1155:また来た
一つ問題を解決に導く方向性を決めたことで探索に集中できるようになり、午後の仕事は捗った。いつも通り五十八層を抜けて五十九層へ。結衣さん達はまだ五十九層には足を踏み入れてはいない様で、五十八層で色々と自分達の実力を溜めこんでいる途中らしい。
さすがにまだ新しいスキルオーブは充填されていないとは思うのだが、指輪を人数分入手する方向で目標を持ったという話もチラッと聞こえてはいたので、多分しばらくは五十八層に入り浸ることになるんだろう。
人数分の指輪が揃うまで一ヶ月、耐性を持っている人は除外して考えても三週間ぐらいはかかる計算になるか。是非とも頑張ってほしいと思う。モンスターの密度からして、三時間仕事して一個出るかどうかという確率なので一日に頑張って二個というのはこっちの条件とほぼ同じ。後は回数をこなしていくのが大事だ。
こっちも五十九層という中々モンスターが混んでいる中で戦っているおかげで運が良ければ二個、手に入れることができるという環境であり、売り先が無いからたまっているものである。かといってジャラジャラと指輪をつけまくって色々試そうという気にもならず、現在二桁単位で指輪が溜まっているという現状になっている。
本来ならこの指輪の試算も芽生さんと等分割りしてきっちりさせておくことが必要だと一度聞いてみたことがある。
「どっかになくしそうなので預けておきます。査定する時に等分でちゃんとわけてくれればそれでいいので」
そういう返事が来た。なので溜めこんでおくことに問題はないらしい。むしろ、今後この有用性が世間に知らされていくことで価値が上がるかもしれないので今は現物資産として持っておくほうが良いとのこと。
そういえば、その内値段が上がるかもしれないと保管庫に溜めこんであるロイヤルスライムゼリーも徐々に値段が上がっていっているのかな。このまま二年ほど塩漬けにしておいて、多少なりとも値段が上がった時に売るか、まとめて必要な人が出てきた時にそっちに譲る方向性で行こう。
五十九層ではさすがにモンスターが多すぎて色々と試す余裕は少しない。なのでスキルのことは一旦頭の隅からどけておいて戦闘に集中する。が、流石に慣れてきたを通り越して飽きてきた。
なんだかんだで三カ月以上この階層にお世話になっていることになるのか。時期的には本来次の階層へ向かって歩き始める方向性で向かうのが筋なんだろうが、下層が出来ていない現状ではここで集中して戦うのが誰にとっても得である。ダンジョンマスターもうれしいし俺達もうれしいし、魔結晶が出る分だけ社会のためになっているのは間違いない。ここは文句を言わずに素直に戦いに集中しておく。
飽き始めてきたとはいえ、他の階層、例えば六十四層やその奥である体内マップで戦うのとどっちがマシか? と言われると、このマップの居住性の良さを考えるとここに軍配が上がるのは間違いない。
もっと下の階層に潜るのは最上級キュアポーションであるランク5の本数を確保してほしいという依頼があってからでも遅くはない。焦る必要は無いとはいえ、本来飽きる必要もないんだ。毎日体を動かす楽しい仕事。流れが出来て回る順番も同じで、倒し方も大体同じ。これほど楽に稼いでしまっていいものか時々不安になるが、それだけの過程と実力を蓄えてきた結果が今なのだ。だから、今を維持していることには問題はない。そう納得しておこう。
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今日も三時間の五十九層でのお仕事を終えて五十六層へ戻る。五十九層で指輪を一つ手に入れたので、帰りにもう一つ出たらかなり美味しい日だと言えることになる。そう思って戻りの道すがら指輪を探していたが、どうやら物欲センサーが邪魔をしてくれたらしく落とすことはなかった。
五十六層に戻ると、やはりまだ車の走った轍の跡は残っている。後複数回往復することにはなるだろうからその間にもまた砂漠にタイヤの跡は増えていくだろう。
