1164:会談前会議前相談 2
「心配事かね? どうやら大事な話らしいから事前にそこは聞いておくべきだろうね。安村さんが関わることでどんな問題があるのかなかな? 」
「まず、ひっそり小西ダンジョンでやってる探索者ということがある程度公になることで俺への注目度が高くなる、というのが第一です。そこから俺にフォーカスが当たりだすと小西ダンジョンが最深ダンジョンである、ということが判明してしまう可能性があります」
「確かにそうだね。それに小西ダンジョンが現状最深部まで潜り込んでいて踏破しようと思えば踏破できる段階にまできている、という情報も……それは実際に潜り込まなければいけないからそこまで心配することではないかもしれないが、可能性の一つとしてはあり得るね」
真中長官としてはそこについてはあまり問題にしていないらしい。つまり、小西ダンジョンの最深部が何処にあるかという情報はある程度この際公開されてしまっても問題ないと考えている訳だろうか。
「もう一つはより深刻な問題で、なぜ俺とダンジョンマスターの仲が、しかも他所のダンジョンの元ダンジョンマスターにまで誼を通じているのかという状況から【保管庫】の所持者として公開される可能性があります。これは今俺が小西ダンジョンに専属で潜り込んでいるという話に関して納得できる返答が出せるとは現状思っていませんのでそこをどう誤魔化していくか、というのが気になる所ですね」
真中長官は向こう側で腕組みしてしばし考えるポーズ。多分今真中長官の頭の中では、手持ちの情報をパズルのように組み上げている最中なんだろう。一分ほど考えて、コーヒーを一口飲んでそれからこちらに向きなおした。
「言い訳としては、現状日本国内でほぼ最深部に潜り込んでいるダンジョンの探索者、ということで興味を持たれた。そういう話がダンジョンマスター間で話題になっていてその探索者の顔を見に来た……そんな感じでダンジョンマスター側と口裏を合わせてもらう、というのでどうだろうか。向こうも保管庫の情報が流出することで安村さんが気持ちよく探索出来ずに撮れ高が無くなって……言い換えれば人気コンテンツが一つ減るのは楽しみがなくなるだろうからね。彼らから何かいい考えがないかどうか意見を求めるのも悪くないかもしれないね」
ダンジョンマスター側から提供されるごまかしの方法か。何か突拍子もない話が出てくるかもしれないが参考にするのも悪くないかもしれない。セノに次に会った時に相談だな。とりあえずはダンジョン庁内会議でどういう流れになるのかを確認しないといけない所だろう。こっちの質問意見をまとめる時間も必要だし、高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンでやる想定になっているようだから、そこについてもいつ頃通信環境が敷かれていくかの予定も組み込んでいかないといけないんだろうな。
しかし、坂野ギルマスも真中長官も世界に向けて発信という事項に頭を回していた辺り、対外的なダンジョンマスターの情報公開には早めに手を打ちたかったというのが透けて見えてきた。
「まあ、誤魔化す方法はこっちでもなんとか用意してみますのでまた今度相談しようと思います。出来るだけいい方法を思いつくことを願ってはいますが」
「こちらとしても保管庫の話は出来るだけ隠しておきたいからね。保管庫の所持についてはギルドマスターの中でも知っているのは坂野ギルマスだけということになっている。これをこのまま隠し通す形でうまく流していくように心がけるつもりだ。こっちからばらすという話はナシにするつもりではあるし、安村さんのほうからでも、ダンジョンマスター側には保管庫の所持という話は隠して運用しているから公的会見の場でうっかり口にしないように伝えておいてほしい」
どうやらこのまま隠し通す形で話を持っていけそうだ。一つ安心だな。後はセノが余計なことを言い出してそれを……その場合は俺が翻訳しなければいい、という形にすればいいか。何とかなりそうな気がしてきたぞ。
「出来るだけ早い時期に、今週中に緊急ギルドマスター会議を行うという形で良いかな。そこでこの話について意見を集めて、ついでにそれぞれのギルドマスターからの質問をまとめてこちらの文明からの質問状という形でまとめたい」
