1178:会食
「一応食べるものはあらかじめ伝えてあるから、今からメニューを色々見て確認する必要はないことにしてある。追加で注文したいものがあれば別途注文に応じるって感じで良いと思うぞ」
事前注文で伝えてあるコース料理的なものがあるらしい。毎回必ず頼むメニューみたいなものがお互い決まってる感じだなこれは。必ず餃子を頼む中華屋みたいなものだろう。
メニューをぱらぱらっとめくってみると、どうやら鶏肉に自信がある店らしい。個室に入る前にチラッと店内を見回したが、多種多様の酒の瓶が置いてあった。どうやらカクテルも色々あるんだな……と見回したところでとりあえずのビールが三杯運ばれてきた。
「安村さんは飲める人だっけ? とりあえずでビールだけ頼んでおいたけど、飲めないなら俺が飲むから好きなノンアルコールを注文するといいよ。予約で特別扱いしてもらってる店だからすぐに出てくると思うぞ」
「前に会った時は飲めなかったが今は飲めるようになった。【毒耐性】を取得したんでアルコールは毒として無毒化してくれるらしい」
「ということは三人とも飲める、ってことで良いな。こっちも五十層潜り抜ける時に毒耐性を全員分揃えたんだ。人数分集めるのは中々苦労したぞ」
新藤君達は大所帯だ。五十層まで潜れるメンバーが何人いるかまでは解らないが、高めのオファーを出して二十二層から二十四層の【毒耐性】を落としやすいマップからのドロップから買い集めるのでも相当な手間がかかったに違いない。
「俺も最初に拾った時はキュアポーションで対応できるから良いかと思って売りに出したんだが、後になって後悔したよ。やはりスキルオーブは何であれ、手元にあるうちは使ってしまったほうがいいという教訓をしっかり残してくれたさ」
「というわけで、全員呑めることを確認できたところで久しぶりの再会に乾杯だ」
それぞれグラスを当て、チンッという良い音をさせるとグイッと半分まで飲み干す。
「それで、安村さんは進捗は……前に六十五層までは潜り込んだと言っていたな。七十層まではたどり着けたのか? 」
いきなり答えづらい質問をズバッと持ち込んできてくれた。酒が入った後でごにょごにょ喋ってしまったならまだ答えようがあるが今のところは……そうだな。とりあえず六十八層まではたどり着いたことにしておくか。それ以降はまだ未調査だってことにしておこう。
「六十八層まではたどり着いた。その先はまだ不明だ。ただ、六十五層以降でも【毒耐性】の出番があることだけは先にバラしてしまってもいいだろうな。命に係わるし」
「なるほど、六十五層にも毒攻撃をしてくるモンスターが居るってことか。データは何かあるのか? 」
「一応スマホで撮った映像があるがちょっと待ってくれ、結構前だから探すのに時間がかかる」
保管庫を使ってるところが映ってないかどうかを確認し、確認が出来たところで二人に映像を見せる。
「なんかウィルスみたいなモンスターだな」
「仮称で三鎖緑球菌君と名前を付けた」
「見たまんまだな。まあ、たしかに毒を持ってそうな見た目をしている。それにこの壁の感じはなんか生物の体内ってイメージだな」
「どうやらそういうことらしい。湿度も高いし気温も高いし、暑い梅雨のさなかをさまようが如くだったよ」
あそこは後は通り抜けの時以外巡りたくない、というのが本音。でも、【火魔法】がどのぐらい効果があるかは一度試してみないといけない所だな。芽生さんも【土魔法】を練り込んだウォーターカッターの混合魔法が効果を出せるかどうかの試しで潜るのは大事かもしれないな。六十五層だけ巡るようにして試しにやってみるか。戻ったら芽生さんと相談してみよう。
「そっちはどうなの? 五十七層でよろしくやってるみたいだけど」
「こっちは五十七層から五十八層で指輪集めだな。あの指輪の効力は中々だ。どこかから購入のオファーが殺到してるかもしれないが、身内の防御力アップに欠かせないようだしな」
「効力を知っているって事はギルドに提出したか、もしくは南城さんに聞いたのかな? 」
「南城さんのほうだな。ギルドに提出して効果を期待されてそのまま買い取りと称して奪われることを考えると頼ったほうが安全だと考えた」
