1120:六十六層
「さて、六十五層の調査はこんなものでいいかな。残った時間は六十六層をうろつくことに当てよう。そうだな。大体三十分から一時間ぐらいは使えると思う。回り道分後半の地図を作ってないけど、帰り道に作りながら帰ろうと思う。そのほうが多分時間を効率的に使える」
「それだけあれば階段周りと、運が良ければ次への道も見つかりますね。とっとと次へ行ってしまいたい気分です」
芽生さんはそうだろうな、と苦情を受け入れつつ階段を下りる。階段も歩きにくいということはなく、足元だけはしっかりしている。階段を下り切ると、下りたところに三鎖緑球菌君。早速殲滅して足場づくりにかかる。
「そういえば三鎖緑球菌君に体当たりされて本当に毒状態になるのかどうか、確認してないな。ふたりとも【毒耐性】を持ってしまっているからよほど強くないと確認が出来ないんだが」
「かび臭いって言ってましたね。かびの毒は毒なんでしょうか、それとも病気なんでしょうか。そもそも病気と毒をどう区別しているのか、そのあたりも気になりますし、倒したらかび臭いのが消えたってことはモンスターの一部に体内に侵入されたってことになりますよね。なかなか判断が難しいところじゃないですかね」
毒耐性以外に病気耐性とかウィルス耐性とか、そういうスキルオーブが出てくればまた別なんだろうが今のところ確認はされていない。まとめて【毒耐性】で防いでくれている、と考えるのが良さそうだな。
「ま、昨日今日で発症しないってことはおそらく戦闘中だけ影響がある毒、みたいなポジションなんだろう。気にせずに地図の作成に邁進することにしよう」
「上の階層ぐらいわかりやすいと良いんですけど……索敵でモンスターの分布を見る感じ、あまりややこしい形にはならないような気がします。ただ、ちょっと妙な所がありますね」
芽生さんが気になることを言う。妙、とはなんだろう。
「もうちょい具体的によろしく」
「ここの壁のすぐ横……というあたりにモンスターが居ることになってます。でも、そんなに薄い壁には見えないんですよね。だからなんか変な気分です」
槍先でつんつんと壁をつつきながら芽生さんが解説する。解説に伴い俺もサボっていた索敵をオンにして確かめてみるが、たしかにこの辺にモンスターが居ることになっているな。すぐ横に居るのにそんな感じはしない、と。俺の索敵にも引っかかっている範囲なので言っていることは解った。なんか変な気分、というのも解る。ただ、引っかかる原因が何となくわかったので回答を芽生さんに出す。
「これ、多分上下じゃないかな」
「上下……多層構造ってことですか。迷宮マップには無かったですよねそういうの。初の試みですか」
「もしかしたら何処かでこの道をくぐるような感じでスロープになってるところがあるかもしれない。そこを目指して、見つけるまでを第一目標にするか」
「だとすると……こっちですね。四匹重なりそうなところがありますので多分そこらへんかもしれません」
芽生さんの先導に従って向かう。道中には先ほどまでより濃い密度で三鎖緑球菌君が待ち構えている。問題なく倒していくと醤油差しも落とすしポーションも落とす。ここはなかなか稼げそうなエリアだな。二時間ここまで歩いてこなければいけないことを考えると、宿泊でねっとりとここで稼ぐのは充分ありだろう。むしろここより下は更に密度が高く、新しいモンスターが出てくる可能性を考えると、下まで行って往復で帰ってくるだけで済む、と言った具合にもなるかもしれない。
「お、お、お、きましたよ久しぶりですねこの感覚」
ここで、芽生さんの身体強化がまた一段階上がったらしい。最近しばらく見なかったので久々のレベルアップである。もうお互い何回レベルアップしたかを数えていないが、ここまでレベルアップしておけば苦戦しない、という参考数値として数を数えておけばよかったと今更ながらに後悔はしている。
そして、問題の四匹重なっているような場所、というところにやってきた。だが、視界には三鎖緑球菌が二匹しかいない。つまり、やはり上下どっちかに居る、ということになるだろう。