「それは必要でしょうね。向こうから一方的に質問や受け答えをするだけでは会談になりませんし、こちらも欲しい情報は手に入れたいところですからね」
「うむ、ではそういうことで。さて、お二人さんの進捗はどんなところかな。話し合いのついでに報告してもらおうかな」
真中長官への直接報告だ。ここも芽生さんに任せておこうかな。
「えっと……私たちは現状五十九層で指輪集めを兼ねたお小遣い稼ぎの真っ最中です。最下層は現状六十八層まで存在してますが、移動距離と一番稼げるポイントへの移動時間を考慮すると、移動しながら戦って短い現場での探索と行くよりも、確実に短い時間で稼げる五十九層のほうが疲れを感じなくて、攻略しやすい敵を一方的に倒せるので確実な収入を手にすることが出来ます」
「お小遣いか……お小遣いにしては多額な気はするがまあ、そこはおそらく日本で一番稼いでる探索者であろう君らのことだから細かいことは気にしないでおくよ。で、最深層六十八層ということは、再度ダンジョンコアルームまでたどり着いた、と判断して良いのかな? 」
真中長官はお仕事モードからリラックスモードに移行してこちらの話を聞いてくれている。
「はい、ついでにダンジョンコアルームで一泊して更に六十八層で余分に戦って帰ってきましたのですが、七十層が出来てから逆に階段を上がって六十八層で戦っていく、という形のほうが時間的にも経済的にも効率がいいというのが今の結論です。何より、五十九層のほうがエレベーターに近くて気軽に帰れるという安心感があるのも大きいですね」
「かなり安全マージンを取っていてそれでも最深層に向かって到達できている、というのは伝わってきた。参考までに、今のスキルの取得内容を聞いてもいいかい? 」
真中長官はあくまで参考として、という名目でこちらの戦力を聞きだしてきている。芽生さんはこっちに向く。
「言っていいんですかね、素直に」
「良いんじゃない、隠し事をするような相手ではないんだし、危険なスキルを持ってるわけでもないし。素直に全部吐いてしまった方があいつらだけ何でそんなに深く潜れるんだ? という話になった時に充分な理由として説明できるようになると思うよ」
俺も俺でここで白状させられるんだろうが、隠すようなスキルは保管庫だけだ。他には隠して所持しているようなスキルはない。
「では。私のほうは【水魔法】三つ分【魔法矢】二つ分【土魔法】【索敵】二つ分【物理耐性】二つ分【魔法耐性】二つ分【毒耐性】【隠蔽】を所持しています」
「俺のほうは【雷魔法】四つ分【火魔法】【物理耐性】二つ分【魔法耐性】二つ分【索敵】【毒耐性】【生活魔法】【隠蔽】を所持しています。後はいつものアレです」
「そんなに? なるほどね、それだけのスキル密度を内包していれば深くまで潜れるのか。これだけのスキルをそろえている探索者というのはそう数はいないだろうから良い参考値にはなりそうだね」
「四つ分、二つ分、というのは同じスキルを確保して覚えた、ということでいいんだよね? 」
ギルマスから質問が出る。そういえばこの件はギルドには内緒にしていたんだったな。
「そうです。スキルオーブを……身に付ける、で良いんですかねこの場合。その際にもう覚えていますが更に覚えますか? と質問をされますが、その質問にもイエスと答えると多重化することが出来ます。多重化については巷には情報が流れているはずなので今更という感じではありますが」
「やはり多重化すると強くなるものなのかね? たとえば私が突然何かのスキルを複数手に入れたとして、それを覚えた段階ですでに多重化された強力なスキルを手に入れることができる、ということになるのかな」
真中長官が興奮気味に尋ねて来る。やはりそこは気になる所か。芽生さんは目線でヘルプを求めてきたので俺が説明する。
「正しくいうなら、多重化を行うことでスキルの有効上限値が上昇する、という形になると思います。同時に多重的に覚えたからと言って、全く育てていないスキルがいきなり強くなる、という可能性は薄いと考えます」
「ふむ……やはりそう簡単にはいかないってことかな? 」