なるほどな。自分のギルドの入手経路を公にすることで他のギルドに対して家にはこういうルートで高額商品がやり取りできるぞ、と知らしめることはギルドマスター間の力関係や発言力にも一定の効果が出るだろう。
「安村さんは指輪をどのぐらい集めた? 文月さんが夏休みの間はずっと五十九層だって聞いてる」
那美さんと芽生さんでそれぞれやり取りがあったらしく、そっちからの情報を得ていたらしい。
「十五個ずつぐらいかな。それだけでざっくり三十億。ギルドに提出せずに死蔵させてるかな。流石に十個も二十個も指輪をつけて回る趣味もないし、そこまでやる理由もないし。物理耐性と魔法耐性はそれぞれ多重化させてるから防御力のほうにはそれほど心配はしてないんだよね」
「両方多重化か……いったいどれだけスキルを拾って来たんだか」
「えっと……十三個かな。購入したのも含めてるけど、金に糸目をつけずに買いあさってるわけじゃないからそんなに多くはないかな」
ここで料理が運ばれてくる。鶏の……丸焼きだ。目にするのも初めてだ。
「中々インパクトあるだろう? ここの丸焼きはハーブが効いてて美味いんだ。是非食べてみてくれ」
「良いのか? 俺がナイフを入れてしまって」
「無礼講だ。好きなだけ食べて足りなければお代わりにもう一羽ってのでもありだし、他のメニューでもいいさ。美味しく楽しく食べようぜ」
そういいつつも、俺がナイフを入れ始めた次に丸焼きを手慣れた手つきで切り分け、那美さんの分も取り分けていく。
一口齧る。バジルと……それから何種類かのハーブだ。胡椒も効いていて、塩加減もちょうどいい。美味いチキンだ。足先の部分をナプキンで包んで直接食べるというちょっとマナー違反な食べ方だが、俺の胃袋と視線がこうやって食べたほうが絶対美味いとお薦めをしてきたのでそうしている。
「これは……いいな! 」
「だろ! 」
竜也君と同じ感想を言う。不要な言葉は要らない。美味いものを食べる時に長々と感想を連ねることもあるが、ただ美味いと表現するだけでその深みや味わいの複雑さを表現することもできる。これは良い店だ。普段使いとはいえ、そこに招待してくれたということは俺も仲間の一員だ、と認めてくれたということになるだろう。
あっという間に足一本を食べ終わったところで、胸肉やささみの部分に取り掛かる。ナイフで切り分けて食べながらビールを飲み終わる。ビール以外に何か欲しいな。カクテルは何があるだろう……とメニューを見て、軽そうなカクテルを頼む。
「ロングアイランドアイスティー、それとスプリングロールって奴を頼みます」
「畏まりました。少々お待ちください」
メニューを閉じて再び丸焼きを食べる。ちゃんと中まで香辛料が擦り込んであるらしく、足先だけではなく他の肉にもしっかりとした味付けがされていた。
「安村さん大丈夫なのか? ロングアイランドアイスティーは結構強い酒だぞ」
「え、そうなの? アイスティーってついてるから軽いお酒だと思った」
「知らずに注文したのか。てっきり毒耐性も多重化してどれだけ飲んでも胃袋が満タンになるまで酔わないのかと思ったんだがそういうわけじゃなかったのか」
「そうか、重い酒なのか。後で水分ちゃんととって今日は控えめにすることにしよう」
しばらくして、カクテルとスプリングロールが届く。スプリングロールとは春巻きの一種だ。早速かじりつくと、中から出てくるのは鶏肉と卵、そして何種類かの香草。この店らしく、春巻きというよりは親子丼のような感じ。和風の味付けではないがこれもまた美味い。
そしてロングアイランドアイスティー。見た目はアイスティーというかコーラというか、茶色いカクテルになっているが、口当たりは甘く飲みやすい。しかし、口の中でアルコール臭が残るぐらい濃いことは解る。その場で調べたが、コーラとレモンジュースの入ったジンベースのカクテルらしい。度数は二十五度以上。たしかにこれは焼酎や紹興酒ほどではないが充分に強い酒だと言えるだろう。
「一杯だけなら問題ないかな。あとはまあ食事中に分解されてくれるだろうと願うよ」
