1133:長い帰り道
ダンジョンで潮干狩りを
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仮眠をしっかりとった。体のあちこちから感じる感覚からして疲れが取れたのは間違いないだろう。頭もモヤモヤせずにスッキリしている。汗もかかずに眠れたのはこの部屋の室温がちょうどいい環境だからなのかもしれないが、とにかくしっかり休んだという実感は得られている。枕だけとはいえ、中々の出来栄えだ。
今度は布団も……布団もダンジョン用の布団を一枚仕立ててしまうか。今度行った時に相談してみよう。短時間睡眠用のスノーオウル混合の夏布団あたりでどうだろう。
芽生さんはまだ寝ているので、今のうちに朝食の準備をしておこう。コンロを出してトーストと目玉焼きを焼いて、余っているカレーの残りを温めてトーストしたパンの上にそっと乗せる。パングラタン風に見えるカレーというものを作り上げてみた。残り物を処分するにもいいし、美味しい。キャベツこそないが目玉焼きとカレーの残りとパンでカロリーは取れている。
それでも芽生さんはまだ起きてこないので、その間に二十一層から撤退する時に折りたたんでしまったテントを再び立てた状態にして保管庫に保管しておく。今回は使わなかったが次回は使うかもしれない。時間が空いているのでちょうどいい感じの暇つぶしにはなった。
テントを立てている間に芽生さんも起床してきたようで、まだ若干寝ぼけているようなところがあるものの、自分で水魔法を出して顔を洗い出したのでもう少ししたらいつもの芽生さんに戻るだろう。
「おはようございます。ちょっと寝坊しました」
「丁度時間が欲しかったから構わんよ。おかげでテントも立てた状態で格納させられた。一応地面に置いたものだから、家に帰ってから室内で立てるのには抵抗あったんだよね」
芽生さんが身支度を済ませたところで朝食。パンカレーと目玉焼き。後はベーコンとキャベツがあれば完璧だったが、サラダは夕食で食べつくしてしまったので野菜分はなしだ。
「昨日も思いましたけど、パングラタンに見せかけたカレーなんですよねこれ」
「パンでカレーを食べる文化は無かったか。それは別で渡した方が良かったな」
「いえ、そういうわけではないんですが、脳が誤作動を起こすんですよ。見た目シチューなので実際に口に入れるまでシチューの心なんですが、口に入れた瞬間スパイスのおかげでこれカレーだ! ってなるのがちょっと」
ホワイトカレーは芽生さんにはまだちょっと早かったらしい。次回からはホワイトカレーは自分で食べる分だけにしておくか。
流石に朝食にミルコは来なかった。自分の分は初めから用意されてないと考えているのか、それとも二人分だけ用意された食器を見て察したのかはわからない。食事を終えると後片付け。
テントしまい込み、ヨシ。
エアマット、膨らませたまま収納、ヨシ。
机、椅子、食器、洗い物、ヨシ。
後に残るゴミ、ナシ。
カレー臭、する。
指さし確認は大事である。次はいつ来ることが出来るか解らない。他の探索者がここを訪れた時に違和感が無いようにしておかないとな。カレー臭は……仕方がないので残していく。あ、いや、一応空気をウォッシュしておくかな。
空気中のカレーの匂いの漂ってそうな空間に対してウォッシュを試みたが、黒い粒子が出るわけでもなく、ただ何となく空気がきれいになったような気がする。カレー臭はウォッシュの対象ではないのかもしれない。とりあえず試しただけなので上手くいかなくてもいずれは綺麗になるかもしれない。ヘヴィメタルがガンに効果があるかどうかのように、その内効くようになるだろう。
「さて、帰るか」
「帰りはどんな感じですか」
「寝起きの前と同じようにして、六十七層への階段のところでは小休止、六十七層では……どうしようね、最短経路を探すのはまたの機会にしようかそれとも今日の帰りに行くかどうか」
「一発で楽に経路を確保したいなら、あやしいところを巡りながら帰るのが良さそうですが」