少し残念そうにしている。何か使いたいスキルでもあるんだろうか。
「それが叶うなら金に物を言わせてスキルをひたすらに覚えて無双できるような仕組みになってしまうので、ダンジョンがスキルを貸し出す、という形において制限をかけているような感じだと思いますね。ダンジョンマスターとしてもスキルオーブに時間制限をかけた理由はこれがこっちの世界で資産と化して金のやり取りのための手段になることを防ぐための使用時間の制限だと考えています。なので地道な努力が欠かせませんね。唯一可能性があるとすれば【物理耐性】【魔法耐性】【毒耐性】あたりの耐性系スキルは別かもしれません。こちらは耐性を強化する、というイメージが湧きませんのでそっちを買い占めて自分を強化していくというのは可能でしょうね」
「防御力については可能性ありってことか。そういえば以前直接報告してもらったリッチの件、指輪をつけまくって武装強化していたって話。あれが立証に値するケースということになるんだろうか」
「そうですね、たしかにあれは厄介でした」
もう二度と戦いたくないボスの中の一つではあるな、リッチ。避けて避けて近寄って無理矢理指輪奪って、を複数回繰り返して……うん、面倒くさいな。もっと手軽に倒すにはよほどスキルの強化をして無理矢理上から殴りつけるか、よほどの質量を用意してそれで押し潰すか。どちらも現実的ではないな、やはり正攻法で行くしかないだろうな。
「わかった。とりあえず現状の確認はそんなところだろうね。今は次の階層が出来上がるまでしばらく五十九層で指輪集め、というところかな? 後は何かすることはあるのかい? 」
「そうですねえ、洋一さんの趣味で茂君……ダーククロウの羽根集めを朝と夕方二回行って帰ってくるのが日課になってますねえ。それで平均一億円ぐらい稼いで戻ってくるのが現状ですかねえ」
「そういえばあの枕、大活躍してるよ。他の省庁の同期からも試しに貸してくれと催促が来るぐらいなんだ。店のほうを紹介しておいたからそっちにその内注文が入るようになるかもしれないね。そうなったらお店も繁盛していいことづくめだね」
ただでさえ忙しい官僚に忙しさの分短くなりがちな睡眠時間を効率的に取らせる手段を確立してしまったような気がする。布団の山本も良い感じに商売を広げるいいタイミングかもしれないな。いや実際現在進行形でそうなってるかもしれない。今度はスノーオウルの羽根も複数一気に掃けてしまう可能性が出るな。そうなると……在庫では足りなくなる可能性が出て来るな。今度また取りに行こう。年末までは大丈夫だとタカをくくってたが、ちょっと予定は早まる可能性が出てきた。メモメモ。
「じゃ、私もこの件を含めてこの後打ち合わせが少しあるので失礼するよ。大事な情報をありがとう。またね」
長官との通信が切れる。とりあえず報告し忘れは……ないはずだ。五十六層のタイヤ跡の件はこのまま闇に葬っておこう。
「じゃあ、二人ともお疲れ様。今日はもうこのまま帰るのかい? 」
「そうですね、今から潜りなおしてもエレベーターの往復時間でほぼ終わってしまうことになりますし、多少稼げるとは言え移動時間だけで終わってしまうのはもったいないですからね。たまには早く帰ってゆっくりするとしますよ」
「じゃあ私もそうしましょうかねえ。洋一さんの家にちょっとだけ用事があるのでそれを済ませたら家に帰ってゆっくりするとします」
挨拶を終えてギルマスの部屋を出る。後はギルドマスター達の会議でどのような形に決まるかを待つ時間だな。焦って結論を急ぐ話でもないし、ゆっくり待たせてもらおう。
「ところで、俺の家に用事なんてあったっけ? 俺初耳なんだけど」
「洗濯物を片付けて部屋の掃除をして、それから帰ろうかなと。着替えが出しっぱなしなのは洋一さんの目に毒でしょうし」
そういえば洗濯物は下着も含めて取り込んで畳んでおいたが、それの回収か。想像したが、今日も息子は大人しい。どうやら家に来たついでに……という様子ではないように感じられる。大人しくバスの時刻を待って帰るとしよう。さて、夕食はカレーの残りを食べてそれで満足ということにしておくか。
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