二匹を倒した後その先に進むと、広い部屋に出た。広い部屋にはサナダムシが二匹。とりあえず倒して安全地帯として場所を確保し、広い部屋を見ると、壁際にスロープのように斜め下に行く道、そしてスロープを下りた先にはさっきまで通ってきた道とやや並行するように走っている道が見えた。
「正体はこういうことか。一つのマップで段差があるのは中々地図の作り甲斐があるな」
「今日はどうします? ここ、先に進んでみますか? 」
「時間は……まだあるが、ここに戻ってきてまた湧き直しを潰して、と考えると階段の有ったところまで戻ったあたりでタイムリミットになりそうだな。とりあえずスッキリするためにそこまでは行こう。多分、まだ階段下りたところまでは湧き直していないと思うから、芽生さんの索敵頼りになるかな。もし重なるようなところでリポップした場合は時間が来た、ということで戻ろう。そこまではとりあえず地図作りを進めていこう」
多層構造のマップか……とりあえず上は実線で、下にあたる所は点線で書いていこうかな。これでまだ更に上部構造がある、と言われたらちょっと紙一枚ではお手上げだな。
芽生さんの索敵でリポップの瞬間が判断された場合、そこから後ろはもうすぐ湧き直す場所として考えられる。そうなったら同じだけの戦闘を繰り返しながら戻って戦うことになるので時間がかかる。その意味でも索敵のポイントが増えたら戻り始める、というのは悪い判断ではないだろう。今日は六十五層をメインに色々と調べた分この階層で使える時間は少ない。かといってギリギリの時間まで戦い続けたいとも思えないので、ほどほどにして道を戻り始めるほうが賢い選択なんじゃないだろうか。
さっきまで歩いていた上の道より若干細い道を進むので、この道沿いで三鎖緑球菌君以外が湧く可能性は低い。現れるごとにじゅんぐり雷撃で焼きながら道を進むと、俺にも身体強化のレベルアップ現象が起きた。
「お、どうやら俺も一つ上がったようだぞ」
芽生さんと同じレベルではないはずだが、タイミングが近いということはそれなりに個人で得て来たものが多かった、と考えられるのだろう。
ただ、もしかするとあまり弱すぎるモンスターでは経験値が入らないようなシステムになっているのかもしれない。バーベル上げで例えると、十キログラムのバーベルを百回上げるよりも百キログラムのバーベルを十回上げたほうが筋肉への負荷は大きい、みたいな感じだろうか。そこまではよく解らないが、まだここでもレベルを上げることができるらしいということは解ったのでヨシとしておく。
そのまま道を進む。小部屋もある。小部屋にはサナダムシ。一発で消滅させた後ドロップを拾って地図に小部屋だけがあるのを確認、そして部屋を出て再び道へ戻る。ここのマップはこんな流ればかりになるかな。楽でいいが、ちょっと物足りなさを感じるのは贅沢だろうか。
そのまま道なりに進み、地図も作る。索敵はサボらずオンにしている。先のモンスターで異様な数が湧いている、という状態には今はまだなっていない。リポップにはいましばらくの猶予があるということだろう。
そこから十分ほど進んだところで、真後ろでリポップするというタイミングが現れた。俺も芽生さんもすぐに後ろを振り向くが、後ろにモンスターは居ない。どうやら後ろではなく上で湧いた様子だ。
「タイムリミットってことですかね」
「そうらしい。今日のところはここまでだな。来た道を戻っていこう。途中からは再戦、という形になるだろう。サナダムシが湧いてなければ色々と楽が出来るんだけどな」
来た道を戻るが、流石に真後ろにリポップはしていかないので上下に移動できるスロープの部屋までスムーズに戻る。サナダムシはまだ湧き直していなかった。次回は今日来た道の続きをもっと探索出来そうだな。
それに、今気づいたがここからは他への分かれ道も伸びている。どうやら高速道路のジャンクションのような構造になっているらしい。ここはまた何回か通り抜ける所になるだろうし、サナダムシが確実に生息する場所のようなので何回か倒すことになるだろう。
