1173:久々スノーオウル 1
調子のいい朝が来た。どうやら先日のダーククロウスノーオウル枕の調子が悪いのではないか、というのは憶測だったらしい。良かった、これで一年しか持たないような内容だったら買わせてしまった布団の山本のお客様にも申し訳が立たない所だった。
もう二年ぐらいこの調子が続いてくれるとコスパがいいのだが、一般人感覚で言えばそれでも三年しかもたないのか……という話になるかもしれない。羽毛布団の寿命がどのぐらいあるのかまでは知らないが、その寿命の半分ぐらいまでは半減期として効果が残ってほしいものではあるがそこはこれから追々明らかになっていくだろう。それまではしばらくよろしくということでお祈り。
朝食を食べて今日の予定を考える。今日は一日かけてスノーオウルの羽根を集めていこうと思う。夏休み前にかなりの量を保管庫に仕入れておいたので年末ぐらいまでは持つかもしれないとタカをくくってはいたものの、もしかすると緊急でスノーオウルだけが不足する、という事態になった場合を考えると、新規B+探索者が少ないうちにスノーオウルをまとめて仕入れておくことも大切だと考える。
あの三十八層のスノーオウルの大群が枯渇することはないとは思うが、出来るだけ人に見られないようにということを考えると今のうちに多めに仕入れておくのは大事だ。本当はもっと早くやるべきだった作業かもしれないが、そこはそれ。その分探索収入をしっかり稼げたのでヨシとしておくところだな。
そんなわけで昼食は片手で食べながらでも行軍できるサンドイッチだ。昨日は回鍋肉丼だったので……具は何にしよう。野菜サンドイッチは確実に入れるとして、ちゃんとお腹に溜まるものも入れておきたい。かといって揚げ物という選択肢はちょっと重すぎるから、生姜焼きといくか。流石にお試し無しで新作料理をサンドイッチにして持ってくるのは少々冒険が過ぎる。ここはいつも通りのメニューを選んで変なものを考えないようにしていこう。
ツナとサラダと生姜焼きのサンドイッチをサクサクっと作り、少し多めに用意しておく。単純作業は結構お腹が空く。今回はいつもにも増して単純作業の長時間マラソンだ、多めに作っておくに越したことはない。
いつも通りの生姜焼きを少量のキャベツで挟んで軽く押して斜めに切る。生姜焼きのたれは今回は少な目にして、手を汚さないように配慮しておく。斜め切りにしたサンドイッチ用のパンが合計六枚、ツナサンドとサラダと生姜焼き。これで胃袋は満たされるだろうしこれだけあれば充分だろう。
昼食の用意は出来たし今日も一人だ。ご飯も炊いてないし着替えたらさっさと出かければいつもより一本早いバスでダンジョンまでたどり着けるか。時間を気にせずいける気楽な旅だ、たまには早出もいいだろう。ササっとスーツに着替えると出かける準備を済ませる。
柄、ヨシ!
圧切、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
車、ヨシ! 今日も使わない日!
