1154:ごまかしの方法
素早くダンジョンにたどり着いたおかげで、たしかに移動時間分の短縮は出来た。悩みは一つ増えたが自然環境が何とかしてくれることを祈ろう。でも五十六層は風が吹かないから、自然に砂が元に戻って綺麗になる可能性は非常に低いと言わざるをえない。
しかし、マジでどうしよう、何か対策を考えるか。自動車でけん引するタイプのトンボ、たしか正式名称は……忘れた。あれで整地して自然に見せかけるようにするということもできるだろうが、どっちにせよ跡は付いてしまうし……悩みどころが増えたな。バレるころには何かしら保管庫について公表する立場になる、というのも一つの考えとして組み込んでおこう。
まあ、気を取り直して探索だ。今日も五十七層をグルグル回って午前中の仕事を終えて、午後の昼食に向けて移動を開始するのだ。
ただ、先に結衣さん達が潜り込んでいる形跡がある。モンスターが湧いてないのがその証拠。多分まだ十分も経ってないんだろうな。その気になれば追いつける距離だが、追いかける意味もない。追いついて追い抜くではお互いに美味しい思いが出来ない。ここは地図が出来ているこっちが気をつかって離れたルートをグルグル回りつつ、階段まで進むほうがいいだろうな。
「こっちへ行こう。モンスターが湧いている」
「そうですね、そっちは多分結衣さん達が進んでいるであろう方向ですから、後ろを追いかけてもせっかく早く着いた分の時間が無駄になってしまいます」
そう、せっかく早く着けるようになったのだ。それを精一杯活用せずにして何のために車で乗り込んできたのかというもの。
モンスターが多そうな方へ移動しつつ戦闘を行う。順調だ。五十六層を歩いてこなかった分体力も充分みなぎっているので体が軽い。落ち着いて対処をし、もはや敵ではないガーゴイルやリビングアーマーを倒しながら日々の稼ぎをきっちり稼いでいく。
「昨日のことですがこの度【土魔法】を覚えまして。早速使っていこうと思うのですが」
「じゃあ先日までの逆で、リビングアーマーを残すからそれで実験するってことでいいのかな」
「よろしくお願いします」
早速芽生さんにリビングアーマーを一体譲って一対一の状態にする。すると、芽生さんは普通のウォーターカッターを打ち出した。ウォーターカッターはそのまま自然にリビングアーマーを真っ二つにする。ここまで威力あったっけ? というか手に入れたの【土魔法】って言ってたよな。
「普通の水魔法攻撃? 」
「そう見えましたか。だとしたら成功ですね」
芽生さん曰く、目に見えにくいレベルで細かい砂を作り上げてそれをウォーターカッターに混ぜ込むことで、研磨剤の役目をさせて切れ味を凝縮させたとのこと。
「打とうと思えば普通に打てるんですけどねー」
そういうと、【土魔法】で作り出した岩の弾丸らしきものを壁にたたきつけ始めた。それは手のひらサイズの岩から徐々に細かくなっていき、指先程度の粒の連打になり、また細かくなって砂の塊が飛び出すようになっていく。そして最終的に砂が飛び出すだけになっていく。五十七層の一角が魔法で出来たガレキで埋まることになった。
「なるほど、受け取った現地である程度実技実習は済ませてきたってところか。で、このガレキの掃除はどうするの」
「スライムがやってくれるのを待ちましょう。その間に我々は先に」
左様か。そういえばこの階層のスライムは何色なんだろうな。二十八層以降だと赤いスライムが掃除するんだろうか。それともシャドウスライムが掃除に来るんだろうか。こっそり観察したい癖が出てきたが、仕事の効率を考えるとぐるっと回ってきてからまた確認することで問題なさそうだ。
そのまま徘徊しながら芽生さんの特訓は続く。リビングアーマーはたまには自分も練習をする。雷魔法と火魔法の混合はまだ確実に決め手となりうる一撃のようなものは出来上がっていない。白雷を超えるようなものはまだ難しいだろうが、雷属性が効かない相手にも効果がある火雷複合魔法、というのが目標だ。その為には火魔法スキルの発動と着弾のスピードをもっと上げていかなければな。