芽生さん的には帰りに探しながらでも問題ないらしい。どうしようかな。まとめて終わらせてしまってもいいような気がするが。まあ、体調と相談しながら行くことにするか。
「じゃあ寄った時に考えて、解りやすい場所を見つけたらそっちへ行ってみるか。具体的にはスロープの有りそうな場所を探すってことになる訳か」
「確かに一か所しかあのスロープ部分が無いとは限りませんからね。それを確認するためにも必要だと思います」
帰りに六十七層をうろつくことは決まった。帰りの時間は気にする必要は無いので、体力や魔力の残数さえ充分なら余裕ある探索をすることができるな。
「じゃあ、六十七層は最短経路を探しながら探索していくということで。後は短い道筋で真っ直ぐ帰る形にしよう」
そこまで決まったところで出発にした。早速六十八層に戻り、出来るだけ寄り道しないようにまっすぐ帰るようにする。六十八層では小部屋も回らず道だけを進むことにした。
休憩は挟んだものの、小部屋を回らない分だけ十五分ほど短い時間で六十八層を抜けることが出来た。ここまではほぼ一本道なのでモンスターを倒す速さがそのまま行動時間に直結する。そして、移動を早くしようと燃費を悪くして進むと小休止を取る必要が出てくる。そう考えると今必要なのは持久力ということになるわけだが、ここまで身体強化の強さと魔力の量を蓄えた二人でも素直に通り抜けるのが難しいマップ、というわけになる。まあ最深層なので仕方ないと言えばそうなんだが、それ以降、これ以後でも同様に厳しいマップが続くようなら何処かでビルドアップする時間と場所を得なくてはいけない。
夏休みに露見したのはダンジョンの終わりだけではなかった、ということだな。今後は他にも色々試していこう。深く潜る必要は無い、比較して浅い階層でも素早く移動して手早くモンスターを倒していくことでペースを上げて負荷をかける探索でより持久力を鍛えていく方向で行こう。
六十七層に上がって、まずはスロープ探し。分かれ道が出て来るまではしばらく同じ道をたどる。さて、本当に別のスロープが現れるかどうかはわからないが、とりあえず道なりに進む。もしかしたらないのかもしれないし、スロープがあったとして、上層と下層だけを繋げるスロープである可能性もある。今回はどうやら別の道のりに出会うことは難しそうだな。もしかしたら最初から最短ルートを通ってきてしまっている可能性もある。
「ないですねえ脇道。もしかして、何も考えてないうちに最短距離を通ってきてしまっているとかですかねえ」
三鎖緑球菌君をスキルで倒し終わった芽生さんが索敵を回しながらぼやく。芽生さんから見えてないのだからこちらから見えてないのは仕方ない所ではあるか。
「それかも。多分階段からおりてきた最初の選択肢でいきなり正解を引いてしまった可能性もある。だとすると、今後はここに来ても地図を埋めていく理由以外では向こう側の道へ続く地図は作らないかもしれないな」
「せっかく作ったダンジョンですし、出来るだけの地図埋めはしたいところですが、ここもちょっと深いことを考えると移動できる時間はそれほど多くないですからね」
しばらくしてスロープのところまでたどり着いた。ここで中層に上がってそれから分かれ道を間違えなければ一直線に階段まで行ける。スロープ部屋の真ん中に居た、三鎖緑球菌君との戦いの後で生き残った白血球を倒し終えるとスロープを上がって中層に。中層部分にいたサナダムシ二匹を倒し、中層に上がる。
「後は……えーと、こっちだな。これをまっすぐ行くと道中に階段があることになっている」
「逆順でたどると間違えることもありますからね。壁には注意しながら行くことにしましょう」
真っ直ぐ階段方向へ向かう。道中のモンスターも六十八層ほどとは言えないがそこそこ濃い。一グループずつ戦いに来てくれるのは悪いことではない。むしろ移動の間にほんの少しずつ回復できるので、戦闘ペースとしては休憩を挟まなくていい分六十七層のほうが戦いやすくはあるとも感じる。グルグル回るのが目的ならここでひたすら戦うというのも悪くは無いのかもしれないな。
この辺だったっけな、という辺りで階段が見つかる。今日はスムーズに見つかったな。念のため、戦いながら移動にかかった時間をスロープ部屋からの時間的距離として書き込んでおく。