いつもの撃ちっぱなしを済ませた後、眩暈をきっちり回復させてから車を取り出して向きを帰り道にセット。轍が残っているということはここで迷う心配はないということでもある。出来るだけ同じようなルートで通っていざごまかし作業をする際に手間がかからないようにしておこう。
車に乗り込もうとすると、既に助手席に誰かが乗っていた。
「面白そうな乗り物じゃのう。我も一つ乗せてくれんか」
セノだった。ちゃっかり人間形態に戻って乗り込んでいる。確かに自動車を乗り回すという行為はダンジョンマスターにとっては珍しいものなのかもしれない。
「こういう乗り物はなかったのか? 」
「精々馬車ぐらいのものかのう。これは馬がなくても動くのじゃろ? どういう原理じゃろうな。ガンテツあたりに見せたら分解してバラバラにするところだったかもしれんの」
ガンテツがダンジョンに固定されててよかったという瞬間である。
「飼い葉と水の代わりにエンジンという場所でガソリンという液体を爆発させて、その威力で車輪を回して動く、という説明で大体想像がつくだろうか。こっちの世界ではありふれた乗り物だ。ダンジョンの中にまで持ち込むのは保管庫でもない限り不可能だろうし、一層に車で乗り込むことがない限りは見ないかもしれんな」
「うむ、そういう説明は良い、乗り心地のほうが大事じゃ。馬車よりよほど上等であるように見えるぞ。椅子もふかふかじゃしのう」
セノがその場で尻を浮かせて乗り心地を確かめている。
「じゃあ私は後ろに乗りますね。精々乗り心地を体験しておいてください」
「すまんのう文月よ。この助手席はお主の指定席みたいなものだろうに」
「そう思われることは嬉しいことではありますが、毎回乗りに来ないようにはしてくださいね。移動時間短縮のために持ち込んだものでもありますし、今そのおかげでちょっとした問題に突き当たってしまっているので」
「ふむ? さっき話しておったこのタイヤの跡という奴か。ならば……ちょっと待っておれよ」
椅子から下りると車から降りて、セノが手を前に出す。すると、砂漠に風が吹きタイヤ跡を消してしまっていた。
「これでこの乗り物がここにあった、という痕跡は消えた。これで問題なしじゃな」
「なるほど、風魔法で無理やり痕跡を消したわけか。しかし、ここだけ消してもそこにたどり着くまでの間全部やらなきゃいけないし、毎日通ることになるからな。今日のところはありがとうと言っておくよ」
「まあ、精進せえ。方法の一つを見せてやっただけ故な」
風魔法を覚えればその手のことができるようにもなるってことはわかった。ただ、それは金がかかりすぎるごまかしだな。もっと楽な方法でなんとかできるようにはするつもりなので一つの参考として覚えておかせてもらおう。
「さて、出発するから乗り込んでくれ」
「はいよ。……おっと、すまんのう」
シートベルトが解らないだろうからかけてやると礼を言われる。助手席のシートベルトは公道でなくてもつけておいたほうがいい。そもそもここが公道なのかどうかは専門家の見解も分かれるところだろうしなかなか判断がつかない所だろうな。きっと役所同士のやり合いで一悶着始まるに違いないのだ。
乗車と安全を確認したところで出発。せっかくの自動車初体験が居るので、それなりにスピードを出してやる。
「おーっ、速いのう、すごいのう。これがお主らの文明の力か」
テンションが上がりっぱなしのセノ。子供のようにはしゃいじゃってまあ楽しそうだ。バックミラーの芽生さんも軽くにやついている。
「砂地でなければもっとスピードを出すことはできるんだがな。ここではこれが精いっぱいだ」
「まだまだスピードが出るものなのか。それは楽しみじゃのう」
少し運転を続けてテントの前まで来た。残念ながら短い自動車の旅はここまでである。
「早く着いたのう。これは中々に楽しい乗り物じゃ。我に譲ってみんか? 」
「残念ながらこいつは砂漠に放置しておくには少々問題があるからな。保管庫に放り込んでおかないとメンテナンスやら色々としなければならないし、そう頻繁に行う訳ではないが燃料の補充も必要だ。それにこれはダンジョンの外でも使う予定があるからな。だから好きに遊びまわっていい車はない。それに、こいつがダンジョンの中にあることがばれたら俺の保管庫スキルの所有もバレてしまう。そうなれば今まで程自由に活動することは出来なくなる。大事なショーの俳優が居なくなってしまうのは寂しいだろう? 」
