118:探索者は残酷な犯行現場を見た
victoria3楽しいですね。
四層の側道を回り続ける。準備運動としてはこちらのほうがより体になじむらしい。一時間ほど巡ってゴブリン合計百十匹ほどを天に還した。今日は清州としては混んでないほうなのかな。あまり人が居ない感じだ。まさか上層で問題が起きてここまで来れている探索者がいるとかではないだろうし、たまたま今日は空いてるんじゃないかと思っている。
先日小西四層で文月さんと二人で回ったぐらいのペースで狩り続けていられる。これはこれで楽しいな。体を狩りに集中させて意識を別に飛ばしていられる。最近こういう時間ができることが少なくなってきているんじゃないかと感じる。
スライムのドロップが確定できるようにする手順を発表したことでスライムはその辺をぽよぽよ浮いてるゴミ処理役兼化粧品の素材から、狩っても美味しい一品へ変化を遂げることが出来た。
これによってスライムを狩ることに時間の無駄感のある人も、逆にゴブリンのような人型を狩ることに忌避感がある人でも一定の収入が見込める算段ができるようになり、スライムの主とする狩場は今のところ東海地方周辺では盛況だ。それでもスライムとの対話の時間が減ったのは惜しい。
保管庫について思いをはせる。あれは偶然俺がスキルオーブを査定に出すのを忘れた結果取得することになったんだが、もしそうなっていなかったらこのスキルは一体どれだけ世間を騒がせることになったのだろう。
荷物を大量にかつ時間の速さを可変できる機能までついて、地上でも使用することが出来るスキル。これの価値を高く計りすぎているのかもしれない。ところで、うっかり俺が死んだら保管庫の中身はどうなるのだろう。そのまま異次元の中へ取り残されてしまうのか、それとも強制的に現実世界へ自動射出されてしまうのか。確かめるために自死するわけにもいかないし、興味はあるが実行できない。
今のところ試した重さは一トン程度まで。射出する時の速度は約三百メートル毎秒で大きさ六ミリほどの弾を二百五十発ほど同時に射出した時に体が限界を訴えてきた。スキル的に限界なのか、俺の今のスキルの使い勝手ではここが限界なのか、それともステータスの影響なのかは今のところ解明する手段はない。
だが、同時に二百五十発もぶっ放すような事にならないように探索をするのが俺のモットーなので、危険が危ないようなところへは出来るだけ近づかないようにしなくてはいけないな。今のところソロで行ける限界は五層、八層、九層というところだろうか。六層は敵が二桁に近いレベルで登場する為、ソロだと終わりない戦いになりそうなので控えたい。これ、六層と八層間違えて敵ポップしてねーだろうな。
安定して狩るならここか五層だ。でも五層はこっちから見つけて回るというより、モンスター側に見つけてもらうというほうがより現実に近い。更に、頭の上にも注意が必要だ。意識的に回るならおそらく効率は五層のほうが上、こうやって考え事をしながらやるなら四層のほうが適せt……あれ、なんか見たことのあるあの胸当て装備の人が前から歩いてくる。
「おや、安村さんじゃぁないですか」
「あれ、新浜さん」
思いがけない場所で新浜パーティーと遭遇した。何故ここに? いや清州だから出会う事も有るか。
「覚えていてくれましたか。新浜です。今日は清州ですか? 」
「鬼ころしに用事があって。そのついでに休み明けの運動というか、まぁそんな感じです。五層に行く前にヒールポーションを一本調達していこうかと思いまして」
「安村さんは七層には来ないんですか? 」
「う~ん、明日小西に潜る予定があるのであまり長くは居るつもりはないんですよね。キャンプセットも持ってきてませんし」
「キャンプセットは我々の物を使ってくれて構いません。実はちょっと安村さん個人に用がありまして」
