1118:雨の通勤
今日は夜半からの雨がそのまま降り続いている。最近暑くて鬱陶しかったので少しだけ涼しくなっているかなあという気分にさせられるが、湿度がその分上がっているため体感的にはあまり変わらず、汗がほんのりにじむだけ雨のほうが……いや、そのあたりは微妙なところだな。どちらにせよダンジョンに入るまでの我慢だ。
蒸し暑い中朝食を作り食べる。そろそろ朝食も何かしらの一手間加えてより美味しく食べる手段はあるかどうか。しいて言うなら肉類を少し増やしてたんぱく質を増やす、という方向で何かあるだろうか。ベーコンの原木でも手に入れて毎朝削って焼いてちょっとずつ食べるというのも悪くないかもしれんな。今度お高めのチェーン店で探してみようか。
キャベツを咀嚼しながら、この食卓にベーコンが並んだ時のことを考える。ベーコンが並ぶなら瑞々しいフルーツでも良いな。熊本第二ダンジョンのあのクソデカブルーベリーがどんと机の上に載っている様を想像すると中々に笑えるな。自分で想像して自分でフフッと笑うが、その笑いに反応してくれる人は今日は居ない。
お取り寄せを頼むといくらぐらいかかるんだろう。流通の費用がかかるのでダンジョン査定価格より数割増しになるだろうが、一度食べてみたいと思う分には楽しみではある。やはり一度熊本に足を運んでみるのも悪くは無いのかもしれないな。
さて、今日も六十五層と六十六層を巡る旅だ。今日は六十五層の地図を完成させる方面で動こうと思う。より細かく地図を精査する必要があるだろうということと、短縮できる区間や戦闘があればそこを狙って戦っていくことを目的にしていく。
昨日のうちに作っておいた馬肉のワイン煮を冷蔵庫から取り出し、温めて煮詰める。ある程度煮詰まったところでキャベツとピーマンの投入だ。これで全体に味がなじみ、肉にはしっかりとワインの風味が染み込み、美味しい食事になっているに違いない。
試しに味見をするが、先日作ったものよりよほど美味しく出来ている。今日の食事も成功かな。後は生野菜サラダを……レタス、トマト、薄切りきゅうりと用意して、小学校の調理実習で作るようなサラダを用意するとそれでもう一皿。後はご飯があれば充分だろう。多すぎる食事は今のマップでは少々逆流の恐れがある。ほどほどが良いのだ、ほどほどが。
米が炊けたのを確認すると炊飯器ごと収納して沸いた湯も保温ポットに入れて、とりあえず食事の準備は完了した。
まだ時間があるのでニュースでもつけるとするか。最近世の中のことをあまり頭に入れていないような気がするし、世相を知っておくのは一般に生きる人間にとって大事だろう。
テレビを点けてチャンネルをザッピングしてみるも、ニュースの内容はどこも観光地特集と暑さ特集ばかりだ。もうちょっと気合の入ったニュースはないものか。テレビがだめならネットだな。最近はパソコンを落とすのも面倒くさくなってモニタを消すだけで点けっぱなしにしているので、モニタの電源を入れるだけですぐに動くようにしてある。
大手のニュースサイトを覗いて最近何か大きな事件や事故は無かったかを探すが、ミーハーな内容のものが多い。ダンジョン関連はどうだろうと結局ダンジョンニュースに移行するが、三十一層以降の風景を録画してきて風景をドローンで観察したりするのが主なニュースになっているらしい。真新しいことや知らない現象みたいなものは特に見当たらない。しいて言うならよそのダンジョンのこの階層はこんな形をしているのか、とダンジョンそれぞれの風景の違いを楽しむことぐらいだろうか。
どうやら、一本道で上り下りをするだけ、というような場所は小西ダンジョンぐらいらしい。さすが小さめダンジョンという所か。早めに抜けられてよかったというべきか、それとももっと他の感想を抱くべきなのかは解らないが、しばらく最奥に潜る自分たちにとっては狩場の狭さやモンスターの少なさで問題が起きることはないだろう。
どうやら有志による大手の情報サイトでは、各ダンジョンの各階層の地図の共有化が進められているらしく、民間のダンジョンがほぼ網羅される形で上層の地図が提供されている。そういえばギルドで購入した地図には転載禁止とも書かれてなかったし、本来権利者として主張するのはダンジョンマスターなのだからこのような形で共有されていくのは問題ないんだろうな。
小西ダンジョンも二十一層までの地図はざっくりとした範囲で共有されていた。流石に草原マップを隅から隅まで巡っているという探索者はいないようだが、ダンジョンを行き来する範囲では問題ない範囲で書きこまれている。その先はまだ誰も作ってないのだろう。きっと情報を共有することで悦に入る趣味のBランク探索者が順次書きこんでいくだろうから俺が共有する必要は無いな。
適当に時間は潰せたのでお仕事の時間だ。今日も続きを黙々と探索していこう。
その前に。
柄、ヨシ!