そのままスロープを上がり元の道へ。道に入る前に確認したが、ちょうど道なりのところはすべてリポップしなおしているらしい。ということはサナダムシはギリギリセーフで戦わずに済んだ、もしくは戦う機会を逃した、というところだろう。後者は芽生さん的思考だな。
来た道を戻り三鎖緑球菌君をひたすら相手にする。中々の数が湧きなおした。というよりさっきより増えていた。やはり多少のリポップのズレはあるらしい。確定湧きじゃないというのは納得しておこう。
三鎖緑球菌君は確定で魔結晶をくれるのでそれだけでもそこそこの収入にはなるが、やはりポーションが落ちるかどうかが大きい。病原菌っぽいモンスターがキュアポーションを落とすというのはなんだか矛盾しているような気がするが、ゲームで毒を吐いてくるモンスターが毒消しを落とすケースもあったので細かいことは気にしないことにしよう。
そういえば毒状態を最初にくれたダンジョンコックローチはドロップするのはヒールポーションだったな。出てくるモンスターとそれが落とすドロップ品については、階層ごとのポーションのドロップの種類で順番に何が落ちるのか、のほうが優先されるらしい。そうでなければ二十一層から二十四層からはキュアポーションが落ちてくれてもおかしくなかったわけだな。
ということは、三鎖緑球菌君が時々くれるこの醤油差しはやはり病気系か毒系に何かしら効果のあるアンプル的なものである可能性は高いな。入ってる入れ物が醤油差しだけど。これがまだ円筒形だから許されるものの魚型だったらその時こそ本気でダンジョン側に入れ物の変更について苦情を入れる所だろう。
通路ではサナダムシが出にくい分三鎖緑球菌君は多め。もしかしたらまだ通ってない場所には小部屋がいくつかあり、サナダムシの湧きが見込める場所が出てくるかもしれない。それを願う……願う? うーん、サナダムシと三鎖緑球菌君を比べるとどっちのほうが戦いやすいんだろうな。
雷撃一発で落ちることもあれば時々失敗して分裂されて肉弾攻撃を仕掛けてくる三鎖緑球菌君。それに比べて雷撃で落ちないことも無いが、切断すると分裂して最大十個ぐらいまで増えるサナダムシ。どっちが戦いやすいと言われれば数の上では三鎖緑球菌君だが、サナダムシのほうが少し魔結晶が大きい。よりはやく戦い慣れたほうが楽で儲かる、としておくか。
六十五層への階段まで戻ってきた。ちゃんと階段の前には三鎖緑球菌君が待ち構えてくれていた。階段の目印として解りやすくていい。このマップの壁はヒダが多いし少しデコボコしているので階段がここ、とハッキリしない所がある。すわ階段かと目をそっちに向けるとただの壁だったりするので、地図の重要さを思い知らされる。俺の担当している仕事はそれなりに大きいぞ、と自信が持てるところだ。
階段を上がり六十五層。帰り道のついでに地図埋めを済ませていく。一度巡った道ではあるので細かい所を突っつくだけなのでそれほど時間はかからない。
「後は気楽に地図埋めしながら帰ろう。時間的にも余裕はまだある。それほど複雑なマップでもないことは解ってるし、モンスター密度も気になるほど濃くはない。後なんだろう、小腸的なイメージがあるなここは」
「小部屋は絨毛のすきまってあたりですか。だったら壁触ってたら栄養分が吸収されるってところですね。ということはこの後は大腸直腸と続いて行って最終的に排出されるのですかね」
「それはマップが単純そうでいいな。この先一直線ってことだろ? 排出された先は一体どうなっていくのか……はまだマップが出来てないから判断できないがそれはそれで文句のつけようが無いな」
なるほど、消化器官を模した作りか。だったら上から下に若干斜めになっているこのマップの傾斜も説明がつくな。消化しながら下へ下へと文字通り潜っていることになる。
今は逆に上へと戻っている最中、ということになるだろう。マップがループ状になっているのは消化器官ではないという証明でもあるのだが、そこは細かいことは気にせずにおこう。脱出しながら地図を描きこみ続け、五十分ほどで予定通りの行程で六十五層のマップをほぼ作り終えた。
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