1183:ダンジョンマスター会談 2
「大まかには理解しました。つまり、探索者が活動するにあたってモンスターを倒しドロップ品を持ち帰るという一連の行動の裏で、そういったダンジョンの稼働がなされており、結果的にそちらの文明を救う手立てとなっている、ということでよろしいですね」
小林さんが確認を取る。別にこれ以上こちらで何かをする必要があるかどうか、という点についての確認らしい。
「その認識でよいと思うぞ。ちなみにじゃが、魔結晶の形で持ち出してくれるのが一番効率の良いモンスタードロップ品となっておる。次が金属や素材、一番効率の悪い……悪いというのは語弊があるかの、じゃがほかに言い用がないのでこの言い方をするが、効率が悪いのが食物、つまり肉類や、ガンテツの作ったダンジョンのような食べ物の類じゃな」
「ガンテツ……つまり、新熊本第二ダンジョンはダンジョン単体で見るとそれほど効率の良いダンジョンではない、ということになりますか」
「そうなってしまうのう。先日あやつにも会ってきたが、効率が悪い分は回転率を上げること、つまり人気のある食べ物をドロップさせることでカバーしていくことは出来るんじゃないか、という試算をしておった。他のダンジョンとは違い食物ばかり落とすし、モンスターの形も人型に近いモンスターばかりを配置しているというし、まだ稼働を始めて四年程度のダンジョン経営じゃから、何事もやってみんと解らぬ。今のところは大目に見ておいてほしい所ではあるのう」
数千年という長いスパンから見れば四年程度は開店当日みたいなもの、客層を読めなくても仕方がない、と言ったあたりか。長寿命種は考えることのスパンも長いな。
「まあ、効率が悪すぎてダメだという話になったらまた攻略してもらって新しいダンジョンを作りなおせばいいということじゃ。その時に話し合いのできる相手がおれば話し合って新しいダンジョンとしてどのようなものが希望されるかを聞きだし、出来るだけリクエストにお応えしておく、というようなところが落としどころになるのではないかのう」
三十八層ぐらいならまたすぐ作ればいい、みたいな話である。どうやらその辺の階層までは比較的楽に作れるらしいことが今わかった。ということはミルコは今相当苦労して階層づくりに勤しんでいると考えていいな。
「そのリクエストにお応えしていく、という点ですが、たとえばこちらからこのような仕組みを持ったダンジョンを作ってほしい、もっと言えば、ダンジョンを作るならこの場所に作ってほしい、という場所や内容の指定を行う際、応じていただけるのでしょうか」
真中長官が冷静にふるまっているようで本人の欲望ダダ洩れの質問をする。ただ、こっちで指定したところにダンジョンを建てるならそうして欲しい、という場合は指定できるのか。真中長官には伝えていないから俺とミルコと芽生さんぐらいしか知らない内容ではあるが、ダンジョンの出入口は自由に移設できるという話にも通じる。ただあの時もセノは寝ていたはずだ。伝えてないことをバレてないと良いが。
「そちらが希望するならば地域外への移設も考えておったのだが……その様子だと、場所さえ選んでくれればやりようはある、という風に聞こえるがその認識で合っておるのかのう? 」
「この国は狭く、そして全ての土地には所有者が居ます。ダンジョンが初めて発見された時もそうでしたが、元土地の所有者と諍いになってダンジョン庁としてもうまく決め切れなかったり、ドロップ品の排出とその実用化……つまり肉なら食う、革なら加工する、といった流通経路に乗せることが難しいダンジョンもあります。秘境過ぎて見つからないケースはあなたが体験した通りの所ではあります。現在存在するダンジョンはもう仕方ないものとしても、今後新しく作られる場所がまだ未定ならば、こちらで準備をしてここに作ってほしい、という候補地を選定しますのでそこに建ててもらいたい、というのが本音のところですね」
「そういう意味ならば、可能と答えておく。ただ、このように面と向かってやり取りができるような施設やタイミングが必要になるじゃろうから、今後この通信という設備が生き続ける限りは我らがダンジョンの中におってもやり取りができるとかんがえてよいのかの? 」
