1163:会談前会議前相談 1
ソファーに座ってコーヒーを、自分と芽生さんの前に用意する。長丁場になる可能性があるのでゆっくりとくつろげる姿勢は必要だろう。
「ソファーにわざわざ座ってくつろぐ用意までしてる。それに加えて普段はまだダンジョンの中に居るはずの時間だ。多分それを切り上げてここまで帰ってきたということは、大事な、真面目な話があるってことだね? 」
ギルマスが早速真面目モードに入った。手元にしっかりお土産の新茶を用意してる辺り、長期戦を意識してのことだろう。
「では、私から順を追って説明していきます。セノというダンジョンマスターについては以前報告させてもらったと思うのですが、彼……いや彼女から会談を開きたいとの打診がありました」
「会談かね。ということは以前ミルコ君と開いたようなそういう会談……情報交換会という認識で合っているのかな? 」
「会談内容に関して詳細はまだ不明です。ただ、今回はダンジョンマスター側の総意といいますか、ある程度の意見の集合としての話し合いを行いたいとの申し出でした」
で、いいんですよね? とこちらにアイコンタクトを送ってくる。うん、いいよ。と頷いて返す。
「向こうで意見をまとめて、こちらに持ち出してきてくれるということになるね。そうなると、会場はまたここになるんだろうか。それとも別のダンジョンに会見場を用意して、そこに転移してきてもらって会談、ということになるのかね? 」
「そこも詰めていかなければならないところだとは思います。ただ、現状の小西ダンジョンの運用状況を考えるに、部分的に封鎖することは可能でしょうが前回のようにダンジョン全体を出入り禁止にするのは難しいと思うので、おそらく会談場所になるであろう第一層はエレベーター・階段間のみ可能という形で移動を制限して、そこから外れるルートで話し合いをする、という形になるかもしれません。その場合は真中長官の都合がつくタイミングでの開催となりますから、その点をどうするのかについてはこちらで日程や場所等を指定していく必要があるでしょう。それに、他のダンジョンを借りるとなれば当然その該当ダンジョンのダンジョンマスターにもあらかじめ知らせておく必要があると思いますので一手間かかることになります。そこが今回の会談の肝になるのではないかと思います」
ギルマスがカリカリと、いつもの癖でカップのフチを擦る。真面目に聞いているらしい。
「つまりあれかね、安村さんとセノさんはセットで考えて、どのように通信ないし会談場所をセッティングするか、ということにかかってくるんだね? 」
「そうなります。例によって録音については彼らの発言が耳に届くのと機械で届くのは波長というかスキルのせいというか、とにかくそういうもののおかげでお互い意思疎通が出来ているので、おそらく会議チャットの通話状態においても向こうの声が直接日本語で聞こえる可能性が低いということから、ダンジョンマスター側には通訳が一名必要で、できればそれが洋一さんであると好ましい、と考えているようです」
「通訳をお願いされていることについては安村さんはどう考えているんだい? 」
こっちに話題が少し飛んできた。ここはちゃんと任せずに自分で発言しておくべきところだろう。
「必要なコストだと考えています。なので、もし何処かのダンジョンの一部を借りて会談……という形になる場合は私も立ち会うことになるでしょうね。それが高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンなのか、もっと他の小さい都心部に近いダンジョンになるのか、それともまた長官に小西ダンジョンまで来てもらうことになるのか。どれにせよ随伴する予定ではいます。向こうも顔なじみが居るほうが安心できるでしょうしね」
「なるほど。いずれにせよダンジョンマスターはダンジョンの外には出られないので何処かのダンジョンを借りることまでは確定で、それをここに真中長官を呼びつけて行うか、それとも他のダンジョンの場所を借りて行うか。そのあたりの調整が必要になってくるね。しかし、逆にこちらから通信設備の設置という形でダンジョンの中から会談を行うことができるようになれば、遠隔ででも安村さんの通訳の元で話し合いはできる。と、ここまではいいかな? 」