圧切、ヨシ!
直刀、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ナシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。嗜好品というかコーラはすぐそこのコンビニ補充しておこう。お菓子もついでに仕入れるだけ仕入れておいて、ミルコにまた苦情を入れることがあったら渡すぐらいのつもりでいいな。
コンビニについてコーラを補充。たまには違う味のコーラ……毎日ダンジョン作業でお疲れだろうからエナジードリンクの差し入れをする用意でもしてやるか。普通なら眠れなくなるだろうが、ダンジョンマスターは睡眠欲も無いだろうから良い感じに脳がフル稼働してダンジョン作りに精が出るかもしれない。人体実験も込みでミルコにはエナジードリンクの犠牲になってもらおう。
いつもより少し早い通勤だが、雨のせいで電車の中が蒸し暑い。誰もかれもどこかが濡れているおかげでムワッとした熱気が広がり、乗客の誰もから湿気がまき散らされている感じだ。もし自分しかいないならウォッシュで空気ごと清浄化したいところだが、列車はそこそこ広いし人数も居る。
これだけの人数相手に無作為にウォッシュをかけるのは失礼にあたるだろうし、流石の俺でも魔力が持たないだろう。電車から降りるまでの我慢だ。降りたらウォッシュしてバス待ちの間にまた濡れて……となるだろうが、そこはもう諦めよう、雨というものはそういうもんだ。
バスが到着して乗り込み、ふと運転士のほうを見ると、彼もあちこちが濡れている。一人ぐらいなら問題ないだろう。ウォッシュ。
自分の身体が乾き湿っぽさが無くなったことに気づいたらしく、俺のほうを見る。
「今のがスキルって奴ですか? 」
「そうです。気持ちよく運転をしたほうが集中できると思ったので一ついつものお礼にかけさせていただきました」
「ありがとうございます。より安全運転で行きたいと思います」
にこやかにお礼を言われて気持ちよくバスを利用する。椅子が少し濡れていたのでウォッシュで乾かしてゆったりと座る。うむ、尻の感覚も濡れてなくて悪くない。しっかりと座るとバス停に着くまでゆっくりする。
いつもよりさらに安全運転で気持ちよく運行してくれたのか、雨にもかかわらず心地よい運転であった。小西ダンジョン前のバス停で降りる際に運転士のほうを見るが、ミラー越しにこちらに頭を下げているのが見える。良いことをしたかも、という気分で俺が覆われている。こういうのも悪くない。
芽生さんは一本遅れたバスで到着するらしいので自分にウォッシュをかけて待つ。今日は一本早いバスで来たので芽生さんは時間通りの到着ということになる。
仕事始め前にいつもの冷たい水をもらうが、今日の気温湿度のおかげであんまり気持ちいいと感じない。今日は一日こんな感じらしいから、帰りの水の一杯もいまいちな結果に終わるんだろう。ちょっと残念だ。
少し寂しさを覚えつつも、雑誌を読んで芽生さんの到着をゆっくり待つ。最近は大きな出来事や動きなんかは無いのであまりこれと言って目を引くような記事は無い。来月号なら価格改定による社会流通への変化……みたいな経済的コラムが載ることになるんだろうが、今月号にはさすがに間に合っていない。
「お待たせです……ってそれまだ新しい奴じゃないですよね」
「おはよう。一応最新号だけど、見るにはちょっと物足りなさがあるな。やはり経済面で期待できるのは次の号らしいぞ」
とりあえず傘が邪魔そうなので受け取っておく。バッグにしまい込んで帰りにまた出して渡せばいいだろう。素直に傘を差しだしてきたのでバッグ経由で保管庫へ収納。この場合、百倍速にしてほっとくと乾いたりするんだろうか。自分の傘で試してみよう。
本を閉じて芽生さんのほうに向きなおす。芽生さんは今のところやる気がないとか何となく進みたくないなど、そういう気分は伝わってこない。試しにほっぺたをむにむにしたり頭をなでたりするが、いつも通り「? 」とした様子でされるがままになっている。
