112:一方的虐殺
腰痛めた……orz
五層の六層側階段前でしっかり休憩を取った。しばらくはスキルの併用を控えつつ、慎重に上へ帰っていく。木を一本経由してその奥に上り階段がある。ここはワイルドボアが最大三匹ほどずつ出てくるだけで六層のような暴走行為には参加していない。
ダーククロウもフンこそ落としてくるものの、同じく十数羽がまとめてくるような場所ではない。あまり周りを見回さずに行動すれば、定期的に通り道にリポップして襲ってくる感じだ。狩場としては悪くない。
「ゴブリン狩場がダメだったらここという手もアリだな」
「対空戦闘が出来る強みですね。弱点は他人の目」
「それだなぁ。早くみんなが保管庫持てるようになりますように」
「そうなったら運送業界は壊滅しますね」
「いやでもスキルか、それともステータスを鍛えてないと出し入れするだけで眩暈がするという知見が得られたのは大きい。いざって時に使えませんでしたじゃ話にならない。その点、今回は運が良かったという事で」
「結局、数なんですかね、大きさなんですかね」
ちょっとここまでの保管庫の使用について思い返してみる。数か速度、どちらに重きがあるのか。
「自動車その場で出し入れできて弾三百発で眩暈起こすって事は、数じゃないかなって思うんだけど」
「でも収納する時は千発とか二千発まとめて収納してたんですよね。その際に眩暈とか起こしましたか」
「記憶にない。止まった物を出し入れするだけではそれほど力を使ってないのかもしんない」
ゆっくり会話しているように見えるかもしれないが、視線は常に上空と周囲に向かっている。ワイルドボアは足音で突進を感知することが出来るが、ダーククロウのフン攻撃は頭の上に来ているか見ていないと解らないし、急降下してくちばしで突いてくるときも警戒してなければならない。
「普段数発しか使ってないのをいきなり三百発も使えばそりゃ消耗もするって話ですよ」
「面目ない。次はもっとうまくやる」
「反省してませんね。ソロの時やってたら探索者証が赤く染まってましたよ」
「あれも不思議なシステムだよな」
死んだら赤くなる探索者証。ダンジョン二十四不思議の一つである。探索者証とは言ったものの実際はドッグタグみたいなものである。仕組みはいまだ持って不明であり、ダンジョン庁の中でも機密だと思われる。どうやって作ってるんだろう。
「まぁ、便利に使えるものは可能な限り便利に使っていきましょう。限界が解っただけでも今回は十分じゃないですか、それ以上はもう使用しないって事で」
「やけに心配してくれるじゃないの」
「だって安村さん倒れたら私が一人で背負って地上まで戻ることになるんですよ。か弱い女の子にそんな重労働させる気ですか」
「か弱い女の子は槍でイノシシの横っ面を張り飛ばしたりはしない」
「ビンタって女性がやっても威力あるんですよ……と、イノシシ三、九時方向」
早速お出ましだが、今更語るような出番はない。止めて刺して、それで終わってしまった。
「やっぱり、イノシシの突進受け止めきる女の子はか弱くないと思うんですけど」
「そんなことないですー。見てくださいこの細腕を」
「槍振り回しながら言われても説得力ないから」
ブォンブォンと空気を打ち振るわせながら槍を高速回転したり骨が折れる音をさせながらゴブリンぶっ叩いてるのを横で見てるから解るんだわ。か弱くないわ。
ドロップを拾うと階段のほうまで歩く。上空警戒は怠らない。ここまできてフンを落とされるのはごめんだからだ。また保管庫にフン濡れのタオルを入れたくはない。まぁ、洗濯機にそのまま放り込んで洗濯するので実際に手に持つわけでもないんだが、気分の問題だ。
やがて、中間にある木にやってきた。木に葉は繁っていない。精々居て二、三匹というところだ。六層とは偉い違いである、あっちはもっと繁ってたぞ。ささっとバードショット弾で撃ち落としてしまうと、ドロップ回収に入る。今日は実入りは少なめだから、この辺で稼いでおきたい。
今のところ、二人で七万強と言ったところだろうか。まだ時間はあるし、五層でも四層でも稼ぎに行ける。どっちが稼げるかは実際に計って比べてみないとわからんが、五層のほうがお肉が美味しいからな。