◇◆◇◆◇◆◇
ガーゴイルが出てきたら真っ二つにして素早く行動、リビングアーマーが出てきたらじっくりお互いのスキル鍛錬。そういう流れで午前中は進んだ。早く到着した分時間は充分あったが、その時間をスキル鍛錬に費やす形になったので普段と同じぐらい、一時間半分ほどの稼ぎを終えて昼食の時間になった。
いつも通りの場所へ行くと、結衣さん達が軽く休憩している。どうやら下へ行って帰ってきた後なのか、モンスターが出ないゾーンだと見切った上でここに駐留しているらしい。もしかしたら俺達がそのうち来るから挨拶を、とでも考えているのかもしれない。
「俺達はここで飯だけど、結衣さん達は? 」
「小腹は空いてるけど、上に戻るまで食材も食器も無いのよね」
「テントの場所移しますか? 五十七層側に」
「そうしようかしら。今後はこっち側で色々することになるだろうし」
結衣さん達のテントもエレベーターがあるから移動に便利となのと、五十五層側で集中鍛錬をしていたのを理由に五十六層のテントはお互い近くに固まって配置されている。だが、ここで探索して五十六層に戻って二十分往復してから飯、というのは無駄が多いと感じているのだろう。
「こういう時は安村さんの持ち運び自由なのが羨ましいのよね」
「その代わり、常にダンジョンマスターに見られているっていう特典付きだぞ。多分この会話も誰かが聞いているだろうから、ダンジョンを作ってない暇なダンジョンマスターならひょこっと出てくることになると思う。呼んでないのに」
呼んでないからな、と念押しをしておく。前はここでセノが乱入してきていたが今日は大人しいらしい。
さて、欠食児童たちの前だがこっちは食事の時間なので机と椅子を出してサンドイッチを取り出す。今日は分けてあげられるような食材じゃないんだ、すまんね。
「便利ですなあ……」
「まあ、このためにわざわざここで休憩してるって部分もありますからね」
「さあ、階段まで歩いてお腹を空かせた後のご飯は美味しいはずだから私たちは行くわよ」
「一口、一口でええから」
「はいはい、一口だけね」
サラダサンドイッチを差し出すと、平田さんは大口で一口齧っていった。半分だけ残った俺のサラダサンドイッチ。一口なんて言わなきゃよかった。
「結構ガッツリ持っていったな」
「一口あげるなんて中途半端なことするからですよ。ここはお互いの仲良さを置いといても厳しくしつけておくべきでしたねえ」
「まあ、本命のカツサンドは無事だからな。それを守れただけでもまだマシな結果だと言えなくもない。その気になれば食材も調理機器もそろってるからここで食べてくかい? と言い出すこともできたんだ、そこまで相手の懐に入り込むのもそれはよろしくないからな」
「確かにそれもそうですねえ。それにお腹空き過ぎて倒れるよりはマシだと思いますよ」
空腹は放置しておくとあまりよろしくないのは実感としてわかっているので、さっきの一口で階段まで動けるだけの体力が回復していることを願っておくとするか。
「お昼を挟むとは言え、午前中の探索が終わって階段上がって今から食事……腹ペコで食べる飯はさぞ美味いだろうな」
「こっちも似たような物ですけどね。今日も美味しいですよ。特に馬肉カツの揚がり具合が最高にいいですね。ソースも合ってます」
ちゃんと感想を伝えてもらえると作り甲斐があるのでもっと褒めてほしい。今日はサンドイッチという割と手抜きの一品だが、それでも具にこだわって作ったので大事に味わって食べてくれる相棒という存在は大事である。
「なんかここ最近で食べたいと思った料理みたいなリクエストある? 作るのにそれほど時間がかからないものなら大体できると思うし、手間がかかるなら前日から準備しておいて当日は煮こむだけ、焼くだけ、みたいな感じにもできるから対応は頑張るつもりだけど」
