1185:ダンジョンマスター会談 4
質疑応答の時間になったらしい。ほぼ全てとは言わなくとも、いろんな人が手を挙げて俺を当ててくれ、と言わんばかりに挙手を申し出ている。
「では一番手前の……あなたで」
司会進行とは別にスタッフがマイクを持ってあちらこちらへと移動している。
「はい、えっとですね、ダンジョンによっては祭壇が作られてダンジョンマスターへお供え物とかが出来るようになっているダンジョンもあります。そういったこちら側からの干渉は今後受け入れられやすくなる、もっと言えば、ダンジョンマスターとの面識がこれまでなかった一般探索者にも広くダンジョンマスター側の認知が受け入れられるようになる、ということでしょうか」
それ小西ダンジョンの話じゃないか。ミルコに散々コーラとミントタブレットを吸い上げさせている件について、他のダンジョンマスターがどう思っているか、という点の話だろうか。それとも、袖の下を通して何らかの利益供与を受けることを良しとするのか、という話にまで膨らむのだろうか。
「なるほどのう。どこのダンジョンの話をしているのかは解った。ただ一つ覚えておいてほしいのは、こちら側からの過干渉はあまりよろしくない、と考えていることだけは覚えておいてほしいぞえ。我自身も、何を持ってきたらこれを授ける、といったような行為は行わないし、今後もよほどのことがない限りそのようなケースでの買収には応じないと考えてくれて構わないぞえ。何かダンジョンについて変化があった場合、それは到達ボーナスかボス撃破ボーナスの貸しを溜めておいていざというときに使った、というような変化であると思われるぞえ」
一層のエレベーター出入口を変更した時の話かな。思い当たる節はそのぐらいだ。あの時も溜めておいた貸しを一つ使わせてもらう形でエレベーターの位置を動かして貰ったからな。
「じゃから、ダンジョンマスターには基本的に袖の下というものは通らんと考えておいてくれてよいぞよ。こんなものでいいかの? 」
「はい、ありがとうございました」
どうやら本当に一般探索者だったらしい。いい席確保できてよかったな。
「次の質問は……ライターさんかな? 二列目の黒いヘルメットのあなたどうぞ」
「どうも、ダンジョン研究家を名乗っていますが自信が無くなってきた弦間です」
弦間さんだった。これはネタを入手するチャンスだぞ、頑張れ。
「普段のダンジョンマスターの仕事ってどのようなことをしているのでしょうか。我々がダンジョンに潜っている間に時々目撃はされている様子ではありますが、基本的に別の次元か、次元のはざまみたいなところでダンジョンを管理していると思われますが、その管理とは言える範囲で良いので語ってもらってもいいですか」
かなり具体的な所に突っ込んで質問をしてきた。ダンジョンマスターの普段のお仕事は何をやっているのか、ということらしい。
「基本的にはダンジョンを深く作ることがメイン業務じゃ。我が最もサボっていた行為ではあるがな。もしまじめに仕事をしていたら今この場には居なかったであろう」
ワハハっと軽く笑いが起きる。
「それ以外には一応デバッグ作業みたいなものもある。階層間の階段に次元の隙間が出来ていないかどうかとか、スライムがきちんと稼働しているかどうか、後はそうじゃな、探索者がダンジョンの中だからといって犯罪行為に近い行いをしていないかどうかのチェックも込みである。後は暇つぶしに探索者の視界をもらって探索者としてその体験を共有する、という暇つぶしもある」
「探索者の視界をもらう、とはどういう形ですか。例えば、今私が見ているこの会談の様子を私の目線でどう見えているのかを体験する、とかそういうことですか」
「それに近いの。ダンジョンマスターの機能の一つに、特定の探索者についてブックマーク的なものをつけることで今その者が何処で何をしているのか、ダンジョン内に限って追いかけていくことが可能じゃ。探索者の疑似体験、と言ったところかのう。隣におる通訳にもそのブックマークを付けてある。おかげで、迷わずこのダンジョンのこの場所まで転移してたどり着くことが出来た、というわけじゃ」
いきなり俎上に上がる俺。
