1116:疑惑の醤油差し
三周年?
「その醤油差しですが……中身は細菌かウィルスに類するものであることがミルコの口から判明しています。モンスターの見た目がそういう感じである以上、隔離された環境での調査が必要だと推察されます。うっかり蓋を開けたら中身が飛び出してえらいことに……というバイオハザードが起きる可能性もありますので、その点を留意した上でしかるべき研究所なりに調査を依頼するのが良いと進言します」
「なるほどね。バイオセーフティレベルの高い医療施設での解析、鑑定、それから実際にこれが役立つ物かどうかへの応用研究を任せたいという所かな」
バイオセーフティレベル……知らない単語だ、スマホで検索……なるほど。感染症対策がきちんとできている施設、という認識で良いらしいな。
「そのほうがいいと思います。ダンジョン産の細菌やウィルスとなるとおそらく今回の事例が初めてになるとは思いますのでその対策にもなりますし、もしこれが地上での汚染を始めるとおそらくキュアポーションのそこそこのレベルのもので対応する必要が出て来るでしょう。そういう方面も含めて厳重管理が必要なのではないかと思います」
「とりあえず一旦ダンジョン庁に持ちこんで、そこから依頼をかける形になるかな。おそらく国立感染症研究所あたりに渡すことになるとは思うけれど、この醤油差し、あるのは一つだけかい? 」
「手元にはそれを合わせて五個あります。説明用サンプルとして出しただけですので、数は多いほどいいでしょうからひとまず手持ちのものを全部お渡ししようかと思います」
保管庫から残りの醤油差しを取り出してギルマスの前にだす。醤油差しが五つ。お昼の注文弁当から使わずに拝借して溜まってる調味料……と言い含めたら信じる人は出てくるだろうな。
「しかし、なぜこの形にしたんだろうね。もっと医療用アンプルとか見た目や持ち運び、耐久性のあるものはあっただろうに」
「ミルコはただ申し訳ない、とだけ言ってましたからね。今から苦情を申し立てたところでどうにもならない、というのが現状であるとして受け入れるしかないと思います」
「これは厳重に封印した後ダンジョン庁に送って、申し送り状も添えた上で配送……いや、この場合私が直接持っていったほうが安全かもしれないな。君らも新しい階層に挑み始めたことだし、真中長官の御機嫌うかがいと顔合わせて色々密談もあるし、そのほうが確実安全でしかも早い。早速アポを取って私が持っていくことにするよ。一応階層の情報なんかも欲しいから、安村さんのその動画データ、こっちのパソコンかスマホに転送してくれるかな」
早速パソコンにデータを転送。後はギルマスがデータを抜き出して長官と会うときに二人で眺めて何かしらの歓談のネタにするはずだ。こっちのやる仕事はほぼ終わったかな。
「さて、芽生さん振り込み済ませて着替えておいでよ。大体話し終えたようだし」
「じゃあそうさせてもらいますかねえ。ちょっとお先に失礼します」
「いってらっしゃい」
芽生さんを退席させた後、ギルマスと二人きり。
「芽生さん、苦情ばかり並べたててませんでしたか? 」
「そうだねえ。私から見てもあまりこう、うろつきたくないマップというのは伝わったよ。あとモンスターもだけど、こう体内をまさぐられてるような雰囲気があってとてもじゃないがここに居座りたい空気じゃないということは伝わってきた」
ギルマスはわざと舌を出してうへぇ、と言ったジェスチャーで芽生さんの解説を理解したらしい。
「ここがセーフエリアの有る階層じゃなくてよかった、というところでしょうかね」
「それは一つ有り難いところじゃないかな。それに、話を聞けば中々の高温多湿な環境なんだろう? 横になって眠るにしても扇風機かエアコンが欲しいような場所で休めと言われても難しいものはあるだろうね」
「ところで、なんですが。あの新しいポーション、名称的にはどのようになってるんです? 」
一番気になっていたことを聞く。保管庫の中身の情報を更新するためにも大事なことだ。
「一応、キュアポーションのランク5、ということになっているね。ランク4の治験でも治癒効果が認められなかった症状がランク5ポーションで体調の回復や症状の鎮静化が認められたそうだよ」
「で、あのお値段ですか。お値段分の働きはしてくれたってことなんですかね? 」