用……思いつくのはステータスブーストの件ぐらいか。彼らの前でも時々使ってたからな。前に、聞かれたら出処が俺と言わない条件で開示しても良いんじゃないかという話をしてたのを思い出す。
「用事ですか。それは七層まで行かないとダメな理由か何かが? 」
「う~ん……ここでも良いんですけどね」
「伺いましょう」
多分この件だな。新浜さんはこちらに近寄ると、周りには聞こえないように話し始めた。
「安村さん、何かのスキルを使ってますよね? おそらく身体強化に近いようなそういう用途のスキルを」
ビンゴだった。さて、真面目に応対しよう。
「スキル……だったとして何か問題が? 」
「いえ、ただの個人的興味です。もしスキルなら納得が出来る、スキルじゃないなら納得が出来ないってだけですよ」
つまり、俺の動きに何か秘密があるのか? と考えているという事だ。さて、ばらしてしまうなら今が好機だ。ここでこっそり公開して俺の胸の内のつかえを一つ取り除こう。
「一つ、約束を守ってくれますか? 」
「なんでしょう? 」
「私以外の他人からそのスキルのようなものについて聞かれたら素直に開示する事」
「開示……開示!? スキルじゃないんですか!? 」
新浜さんはてっきりスキルのおかげだと思っていたらしい。
「それを今から説明するので、とりあえずモンスター探しませんか。そのほうが手っ取り早いです」
「解りました。条件を呑みましょう。教えてくださるという事で良いですね」
「構いません。そしてまずそちらの質問にお答えしますが、これはスキルではありません……ステータスだと私は考えています」
「ステータス……やっぱり存在したのか」
「私はスキルの類をこれまで使用したことはありません。ですが、偶然この力……私はステータスブーストと呼んでいますが、これの発動方法に気づいたんです」
と、説明をしているとゴブリン四匹の集団が現れた。
「ちょうどいいですね。武器を取り上げて羽交い絞めにしてもらっていいですか」
「わ、解りました」
新浜パーティーでそれぞれ一人ずつモンスターを押さえつける。やり方はそれぞれだが武器を奪い、ゴブリンを羽交い絞めにし始めた。集団イジメの現場がここにあった。
「通常、モンスターを殴るときは全力を出して殴ることになります」
試しに普通に全力でゴブリンを殴る。ゴブリンは頭部にダメージを受けて頭を押さえようとするが、羽交い絞めにされていて頭を押さえられない。暴行現場がここにあった。
「ここで、全力のさらに上、全力で殴るというイメージを超えて、殴った力で地面までめり込ませるようなイメージを自分の中に作って殴ります。手を放してみてください」
解放されたゴブリンが頭を押さえ始める。ステータスブーストすると全力で拳でゴブリンを殴る。俺の拳の形にゴブリンの頭が凹み、それが致命傷になったのかゴブリンは黒い粒子に変わった。殺人現場に発展した。
「イメージの力ですか……なんかスピリチュアルな話に聞こえますが」
「平田さん、実際にやってみてもらっていいですか」
「私でええんですか? 」
「殴りなれてるほうがイメージにしやすいと思いまして」
「や、やってみますわ」
平田さんは少し考えた後、ガントレットで思いっきりゴブリンの頭を殴りつける。ガントレットが頭の上から首までめり込み、ゴブリンは黒い粒子になって消える。
「……なるほど、これですか。安村さんが時々ブレたような速度で動き回ったりするのは」
「移動する時も同じで、自分の行きたいところへ行きたい速さをイメージして移動するんです。漫画的表現で言うと強調線が表示されるような感じで」
俺が高速移動して各人の間をヒュンヒュン動き回る。
「足だけでなく目と関節の動きも同様に限界以上に動かすことをイメージしてください。慣れてくれば、スイッチを入れるように脳の使い方を切り替えられるようになります」
その場で高速で反復横跳びをし、ジャンプして天井に手をついたり、羽交い絞めにしているゴブリンを順番にビンタしていったり、その場で現行犯逮捕されそうな状況が作られていた。