「そうじゃな。では楽しませてもらったほんの礼代わりに、今つけたタイヤの跡とやらは消しておいてやろう。次はもうちょっとうまくやれるようにしておくんじゃぞ」
そいつは助かるな。一回分お得になった。毎回消してくれるなら毎回乗せてもいいぐらいだが、そこまで甘えるのはちょっと違うだろうな。
車を保管庫にしまい込むといつも通りリヤカーをエレベーターに放り込んで七層のボタンを押して暇な間に荷物を整理して積み込む。
「今日のところはお得でしたねえ。次も……というわけにはいかないでしょうね」
「そうだな。数日かかるだろうけど消すための方法を講じてみることにするよ」
車載用の整地ブラシってその辺で買えるのかな。それで引っ張って試して、ちゃんと消えていれば問題なしってことになるな。金はあるし買って保管庫に入れて持ってきて試して、それでごまかしていこう。
七層に着いて茂君ダッシュ。帰ってきて一層へ。退ダン手続きして査定カウンターへそのまま行く。ギルドの建物の中に入って涼しさを存分に感じる。多分茂君でダッシュしたおかげでこっちの身体は温まっているので程よい冷気に感じる。
査定が終わって本日のお賃金、一億三千二百二十三万円を手に入れる。それと指輪が一つ。次を待ちわびているとはいえ、保管庫の中の資産は数十億になろうとしている。
さて、今日のお仕事終わり。冷たい水を飲んで一服。さて、今日のこの後の予定は……タイヤ跡を消す方法を考えることだな。さっきの整地ブラシ、いくらで何処で買えてどうやって手元に持ってくるか。頼んだら配達とかちゃんとしてくれるのかな。
「さて、明日も今日と同じ流れで行こうと思う。何か質問は」
「ここでする質問はないですね。そっちの家で相談することはいくらかありそうですが」
ここで車の話はするなよ? というフリらしい。
「じゃあ家来るか? 色々と買い物とかする必要があるだろうし選ぶのを見てくれるのを助けてくれるとありがたい」
「じゃあお邪魔しますかねえ。泊まりかどうかは今のところ解らないですが……夕食はどうしますか」
芽生さんが久々に家に来ることになった。夕食どうするかな。コンビニで適当に見繕うか、それとも作るか。作るならローテーションから何か出すか、それとも手軽にパスタと行くか。
帰りのバスの中で飯の準備をどうするか悩む。そう言えばリクエストでおでんと言われていたな。こんにゃくあったかな。冷蔵庫の中身を探して具材があったらおでんを作って食べよう。
「夕飯はおでんにしようと思うんだけど」
「お、いいですねえ。多少遅くなってもいいんで味しみ大根でお願いします」
時間がだいぶかかりそうだ。その間にお腹が空きそうだが、帰ってすぐ作りはじめれば間に合うだろう。帰りのコンビニでちょっと食材を買い足してそれから夕飯ということにしようかな。
バスを下りて駅で電車に乗り換えても今日は芽生さんが隣にいる。仲良く立ったまま並んでじっと到着を待つ。最寄り駅についてコンビニで少し買い物。その後で自宅に着。
「そういえば来るの久しぶりかも? ですねえ」
「そうかも。別にもっと頻繁に来てもいいんだぞ? 鍵も渡してあるし、一言こっちに連絡さえ入れてくれればある程度自由に家の中をうろうろしてても」
「そうですねえ。まあ私が用事があるのは基本的に洋一さんにでしょうから、居ない間に何かする、ということは少ないとは思いますが……あ、そういえば随分前に洗濯をお願いしたような気がします」
「一応布をかぶせてあるからホコリは積もってないと思うぞ。確認してくると良い」
芽生さんはとことこと自分の部屋にしている部屋へ行った。さて、こっちは夕食の準備を始めるか。夕食の準備が終わったら、煮込んでいる間に目的の品物を注文しないとな。
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