「どうかしたんですか。朝から寂しいとかそんなんですか? 」
「いや、調子はどうかと思ってな」
「いつも通りですね。あえて言うなら、六十五層のあの内情を知ったとしても儲かることが解りましたからむしろやる気は上がってますよ」
素直にやる気はある、と言ってくれている。今日の調査は捗りそうだな。
いつも通り入ダン手続きをしていく。リヤカーを引き、茂君して帰ってきた後六十三層へのボタンを押す。
「さて、今日の予定だが、帰りは茂君に寄らずに帰ろう」
「あれ、いいんですか? せっかくの日課ですよ? 」
芽生さんがあら意外、といったかんじの反応をくれる。
「帰りの三十分少々の時間を六十六層の探索に当てたい、というのが本音だな。行きはまあ昼食をとるタイミングもあるので六十三層まで戻ってくる形になるが、その後の時間を伸ばす方向で行けば普段の時間配分でより深い所で長く戦える。深い所は美味しい階層なのできっちり収入を得て帰ろうと思う。醤油差しがそんなに高い金額になるとは思ってないし、高い金額になったとしても査定が承認されるまでまだ時間はかかるだろうし、六十八層まできっちり行き切る必要も今のところは無い。そこまでいくにはさすがに日帰りで潜るのは難しいだろうから中でしっかりと休憩を取りながら探索って流れになるだろうな」
「じゃあ今日は六十六層探索ですか? あそこも結構なモンスター密度だったんで収入と考えると充分なものを得られそうですが」
「いや、まずは六十五階層の階段と階段の間の地図を確実に作り切るのが第一。次は戦い慣れてより短い時間で倒していけるように戦闘訓練だな。地図を作り終わってまだ時間があったら六十六階層の探索という形になると思う」
もしかしたらまだ見付けられていない最短ルートがあるかもしれないからな。十分だけ短縮できるとしても、往復で二十分短くできる。その二十分でより下層で濃い戦いができるとなれば美味しさはさらに上がる。
前みたいに時間をきっちり区切って……というのは新階層では難しいだろう。なにせ迷ったら迷っただけ時間を食いつぶすものだ。ならばおおよその時間だけ区切って帰りは真っ直ぐ帰るほうが多少金銭的にも時給的にも健康であると言えるだろう。
「しかしあれですね、六十三層まで潜るとなるとエレベーターに乗ってるだけで片道四十五分ですか。暇ですね」
「長距離通勤がいかに非効率的かが解るな。家から数えて二時間、往復四時間分は無給料なんだからそれを上回る収入を得たいところだな」
「七十層にたどり着いたらミルコ君により早いエレベーターでも頼みますか? 流石にここまで何もせずにボーっと時間を待つのは辛い、と」
「それもありだな。そうすれば視聴者も見どころが増えて視聴時間も長くなって、他のダンジョンマスターからの評価も上がるかもしれない。値段は三倍とかでいいので早く動けるエレベーターが設置される、もしくはそういう仕組みが出来上がるのは面白いかもしれない」
高速エレベーターの設置か。今のエレベーターを高速化させるのか、それとも別でエレベーターを設置して七十層直通みたいなものを作るかまでは判断できないが、無理を承知で頼んでみることもまた一興だろう。
そのままクロスワードをしながら雑談すること四十分。結局やることとは言わないまでもそれなりに楽しみながら六十三層までたどり着いた。とりあえず午前中は六十四層で軽く運動。亀とワニ……おっと、ロックタートルとスーアアリゲイターという立派な名前が付いたんだったな。それらを一時間半ほどかけてゆっくりと味わい、午前中の運動としてしっかり稼いだ。流石にポーションは出なかったが、午後からの働きに期待しよう。
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