1198:やることは同じ
「そういうことならなお安心ですね。どうせダンジョンマスターも俺の視界を通して会談の件はそれなりの数のダンジョンマスターが見守っていたことになるでしょうし、会談が終わってここが話し切れてないとか、逆にこちらから疑問が増えたとか色々あるでしょうからそのあたりをちょっとずつ埋めていく感じで始動することになるでしょう。まずはちゃんと動きだせるだけの環境を整えることが第一でしょうし、その為の無線を一層にだけ通す、となるならまあ投資効率はそれほど悪くはないのかなと思います。ただ高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンみたいに七層まで通す必要もないとは思いますし……最悪、向こうのほうからそれをやってくれる可能性もあります」
「向こうのほうから、というのは? 」
そういえば、まだ報告してなかったんだっけ。
「新熊本第二ダンジョンは全階層でネットが使えることはもうご存じではあると思います」
「うん、そうだね。既存のダンジョンではそれに適応できないということも話に聞いている」
「じつは、既存のダンジョンでも今から作る深層については同じようにネット通信ができる可能性というのが示唆されてまして、もしかするとですが今後最深層……小西ダンジョンで言う六十九層以降に関してはネット通信ができるように改造されている可能性がゼロではないです」
そこまで言ってしまうと、ギルマスは右のこめかみの上あたりをカリカリとこすり始めた。マグカップの代わりはそこか。またギルマスの癖の一つを見つけてしまった。
「それはいいとして、もしダンジョンの改装が出来るのであれば現状のダンジョンの階層がすり替えられる、という可能性もゼロではないわけだよね? 」
「それは確かですが、その場合は階層内に探索者やモンスターが居ると改造不可能なので一時的に階層を封鎖してすり替える、といった形で工事が入る可能性はあると思います。後、近々七十層に到着した時点でミルコに一つ頼みごとをしようと思いまして。その頼みごとによっては一時的にエレベーターが使用不可能になる可能性もあります。その二点は先にお知らせしておいたほうがいいと思ってこの場で報告しておきます」
「エレベーターの改造案かね。具体的にどうなると良いと思ってるのかな」
ギルマスが、ほう……といった感じで質問を重ねて来る。
「現状のエレベーターだと仮に一層から七十層まで下りるまで五十分。往復で百分何もしない時間が出来ることになります。これを短縮して稼ぎの時間に充てたいと考えてまして。燃料として消費される魔結晶の量が増えるとしても、これの高速化をお願いしたいところなんですよね。他の探索者からしても、スピードアップしてエレベーターの待ち時間が減る分だけ料金が増えるならお得と感じる所があるかもしれません。自分も正直なところ、ここまで深く潜る予定がなかったので先を見通す力が足りてなかったかなと反省はしていますが」
具体的に何をどうするか、というところまでは決まっていないが、ついでに今までより広くエレベーターを設計し直してくれると助かる所ではある。新しいエレベーターに乗り換える間、既存のエレベーターが一時的に使えなくなるとしてもそれだけのうまみはあるとは思っているので実際にミルコに相談してみて、それをどう実装するかはその時になるまでは解らない所だが。
「まあ、どっちにしろ七十層が出来てからの話ということになりそうだし未来の話はこの辺で良さそうかな。とりあえず安村さんがそういう方針で進めていく……という話は聞けた。今回はそれでよしってことでしておくよ。他に話すことはあるかな」
考えてメモを見て、他に報告することはあったかどうか確認する。うん、よし、ないな。
「こんな所でしょうかね。こっちとしては次に報告する時はまた別のネタを持ってきますよ」
「そうしてちょうだい。じゃあ引き続き探索のほうよろしくね」
無事に報連相が終わったところでギルマスルームを出る。時間は……さすがに今から茂君をするのは無理が有るな。今日の行きはナシということにしておこう。
