1197:時の人
気持ちいい朝、今日もおはようございます。西におはよう、東におはよう、そして枕と布団にありがとう。今日もいろんなところに感謝を伝えていくぞ。
今日の朝食は、昨日の昼間に東京圏のあちこちで買いに走ったバーガーの消費だ。保管庫のおかげでそれほど時間が経ってないので軽くレンジで温めるだけで出来上がった商品が出てきてくれるのは非常にありがたい。毎朝のルーティンのような朝食も大事だが、時にはルーティンを崩して自分の身体にも変化を与えるようにすることも必要だ。
別に飽きたわけじゃないぞ。あまりに複数店舗回りすぎたおかげでしばらくはジャンク朝食になるだけだ。十五店舗位回ったからな。今週のほとんどはジャンクフードな朝食となるのは既に確定している。頑張って消費していこう。
昨日はネットニュースの速報やスレッドを一通り見て、今しばらくは落ち着いた探索は出来ないかもしれない、というのを芽生さんと結衣さんと確認しあった。
ネット上である程度情報が出回った以上、それを元にしてこっちへ情報集めに来るマスコミやメディアは居るかもしれない。どのぐらいの勢いで来るかは解らないが、ここで一つ協定を結ぶことになった。
「私たち時給八百万円稼ぐんですけど、それ以上の取材費用意できますか? 」と問いかけることだ。
よほど奇特な探索者ではない限り応じて来る相手はいないだろう、という予想をつけてのこの金額だ。この一言は中々インパクトはある。実際に現金で持ってきて取材、となればこっちも受けることはやぶさかではない。芽生さん的には喋って八百万手に入るなら喜んで受けそうなものだが、そこは置いておくとした。
実際の所それが適正であるかどうかは解らないし、払った分向こうに対して有効な情報を渡せるかどうかも解らない。だが、少なくとも時間の浪費という意味でこちらの時間を割くのだからそのぐらいは用意してもらわないとこちらも稼ぎの手の内を公開することになるのだからそのぐらいはやってもらわないと割に合わない、ということだ。
「実際にそのぐらい稼いでるんだから貰っても悪い気にならないギリギリのライン、というのが悪辣よね」とは結衣さんの談。
朝食を食べ終わったところで昼食の準備……というところだが、今日の昼食もハンバーガーだ。ちなみにこの消費ペースだと夕食もハンバーガーになる。せめて野菜ジュースを飲んでミネラル分は確保しておこう。
流石に買いすぎたか? と思わなくもないが、食べるためにまた東京往復、もしくは大阪往復なんて面倒なことはしなくていいように買い込んできたのが目的のはずだ。なので保管庫の中でカビが生える前に食することが出来ればそれで十分だと考える。
現実時間で大体十八時間だから……保管庫の中に入れておいたおかげで購入してから十分ぐらいしか経ってないことになる。レンジをかける必要すらないぐらいのまだホカホカ具合だ。このまま何もせずに保管庫でゆっくりしてもらっていた方がもしかしたら美味しいかもしれないぐらいまである。
でも、もしかするとを考えるとレンジアップしてアツアツにしておいたほうが美味しく食べられるのだろうという感じはするので、昼食に決めた店舗のバーガーをレンジで温めてから保管庫に入れる。
飯を作らない分いつもより時間にかなり余裕がある。すると、二日経ってもまだダンジョン関連の情報集めをやっていた。どうやらここのメディアはちゃんと現地で情報集めを出来た側のテレビ局だったらしい。
会談中の謎の言語やセノの変化などを見せて、現場の人間も驚いていた旨や、最後に真中長官から手渡されたお高いフルーツを保管庫に入れる際などに注目点を置いて我々とは違う理に生きている異次元人であることを断定し、ダンジョン庁に対してそれらに対して近々会見を開いてもらえるよう要請したという内容のニュースを放映していた。そして、ゲストにはダンジョン研究家である弦間さんがきっちり仕事をしに来ていた。
「私もね、あの後すぐに通訳やってた人と飯食いに行ったんですけどね。彼中々凄い人でしたよ。高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンをメイン活動地としているクランである土竜のメンバーとも顔なじみでしてね。彼ら経由で紹介してもらったんですけど、おそらくダンジョンの最深層まで潜っているのは彼のパーティーではないかという話です」
「では、我々は目の前に良い情報源があるのに見逃してしまったということでしょうか」
「そういうことになりますね。私も会談前に彼に出会ってなければ同じようにAランク探索者を探して情報を集めるという方向性で取材をしようとしてたと思いますね」
ちゃんと何処の誰かは伏せてくれている。取材料が安かった分だけちょろっとでも個人情報を出すようなことがあるかもしれないとは思っていたが、完全にシャットアウトしてくれたようだ。
「では、あの人は今は」
「多分自宅で悠々とこの番組見てるかもしれませんね。中々賢い方でしたよ。見てますかー」
弦間さんがこっちに向かって手を振る。見てるよー。
社会に置いていかれないように最低限のニュースと天気予報を見ると、いつものお出かけの時間だ。
柄、ヨシ!