タイミングが合えばやれる、という回答を引き出すことが出来た。これで一つ、ダンジョンの立地問題が解決に向かうことになる。が、同時にだったら今のダンジョン早く引き払ってくれよ問題も立ち上がることになるのだが……まあそこは各自治体とダンジョン庁に頑張ってもらわなきゃいけないな。
「今後はこのようなやり取りが出来るような仕組みを考え中であります。これがダンジョン庁……つまりダンジョン外部の責任の下でやるのか、それとも外交活動として話し合って進めていくことになるのかはまだ決め切れていない所ですが、お望みならダンジョンに適した場所、というのを選定して積極的な誘致を求める話につなげていこうと思います」
「我らの文明にもダンジョンはあったが、たしかにダンジョンの周辺には町が出来て人が集い交流も盛んであった。似たような状態が発生する可能性が高いのでその対応を行う、というイメージで良いのかの? 」
「似たようなところですね。後これは大事な点ですが、こちらのファンタジーをある程度嗜んでいるとの事なのでお聞きするのですが、ダンジョンあふれ……つまり、ダンジョンからモンスターが出てきて民間人を襲う、という可能性についてです。これがあるのかないのか、それだけは発言として聞かせていただきたい」
真中長官はあふれてこないことは知っている。外務省の小林さんが知っているかどうかは不明である。一般民衆もこれが一番聞きたい内容だろう。
「では、正直に答える。そのような機能は現段階のダンジョンシステムには組み込まれておらぬ。希望するならばそのようなシステム……つまり、モンスターが階層や出現階層に囚われずに出口を目指したり、逆に弱いモンスターが深い階層に潜り込んだりするような仕組みを作ることは出来る。じゃが、そのような事態は誰も幸せにならん。我々はダンジョンへ来てくれてモンスターを退治してくれて、その上でドロップ品を持ち帰ってもらうことこそが至上命題であると考えておる。じゃから、いたずらにダンジョン外の住人の心を不安にさせるようなシステムは極力排している……とは考えている。もし、そちらからみてこの機能は不安になるからやめてほしい、というようなシステムがある場合は今後改良の余地があるとみてくれていいぞえ」
今、おそらくダンジョン周辺に住むすべての人々への不安が一掃される一言がダンジョンマスターの口から飛び出したと考えていいだろう。ダンジョンからモンスターは外へ出られない。俺は古くはスライム大増殖事件で経験しており、ミルコから直接聞き、そして再度ダンジョンマスターの口からモンスターは溢れないという言質を取ることが出来た。今日の会談の一番の収穫であると言えるだろう。
「それを直接聞けてほっとしてる人はたくさんいると思います。ダンジョンのすぐ近くに住んでいる人も多く居ますし、特にこの高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンはオフィス街の真ん中に位置します。もしダンジョンからモンスターが確実にあふれるといった騒ぎになれば東京周辺一千万人の避難計画を考え直さなくてはいけない所でした」
「そんなに人がおるのか、この地には」
セノも日本の人口を甘く見積もっていたらしいな。人が全く寄り付かない地域にダンジョンを建ててしまった故に起きた不幸な衝突事故、と言ったところか。
「この国には現在およそ一億二千万人の人々が住んでいます。その人口密度の一番高いところがこのダンジョン周辺になりますね」
「そんなに住んでおるのに、我のダンジョンは人があんなに来なかったのは単に場所が悪かった、ということか……次回のダンジョンの場所はよく相談する必要がありそうじゃのう」
シレオーネさんがにこやかにやり取りを聞いている。人口最大級のダンジョンマスターともなればその余裕があるという所か。
「他に聞きたいことは何かあるかえ? なんだったらせっかく集まってもらったことじゃし、そこの周りで見てる連中からの質問でもええぞよ」
「そうですね、時間があれば……というところでしょうか。細かい所を少しつつくことになりますが、スキルオーブがドロップしてから使用するまでの時間が制限されていることについてはこれはどのような理由でこのシステムをお作りになったのか、というのを聞きたいところですね」
スキルオーブがなぜ四十八時間制限なのか、ということらしい。