「そりゃ、今まで難治、または不治と言われていた症状に対しての緩和や治癒が認められたことになる。お値段分の働きはしていると断言していいね。なにせ今まではこれが出て来るまでは対処療法でしかどうにかならなかったものがどうにかなってしまったのだからその性能は認めざるを得ないというところが正しい評価だと思うね。今後はちょくちょく潜るようだし、是非たくさん集めて難病患者への投与が出来るようにしてもらいたいところだ」
ギルマスは金銭面での評価は当然されるべき、という判断をしているようだ。ならばこっちは買い取り価格に不満や疑問を述べるべきではないだろうな。
「では、今の価格は先行者利益ということで納得してポケットに収めておくことにしますよ」
「そうしてくれたまえ。君らが拾わない場合は今のところ供給元は高橋君達だけ、ということになる。彼らは別任務でインゴットを集めるほうに命令が行っているようだし、君らが集めて査定にかけてくれる人数分だけ世界の難病患者が救える、となればやる気も出ようというものじゃないかな? 」
そう考えると、休んでる暇があったら患者を救うためにもっと長く深く潜れ、と言われそうなところだが、そう言わない辺りはギルマスは負荷というものを心得ているらしい。
とりあえずギルマスに言われたとおりに保管庫からポーションを取り出し、再び中に入れる。今まで「ポーション」とだけ表示されていた中身が「キュアポーション ランク5」と名前が変わった。これでヨシ。
「後はそうですね。五十三層から先のモンスターについて、名前が決まってる物と決まってない物、それぞれがあれば教えてもらいたいところですが」
「そうだねえ、五十三層の……っと、最新の一覧がここにある。映像は君が提供してくれたものをそのまま使用させてもらって国際ダンジョン機構で共有、その後に出来るだけわかりやすい名前で、ということなのでこういう名前になっているよ」
一覧を見せてもらう。五十三層から五十六層に出てくるアルファ型、ベータ型はそれぞれマーシャルソルジャーA型、マーシャルソルジャーB型と名付けられたらしい。多分見た目や性能にそれほど変化がないからかな。近接戦しかしかけてこないし著作権的な物にも引っかからない良い感じな所だと思う。
それから五十六層から先のガーゴイル、リビングアーマーは仮称がそのまま採用され、石像はダビデと名前が付けられたらしい。そこは良いのだろうか? とも思うが、これ以上にしっくりくる名前も無いのでそれぞれその名前が付いた、ということで納得しておこう。
最後に六十一層から六十四層。ワニはスーアアリゲイター、亀はロックタートルという名前になったようだ。解りやすさ第一で有り難い。その一方でドウラクの名前が全体の中では浮いていると言わざるを得ない。
「なるほど……よし、覚えました。後はまあ、出来る範囲で頑張りますよ。そういえば最近の他のダンジョンの傾向や情報なんかはどうなってます? 今後新たに踏破する予定のダンジョンが決まっているとか、そういう話は」
「そうだねえ。一番新しく見つかった長野県内の別荘地に設置されてたダンジョンの話は知ってるかな? 」
長野県内の……ああ、あそこか。思い出した。
「ニュースでは見た覚えがありますね。誰も別荘の手入れをしないから今まで気づかれなかったという噂の」
「そこだ。あまりに誰も寄り付かないからってんで、管理をするのも一苦労だし周りは別荘地で金持ちばかりだから周囲の場所の買い取りもままならない。探索者も別荘の持ち主と交渉して一時的にレンタルして文字通りキャンプしながらの探索って形になってるので、このまま運営を続けるのは難しいだろうという話になってね。それで近いうちに踏破できるなら踏破してほしいという話を通しておくことになっているよ」
ふむ、ということはダンジョン庁から声をかけられて派遣されている探索者が居るということかな。彼らにそのまま進捗を任せて、ダンジョンコアまで到着して踏破できるタイミングがきた段階で踏破してダンジョン攻略完了、彼らは晴れてAランクに、という流れになるのだろうな。
「ということは踏破され次第また俺の元にダンジョンマスターが会いに来る可能性があるってことですね」
「ガンテツさん、だったかな? 彼みたいにまた君の実況のファンが来るかもしれないってことだね? 」
