114:ダンジョン庁
side:ダンジョン庁
ダンジョン庁ギルド統括、つまりグランドマスターである真中は各所への通達と対応に追われている。
先日の地方ダンジョン課長級会議で意見の出た「スライム素材の買い取りについて重さで買い取るようシステムを変更する」件について、システムを構築した会社とのミーティングでの見積もり依頼からの可能な限り早い場合の納期などの調整を取ることで働きっぱなしであった。
また、システム変更を全国一律で行うために、会議に参加していない地方の課長級とのミーティングも同時に行われ、そのすべての会議に出席せねばならない立場であることがそれをさらに加速させていた。
二日ほど家に帰っていない。今の地位についてからここまで忙しい日々はおそらくなかった。
「何とも面倒な法則を発見してくれたものだ」
真中は一人呟く。たまたまその場にいた秘書がそれを聞き取り、言葉を返す。
「いつか誰かが発見しうるものは、早いか遅いかの違いだけであっていずれそうなる って言葉もありますし、そもそも忙しい時に発見されなかっただけマシなのではないでしょうか」
「その通りだ。しかし、調整会議だけでここまで紛糾するとは思わなかったよ」
被害……というか影響があるのは主に東海地方のダンジョンであって、そのほかの地方では全く関係のない事件であるが、全国共通の統合処理システムを使用している以上素材買い取りの価格は全国統一で行われる。
この場合、スライムの査定金額が最終的に下がるという事になるので赤字経営の地方ダンジョンとして、買い取り価格の下落による探索者の足離れには敏感であった。
その為にギルド統括は各セクションの説得と業務処理マニュアルの更新作業への指示、各ダンジョン収益の割合から予想される各ダンジョンの収入予測の計算まで、指示をし報告を受ける必要があった。
いきなり出来てまだ三年程度の省庁である。当然慣例や前例があるわけではなく、今もまだ手探りでの運営を続けているダンジョン庁にとって今回の事件は試練であり、良い経験であった。
二日前にきっちりリーゼントに仕上げていた髪型はすでに崩れ、若干悲惨なことになりつつある頭を掻きながら、真中は必要な手続き、指示を思い出しながらそれをこなし、同時にマニュアル化を推し進めるという一人でやるには厳しい作業を行っていた。
本来なら自分の部下に項目ごとに丸投げするような内容だが、ダンジョン庁にはそこまで潤沢な人材も無い。予算は自分でダンジョン潜って取ってこい、と他省庁の官僚たちに揶揄される事もあるぐらいだ。
民間市場規模の拡大には徐々に貢献しつつあるものの、まだまだ足りないと言われている最中である。当然ギルド統括の部下は各地方ダンジョン統括、つまり部長級であり、直属の部下と呼べるのは隣にいる秘書ぐらいのものである。
「あ~優秀な部下が欲しい。できればダンジョン探索経験があって書類整理が得意な部下が欲しい」
「ここに優秀な部下が居るじゃないですか」
秘書が自分をさしながら言う。確かに彼はスケジュール管理については非常に優秀だ。今こうして愚痴ったり揶揄し合いながらも彼は次の予定を組み込んでいる。実際忙しいのは三割ぐらい彼のおかげでもある。
「そうだな。でももう二人ぐらい欲しいな。俺の仕事の補助が出来る奴が」
「頼まれればやりますが、どうします? どの仕事からかかりますか」
「……ないな、振り分けられる仕事」
「でしょう? 現状長官じゃないと動かせない事態が多すぎるから、今現在こういうことになっている訳ですよ」
「できて三年で構造改革が必要になるとは私も思わなかったよ」
「そういう時はスクラップ&ビルドですよ。いっその事会計課でも作ってそこにぶん投げるというのはどうです? 」
「人材を集める伝手と暇の間に仕事が片付いてしまうな」
なんだかんだで未曾有の新規省庁の開設時からギルドのトップを任されるだけの行政処理能力は持ち合わせている。その本人が無理ぽ。と言っているのである。
「とにかく、決定事項として従ってもらうしかないな」
「そもそも、スライム素材ってなんで固定値買い取りだったんですか? 」
「ダンジョン探索者が増えるまでの措置として最弱モンスターであるところのスライムのドロップ品を重さで計算すると安すぎるから、だな」
「それが探索者が増えたから元に戻す。ということですよね」
一般人へ門戸を広げるための施策として、そしてダンジョン探索者を減らさないため、スライムの魔結晶とスライムゼリーの買い取り価格をその価値よりも若干高く買い取りするよう指示していたのが今回は裏目に出た形だ。
「生活の下方硬直性という法則があってね、給料が上がるのはいくらでも耐えられるけど、いざ給料が下がることになると難しい、というのがある」