「まず、やってみてください。体を脳をフルに使って無理やり動かす感じがつかめれば、後は慣れて行けると思います」
「じゃぁ次は私がやってみる」
新浜さんが自らゴブリンを殴る役を買って出た。他の探索者が通りかかったら、俺はゴブリンを無理やり殴らせるいじめっ子のボスみたいな立ち位置になるんだろうか。
「これは防御にも応用できます。グレイウルフに噛みつかれても歯型すら付かずに耐えきることも容易です」
俺は体を固定すると、両手を前で重ね、新浜さんのパンチを受け止める姿勢になった。
「さっきのイメージで殴りこんでみてください。ケガしたとしても最悪ヒールポーションで治します」
「いや、さすがに安村さん相手ではかなり罪悪感が……」
「私も防御で受け止める相手を丁度探してたんですよ。ちなみにワイルドボアの体当たりを受け止めてたのもこれと同じです」
「なるほど、原付ぐらいなら受け止められるって事ですか。……じゃぁ行きますよ」
新浜さんが俺に向かって拳を繰り出す。俺はすべての関節を固定して地面と一体化する。
バチン!! と音が響いた。どうやらうまく受け切ったようだ。肩も外れてない。受け止めた手が痛いが予定の範囲内だ。
「今のをゴブリンで試してみますね」
「やってみてください」
「よし、ゴブリン解放して。……フッ」
新浜さんがゴブリンの口に向かってストレートを繰り出す。ゴブリンの口の中にめり込んだ拳がゴブリンの後頭部まで貫通する。多分小脳に当たる部分を貫いたんだろう。ゴブリンはそのまま黒い粒子に変わる。
「なるほど……これは面白いですね」
すぐにコツをつかんだのか、新浜さんは平田さんとスパーリングを始める。高速のスパーリングだ。ボクシングの試合もかすむような二人のやり取りが高速で流れる。目を凝らしてよく見ないと俺でも見逃すような速さだ。
ゴブリンはまだ一匹残っている。ゴブリンを押さえつけている村田さんと多村さんと横田さんにもやり方を教え、村田さんにその通りやってもらう。五人中三人に効果があったからか、残りの二人もとりあえずやってみるか、と順番に試しを始める。
可哀想なのは練習台にされて散々ボコボコにされた後黒い粒子に変わっていくゴブリンである。次のエンカウントで出会ったゴブリン三匹に対して、早速効果を試してもらう。また見本で俺が殴り、試していない残り二人に同じイメージを持ってもらう。
先に悲惨な姿で黒い粒子に変わるのを見た残り二匹のゴブリンは明らかに狼狽えている。やっぱりこいつらにも感情があるんだなぁ。
多村さんと横田さんがゴブリンを無事に殴り倒し、村田さんは移動の練習を始める。まもなく、村田さんが消えるように動き出した。さすが先輩探索者、呑み込みが早い。
「解ってもらえたでしょうか。ステータスは確かにあります。数値化できないのが残念ですが」
「握力計でもダンジョンに持ち込んで計りますか?」
「考えないでもなかったですが、ぶっ壊すイメージしか思い浮かばないもので」
壊すために買うのも馬鹿らしいしな。
「これで、疑念は晴れましたか」
「これが有れば我々もより深層へ潜ることが出来そうです。でもいいんですかこんな情報私たちに託して」
「いずれ誰かが発見することは、早いか遅いかの違いである。という言葉があります」
何度も自分の中で繰り返してきた言葉だ。
「だから、たまたま俺が見つけてたまたま俺が隠さず伝えて、その後皆さんがそれを広めてくれればそれで十分だと思います」
「発見者として名を上げるつもりはないって事ですか」
「あまり目立つことは好きじゃないんですよ」
「潮干狩りおじさん」
「あれは……偶然の産物というか、予想外の展開というか」
むしろアレのおかげで気づいた事も有るような無いような。
「これがもしステータスだと仮定して、探索を始めた人がいきなり扱えたりするモノなんでしょうか」