「そうですね、探索をおざなりに料理の道を突き進むではちょっと何かが違うとは思いますが……たまにはおでんとか食べたいですね。卵と大根とこんにゃくとちくわと」
「夏場におでんか。まあここは季節関係ないから有りだな。リクエスト品として入れておこう。その内作るようには考えておく」
「お願いします。気長に待つので」
サンドイッチを食べ終わり、コーヒーを飲んで休憩。ここは過ごしやすくてとても良い環境だ。ここに住んでもいいぐらいだな。
「そういえば向こうは先に五十六層に上がるんだから車のタイヤ跡にも気づくだろうな。次に会ったら何か言われるだろうな」
「早ければ今日中ってところですかねえ。なにか上手い言い訳を考えるか、開き直る準備でもしておいてください」
「やっちゃったことについては……ギルドにも相談しておいたほうがいいのかな。それともバレるまで黙っておいて、そろそろ潮時なので公表しようと思います、という形にしたほうがいいのかな」
後から実は持ってます、ということを公表することについてメリットとデメリットについて確認しておく。この際デメリットは早くから公表するのと遅く公表するのではあまり変わりはないだろう。メリットについては、時間ギリギリまで引き延ばして使い放題し続けることができる、というのがメリットだな。
「ここまで深く潜っていれば【保管庫】を入手できる可能性が高まる、と周囲に誤認させることはできるようになるかもしれませんねえ。何時から持っていたのかをはぐらかすにもちょうどいいですし、他の探索者を奥へ誘い込む餌としても中々の理由になるかもしれません」
「そのまま跡をつけ続けて謎のタイヤ痕がある地帯として残しておくのも手だな。車そのものを見られなければダンジョンオブジェクトとしてダンジョンの不思議が一つ増えるだけで済むかもしれない。もしかしたらダンジョンマスターの好意で次の階段への道筋を教えてくれている、みたいな話で終わるかもしれないな」
あくまで楽観的な観測としてそのことを考えておくか、もっと深刻な……いや、今まで隠し続けてきたことを考えると今回は悪手を選んでしまったというべきなんだろう。だが、実際にやってしまった以上解決法を探るか、それとも出来るだけ誤魔化す方に舵を切るか。
面倒くさいかどうかではなく、やはり誤魔化す方で考えるほうがいいか。誤魔化すための手段を講じるための金はある、手間をどれだけかけるかだ。手間をかけた分だけ金が手に入るならそのほうがいい。今回も誤魔化す方向でいこう。
「よし、出来るだけ痕跡を消去する方向で話を進めていこう。車のタイヤ跡は消せるようにやり方を考えていくことにする。やはりまだこの話は公にするわけにはいかない。綺麗に消えてくれるかどうかまでは解らないが、出来るだけ痕跡を消す方向で行くことにする」
「じゃあ、車で移動するのもなしの方向で行きますか? 今日仕事した分で社用車への出費はほとんど解消されたようなものですし、数日使ってすぐにまた中古屋へ逆戻しするような形にするんですか」
うーん、そこまでは考えてないんだよな。便利に使うところは便利に使っていこう、がモットーだし。
「何処までうまくいくかの保証はないけど、まだ挽回できるチャンスはある。そっちの方向性で行こうと思う。だから車はまた使うし、車を使いながらごまかす方法を考えてみる。まあ、やれるだけやってみて取り返しがつかない所までいってしまった場合は素直にミスを認めてギルマスにも相談していく、という形で行こうと思うよ」
「そうですか、ちょっと安心しました。お金稼ぎは大事ですからね。こうやって休憩する時間分をまるっと探索に利用できるようになった、と考えると非常に大事です」
大事ですを二回繰り返すほど大事らしい。やはり、余分な時間は短縮できるなら短縮するに限る、というところか。とりあえずメモっておこう。車のタイヤ跡を消す方法……と。
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