その点では五層に分があるが、四層だとヒールポーションが出る。これが嵩が無くて高値買い取りなのでこっちも美味しい。悩むところだな。
四層への階段にたどり着いたところで相談を始める。
「五層と四層どっちがいい? 」
「四層で一時間ぐらい回って帰ればいい時間ぐらいじゃないですか。五層でリポップ待つより、四層駆け足で巡るほうがエンカウントが早いと思うんですよね」
「なるほど一理ある。じゃぁそうしよう」
まっすぐ歩いて帰れば十七時には戻れると思われる。というわけで四層に行くことになった。四層で一時間ひたすらソードゴブリンとゴブリンを狩りつくす作業に入る。それでもまだ一時間の猶予があるな。
「とりあえず三層側の階段へ向かって、そこから側道に入るか」
「そのほうがギリギリまで狩れるね」
「結局門限を気にする寮生みたいになってしまったな」
「まぁまぁ。どうせ三層に上がる前に荷物の詰め替えもあるんですし、時間がかかるのは仕方ないですって」
「そういうことにしておくか」
四層はやはり人気が無いようで、側道からこんにちはするゴブリンの集団が中々の速さで来てくれる。そしてそれを一分かからず殲滅していくため、テンポよく歩いていくことが出来た。
来たら狩る。来たら狩る。この繰り返しで、三層の階段へたどり着くまでにゴブリンソード一本、魔結晶二十個、ヒールポーション三個を手に入れることが出来た。ポーション多めだな。
「さて、残り時間は……三十分散策して三十分でここに帰ってくる。そんな感じでいいかな」
「さっきまでと同じぐらいのペースで出てくれると財布を温めて帰れますね」
「そうだな。四層帰ってきてから稼いだ額と七層まで行って帰ってきた額と合わせて一人五万円ぐらいだな」
「じゃぁ気合入れていきますか」
「おー」
虐殺が始まった。四層を高速で移動しながら出合い頭にチェストするだけのお仕事である。人が居ないことをいいことに二人ともステータスブーストしながら移動しているので、毎分とはいかないが二分に一回エンカウントするぐらいの勢いだ。
ソードゴブリンが出てきても出合い頭に一刀で消滅させられるため、まともに敵になるような存在が居ない。スライムはこの際無視だ。今日は金銭効率だけを目的にひたすら四層を回る。
三十分しないうちに、小西ダンジョンの四層の半分ぐらいは回ってしまった気がする。ドロップはザクザクと出てくる。まだ混んでない時期の三層で同じようなことやったなぁ。あの時は気持ちよかった。今もそこそこ気持ちいい。なによりフンが降ってこないので上空警戒が必要ないのが楽で済む。
そう考えると四層をメインにするのは十分にありだな。ヒールポーションのドロップも見込めるしゴブリンソードの在庫も増える。いいことづくめじゃないか? ここ。
「楽だな」
「楽ですね。五層に行くよりここで金策するほうが神経使わなくて済むんで圧倒的に楽ですね」
「これは良い狩場になったな。ソロでも行けそうだし、実入りが多い。このペースで狩れるなら一日十万稼ぐのもそんなに無理な話じゃない。それに何より」
「何より何ですか? 」
「査定嬢の負担が少なくて済む」
「それは大事ですね」
きっと今頃スライム狩りに勤しんだ人たちが査定カウンターに並んで狼狽しているところだろう。これは今夜もギルドは残業かな。もしかしたらギルドの買取査定額が変わる可能性もあるだろう。
俺がギルマスに提案した、スライムゼリーと魔結晶を目方で査定するようになるかもしれない。そのほうが作業は楽になるだろう。スライムのドロップ目当てに活動している探索者には辛い話だろうが、それでも時間がかかりすぎて査定が間に合わなくてドロップ品持ち帰りになるよりはマシだろう。
スライムゼリーとスライム魔結晶の買い取り価格は下がるだろうな。大きさに比べて買い取り価格が高めであることは体感で解る。おそらく、探索者にとって利益になる様にわざと高めに買い取り価格を上げていたのだろうが、目方で計算するようになれば価格は間違いなく下がるだろう。