「まあ、いわゆる資産化するのを防ぐためじゃな。あとは、探索をやらないものに出来るだけ出回らないようにという配慮でもある。時間制限をつければ自分で覚えるか、探索者同士でつながりを持って売買するぐらいしか入手する手段がなくなるじゃろ? もっとも、我が知らぬだけで探索者以外にもスキルを覚える手段があるなら別じゃが」
今のところ、探索者証を持っていることと、取引の際は目の前で行うという条件を満たす場合のみ取引が成立するということになっている。自分で一回破りはしたものの、取引自体はちゃんと手続きが行われているということになっているし、後日覚えると言ってもそれまでにカウントが終わって消えてしまう可能性が高い。俺みたいに【保管庫】で時間を無理矢理伸ばすような裏テクを使える人間も少ない。その点で言えば安全性と機密性、探索者であるからこそスキルを覚える、という部分については守られていると言えるだろう。
「その点はダンジョン庁側でルールを作って徹底してますので、国内でそれに該当するような取引を行うケースは非常に少ないと考えていただいて結構です」
「ない、とは言い切らんのじゃな? 」
「誰にも知られずにスキルオーブをドロップさせて誰にも知られずにスキルオーブを持ち出して、誰にも知られずにこっそり陰で使っている人間がゼロであると言い切れる根拠を示すのは悪魔の証明というものですから、なかなか難しい所です。そこは我々を信用していただくしかないですな」
「うむ、ではきちんと運用されていると信じることにしよう」
スキルオーブ問題はこれで解決、というところか。
「そちら側の交流とかそういうものについても聞きたいところなのですが、ダンジョンマスター間につながりというか集まりというか、そういうものはあるのでしょうか」
小林さんが質問をする。
「基本的には面と向かって会う機会というのはないのう。我らダンジョンマスターはダンジョンがある間は自分のダンジョンから離れることが出来ないようになっているのだ。自由に移動するためにはダンジョンを踏破してもらって、我のように元ダンジョンマスターという形で他のダンジョンに赴く形になる。今回我が意見を集約して集めてくるという仕事をしたのもそれが理由ではあるの」
「つまり、ダンジョン間は移動することは可能だけれど地上に出ることは出来ない、という認識でよろしいのですね」
「うむ、じゃからこそこうしてダンジョンの中で会談の形で場を設けてもらったことになる。我らはダンジョン外に出るという機能をオミットされている代わりにダンジョン内で色々と権能を行使することができる、といった具合じゃな。ちなみに、ダンジョンマスターの許可さえ取れればダンジョンを組み替える手伝いもできるぞえ」
セノが首元を掻きながら答えていく。猫っぽさを前面にだしたあざとい一幕である。
「ダンジョンを組み替える……ということは、既存のダンジョンを改造することもできる、ということでしょうか」
「やろうと思えば、ということじゃ。ただ、流石にダンジョン内に異物、つまり探索者が居る状態の中でダンジョンを組み替えることは不可能であるので、その間はダンジョンから一時退避というか、工事中というか、通行止めというか……まあそんな感じで立ち入りを制限させてもらわねばいけなくなるのう」
小西ダンジョンの四十二層を改造した時も、山本さんには一時的に階層を抜けてもらって書き換え、というかたちでやっていたのだろうな。一つこれも勉強になった。
「ダンジョンマスターに集まり、みたいなものはあるのですか? セノさんの仰られようですと、どうやら日本国内に限定してダンジョンマスターの意見を集約してきた、という感じではありますが。もっと遠い国、例えば最初に踏破されたダンジョンのダンジョンマスターなどとの交流はあるんでしょうか」
「今のところは考えておらんのう。向こうで暇してるのか新しいダンジョンを作ろうとしているのか、それとも何もせずにボーっとしているのかもわからん、というのが現状じゃな。もしかしたらその内向こうからそっちはどうだいと様子を見に来るかもしれんのう。この会談は世界中に中継しておるのじゃろ? じゃったらこれを録画してダンジョンマスターに見せて、そこから伝わってこっちへくる、という可能性はゼロではないと思う」
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