レーキ、ヨシ! こっちも使わない日!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。今日のところはお弁当さえ持ってれば後は何も要らない。姿見できっちりしていることを確認すると早速出かけることにしよう。
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いつもより早く出かけたおかげで三十分早いバスに乗る。今日の収入は趣味の収入だから、一日に一億も二億も稼ぐ必要はない。大事なのはスノーオウルの羽根を何グラム手に入れられるかだ。
バスの席に座り駅からの風景を眺める。また新しい建物が出来上がるらしい。駅前がまた賑やかになっていくな。小西ダンジョン通りとでも言わんばかりに小西ダンジョンまでの道のりが整えられつつある。もしかしたらその内、駅前の自転車置き場も綺麗にされて有料化されてしまうかもしれない。そうなったら誤魔化して自転車に乗ってダンジョンへ、ということも難しくなるかもしれないな。
何にせよ、景気がいいのは良いことである。ダンジョン一体化商業地区としての一つのモデルケースとして出来上がってしまっているこの小西ダンジョン近郊では、ダンジョンへ通って帰ってきて、その帰り道に買い物をしていってもらう、という一つの流れを目指すのが最終的なプランなんだろう。
やはり小西ダンジョンの駐車場問題はついてまわる。そろそろ諦めて土地を手放してほしい小西氏にこれだけの商業的価値があるので放出してくれないか、と自治体側からも談判するにはちょうどいいのではなかろうか。
バスがダンジョン前に到着して降りる。そろそろ十月にもなるし、バスの乗車率と時間帯別のバスの込み具合から判断されて、また増便される可能性もある。地方の赤字路線はどんどん廃線になっていっている現状でそこそこ稼げているとみなされているこの駅からダンジョンまでのバス通勤は悪くないらしい。
駅前の月極駐車場も駅まで自動車で来て、そこからバスや駅を利用して職場に赴くというパークアンドライド形式が主流になってきていて、駅から徒歩五分ぐらいの範囲までの駐車場はさっさと埋まってしまっている。
俺ももっと早めに月極を探してそこにちゃんと駐車場を用意してもらって毎日通うこともできたのに、惜しいことをしたかな。でもまあその分他の探索者が車を使ってダンジョンまで来れるということを考えたらそれはそれでヨシだし、自動車通勤では帰り道に疲れ切って熟睡するわけにもいかなくなる。
今こうやってバス通勤をしている方が自分の体に合っている気がしてきた。こうやって考え事をしながらボーっとすることも、車通勤ではしにくくなる。うむ、やはり俺は今のままでいい。今後ダンジョンの位置が変わったり新しいダンジョンが出来たりするなら別だが、それまでは現状維持で良いだろう。
開場はもうしているので入ダン手続きをして中に入る。
「お早いですね、今日は一人ですか? 」
「今日は稼がない日ですしのんびりしてきますよ」
「そうですか、ご安全に」
何時ものやり取りをしてリヤカーを引くと、まず茂君、そして三十五層に下りる。いつもより短いエレベーターの時間を効率よく使うべく、今日も雑誌を読みつつ時間を潰す。料理は明日本番、もしくは今日の夕食で試し作りをして様子を見ることにしよう。
今日は三十五層までしか行かないのを見ているからか、セノの乱入はない。二十分ほど時間つぶしの時間が訪れる。料理の欄を見ていると腹が減ってくるのがちょっとマイナスポイントだな。やはり料理を見るなら帰り道にするべきだった。
三十五層に着き、久しぶりの高山マップの感触を味わう。やはりB+探索者はそれなりに入り込んでいるのか、テントがそれなりに増えていた。エレベーターの真横にリヤカーを下ろすのはマナー違反だろうからちょっと離れた位置に置く。ここなら邪魔にならないだろう。
増えたテントは三パーティーか四パーティーというところか。この小西ダンジョンにもそれだけB+探索者が居るということになる。結構育った探索者も居るんだな。深く潜るだけでは得られない情報というのも確かにあるらしい。
さて、いつも通り三十六層から三十八層に抜けていくか。三十六層に下りると、モンスターは索敵に反応はない。どうやら朝一で三十五層に潜り込んで三十六層に向けていった探索者が居るらしい。テントの中の一つかな?