「ということは、そちらの通訳さんはそれなりに実力のある探索者である……という認識でよろしいのですか? 」
「まあ、魅せる探索のできる探索者、という所じゃな。ダンジョンマスター界隈では人気コンテンツの一つにこやつの動きを見て楽しむというのがある。具体的にこやつについての説明は省いておいたほうがよさそうじゃからこれ以上は言わぬが、ダンジョンマスターはその気になれば自分のダンジョン内のどこで誰がどんな行為に及んでいるかを全て見聞きすることができる、ということは伝えておいたほうが良いじゃろうな」
ちゃんと正体をぼかしてくれたらしい。ほっと一安心しながら通訳の仕事を続ける。
「ありがとうございました。貴重な話を聞けました」
他にもっと聞きたいことはあったのだろうが、それは他の探索者に任せる、といった具合で引き下がる弦間さん。多分後で単独インタビュー記事とか申し込まれる未来が見えてきたな。とっとと逃げ帰ったほうが……もう一泊するんだったな。お土産も選ばなきゃいけないし、何処まで逃げ切れるやら。
「次の方は……そちらのメディアさんお願いします」
「帝都テレビの寺沢です。こちらの文明の食事などは召し上がった経験はおありですか。もしあるなら感想のほうを聞いてみたいのですが」
飯ネタは鉄板だ。猫でもあるしきっと何か面白いネタ……いやまて、俺がセノに喰わせたものってちゅ〇ると猫缶とカレーぐらいだぞ。もっと色々食わせておくべきだったか?
「そうじゃのう、何かチューブに入ったペースト状の食べ物は経験があるのう。薄味じゃったが中々止まらない味付けで美味かったのう。あとはカレーじゃったか。複雑な香辛料を使っておって美味かったが少々我には辛すぎてのう。そんなところかのう」
「それは誰に食べさせてもらったのですか? 」
「我をここに連れてきた原因……いや功労者というべきじゃろう。そのものがダンジョン庁との折り合いをつけてくれていてな。今日こうしてここにおることになったわけじゃが」
「それは我々にとっては猫……として扱われていたということになるんですが、ダンジョンマスターとして猫扱いされたことに対して何か怒りであるとか、憤りみたいなものはありましたか? 」
若干失礼な質問でもあるが、取れ高としてはそこそこの質問が取れると思ったのだろう。ダンジョンマスターを猫扱いしているのはメディアなのか俺なのかセノ自身なのか。
「別に構わん。我も自ら選んでこの姿になった故な。ダンジョンマスターになる時に好きな姿になれるということになったので我は猫と人間に近い形とをこのようにして行き来できる力を手に入れた。自ら猫であることを選択したのだから猫扱いされることには問題はないぞよ」
「では、今後どのような食べ物が供えられると嬉しいとお考えですか? 」
更に質問を重ねていく。ちょっと時間オーバーじゃないかな。
「そうじゃのう……何せ猫じゃから、猫舌なのじゃ。熱くない食べ物がええのう。また何か、リクエストしたら誰かが持ってきてくれるじゃろうて。こんな所でよいか」
「そうですか、ありがとうございました」
思ったよりエッジの効いた答えは聞けなかったのか、少し覇気の衰えたレポーターがすごすごと引き下がる。
「次の方……こちらも雑誌記者さんですかね。どうぞ」
「探索・オブ・ザ・イヤーの橋本です。今回このようにしてダンジョンマスターの露出を行ったことについて、今後は正々堂々とダンジョンマスターは居るし仕事もしているぞ! ということで、探索者の目の前で作業をしたりたびたび露出の機会を増やしていく、という方向性で行くのでしょうか。それとも、今回存在は世界に対して知らしめたし我々は常に見ている、ということを示したことで一旦話を置き、通常業務として今まで通りこっそりとダンジョンマスター業務を行っていく、という形になるのでしょうか」
お、良い質問だな。そして探索・オブ・ザ・イヤーの記者さんか。毎号お世話になってます。