入ダン手続きをしてリヤカーを引いていつもの五十六層までの長い時間を待つ。いつも通りクロスワードをしていると、邪魔をしようとしてくる猫が一匹。
「邪魔だぞ、セノ」
「お主、せっかく我が遊びに来てやったのにその言い方はないじゃろ」
しょうがないな……とやれやれ感を出しながらしぶしぶクロスワードを片付けるが、正直なところ来てくれてほっとしている。同じ暇つぶしなら誰かと話している方がより気がまぎれるし、新たなインスピレーションを思い浮かべる可能性も高くなる。そう言う意味ではセノが来てくれたことは何よりも有り難いイベントである。
「先日はご苦労様じゃったの。おかげで少しは探索者側にも貢献が出来たところかのう? 」
「んー、今のところはそれほど、かもしれない。結局いつも通りに探索することが世の中のためであり、そっちの文明のためである、ということが周知できたのと、探索者以外の仕事をしている連中にも、実は異次元のお客様がご来訪してましたよという宣伝にはなったからな。そう言う意味ではこれからが大変だとは思うぞ。俺にも会わせろって連中が息巻いて現れてくるだろうからな」
実際の所、言語学や社会学、それから歴史の観点からして他の文明の在り方や言葉の有り様など、あっちの世界について我々が知ることは非常に少ない。それらすべてに答えることは不可能であり、あまり向こうにとって利益の有るものでないことは確かではあるが、それでも知識欲に駆られて動き出そうとしている人材は多いだろう。
「まあ、ちまちまとした相談があれば顔を合わせるたびに答える故、何かあったら気軽に呼びつけるがよいて。どうせお主もエレベーターに一人で乗っている時は暇じゃろう? 」
「二人でも暇なときはあるけどな……そういえば会談が終わって一区切りして、色んな情報を集めて見て思ったんだが、現代火器……いわゆる銃砲なんかに代表される火薬兵器がモンスターに対して効果を発揮しないのは何故なんだ? それもモンスターを倒すという行為で魔素を浄化しているという動作に係ってくるものなのか? 」
弓矢なら問題なくモンスターを倒せるが、それが銃器になると途端に効力が発揮されなくなるのは、今まではダンジョンだからしょうがないよね、で済む話であった。しかし、こうしてダンジョンマスターと面と向かって会話ができるようになったし、ダンジョンマスターとダンジョンの何処かで出会っても不思議ではなくなってきた以上、いつかは誰かがダンジョンマスターに質問するだろう事項を今のうちに聞きだしておこう。
「答えは割と簡単じゃ。お主らの星では【身体強化】をあらかじめ誰もが持っている、というのはおそらくミルコから聞いているとは思うが、その【身体強化】スキルを通して攻撃をすることで魔素を浄化している、という形になっている。いわゆるお主らの言う銃砲という武器ではそのスキルを乗せきることが出来ないのではないかのう。実際にその銃砲とやらをみてみんことには詳しいことは解らぬがの」
なるほど、要するに銃砲には人間らしさがない、みたいなことだろうか。それならば自動発射装置付きの攻撃や爆撃をするのではだめ、ということらしい。
「唯一の例外があるとすれば【採掘】かのう。あのスキルを持った人間はダンジョンのあらゆる場所を破壊し再構築する力を持つ。かの者がその銃砲で攻撃を行えばダンジョンと一緒にモンスターも駆逐できるやもしれぬ。まあ、こちらも試したことはないので同じくわからぬがな」
なるほど、【採掘】ならってことか。確かに、ダンジョンの壁は壊せるのにモンスターは壊せない、というのでは崩したダンジョンの壁だけ壊れてモンスターがぴんぴんしているでは矛盾している。試す機会はないだろうが、そういうことなんだと納得しておこう。
「なるほどなあ。これでダンジョンの謎の一つが解明されたわ。スキルを通してモンスターを退治することがこのシステムの肝な所なんだな。そして俺達は【身体強化】を生まれつき持ってるから問題なくモンスターを倒せると」
「そんな感じじゃ、疑問が晴れてよかったのう。悩み事が少なければ探索にも集中できることじゃろうて」
