「そうなる。リアルタイムで色々出来るから質問に答えたり走り回ったり好き放題出来そうだ。通信環境を整えるのに少しばかり時間をもらうとは言ってたからそれまでじっと待つ時間かな。思えばこの夏休みは我慢の夏休みだったな」
「まさか初手からコケるとは思ってなかったですからね。それでも続きを作ってくれているミルコ君には感謝ですねえ」
そうだ、感謝で思い出した。今のうちに感謝のおすそ分けをしておこう。コーラとミントタブレットとお菓子を並べて手を二拍。
「感謝、感謝」
するとすぐさまお菓子は消え去った。どうやらバッチリ見ている途中だったようだ。ダンジョンマスターにも休憩は必要だからな。その休憩がてらこっちを覗いていた、そういうことにしておこう。
エレベーターが五十六層に到着し、早速車を出してレーキを取り付ける。あまりスピードを出さなければ問題なくタイヤ痕を消してくれるという便利アイテムだ。これによって数十万から百数十万円分の利益を上積みすることができるから今日もやらない理由はない。ここ最近五十五層で戦闘を続けていてもまだ後発組が追いついてこない所を考えてもしばらくは続けられそうな儀式である。
早速二人乗り込み、安全運転でギリギリのラインを攻めつつ移動スピードを上げていく。時速二十キロから三十キロの間がギリギリセーフラインということも解った。これ以上上げるとさすがにちょっとした砂の高さの有り様でレーキがはねてタイヤ跡が残る可能性が高い。それでも歩くのに比べて十分な速度を確保できているこの車の乗り心地は悪くない。保管庫に入っていたおかげで暑くもなく、冷房をわざわざかけるほどの距離でもなく……というのも相まって、移動するだけという面においてもかなり活躍してくれている。
五十七層の階段が近づき、他のパーティーの背中が見える。結衣さん達が今まさに五十七層へ下りようとしているのが見えている。軽くクラクションを鳴らし、こっちも到着したと知らせると、向こうも手を振っている。
階段前に停車し、レーキを車から外して車を保管庫に収納、最後に残ったタイヤ痕をレーキで綺麗にするとレーキも保管庫へ入れる。後片付けをしてから挨拶。
「おはよう」
「今日も車出勤ですか、ええ御身分ですなあ。あと、お土産御馳走様でした。みんなで美味しく頂きましたで」
階段を下りながらガヤガヤと二パーティーが同時に下りる。早速現れたガーゴイル二体を芽生さんが片方をスパッと新しい槍で両断する。どうやら切れ味のほうは問題ないらしい。二体目にもそのまま向かって一閃。
体のあちこちを確かめて不調がないようなことを確認すると、こっちに親指を立ててきた。どうやら新しい武器は無事体に馴染んでくれているらしい。
「今日のそっちの予定は? こっちはいつも通りの流れで行こうと思うんだけど」
「今日は六十層を目指すところですね。ボスはともかくとして、全体を回ってボス部屋以外を見回ってその後どうするかってところです。ボスに挑むなら……何か注意点はありますか」
「お、ボス情報聞いちゃってもいい感じなんだ」
「まあ失敗というか、怪我したくないのが一番ですからね。簡単攻略法があるならそれに越したことはないです」
横田さん的にはワクワク感よりも着実な攻略のほうが大事らしい。ボスの攻撃パターンと攻略方法、特に指輪を無理矢理外して相手の防御力を極限まで落とした後じゃないと攻撃が通らないことを念入りに教えておいた。
作者からのお願い
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
後毎度の誤字修正、感謝しております。