1200:ダンジョン誘致調整会議 一回目 1/2
side:ダンジョン庁外務省国交省ダンジョン誘致対策会議
会談から明けて、ダンジョン庁長官と外務省、そして国交省のそれぞれ任命された人員が一堂に会して第一回目の情報共有が為されることになった。
「しかし、久多良君が来るとは思わなかったよ。てっきりもう一つ上のポストを用意されてそこから人員が送られてくるもんだと思ってたけど」
「わっはっは。ちょっとポカミスやらかした直後だったもんでな。汚名返上のチャンスだから頑張って来いと背中を押されてきたわけだ」
国交省ダンジョン担当となったのは久多良、真中とは同期入庁で仲も悪くなく、ますます身内感が高まった話し合いとなった。
外務省からは引き続き小林がその任に当たることになった。小林は真中の大学の後輩にあたるため、ここも実質身内。身内で固められたのは偶然の一致とはいえ、お互いの利権や出世については心配するところはあまりない、という和やかな雰囲気で行われることになった。
「さて、何から話したもんかな。若干口約束で滑り気味だったとはいえ、国内にここにダンジョンを作ってくれれば発展の起爆剤になったり、逆にリゾート施設の一環としてダンジョンを誘致して地方活性化に一役買わせたい、という国交省の考えは私も納得できるところだ。私としても、また市街地のど真ん中にダンジョンを建てられて周辺をちょっと開けてもらう、という風にしなくてよくなりそうな分気が楽ではある」
「ダンジョンマスターから直接、ダンジョンからモンスターがあふれることはないと言わせた効果は大きかったと思いますよ。また、こちらから相談を持ち掛けても通訳一人居れば対話には困らないだけのインフラ設備を整えてくれたダンジョン庁には感謝しなきゃいけませんね」
小林が話を繋げる。あの会談の主目的はダンジョンマスターから直接その言葉を言わせて世間を安心させる、というのが第一であり、残りの文明を救うとかそういう話に関しては国家としては二番目以降の重要度ではあった。だが、ダンジョンで探索活動をするだけで助けになるならばそれに越したことがない、というのは外務省の仕事が増えないで済む楽な所である。
「いっそのことどこかの企業に大々的に土地を買い取らせて誘致させて、ホテルも建ててダンジョン周りには駐車場も作って、ついでに探索している本人以外の家族は一日周辺施設で遊んでいられるようなバブル時代の大規模ファミリーランド的な構想をぶち上げてもいいような気がしてくるな。多少主要幹線道路から外れることになるだろうが、候補地は選定することは出来る。その辺はこっちの仕事だからやってくれって言うならやらせてもらうことにする。流石に市街地のど真ん中に作ることは出来ないだろうが地方ならそれなりに土地が空いてるところがあるからな」
久多良としてはダンジョンを実際に誘致してそこを栄えさせることができるならそれでよし、といった感覚であろうか。どのような場所に作り上げるかまではまだ選定段階にすら入ってはいないが、とりあえず一番でかい箱の設計図ぐらいは頭に入れておけばそこから不要なものをオミットしていくことで一番コンパクトなダンジョンと駐車場とホテル、ぐらいが誘致できればいいだろうという姿勢だ。
「そのためにはまずはダンジョン側の意向をきちんとくみ取ることが大事だろうね。向こうはダンジョンを作って探索者を潜り込ませるのが仕事だ。そのダンジョンの仕組みについては用意した資料の通り、現状では新熊本第二ダンジョン以外で新しい仕組み、新しいドロップ品、新しいモンスターと言った一目で判別がつくようなダンジョンは発見されていない。そう言う意味では日本はダンジョン関連知識については世界に一歩先んじていると言っていい。今回の会談もそうだが、公的に日本はダンジョンマスター達と仲良くやってますよとアピールすることで他の国からの羨望のまなざしをもらうことにも成功している。欧州みたいに何処でも誰でもダンジョンに潜れる手段があってダンジョンマスターとの対話も出来ていたのに、早々とダンジョンを閉めてしまったおかげで次のダンジョンが現れるのがいつになるのか、なんて話にもなっているらしいからね。いっそのことその海外でダンジョンを作ってたダンジョンマスターにもこちらに来てもらって、日本で選定した場所に新しいギミックを用意してリニューアルオープンしてもらってもいいぐらいだと思っている」