「これは私の仮定ですが、モンスターを倒した経験に比例するのではないかと」
「その根拠は?」
「スライム六千匹。私があの日倒したスライムの数です。ステータスブーストの存在に気づいたのもその後の事です。おそらく、私がステータスブーストを使用するために必要だったのがスライム六千匹分の経験値だったのではないかと考えています」
「じゃあ、私たちは」
一呼吸おいて俺の推論を言う。
「おそらく、私より更に体をうまく使いこなすことが出来ると思います。最後にデメリットですが」
「デメリットがあるんですか。寿命が短くなるとか」
「いえ、使ってると結構お腹空くんですよ。カロリーが取れる物を常時持ち歩くことをお勧めします」
伝えられることは伝えたと思う。後は彼ら次第だ。広めるも広めないも彼らの自由。俺は一つのダンジョンの謎を手放したに過ぎない。
「これで、私の知ってる事はすべてです。きっと今までより多くの荷物を運搬できるようになりますし、階層間の移動も短縮できるし、六層を短時間で突破することも出来るようになると思います。そしてその先も……私はまだ十層までしか行けませんが、皆さんがその先に行けることをお祈りします」
「安村さん。やはりあなたは強い、いやもっと強くなれる探索者だ。私はあなたをうちのパーティーにぜひとも迎え入れたい。あなたのパーティーメンバーが居るならその人も含めて」
「それは……今のところお断りします」
一呼吸おいてから今のところ、と一区切り置いた後で断る。
「理由を聞いても? 」
「それは、私が付いていかないほうが皆さんがより先に早く進めるだろうという事と、私が今のところそれをあまり強く望んでいない事、そして……どうも私は小西ダンジョンが好きらしいんですよ」
「……」
「もし皆さんが小西ダンジョンに来てくれた時に会えれば、喜んで臨時パーティーとしてご一緒しましょう。でも、常時一緒のパーティーは組めません。小西ダンジョンでないとできない事も有るので」
地図埋めとか色々。小西でやってみたいことにはまだ余裕がある。清州では清州でしか出来なさそうなことをやりたい。
「それは、我々もお手伝いできることですか? 」
「実は小西ダンジョンって、六層以降の地図がまともに作られてないんですよ。それを一つずつ埋めていく楽しみを味わってもみたいなぁって思ってるんです」
「なるほど、確かにそれは清州ダンジョンではできない事ですね。そして探索者らしい行動だ」
新浜さんは納得してくれたらしい。
「安村さん、応援してます。もし何かあったらいつでも声をかけてください。よほどの事かダンジョンに潜りっぱなしでない限りあなたの助けになりたい」
「じゃぁ、お友達から始めましょう。レインやってます? 」
こうして、五人分のレインを手に入れた。俺のレインを知ってるのは文月さんと近所の天然温泉とこの五人だけだ。これで一つ横のつながりが出来た。
「では、我々は試運転も兼ねて七層へ行きます。ヒールポーションを手に入れてからですけど」
「素早く動けるようになった分、効率よくモンスター狩りが出来ると思いますのですぐ出ますよきっと」
「安村さん……本当にありがとうございます。何かの形で今すぐ御礼がしたいぐらいです」
じゃあ貸しにしてもらっておくかな。何かの形でいずれ返してもらおう。
「秘術って訳でもなかったんですけどね。ただ教える伝手が無かっただけで」
「で、この後どうします? 七層まで行くならご一緒しませんか? 」
「ついてくだけついてってもいいですか? 七層までどう戦うかちょっと興味が湧いてきました」
「大歓迎ですよ」
ついていくことになった。無茶して怪我しないように見守りたいのと、俺より強い探索者の本気を見てみたい。好奇心からの申し出になった。
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