しばらく何もない所を歩くはめになりそうなので、駆け足気味に高山マップを抜けていく。モンスターは……あ、居た。ワイバーンが空中でリポップしていたようだ。【隠蔽】をオフにして存在感をアピールすると、ワイバーンは呼び寄せられるようにこちらへ寄ってきてくれた。ありがたや、このマップでは最悪こいつしかドロップがないという可能性がある。それに比べれば一匹だけでも出てきてくれるのは有り難さがある。やはり、小西ダンジョンの高山マップは他に比べて相当狭いのだろうな。
ワイバーンを呼びつけてブレスを好きなだけ吐かせて地上に下りたところで雷撃一発、ワイバーンを倒してドロップ品を頂戴する。この三十六層を抜ける一時間、どれだけ収入が少ないことになるか解らんが、手ぶらで帰らなくてよくなっているのは有り難い所と思っておこう。もしくは、昨日二日分仕事したので今日は収入無しでも良いと考えておくか。
階段方向を見ると、前方でワイバーンと戦っている探索者が見えた。ブレスを必死に回避して、ワイバーンが地上に下りたところでがっちりとワイバーンと近接戦闘をしている。上手く対処できるだろうか。ワイバーンをきっちり無傷で抑えられたらこの階層も美味しい階層として十分働かせることができるんだが。
早歩きしながら階段方向へ向かっていく。戦闘をしながら歩いている分だけ先を行っている探索者との距離が徐々に狭まっていく。
しばらくして探索者を追い越す形になってしまった。ここからは俺も稼がせてもらうか。襲って来たダンジョンヴィーゼル三匹をチェインライトニングで一掃。五十五層で一掃できるのだからここで一掃できるのは不思議ではない。ちゃんとドロップ品を素手で回収すると、後ろの探索者に保管庫の存在を悟らせないようにしながらどんどん前へ進んでいく。
ワイバーンが同時に二匹出てきたが、ブレスを適当に避けつつ、地上に下りてきたところで全力雷撃二発。きっちりワイバーンを倒すと、どっちのワイバーンも精一杯のドロップ品を残してくれた。そこそこのお値段とお肉。良い感じだ、この調子でスノーオウルもドロップ品を落としていってくれるとありがたいな。
そのまま前進し続ける。狭い三十六層の道で両方のパーティーがいい感じに稼ぐのはなかなか難しく、一方的に俺が虐殺していく形にはなっている。彼らがこのまま三十七層まで行くかどうかはわからない。案外三十七層でメインに戦っているのでこの階層でワイバーンを相手にしなくて済むから楽だ、なんて考えているかもしれないな。
後ろは気にせず前に集中しよう。物理耐性が二重に効いてるのでダメージは受けないとしても、服の袖ぐらいは持っていかれる可能性はある。そう言えばスーツの耐久試験してないな。どのくらいの階層までこのスーツは無傷で居られるんだろう。
スノーオウルの持ち上げぐらいなら余裕で対処は出来ると思うんだがせっかくのお高いスーツをその為に一着ダメにしてしまうのももったいない。せめてズボンが擦り切れ始めてから下がダメになってきたから上もダメにしてしまってもいいかもしれないとあきらめがつく段階になってからでもいいな。
さて、三十七層の階段に着いた。ここからは肌寒い季節外れの雪原マップだ。前に来たのはいつだったかな。前もスノーオウル狩りに集中してグルグルと回っていたはずだから……うむ、結構前ということはわかる。
とりあえず周りを見渡すと、既に階段方向に直接向かっている探索者の集団がスノーベアと戦っている。元気があってよろしい、でも一撃に気を付けてね。
こっちは真っ直ぐ階段へは行かず、西に真っ直ぐ行って並木道みたいになっている木からスノーオウルの羽根をかき集めていくのが仕事だ。階段方向が解っているからと言って直進するよりも、少しでもスノーオウルの羽根を集めていくために効率的に……これ、効率的にはどうなんだろう? もしかしたら階段へ直進した方が早くたどり着ける分大量の羽根を取れるのかもしれないな。でも、他の探索者の横を通ってお先に、と行くのは狩場の使い方としてもったいない。
ここは素直にスノーオウル狩りに勤しむことにしよう。並木を順番に雷撃で軽くバツッと撃ちこんで、その雷撃に反応して無音で襲ってくるスノーオウルを自分の近くで更に追撃を撃ちこんで黒い粒子に変えていく。
いつもの割合でスノーオウルが羽根を落としてくれる。つい癖で範囲回収で拾ってしまいそうになるが、周囲を確認して視界内に居ないとはいえ、ドローンも含めて誰かが見ている可能性がある。ここで範囲回収を使うのは悪手だろう。仕方がないので一つ一つ丁寧に手で回収して背中のバッグ経由で収納していく。これからのスノーオウル狩りは手動で拾う手間がある分余分な時間がかかるかもしれないな。
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