圧切、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ! とりあえず今日のところは今まで通りの革のほうで行こう!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
車、ヨシ!
レーキ、ヨシ!
お土産、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。三日ぶりのダンジョンだ、もしかしたら少し鈍っているかもしれないが今日もダンジョンでしっかり稼いで行こう。無理はしないのが大事だからな。
◇◆◇◆◇◆◇
いつもの電車、いつものバス通勤だが、バスに乗り換えると微妙に視線を感じる。これはあれか、バレてるぞ、もしくは俺の声を知ってて安村さんだ……話題の人だわざわざわみたいなそんな感じだろうか。
一仕事してきたのは確かだし、全国レベルの視聴者の中で通訳を自分から買って出てその仕事を全うしてきたのだから多少騒がれても仕方ない、というところだな。直接話しかけてこない分まだ身内感があってちょっとうれしいかな、というところだろう。
バスを降りてギルドへ向かう。建物に近づくにつれ人も増え、それなりの人からの視線を受けることになる。この時間から潜る顔を見慣れた探索者からも「あ、おじさんだ」といった感じのイメージの受け取りができる。いや、もしかしたら俺が自分で意識してるだけでいつも通りの小西ダンジョンなのかもしれない。ちょっとテレビで喋ったからと言って勝手に俺の中の誰かが過敏に感じてるだけかもしれないな。
建物に入り、支払いカウンターで若干暇そうにしている支払い嬢に挨拶。
「おはよう、ギルマス居る? 」
「おはようございます安村さん。ギルマスなら多分部屋にいますよ」
「そっか、ありがとうね。ちょっと用事があるので伺ってくるよ」
二、三やり取りをし、慣れた足取りでギルマスのところへ。ノック三回していつも通りガチャッと扉を開けて中に入る。
ギルマスはちょうど書類のチェックとパソコンに向かってなにやらカタカタとやっていたが、こちらが入ってくるのを見ると手を止めてこっちを向いた。
「一昨日はお疲れ様。私も暇だったから見てたよ。バッチリ音声入ってたね」
「ギルマスも知ってる通り、録音機器や機械を通した翻訳が不可能って解ってる時点で出番があることはまあ、予想の範囲内でしたからね。やるだけの仕事をやるだけしてきたって感じですよ。後、これお土産です。ギルドのみんなで食べてください」
二つほど、芽生さん達と分け合わなかったお土産を箱のまま保管庫から出して渡す。
「お、悪いね。後で皆に出すことにしよう。高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンのダンジョンマスター、美人さんだったね。しっかりお話しできたかい? 」
「そっちのほうは俺は担当ではないので二、三言葉を介しただけですよ。仲良くなっても俺があっちで仕事する可能性は低いでしょうし、顔合わせだけってところですかね。むしろその後のメディアの攻勢を誤魔化す方が大変でしたね」
早速包み紙を破いてお土産を取り出して中身を確認している。それなりに日持ちのするものを選んだので今日中に食べなきゃいけないものかどうかを確認すると、それを横に置いてギルマスはこちらに向きなおした。
「で、どこまで情報が洩れることになったんだい? 」
「そうですね、ダンジョン研究家って名乗って活動されてる弦間って人が居るんですが、その人だけは誤魔化し切れずに飯奢りを口実に機密に触れない範囲で色々喋らされてきましたよ」
「先日の会談で、現状機密と言えるものは【保管庫】の扱いと所持者についてぐらいにまでハードルが下がったわけだが、それがバレた可能性は? 」