頷く俺、芽生さん、そして確認して腰を据え直すギルマス。会話が一時的に止まり、それぞれが飲み物を口に含んで一服する。ふう。
「失礼がないように、という意味では直で会うのが本来一番良いのだろうが、会議チャットに誘って他のギルマスにも聞けるような形で会談をセッティングする、というのがこの際遠隔会談の利点ではあるね。他のギルマスからの質問に対して質疑応答の場面を用意するかどうかはともかく、ギルマスの中ではダンジョンマスターと出会ったことがないギルマスのほうがほとんどなのだから、これを機に色んな形や見た目、それから性格も違いがある異次元の相手、という意味で……そうだな、いっそのことギルマスだけでなく、世界に向けて配信する、という可能性だって内包させることができるよね」
世界に向けて、か。そこまでは考え付かなかったな。なるほどさすがギルマス、普段コーヒー飲んでのほほんとしてるだけが仕事じゃないんだな。俺では思いつかなかった視点だ。一般に向けてダンジョンマスターは確かに居て、その代表があの姿。インパクトとしては充分だろうな。
「その場合俺の立場というか、ダンジョンマスターとの間を取り持っているという情報が流出することになるんですがそれは良いんですかね? 」
「そうか、そっちの心配もあったな……やはり私と長官だけの一存で決める話ではないよな。しばらく話し合いというか会議の時間が必要だな。しばらく時間が、そうだな。最短で一ヶ月か。緊急ギルドマスター会議を招集するとしてもそのぐらいの時間差は覚悟してもらわないといけない可能性が出てくるわけだが、それを伝えてくれるかな? 」
「その点についてはこちらの感覚で言う所の相当の時間がかかるかもしれないとは念のため伝えてあります。主に長官の日程調整という名目ではありますが」
彼らにとって一ヶ月ぐらいなら余裕で待てる時間であろうし、その間にセノとリーンがあちこちを飛び回ってダンジョン改造キットの配達と意見の集約をしてくれるだろうし、こちらもこちらで公開範囲をどこまでにするか、という点について議論をする時間的猶予が出来る。急がなくてはいけない話というわけでもないのでそのあたりを落ち着いて議論できるのは間違いないだろう。
「とりあえず、長官に報告してその後どうするかについて相談しなくてはならないな。せっかくフリーで居てくれるダンジョンマスターが居るんだから、彼女がいろいろ動けるうちに出来る相談や会談、それから情報のやり取り、お互いへの理解を深める行為なんかを含めて上手くやっていきたいとは思っている。安村さんには申し訳ないが、通信でやるにせよ直接会談をするにせよ、現場での通訳やダンジョンマスター側に最も近い探索者としての立場を担ってもらうことになるがそれでもいいかな? 」
「基本的に探索者は……ああ、もう無職じゃなくなったんだったな。でも毎日が休みでも良いぐらいの御身分ですので、そちらの指定した場所やダンジョンでの活動に関しては問題ありませんよ。今回の件に関して日当どうのこうのともいうつもりもありません。全面的に協力させてもらいます」
「助かるよ。文月君は……君はどうするかな。君も一緒に来るかい? 」
「私も暇ならお付き合いします。ただあくまで本業はまだ学生で居たいと思ってますので、講義日程やテストなんかと被った際は全面的に洋一さんに委任する形になるとは思います」
芽生さんらしい意見だ。世紀の一瞬である可能性が非常に大きいその時でも、本分を忘れないらしい。
「それに、うっかりカメラに映って有名人になってしまった日には大学に通うのも面倒になりそうですからね。そういう意味ではどちらかというと避けたいかもしれません。その点はもう洋一さんにお任せしちゃった方が私は楽が出来ますし、ダンジョン庁に勤めるようになってからでも変な期待の重圧に耐えられるかどうかは怪しくなってしまいますからね。出来るだけギリギリまでそういうのは回避したいと思っています」
「なるほど、デビューはしばらく先になりそうだね。まあ、まだ内定の段階だしそれまでは学生なのは間違いない、そっちを優先するのは当然のことだから気にしなくていいよ」
「ご配慮ありがとうございます」