そうなると、俺の潮干狩りライフも復活できるかもしれない。スライムは生命線という訳ではないが、潮干狩りできないのは精神的にちょっと来るものがある。どこかスライムがひしめいているところはないものか。
「スライム狩りは下火になるかもしれないな」
「それはそれで潮干狩りするチャンスが増えるって事で良いんじゃないですか?」
「そうなったらまた潮干狩りをするさ。儲けはここに比べれば下がるだろうけど」
「潮干狩りは日課だった? 」
「そうだなぁ。でも潮干狩りする人が増えるのはなんかうれしい気がする」
「そんなに潮干狩りする人増えるんですかねえ」
「さぁ? そもそも潮干狩りを始めたのは効率的にスライムを処理するための手段の一つでしかない。もっと効率的な手段が出てくればみんなそうするさ」
身体を加速させながらゴブリンを探し回る。段々ゴブリンと出会う時間が伸び始めた。どうやらこの辺に溜まっていたゴブリンたちはあらかた処理し終わってしまったらしい。
「そろそろ帰る準備を始めるか」
「そうですね。ドロップも一杯拾えましたし」
「何匹ぐらい倒せたかなぁ。途中から面倒くさくなって数えてなかった。ドロップ品から逆算してどのくらい狩ったか計算すればいいさ」
ドロップ品は保管庫に入っているので数を数えればいいだけの仕事である、らくちん万歳。
「ステータスの恩恵様様ですね。そういえば、ようやくスイッチが切り替わるというか、ステータスブーストを使うコツがつかめてきました」
「これで一歩また強くなれたな」
「か弱いのは変わらないですけどね」
「ゴブリンの脳天を槍でぶち割る女の子をか弱いとは言わない」
実際ワンパンでゴブリンを葬っている人はそう多くないと思う。
「さて、階段のほうへ行きますか。幾らになるかなぁ楽しみだなぁ」
「まぁ、悪くない収入だと思うよ。五層六層で移動しながらモンスター狩りしてた分はここで稼げたと思う。ところで、ボア肉持ち帰る? 十六ほどあるから一パックずつ持ち帰るか? 」
「たまには料理に精を出すのも良いですね。チャーシューでも作りますかね」
俺もボア肉を二パック持ち帰ることにする。さぁこいつはどうやって調理してやるかな。肉野菜炒めの材料としては立派なものだ。これを安定して狩ることが出来れば食生活に毎日彩りを添えてくれるだろう。
三層側の階段に無事着いたので、ここで荷物の整理をしておく。エコバッグにも背中のバッグにもダーククロウの羽根が一杯だ。また無理やり詰めてエコバッグを両手に持つ姿は、アトラクションから帰るときのお父さんのような様相になってしまった。
「ディ〇ニー帰りのお父さんみたい」
「俺も同じことを考えていた。ダーククロウは数が狩れて楽だけど、荷物としては問題だな。やはり四層を巡るほうが稼ぎになるんじゃないか?」
「でも、地図作りはどうするんです? 」
「ギルド経由でパーティを募集して複数人と地図を完成させるのが一番いいと思う。さすがに二人で測距機担いでいくのはモンスター対策としてちょっと危ない。二人でやるのはリスクが高すぎる」
地図は確かに作ってみたいが、危険を冒してまでやるほどのものじゃない。ギルドが落ち着いたころにギルマスに相談してみるか。少なくとも来週以降になるだろうな。今週いっぱいは何処のギルドもスライムドロップ対策でてんやわんやだろう。
さぁ、帰り道にどのくらいゴブリンが湧いて襲ってくるか楽しみであり、同時にゴブリン狩りのパーティーがどのくらいいてくれるかで帰りの時間が決まる。
「まっすぐ帰ろう。戦闘は極力避けていく方向で」
「両手がふさがって戦闘は避けたいですからね」
「まぁ、いざとなったら拳で対応することになるかな」
「潮干狩りはしないんです? 」
「ゴブリン相手に潮干狩りもありかもしれないな。潮干狩りの幅が広がる」
荷物は無事収納しきることが出来た。背中に確かな重みを感じる。
「これは期待できそうだな。ゴブリン様様だな」
「何匹狩ったんでしょう? 」
「さっき見た感じ二百五十匹ぐらい? 」
「一時間で二百五十匹ですか。分速四匹って感じですね」
「ヒールポーションだけで十本出てるからそんな感じだろう。今後は四層に期待しよう」
「賛成。出口も近いし」