「少なくとも自己申告はしてないですし、それを探られるようなこともなかったのでバレてはないかと。弦間さんにも話してないですし、俎上になることもなかったですね。どっちかというとダンジョンマスターとの出会いからこれまで……という形で喋ってきたことのほうが多かったように感じますね」
迂闊なことはしゃべってないよな? と思い返しながらも報告はする。
「あの後一応ダンジョン庁としても情報収集をしてね、安村さんがどのあたりまで個人情報を把握されてるかを調査はしたんだけど、今日マスコミが小西ダンジョンに押しかけてきてない辺りを考えるとそこまで広がってはいないみたいだ、というのがこちらの現状判断だ。無理やり取材に応じさせられるようなことは無いように配慮はするつもりだけど、安村さんとしてもなにか対抗策というか、自衛手段みたいなものを持っておいてくれたほうがいいかな」
「自分もエゴサーチではないですが一応調べた範囲では、名前や住所までは把握されてませんでしたね。まあこのダンジョンの利用者全員に緘口令を敷くわけにもいきませんし、過去にどんなことをやってきたか考えれば多少の判断は付くと思いますので多少賑やかになるのは仕方ないかな、というところです。一応、取材に応じてもいいけど我々時給換算八百万稼ぐのでそれだけ用意してきてくれますか? と逆にやり込めていくつもりではあります」
俺の言い様に対してあっはっは、と笑うギルマス。
「それはいいね。一日二億稼ぐ男ってことか。実際そのぐらいは稼いでるのは私も把握してるし、断りの文句としては八百とは言わず一千万とズバッと言ってしまったほうがいいんじゃないのかい? 」
「汗かかずにしゃべってるだけでもらうならそれぐらいは欲しいかなって。後、完全二十四時間割になるので、実際に潜ってる時間だけで換算すると一時間当たり二千万円から三千万円ぐらいになるんですよね。それを考えるとキリがないかなって」
「まあ、何かあった場合はダンジョン庁から直接メディアに苦言を呈しにいくということも考えうるのでお二人さんも含めて、これから小西ダンジョンの探索者にはちょっと注意をしつつ潜ってもらうことになるかな。人の口に戸は立てられぬとも言うし、実際に潜ってる最中に取材が来ることはないだろうけど行き帰りには十分注意して帰ってもらえるとありがたいね」
「善処します。とりあえず今日は東京土産を置きに来ただけなので日々の探索に戻ろうと思いますが」
「あ、ちょっと待って。正式なお願いではないけど、仮にという形で今のうちに伝えておきたいことがある」
ギルマスが立ち上がってこちらに向く。何だろう、表彰でもされるんだろうか。
「安村洋一さん、非公式ではあるけどこの場で先にお願いする。折衝係として、ダンジョンマスターとダンジョン庁の仲を取り次ぐ役をやってもらいたい。報酬やそれに付随するいくつかの条件があるだろうからそれについては正式にお願いするまでは口約束の形になるだろうけど、出来るだけそちらのリクエストやダンジョンマスターからのお願い、それから今後もスムーズなダンジョンマスターとのやり取りを進めるために尽力していただきたい。できるかな? 」
「力の及ぶ範囲で、と言うならその任務、任されました。結局いつも通りやっててくれってことで良いんですよね? 」
「まあ、そうなるね。高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンに設置した無線通信網の件、第二弾は小西ダンジョンに設置してもらうよう要請中だ。小西ダンジョンで出来るとなったら安村さんのパソコンか、ダンジョン庁から支給するパソコンを通してダンジョン内外でのやり取りは非常にやりやすくなる。そう言う面からもバックアップはしていくよう働きかけていくのでよろしくお願いするよ」
作者からのお願い
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
後毎度の誤字修正、感謝しております。