「さて、ここから先は長官との話し合いにもなるかな。お二人さん、今ここに居るって事はそういう相談になるという可能性も考えて早めに来たってことでいいんだよね。このまま長官に繋いじゃって会議ってなる可能性もあるけどいいよね? 」
ギルマスから確認を取られ、二人とも頷く。問題は長官が暇かどうかだな。自分の席についてふーっと一呼吸置いた後、長官へのダイレクト通信を送る。長官は……出た。
「やあ坂野ギルマス、そちらで何かあったのかな? 」
真中長官が通話に出た段階でこちら二名もパソコンのカメラのほうへ移動する。二人とも居ますよ、という確認のために手を振ると、真中長官のほうも手を振って対応してくれた。
「これから何か起こるって方が近いと思いますね。安村さんがダンジョンマスターから会談の日程を調整してくれないかとお願いされてきましたよ」
「会談……ということは相手はミルコ君ではなく、この間言ってた猫の人のほうになるのかな」
長官の目がらんらんと輝いているのが見える。猫獣人……この言い方で正しいのかは解らないが、少なくとも現実離れした猫にも人にも成れるという不思議な形態をしたダンジョンマスターとの出会いだ。インパクトとしてはミルコを相手にする以上のものになるだろう。
「どうやらダンジョンマスターの意見を集約して、まとめて意見書としてこちらに情報を伝えて、こちらからも伝える情報があればお互いに交換し合って……という形になると思います。詳しくは文月君からの報告になってますが、お互いの意見交換会にしたい、というのが主目的のようです」
「なるほどね……ダンジョンマスターは元であってもダンジョンからは出られない、そこについては間違いないんだよね? 」
聞く長官、目で問いただすギルマス、頷く芽生さん、それを見て満足する俺。
「なら、私がダンジョンに赴いて直接会うのが一番いいだろうね。ただ、その会見を中継するのも面白いよね。高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンなら比較的早くセッティングもできるし、ギャラリーも呼び寄せることができるし、そこから中継して全国のお茶の間でもネット上でもいろんなところからダンジョンマスターという存在を認知させることができる。そこまでやるには……まあ、これはあれだな。ダンジョンマスターについて一方的に情報を開示させられた欧州への意趣返しにもできるね。中々面白そうだ」
真中長官も真中長官で、色々考えることがあるらしい。ただ、今日緊急で集まってもらったのは他でもない……といきなりギルドマスターを集めて会議というわけにもいかないだろうから俺はオブザーバー参加できるかどうかはわからない。とりあえず今日の所で報告できるのはこんな所だろう。
「あちらから申し出てくれたのをこちらの都合で待たせるのも申し訳ないからな。出来るだけ早くギルドマスターの緊急会合を開こう。そこでこの議題について話し合い、こちらからも質問する内容についてまとめなければならないな。私が直接会うのか、ネット配信は出来るのか、何処のダンジョンでやるのか。いろいろまとめないとな」
やる気に満ち溢れているのは伝わってくる。日本という国という単位でダンジョンマスターと仲がいいですよ、というのを海外向けにアピールしたいんだろうな。どうやらあえておおごとにしたいらしい。そうなると、やはり近日中に通信環境を整えるという噂の高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンでやるってことで固まりそうだな。
「安村さんは全面協力してくれるという約束を取り付けましたので、ダンジョンマスターとの橋渡しをお願いする予定です。実際にいつ頃やるのかとか、どこでやるのかとか、あらかじめ伝えてもらって小西ダンジョン以外でやる場合にはそこのダンジョンマスターの許可というか場所借りの約束を取り付けられるようにしてもらえるようにしたいと思っています」
「うんうん、たしかにそれは心強いね。安村さんもありがとう」
「乗り掛かった舟ですからね。ただ、坂野ギルマスには伝えましたが心配事もいくつかあります。そこの解決もしなくてはいけません」
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