「可能性は、どちらかといえばあります。が、もしかしたら俺ではなく南城さんのほうへ行く可能性もありますね。彼もレアスキル持ちですから」
たまにはこういう役割を南城さんに押し付けるのも悪くない。それにどっちのほうが見ごたえがあるかと言われると俺で判断できる材料はそう多くない。大梅田ダンジョンへ行って南城さんのパーティーの普段を知っている訳ではないからな。ほのぼのパーティー探索が好きなダンジョンマスターならそっちのほうが……という可能性もある。
「そういえば大梅田ダンジョンにもレアスキル持ちが居るんだったね。最近ちゃんと連絡は……そういえばこの場で最近やり取りしたね。それ以外で色々報告会みたいなものはしているのかな? 」
「最近御無沙汰ですね。出会ってそこそこキリのいいタイミングでお互いの進捗確認会みたいなものを開ければ良いとは思っていますが」
「横のつながりは大事だからね。ダンジョン庁だけでなく探索者の相互のやり取りでも良いから仲良くやってくれると、どこかで共同作業をするかもしれないというタイミングが発生した場合お互いに余所余所しくしなくて済むから良いよね」
何か共同戦線を張るような話が聞こえてきたが、そういう予定があるんだろうか。まあそれは抜きにしたとしても、しばらく連絡を取ってない新藤さんや鳩羽さんとも話を通しておいたほうがいいだろうな。お互いトップ探索者同士、持ってる情報は規約や情報機密違反にならない範囲で共有しておいたほうが良い。
「とりあえず六十四層までのドロップ品が査定にかけられるようになったので他のダンジョンではどういう進捗になってるのかな? みたいな感じで話し合いの席を設けてみるのも悪くない気がしてきました」
「それが良いかもね。ただ、彼らは保管庫のことは……? 」
「南城さん以外は知らないということになってます。なのでこちらから進捗どうですか、とご意見伺いに行く感じで軽く話しかけようかなと」
雑談してるうちに芽生さんが着替えから帰ってきた。スーツから涼し気な服装にチェンジだ。尤も冷房が利いているギルド内では少し寒いらしく、軽く肩を押さえている。
「お帰り、ちょうど帰ろうとしていた所だ」
「私が居ない間にどんな会話が繰り広げられていたのか気になりますね」
芽生さんが邪推をし始めた。自分の悪口や苦言を呈されていないか気になったらしい。
「いかに新しいマップが生存環境に適さないかという話をしてたよ。セーフエリアがあそこに無くて良かったな、と」
「その次のマップは簡素だって言ってましたよね。サバンナみたいな感じでしょうかね」
「だとしたらまた目印を置きに行かなきゃならなくなるな。手間はかかるが……まあ迷わないためには大事だからそれは仕方ないとはいえ、また一手間かける必要がありそうなことは予想だけしておく事にしよう。どっちにしろまだ出来上がってないんだからしばらくは六十六層通いでポーション集めだな」
「それについては前向きに努力します。また明日努力します」
敬礼してやる気を見せる芽生さん。明日のご飯どうしようかな。あまり肉肉しいものは避けておくことにするか。
「というわけで、今日のところはキッチリ報告をしたということで」
「うん、またよろしくね。醤油差しのほうは数日中に調査を開始するのでちょっと時間がかかるかもしれないけど査定品として五つ預かったことを記録しておくよ」
ギルマスルームを退出して帰り道に差し掛かる。バスは十分ほど待てば来るらしい。夕食は……ホルモンでも買って帰って焼肉でもしようかな。内臓っぽいものばかり見ていたおかげでそれが食べたくなった。
ちょっと買い出しに行って肉だけ買って帰ってくるか。芽生さんにうっかり言うと怒られそうだから脳内だけ考えておこう。
「醤油差し、お金になりますかね」
「ポーションほどの大きさも無いけど中身次第だな。希釈しても効果があるかどうか、培養できるかどうか、その辺で変わるんじゃないかな。無限に培養出来てしまうならあまり価値は高いものにはならないだろうし、ほどほどで希釈して効果があるようなものだといいね」
果たして醤油差しの中身は何なのか。今のところ俺の中でダンジョン最大の謎として記録しておこう。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
後毎度の誤字修正、感謝しております。