1142:吾輩はセノである
ダンジョンで潮干狩りを
Renta!等いろいろなサイトで発売中です。是非とも続刊のためにもご購入のほうよろしくお願いします。
気持ちのいい朝である。部屋を出たら暑いのはわかっているが、今日はタイマーでちゃんとリビングのエアコンが起動するようにしてあるので安心して部屋から出れる。やはり、涼しさは何にも勝るな。おっと、今日もありがとう、南無阿弥陀仏。
ゴキゲンな朝食の後に炊飯器のスイッチを入れていつも通り米が炊けるようにセッティングすると、昨日の内に下処理を済ませておいた食材をカレーに変化させる。
後は弱火でとろとろと煮込むだけにした段階でニュースをつけていつもよりのんびりとした朝を迎える。ここしばらくは天気の崩れはないらしい。濡れなくていいのは助かる、暑いのはまあ我慢だ。これでも猛夏の時期は過ぎたのだからマシになったというもの。流石にまだ熱帯夜が続くが行き帰りの時間は少しだけ涼しくなった。
今日の運勢第一位はおとめ座……お、俺じゃん。ラッキーアイテムは緑色のハンカチ。確か持ってたな、ポケットに忍ばせておくか。今日も指輪二個行けるような気がしてきた。ただの占い一つで自分のテンションが上がるなんて安上がりだな。
炊飯器から音、米が炊きあがった。カレーのほうはどうかな……まだとろみが足りないな。もうちょっとだな。まだ時間はある、時間ギリギリまでしっかりとかき混ぜながら煮込み、その片手間でサラダを作る。いつものレタスとキャベツとトマト、そして茹で卵を潰してマヨを混ぜ込んでディッシャーで真ん中に飾り付け。サラダはこれでヨシだな。
出掛ける時間になったので味見。うむ、このぐらいで良いだろう。後は足りなければ現地で軽く焙ってやればいいだろう。さて、スーツに着替えて昼食を保管庫に詰め込んで出発だ。
柄、ヨシ!
圧切、ヨシ!
直刀、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
猫の好きそうなもの、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。今日は出会うかどうかわからないが、セノに会った時用の準備はバッチリだ。玉ねぎが入っているのでカレーは喰わせられないかもしれないが猫缶とちゅ〇るの用意もある。人間用の食事ができる時でも問題ないだろう。食器も三人分以上あるし問題なさそうだな。
◇◆◇◆◇◆◇
ギルドで芽生さんと合流。着替え終わっていた所に合流すると、何かを手にしている。
「それは? 」
「またセノさんに出会った時用に、もしかしたら食べるかもしれないと思って近所のコンビニで仕入れてきました」
その手にはちゅ〇るが握られていた。
「考えることは同じか……やはり気になるよな」
「ですねえ。ちゃんとペロペロしてくれるんでしょうか」
既にダンジョンに潜って探索することよりも、セノが現れてちゅ〇るを食べるかどうかのほうに関心が寄っている。
「思考をダンジョンに戻そう。ちゃんと探索することのほうが大事だ、いくら通い慣れた五十九層と言っても気を抜くと怪我するかもしれないからな」
「そうですね。きっちり頭を切り替えましょう。とりあえずちゅ〇るは洋一さんに預けておきます。もしもの時はよろしくお願いします」
「解った」
◇◆◇◆◇◆◇
いつも通り茂君と五十七層を経由して、回廊部分で昼食のカレータイムに入ったところでセノは現れた。ダンジョンマスターはやはり何処の階層でも自由に出入りできるらしい。これ、もしモンスターとのエンカウントになった場合はどうなるんだろう? やはりダンジョンマスターも戦闘になるんだろうか。ちょっと気になるな。
今まではセーフエリアでしかダンジョンマスターと出会わなかったので気にも留めなかったが、ミルコと初めて十五層で出会った時はダンジョンの階層機能としてモンスターのアクティブ化をオフにしていたので自分のダンジョンではそこの調節は出来ることは解っているが、他のダンジョンマスターだとどうなってるんだろう。やはりミルコから許可を取って会いに来ているんだろうか?