「そうだな、ほどほどにしたほうがいい。明日二日酔いで会談に応じるなんて話になると探索者の沽券にかかわるしな……と、さてここで質問なんだが、安村さんは何でこの会談に呼ばれてるんだ? 小西ダンジョンのトップ探索者とはいえ、既にAランク探索者になっている他の連中と違ってまだB+の、それも世間的には知られていない安村さんがなぜ、こんな大事な会談に呼ばれているのか。そこを知りたいんだ」
酒が入ったところで本題に入るらしい。さて、どういう誤魔化し方をしようかな、と。【保管庫】のことをこの席でばらすのは悪手だろう。お互いテーブルを囲んだ仲ならいいやって話なら、小寺さん達にも伝えなくてはいけなくなる。【保管庫】の存在はダンジョン庁でもトップクラスに機密保持にしてくれてるおかげでダンジョン庁にも俺達にも収入が約束されているようなもの。それを酒を呑んだ勢いで言っちゃいましたで済まされるとは思えないし、このタイミングでこれは非常にマズイ。
「実は、だな。熊本第二ダンジョンの時もそうだったし今回もそうなんだが、現状最深層に潜り込んでいる探索者にはダンジョンマスターがマーカーをつけることができるらしいんだ」
「マーカー……ってことは、ダンジョン内に居たらどこで何をしてるか見られるってことか? 」
この路線で行こう。こっちならまだ納得のできる話に落とし込めるはずだ。
「そういうこと。で、マーカーをつけた探索者の視界をジャックする……つまり俺と同じ目線でどういうものを見てどういう動きをして、どうやってモンスターを倒せるか、みたいなことが監視可能らしいんだ」
「ということは安村さんはダンジョン内では常に監視されてるってことになるのか」
「そういうわけ。で、ダンジョンが無くなった元ダンジョンマスターはダンジョン間に限って自由に移動できるらしいんだよ。その中で、例の別荘ダンジョンのダンジョンマスターからコンタクトがあって、それの仲立ちをしたってのが今回の話につながったんだ。だから俺は今回探索者側でもダンジョン庁側でもなく、どちらかというとダンジョンマスター側の補佐という形で仕事をすることになる」
話がいったん止まる。それぞれビールを口にして飲み干した後、お代わりを要求する。後、いくつかの食事も追加した。俺は米が欲しかったのでご飯ものをチョイス。
「なるほど、そういうわけだったのか。ちなみに最深層になったのはいつ頃なんだ? 」
「そうだな、こっちが四十二層に潜り始めた頃にそれを聞かされたかな。熊本第二ダンジョンが踏破されたころだ。そこで元ダンジョンマスター……ガンテツっていうんだが、そいつに出会って何で俺のところに? って話になった時に聞かされた」
ボロは出てないよな? まだ大丈夫そうだ。
「新熊本第二ダンジョンで通信ができるようになったのは安村さんの入れ知恵? 」
「そうなる。何か新しい機能があったほうが探索者も気楽に楽しく潜れるかもしれないんだが何か思いつくことはないか? って問われたので通信ができるようになったらうれしいなって話をしていた」
「それで新熊本第二ダンジョンは通信ができるようになったってことか。一つダンジョンの謎が消えたな」
「多分謎じゃなくて、あっちでガンテツに出会えた探索者が居るならガンテツ越しにその内容は伝わってるとは思うんだが、共有はされていないようだなその感じだと」
そういう意味では俺から皆に共有するべき情報は色々あるんだろうが、探索の楽しみを奪うのと同じだから先行組の情報公開はすべき点とするべきじゃない点がある。新熊本第二ダンジョンの進捗具合までは解らないが、この辺の情報収集もやっていかなければならないな。でも、これで納得はさせられたんだと思えば安い投資だ。飯も美味いし。
「ふむ……そうなると、明日はテレビ映りがあるかもしれないな。ダンジョンマスター側の席に座るということは、それなりに目立つことにもなると思う。そうなったら、小西ダンジョンにもわんさかマスコミが来ることになるかもしれないぞ? なんせダンジョンマスターから信頼される現状最深層までたどりついている探索者、となれば放ってはおかないだろうし」
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