「さ、門限までに帰ろうぜ」
三層の階段を上がる前に、保管庫の中身を取り出してバッグに詰め直す。やっぱりカラスの羽根は荷物を圧迫するな。魔結晶もそこそこの数になったからな。ヒールポーションも良い感じに出たおかげで利益を確保することは出来たぞ。
三層の階段を上がる。上がったところにモンスターは居なかった。というより、三層全体が静かだ。きっと三層までスライム狩りに勤しんだ人が多いんだろう。両手に荷物を抱えつつ、急ぎ足で二層へ、そして一層へ向かう。
道中いくつかのゴブリンとグレイウルフにあったが文月さんが片っ端からぶん殴っていったので俺がすることは完全にポーターだった。
「さすがにスライム見かけないですね」
「先に進んでるパーティーが居るんだろう。楽させてもらってると思っておこう」
二層への階段は三十分ぐらいでたどり着けることが出来た。二層はもっと敵が少ないだろう。そう予想しながら二層への階段を上っていく。
二層に入ったところで休憩している人がいる。
「やぁ、どうですかスライム狩りの調子は」
「いまいちですわ。数が少ない……と言っても清州よりはマシですが、途中でバニラバーが切れてしまって。それに、食べてる間にスライムを処理するのを失敗して無駄になってしまう事が何度か」
「あーそれは慣れるしかないですね。しっかり目を凝らして核の位置を確かめないと」
「やっぱり熊手使ったほうが手早く処理できるんですかねえ」
「流行ってるんですか、熊手」
「剣やナイフで核を抉り出すよりはお手軽だって話ですよ」
潮干狩りは思った以上に偉大だった。ちょっとだけ嬉しい。
「もうすぐ門限ですからそろそろ戻ったほうがいいかと」
「そういえば十九時まででしたね。このまま一層まで行ってスライムが居たら狩ることにします」
休み終わったのか、よっこらせと体を起こし、一層のほうへ向かっていった。彼に先頭と戦闘を任せよう。我々はもう十分に利益を手に入れた。ここでちまちまスライムを狩るのは魅力的ではあるが、彼以外に探索者も居るだろうし、儲けを取り上げることはあまりしたくない。
それに何より、メインミッションである小西七層にはもう行って帰ってきているのだ。これ以上儲けを追求するのは野暮ってもんだろう。
「良いんですか、潮干狩りのチャンスでしたよ」
「この荷物でこれ以上儲けを求めるのはちょっと贅沢な気もするし、任せていいんじゃないかなぁ。何かあったら手伝う感じで」
「バニラバーも持ってるけど、持ってる持ってないで喧嘩が始まるのをあまり見たくないですしね」
「あくまで外野ポジションを取ろう。ギルドで動きがあってから再開するのでも十分かなって」
そう、あくまで今回の騒ぎでは俺は外野に徹するのだ。後は周りの人が一番効率の良さそうな手段を対策を講じてくれるまで、スライム狩りは残念ながらお預けだ。
一層への道は綺麗に掃除されている。これも帰り道で出会ったスライムとグレイウルフを掃除してくれているおかげだろう。帰り道を急ぐ我々にとっては有り難い事だ。
戦闘をすることなく一層へたどり着いた。一層ではまだ探索者達がうろついている。
「これは、彼らが戻ってくる前に査定を済ませておきたいな」
「じゃぁマラソンしていきますか」
「そうしよう。ジョギング速度で向かっていくか」
一層でもスライムと出会う事は無かった。むしろ人のほうが多い。すれ違う人を見ると、熊手片手にカロリーバーをもう片方の手に持ってうろつく人がそこそこ居る。あの動画が出回っているって事だろうか。俺が身バレするのもそう遠くはないな。
無事にダンジョンから脱出すると退ダン手続きをすませ、地上へでた。受付嬢が話しかけてくる。
「今日は泊まりじゃなかったんですね」
「えぇ、パーティーメンバーが日帰りを希望しまして」
「儲かりましたか? 」
「それなりには」
「査定カウンター混んでると思いますので早めに行くことをお勧めします」
「ご忠告どうも」
とりあえず今日もメインミッションは無事達成できた。後は査定を受けて精算するだけだ。
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