「さあ、ここまで来れば後は上にひたすら上がるだけですね。白血球も居ませんし、それなりに楽に戦えるようになります。もうちょっとで地上に帰れますね」
「なんだか懐かしさを覚えるぐらいに久しぶりの地上って感覚がするな。さぁ後三階層、気張って歩くとするか」
六十六層より上の地図はもうほぼ完成していると言っていいので後は暗記するだけだ。暗記するだけだが……さすがに厳しくなってきた。これも加齢のせいだろうか。ちゃんと迷わないよう地図と見比べながら進む。芽生さんにある程度任せられるようになったので地図を片手に雷撃しながら迷わず進む。帰り道のポーションもきちんと出ているし、一時間ほどで階段にたどり着き六十五層へ。
六十五層は軽いオーバルルートになっているのでどっち側からぐるっと回ってもほぼ同じ時間的距離で通り抜けることができる。後はここと六十四層だけ。そう思うとかなり気分が楽になってきた。もうちょっとで帰れる。
「地上に戻った後の収入が楽しみになってきました。過去最高金額を達成できたかもしれません」
芽生さんは早くも成果のほうにご執心だ。さて、流石に細かい金額まで計算できるほどではなくなった俺だが、それに近いものは出てるんじゃないかなあという予測はついている。ポーションの販売金額だけでそれを達成できていれば問題ないんだが、手持ちに残しておく二本は別として、それ以外を売却に回したとして……うーん、ギリギリ届かない辺りになりそうだ。ここと六十四層で仮に一本出たとしても及ばない可能性のほうが高い。ただ、近い数字は出るだろうからそれに期待はしておくことにする。
六十五層をゆっくり回り、小部屋や横道も手が届きそうなら狩っていく。ゆっくりとはいうものの、モンスターが出るまでは少し小走りになっているので一時間かからず階段まで戻れそうな感じだ。
予想通り五十分ほどで階段に到着、ポーションは一本手に入った。後一時間、いやエレベーターも含めて二時間か。それで地上に戻れる。地上に戻ったら何しようかな。まずは家に戻って宿泊の片付けからか。
六十四層に上がると、ダンジョンコアルームに少し湿気を足したようなこれまた過ごしやすさの高い、いや高いとは言いすぎか。さっきまでの体内マップよりも相当に居住性の高いこの環境が、わずか一日のことなのに懐かしさすら覚える。目の前の亀にも懐かしさを感じる。やあ、八百年振りだねえ……とでも語り掛けたくもなる。
ここまで来ると持久力の心配をする必要はない。思う存分戦って、眩暈がしたらドライフルーツでリフレッシュしていけば充分持つ。この冷たい壁の感覚も、さっきまでテクスチャとして用意されていた内臓の内側のような、あの感覚に比べればダンジョンらしさがより出ていて探索の楽しさを思い出させてくれる。
後は歩いて進むのみ。六十三層に向かって歩く。流石にもうこのマップの構造には慣れてきた。地図を見る回数も減った。充分ややこしい六十四層ではあるが、通い慣れた分の経験値と方向感覚、モンスターの湧き具合で大体どっちに進めばいいかが記憶されてきている。
曲がって、真っ直ぐ行って、戦って。グルグル回ってワン。やってる間に六十三層の階段までたどり着く。ふー、長かった。潜りはじめから仮眠を入れて、二十二時間の稼働。朝一即査定とはいかなかったものの、ちょうどいい感じに査定カウンターが空いている時間に提出できそうだ。
「ふー、やっと帰ってきましたねえ。なんか体感長かったですねえ」
芽生さんがぐっと伸びをして、拳を天に向かって突きあげる。つられるようにグッと拳を掲げると、肩と腰が鳴った。こっちのほうにも疲労がたまってきているらしい。これは今夜ぐっすり眠れそうだな。
ミルコが急ぎで作ってくれたわりにそれなりに凝った作りで出来上がったダンジョンの六十五層から六十八層、無事に往復して延長戦までやって帰ってこれた。これでまた一つ、実績解除だ。
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