「今日も暇だからきたぞえ。ちょうど食事どきのようじゃし、出来ればご相伴に与ろうと思ってな」
黒い猫がそう喋る。飯を食いに来た割りには人間形態ではなく猫のまま来た。やはりこれは猫缶を出せ、という事だろうか。
「モンスターに会ったらどうするつもりだったんだ? ダンジョンマスターとモンスターでは戦闘にならないとかそういう機能はあるのか? 」
せっかくなので質問をしておく。回答によっては大事な情報として仕入れておく必要がある。
「ミルコには許可を取ったし、ここにはモンスターが湧かないのじゃろ? 問題なかろうて」
一応ミルコの許可は取ってあるらしい。ここなら安全だからまあいいよ、ぐらいのものだろう。あまり頻繁に現れるようならミルコが苦情を言いに来るだろうし、それまでは放置でいいかな。
「洋一さん、あれ、あれ」
「はいはい」
ちゅ〇るを渡すと、芽生さんが口を開けておそるおそる口元に持っていく。セノはクンクンと匂いを嗅ぐと……舐めた。
「薄味じゃのう。じゃが悪うはないのう」
そのままぺろぺろとなめ始めた。ちょっとずつ絞り出しながらちゅ〇るをダンジョンマスターに与える芽生さん。その瞬間をスマホで撮っておくことにした。
「ふむ……中々美味しいがやはり薄味じゃのう。我は別に普通の人間の食事でも問題ないぞえ? 」
「そうなのか。じゃあこの猫缶も無駄になったな」
「猫缶か。前の連中にも与えられたことはあったのう。あれも味はわるうはなかったのう」
食ったのか。そしてそんなに悪くはなかったのか。
「もしかして猫缶って美味しいんですかね……? 」
「人間が味見してるらしいからな。食べてみるか? 」
「いえ、私は遠慮しておきます。セノさんどうぞ」
取り出した猫缶をそっとセノのほうに押し出してくる。セノは人間形態に変化すると、器用に蓋を開ける。その間にもう一回撮影。人間形態と猫形態両方があるということを真中長官に知らせる義務があるし、どっちもかわいいかどうかでいえばかわいい。人間形態は美しいと表現した方がよりしっくりくるだろう。
毛並みは艶だっており、毛も生えそろっている。身だしなみには気を使っているぞ、という感じが伝わってくる。
「匙はあるかのう? 」
「どうぞ」
スプーンを渡すと、普通に食べだした。味が薄いんじゃないのか。
「味は薄いが美味いのは間違いないからのう。お主らもどうじゃ? 」
「いや、遠慮しておく」
流石に他のダンジョンマスターが見てる中で猫缶を食べてる姿を見られるのはちょっとな。口伝いに他の探索者に噂を流されると恥ずかしい。猫缶を食べる探索者がいるなんて話題になってしまったらと考えるとな、ちょっとな。
セノはペロッと猫缶を食べ終わると、こっちのカレーにも興味を示し始めた。
「そのカレーとやらも食してみたいもんじゃのう」
「前のダンジョンでは大分崇められてたのか、それとも完全に放置されてたってところか? 」
「そうじゃのう。少なくともこうやって食事を共にするということはなかったのう」
カレーを半人分用意するとセノの前に差し出してみる。セノは匂いを嗅いだ後、猫缶を食べ終わったそのままのスプーンで食し始めた。
「ふむ……なるほど……」
口の中でしっかりと咀嚼し、食べ終わる。その瞬間と、最初の一言をじっと待つ俺と芽生さん二人。
「これはあれじゃのう、我には辛すぎるのう」
「結構甘口のほうなんだが、これでも辛いのか」
「うむ、この我にはちょっと厳しいものがある。出された分はきっちり食べるのがポリシーじゃから全部頑張っていただくが、次に食事に招待してくれる暁にはもっと甘い感じのものがええのう」
このカレーでだめだとすると、香辛料系の食べ物、麻婆豆腐なんかもダメだろうな。まあ、ダンジョンマスターに喰わせるために作っているわけではないが、考えの片隅に置いておくことにしよう。
甘い感じというと真っ先に思い浮かんだのがカツ丼や天丼なんかの甘いタレを思い浮かべる。和食の甘さを気に入るんだろうか。それとも醤油辛さが先に来てやはりだめなんだろうか。少なくとも辛さはダメということは解ったので一つはヨシとするか。