「確か俺の知ってる範囲では、ダンジョンという現象がそもそも非現実的なのだから現代火器が通じなくても不思議はないという結論だった気がする。ちゃんと筋の通った理由があるならその限りじゃない、というところだな。まあ聞いてるのが俺一人だけというのがあれなので、何かの機会で共有しておくことにするよ」
メモ書きしておいて後日、そう、後日で良いな。大規模にダンジョンを爆破する予定とか現代兵器でダンジョンを攻略していくような話が出てきている訳でもないし、そういう方法を試すのはもう通り過ぎた後だ。何かの機会にそういえばこういう理由で現代兵器は通じない理屈になっているようです、と伝えるだけでいいな。
「まあ、おかげで肉体言語で語り合う必要があるわけか。それなりに筋の通った論理だし、その話を信じることにしようかな」
「信じるも何も、システム的にそういうことになっているのじゃから仕方ないのじゃが……まあええ、それより、会談で頑張った分の褒美をお主からまだもらってないのう。何かないのか」
どうやら会談を真面目にやった分のご褒美が欲しいらしい。保管庫に放り込んであるマタタビ酒でいいか。
マタタビ酒を渡すと、早速自分用として俺から奪っていったぐい飲みで一杯やり始めるセノ。
「くーっ、やっぱりこれよのう。もう一本ないか? 楽しみにしながらちまちまとやるには悪くなさそうじゃ」
「だったらこれもつけるから自分のところで一杯やっててくれ」
猫缶とスプーンを渡しておく。そう言えばかつおぶしを入れてくるのをまた忘れたな。今度節そのままの奴を一本購入して入れておくとするか。
「うむ、酒のあてには少々味薄じゃがないよりはマシじゃの。それではの」
酒につられて早速転移していった。なんか今日は酒を強請られて終わっただけのような気もするが、一つ情報を仕入れられたのは悪いことではないだろう。この後は……いつも通りかな。今日も五十五層をぐるっと回ってまたスピードを上げてきっちり金を稼いで行こう。適当な所で昼食を取って、休憩したらまたインゴット集め。時給八百万だということを見せつける必要があるからな。
セノが早めに何処かへ行ってしまったのでクロスワードに集中し、一問解いた辺りで五十六層へ到着。せっかく到着したし、セノにはプレゼントがあったのに僕にはないのかい? とどこかでミルコが思ってそうな気がしたので、机を出して机の上に東京土産の残りとコーラとミントタブレットを設置、そしていつも通り手を二拍。プレゼントは虚空へ消えていった。
今回は早かったな。やはりちゃんと見ていたらしい。何となくだが、今ミルコに観察されているのかどうか、というのが段々解り始めてきた。何かしら誰かしらと会っているときは大体ミルコはこっちを観察している可能性が高い。
さて、日課も終わったし、後はいつもの流れに沿って探索を開始しよう。今日もスピードを上げて五十五層を回る練習だ。このスピードの上げ具合で一日にいくら稼げるかが決まる大事なスピード感。今日もバリバリに鍛えていこう。まずは午前中の分として一時間半ほど回ることにする。その間にインゴットが何本落ちたか、ポーションは落ちたか、この辺りで収入がだいたい決まる。むしろ、ポーションの数で収入の大半が決まるのでポーションの落ちた数を参考にしておけば大体の価格の予想は付く。
今日も頑張っていこう。とはいえ、三日空けての探索だ。三日サボればどこかに不慣れや不出来が出てきていてもおかしくはない。まずは確実に午前中で勘を取り戻すということにしよう。
五十五層に上がり、誰も居ないことを索敵と視界で確認。モンスターはわんさかと湧いている。隠蔽のオンも確認できた。これもその内オフにして移動することでより密度の濃い探索が出来るようになるかもしれないが、まだその段階までは俺は強くなれていないし手数が足りないと考えているので今は隠蔽状態でうまいこと回れるようにしていくことに全神経を集中していくのだ。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
後毎度の誤字修正、感謝しております。