「つまり、その下方硬直性のせいで反発が出ていると」
「探索者からしたら労力に見合わない、ということになるね。無関係な地方では特に」
「なら、そもそもスライムは今まで探索者が増えるまでの間の優遇措置として本来より高額の買い取りをしているのであって増えたから元に戻す。そこまで説明した上での納得をしてもらうしかないですね」
真中は実際その点について各課長会議でも地方統括会議でもそれを口酸っぱく説明をしていた。それでもやっぱり全方位良い顔をして終わりという訳にはいかなかった。
「民需にかかわる事ですから自由経済としては原料価格が下がる事については納得してもらうしかないですよねぇ」
「いかにウンと言わせるかが結局私の舌先三寸で決まるということだ」
「まるで偉い人みたいですね」
「君、私を何だと思ってるの」
「ダンジョン庁長官」
この秘書は飄々としてるくせに、残業にも付き合ってくれているしたまに呑みに行っても無茶をしない程度に酒に付き合ってくれる。年齢は離れているが友人づきあいとしても良好な関係を築けていると言えるだろう。多少の毒舌はいいアクセントである。お互いそれを解り合ってのやり取りだ。決して二人の仲が悪いわけではない。
「決定事項として、根気よく説得を続けるしかないんじゃないでしょうか」
「もっとこう、他省庁みたいに上下関係がきっかり決まっているならそれでよかったんだろうが、良くも悪くも出来合い省庁みたいなところがあるからなぁ。ゴネられると弱い」
「それでも長官ですか。責任は俺がすべて取る! と宣言しましょうよ」
「宣言しなくても俺が責任取る。それぐらいはしないと、俺が長官になってる時点でもう籤運が良かったとしか思えないからな」
ダンジョン庁設立時に遡る。新省庁設立に伴い完全新規部署の立ち上げとして最も適してたのが真中である、と推された理由が彼がローファンタジー大好き人間だという事が同期入庁者の間で有名だったからである。
これ以上の適任は無いだろうといわば半分押し出されるような形ですっぽりと収まってしまったのだ。ローファンタジー好きとして、これで運が悪いと思う人間はおそらく居ないだろう。
「あ~あ、俺も探索者になりたかったなぁ」
「その年で探索者始めても……いや、枯れたオッサンがダンジョン活動を始めるという話も有りかもしれませんね」
「精々腰痛めて早期退職が関の山だな。現実逃避はこのぐらいにして次の案件に行こう。次は何だっけ」
「魔結晶の買い取り額の変更について、納入を引き受けてくれている大手企業から値下げの申請が出てます」
魔結晶は将来的な需要を見越したいくつかの新興企業によって収集・確保されているのが半分ぐらいで、残りは研究開発用の素材として流通しているのが主である。
一時期は次世代のエネルギー資源として活用される可能性が見いだされたとして大いに先物市場が沸いたことがあるが、残念なことに研究のほうが一時的に頓挫してしまい、先行き不透明なことになっている。
「あ~無理無理。スライムの魔結晶だけで魔結晶需要を満たしてるわけじゃないから」
「とはいうものの、スライムの魔結晶が全体に対する比率で二十パーセントを超えてますから、向こうとしては一パーセントでも値下げの余地があるなら値下げ交渉をしたいって事でしょう。一応こちらに現状価格の取引額と、値下げした際の予想価格をまとめてあります」
「君が優秀で助かるよほんと。今日も帰れそうにないな……女房の作った豚カツが食いたい」
もっと言うと家に帰って風呂でゆっくりしたい。そうすればもっと頭もスッキリするはずだ。真中はそう考えていたが、今のところその夢はかなわず、自分の部屋の隅にあるプチシャワールームで汗と汚れを落とすだけに留められている。
「女房役が買ってきた串カツあたりで我慢してください」
「もうそれでもいいや。手が空いたときに夜食の手配よろしく」
「ちなみにそのあとは三勢食品さんの工場長とビデオ会議が予定されています」
天を仰いだ後髪型を少し直すと、真中はビデオ通話の準備をしておく。ダンジョン庁としても、今まで赤字を垂れ流すギリギリの採算ラインで行っていたスライムの魔結晶・スライムゼリーの価格調整である。一歩も引けない覚悟で通話に臨んだ。
そして三勢食品。爆心地がダンジョンならここが弾薬の製造工場といった具合か。生産状況を情報を開示してもらえるところまで聞いておかないと、今後いつまで続きそうかにも直結する。事態の早期解決には必要な対話だ。
秘書は二人分のコーヒーを入れながら出前の準備をする。今夜もダンジョン庁のとある一部屋の電気はついたまま次の朝を迎えた。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。