「我一人では決め切れぬ問題であるから即答は難しいし、ダンジョンマスターによってはそのように振る舞う者も出てくるかもしれんの。しかし、居ると証明したことで皆のダンジョンに対する姿勢が少しだけ変わることは予想はしておる。じゃが、我が仮に今新しいダンジョンを作ったとしても、自らが客寄せとして探索者を呼び込むことはせぬじゃろうな。今自由に動けるこの地域のダンジョンマスターは我を含めて二人だけ。今は各地のダンジョンを飛び回ってダンジョンの作り方に対する新しい仕組み……ツールと言った方がええかのう? それを配って回っている途中でもある。それらが一段落した後で新しいダンジョンを作ろうとする、というのが今のところの我の予定じゃな」
「つまり、新しいダンジョンは何処かに作る、ということですね。具体的な場所は今後ダンジョン庁とも協議していくという認識で良いのでしょうか」
「そのつもりである。また誰も来なくて暇でしょうがなく眠ってる間に……というのは勘弁じゃからな」
また軽く笑いが起きる。
「ネット上からの質問で多いのですが、セノさんの性別はオスメスどちらなのか? という意見が上がっています。差し支えなければ教えてもらいたいのですが」
スタッフからの質問が飛ぶ。ネットからの意見も取り入れたほうがより盛り上がるとの判断のようだ。
「我はメスであるぞ。シレオーネも見た通りメスじゃ。それでよいか」
ネットからの意見が反映されるのはちょっと意外だったが、それもこれも通訳している俺がオッサンであるせいである。すまんみんな、物まねが下手で。
「次は……その革マル派のヘルメットの探索者さん」
「一般人です。質問なのですが、私は今Bランクの探索者をしていて二十八層まではたどり着けました。ここまでの行程で思ったのですが、二十一層以降のモンスターについては確定で魔結晶が出ますが、それ以前についてはある程度の確率で魔結晶が落ちるという設定がされています。魔結晶を必ず落とすモンスターとそうではないモンスターの違いについて説明があると助かります。自分の収入にもかかわる話ですので是非お聞きしたいと思います」
なるほど、スライムでは六%前後、スケルトンは百%、オークは二十五%とそれぞれのモンスターでドロップ品における魔結晶のドロップ割合が違うのはなぜ、ということか。確かに言われてみればそうだな。
「それはじゃな、生成したモンスターに対する汚染された魔素の含有率に由来する。モンスターが弱すぎたりする場合、例えばスライムやグレイウルフがそれに該当するが、スライムを一匹倒したところで浄化できる魔素はたかが知れておる。それに比べて強いモンスターはその分だけ多くの汚染された魔素を使って生成されておるため、そこに内包される魔結晶も大きく、密度が濃いものが用意されているといった形じゃ。ドロップ率はおおよそこのぐらいのモンスターを倒せばこのぐらいの魔素の浄化が出来ているので……という割合に応じた魔結晶のドロップ率になっておる」
「では、スライムのドロップ確定要素についてはどうなんですか。バニラバーを使用することで確定で魔結晶のドロップを得ることができるというのはおかしくありませんか」
バニラバーの儀式……言われてみればそうだな。浄化された魔素分が補充されるのか、それともバニラバーが浄化してしまうのか。
「あれはダンジョンシステムのバグなんじゃ。どうやったらああなったのかはまだこちらもまだ把握し切れておらん。ただ、ダンジョンマスターとしても探索者としても損をしないようなバグなので放置しているのが現状、というところでの。もしもそのバニラバーのバグが気に入らないというのであれば何とか直すように工夫はするつもりじゃ。ちなみに、グレイウルフが骨を咥えている間に倒したら肉を落とすのはちゃんとした仕様であるから、そちらは心配しなくてもよいぞ。他にも探せばバグは見つかるかもしれんが……まあ、一方的にどちらかが損をする、といったものでもない限りは問題なく動いているものはそっとしておくほうが世の中のためかとも思うが、お主は訂正したほうがいいと思うか? 」
「そうですね……誰も損をしていないってならそのままでいいと思います。ただ自分としては魔結晶のドロップ率が百%であるものとそうでないものの違いについて聞きたかっただけですので、質問は以上です」
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
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