一息に自分の欲望を吐き出した後、静かに茶をすする真中。多田野は今日は別件でおらず、三人だけの密談である。盗聴器があるかどうかはともかくとして、今会議を行っているこのダンジョン庁長官室は言いたい放題言える空間であることは確かだ。
「そうなるとしばらくは僕のほうは出番が無い感じですかね。ダンジョンマスターと頻繁に会話する為にはまた高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンに行くことになりますし、僕自身がダンジョンマスターとつながりがあるわけではなく、また通訳の彼? の協力を仰いで話し合いの場を設けることになりそうですが、彼はダンジョン庁に忠実でいてくれるんでしょうか」
小林としては降って湧いた話の渦中にいてまだ自分の立ち位置を決め切れずにいる。そもそも今日の会話自体が今後いい感じでやっていこうという第一回の顔合わせの段階である。自分自身の主張や動き回れる範囲、そして個人としてやれることに何があるのかを明確に理解するための話し合いだと気づいているのでうまく意見を出せずにいた。
「忠実かどうかで言えばノーになるかな。彼……安村さんっていうんだけどね。個人情報は七ページ目ぐらいに載っている。基本的には自由に活動してもらっているというのが現状だ。彼の行動にダンジョンマスターが付いて回るのは会談で話してた通り、彼の一挙一動はダンジョン内ではダンジョンマスター達に見られている形になる。だから彼の後ろについていけば確実にダンジョンマスターに会えることにはなるんだが、色々あって彼には小西ダンジョンの専属探索者になってもらっている。だから小林君にはまず彼と仲良くなってもらうのが最初の仕事になるんじゃないかな」
「まあ人脈作りは大事ですが……彼はそこまで重要人物なんですか? どこにでもいる感じの、ちょっと肉体労働者的なおじさんだという感じですが」
「ダンジョンマスターと出会うのは他の探索者やD部隊が最初だったが、向こう側の文明の情報やダンジョンに関する知識、今ダンジョン庁で出回っているダンジョン情報、ダンジョンにおけるエレベーターの設置、それから文科省に委託した魔結晶発電なんかはすべて彼の貢献がなければ誕生しなかったぐらいの重要人物ではある」
小林はそこまでの人なのか、と純粋に驚いていた。もし彼が最初から探索者として探索していたら今頃日本は世界に対してどれだけの情報的アドバンテージを得られていたことか。
「それって、彼が居ないと現状のダンジョン庁の立場が成り立ってないってことにもなりませんか」
「なるだろうね。それから彼個人の発案ということではないが、例えばこの枕。ダンジョン産のドロップ品で出来ているんだが、これで眠ると一時間で三時間寝たぐらいの気持ちよさを提供してくれる快眠グッズなんだ。厚労省あたりに売り込みをかけたらよく売れそうな商品じゃない? そういう商才も多少持っている。これはダンジョン庁の備品だからあげることは出来ないけど、疲れた時にこっちに来たら貸すことぐらいはできるよ」
「それは面白そうな商品だな。今度遊びに来るわ」
「うん、ぜひこの気持ちよさを味わってみてくれるといい。これを使ってフルに眠ると次の日が驚くように快調だよ」
真中と久多良が仲良さげに会話している。この二人は同期同士ワイワイやっているので小林の疎外感がより強まる。その間に、この安村という人物の人となりについて自分なりに考えることにした。
おそらく、表に出て自分から手柄や実力についてアピールする人ではないだろう。もしそうならダンジョン研究家やAランク探索者と共にメディアにも露出しているはずだ……いや、むしろ自主的に浅いダンジョンを攻略しに行ってAランクの探索者であることを理由に色んなことをしているはずだ。
しかし、そうなっていない現状を考えると、厄介ごとを持ち込まないように配慮しているのか、それとも裏方に徹することでそれ相応の……例えば金銭であるとか、ダンジョンマスターと直接会話できるという状況そのものを自分の利益として換算しているのか。
「彼っていくらぐらい稼いでるんでしょうかね。最深部に相当するところまで潜り込んでいるということはかなりの実力者なのでしょう? それこそAランク探索者がかすむぐらいに」