「さて、こういうものがあるんだが、こっちはいけるクチだったらいいが」
マタタビ酒を取り出して見せる。ちゃんとぐいのみも配備済。さぁ、どうだろうか。
「おおう、それじゃそれじゃ、そういうのを待っておった」
ぐいのみを俺からひったくると人間形態のままでそのままぐいっと飲み干す。せっかくなら猫みたいにペロペロといって欲しかったが最初にぐいのみを見せたのがまずかったか、それとも一気に飲みたかったのか。どっちにせよ日本酒はいけるクチであることはわかった。同時に辛めの酒は多分ダメだろうな、という当たりもついた。
「くーっ、やはりええのう。ダンジョンマスターやる前からじゃがこの一杯のために生まれてきたようなもんじゃのう」
酒呑みはみんな同じことを言う。
「お主らも一杯やらんか? 中々美味いぞこの酒は」
「うーん、酔わないとはいえ一応仕事中だからなあ。この後五十九層でしっかり動くし」
「そうですねえ。帰り際になら付き合っても良かったんですけどねえ」
全くタイミングが悪いところでもある。いくら【毒耐性】である程度酔わないとしても、限度はあるしアルコールを入れる以上判断力の低下は可能性として考慮に入れるべきだからな。
「では、これは我一人で楽しむとしよう。これから仕事なんじゃろ? 存分に励めよ」
「眺めてるだけの側は気楽でいいなあ」
「ほっほっほ。こっちは一仕事終えた側じゃからのう。しばらくはゆっくりさせてもらうことにするぞえ」
三年間サボってたのによく言う。こっちからは言わないでおくが、ダンジョンもすぐ踏破されたところを見ると拡張もせずにほっぽりっぱなしだったろうに。このダンジョンマスターはあまり仕事をするような雰囲気は漂ってこないな。
「それでは、続きは我の領域でゆっくり見させてもらうぞえ。お主らは気張って我らを楽しませよ? 」
「へいへい、解ったよ」
しっしっと手で追い返すと、笑って逃げるように帰っていった。
「台風一過って感じでしたねえ」
「まあ、だからといって仕事をしないという選択肢はないからな。精々踏ん張って楽しませるとしますか。そのためにはまずこっちの腹も満たさないとな」
乱入があったもののいつも通り食事を終えると休憩、活動を始める。
「しかし、画像は撮れたもののこの後どうするんかねえ彼女」
「どうするんかねえ、とは? 」
カレーを食べつつ雑談、本人も聞いているだろうし今からこの雑談をするために地上に戻るのも手間なので聞こえている前提で話を進める。
「いやね、別荘ダンジョン攻略したでしょ? 攻略した理由が場所が悪すぎるってことで」
「ああ、そういえばそうですねえ。同じところに作ってもらっても面倒なことになる、と? 」
「そこまで考える必要は無いんだろうけど、最終的にどうするかってのを伝えるのは我々の仕事ということにならんかってことよ」
芽生さんが腕組みして考え込む。俺も口にスプーンを咥えたまま考える。どこに、どんなダンジョンを新しく生み出そうとするのか。旧ダンジョンと同じ形のダンジョンを作るのか、それとも何か新しいギミックを用意してくれるのかどうか。
考えても仕方ないか。ここは相談するかどうかも含めて明日、ギルマスに相談するべきだろうな。ギルマスから長官へ、長官からダンジョン庁全体へ。そういう流れのほうが安心できるだろうし俺に責任が来ることもないだろう。
報連相は昨日の内に出来ればよかったが、明日になってからでも遅くはない。まだまだ時間的余裕はある、そう考えておいても問題ないだろう。
そのまま悩みがいまいち晴れないまま午後の作業に突入し、無事に一億千百万二千円を稼いで帰った。次はブラッシングが出来るかどうかを試させてもらおう。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
後毎度の誤字修正、感謝しております。