「そうだねえ、最後に報告があったのは六十八層までは潜り込めた、という話かな。ちゃんと六十八層を越えてダンジョンコアルームに入って、そこで仮眠とって帰ってきたことがあるとも言っていたね」
分析を更に進める。ちゃんと報告しているということは、小西ダンジョンを意図的に攻略せずにそのまま深く掘り進めていくことが目的だということは解った。他の目的は何かあるんだろうか。もしかしたら人情的なものをダンジョンマスターに求めているんだろうか。それとも……もしかしたら、通い出したのが小西ダンジョンで、通い慣れちゃったので今更他のダンジョンに動くのを面倒くさいと感じているんだろうか。だとしたら小西ダンジョンの近くに住居や荷物置き場的な場所を確保していてもおかしくはないだろう。そのあたりはどうしているのか。
「ちなみに、新熊本第二ダンジョンで通信が通っているのも一部は彼の功績によるものだ。表向きにはなってないがね、彼の周りにダンジョンマスターは集まりやすい性質を持っているらしい。新熊本第二ダンジョンのダンジョンマスター、たしかガンテツ氏だったかな。彼に新しいダンジョンのギミックは何が良いと聞かれた際に、電波が通じるようになればいいと話をつけて、そこから色々あって通信環境をダンジョン側に整備させることに成功したというのが事の顛末というわけだ」
それだけのことをしても一般探索者の振りを……いや実際は相当深くまで潜っているのだから一般探索者とはかけ離れた人物であることは解る。ますますわからなくなってきた。彼という人物について、もう一度会って話をして、そこから始めるのが自分の仕事か。後はダンジョンの向こう側の文明度の調査だな。どのくらいの文明レベルを維持していたのか。科学技術ではこちらに遠く及ばないものの、魔法というファンタジックな要素のおかげで文明レベルをより高く維持していた可能性もある。
やはり外務省として動くには情報が足りない。それに、外交という意味では数千年後、汚染された魔素が浄化されてからでもやり取りに支障はないだろうと明言されてしまってる以上、こっちで請け負うのはダンジョン側との通商ではなく、日本と国外に対する外交的やり取りの中にどうやってダンジョンの話を挟み込むのか。そう言う方向性に持っていったほうがまだ得が出来そうではある。
「これ、僕も探索者になったほうがいいんですかね……なんだかそういう気分になってきましたよ」
「うーん、止めはしないけどそれはちょっと時間の使い方が勿体ないから、小林君と安村さんの間にホットラインを作ってもらうのが最初じゃないかな。その為には私が仲介役として立つのが一番わかりやすいだろうね。もし、国に動いてもらうような話や日本と海外に対して意見を交わす時には小林君を通して外務省に一報を入れてもらえるようにする。そういう流れのほうが無理がないかな」
そういうと、真中は安村と小林の三人のグループチャットを起動して、安村へ小林の紹介を始めた。既読が付かない所を見るとダンジョンに潜ってる最中なんじゃないかという予想もつく。
真中は気楽な様子で今後彼を通してダンジョンマスターについて相談とかするかもしれないから友達登録よろしくねーとだけ送信してそのままスマホを仕舞った。真中の紹介とは言え、こんな重要人物と気軽に、しかもレインでやり取りをしてしまっていいんだろうかという気持ちもあるが、よほど重要なことでない限りは問題ないのか? と自分に納得させることにした。本当に重要な情報なら直接通話でやり取りするなり方法はいくらでもある。今はちゃんと誼を通じておく事のほうが大事だということを認識し直し、安村を友達登録しておくことにした。
「とりあえず久多良君のほうはそういう話が持ち上がるかもしれないからよろしく、っていうのを大手の不動産デベロッパーに向けてそれとなく匂わせておいてほしいんだよね。鉄道沿線なら鉄道系が引っかかるだろうし、郊外型ならそれこそ大手が土地を買いあさって誘致合戦を始めるかもしれないし、それなりに大きな施設になるなら周辺道路の補修や新規幹線道路の敷設なんかもあるだろうし」
「それはこっちの領分だな、とりあえずそういう話まで可能性があるとして精々鼻薬を嗅がせておくことにする」
小林は思った。割ととんでもないプロジェクトに参加する羽目になったんじゃないかと。
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