1115:早めの帰還、早めの報告
六十五層のショートカットは結論から言うと出来なかった。ちょうどループする形で階層が構成されており、どっちにしろやや半円形に回って階段まで一周して戻ってくる、という構造をしていたのだ。
階段同士を挟んだ中央部にショートカットできる道があれば良かったのだが、どちらの側の階段から見ても、ちょうど中央部は小部屋が配置されており、小部屋の中で道が行き来していてそこから短縮できるかもしれない、という望みは断たれることになった。
「まあ、そんなこともあるでしょう。いつでも楽が出来るとは思わないのが探索の醍醐味ですよ」
「そうだな……また今度来る時はどっちへ行けばいいか迷わずに済むようになっただけマシとも思うし、地図の広げ方も解ったし、六十六層に思い入れが無ければ六十五層の地図を作り切ることも視野に入れておくか。もしかしたらモンスターだまりができている可能性だってある。あれば極太雷撃でまとめて倒して色々と儲けになるはずだからな」
そういいつつ六十四層へ戻る。ぷにぷにの壁を抜け、階段を上がり途中でコンクリート作りへと変化して行き、気温も下がったことが確認された。やはりこの……この……
「芽生さん、六十五層マップ、なんて呼ぼうね? 」
「体内? 消化器内? 消化器内にしては消化液も何もありませんからざっくり体内マップ、ということでいいんじゃないでしょうか」
「体内マップか、それでいこう。体内マップはやはり蒸し暑かった。気温室温計を持ってきてないから解らないが、三十六度ぐらいには維持されてるってことなのかな」
「人間を基準に考えればそうかもしれませんね。ここのほうが涼しくて、湿度はあんまり変わらないかもしれませんが過ごしやすくて楽なのは間違いないですね」
体内マップを後にして、六十三層へ戻る。さっきまでのウネウネと気持ち悪いサナダムシや病気を持っているであろう三鎖緑球菌君に比べればワニと亀のかわいいこと。
ついつい力が入ってスパスパ切断して行ってしまうのだが、ここでもポーションが落ちた。ポーションはこれで今日は三個。査定にかけられるなら中々の収入と言えるだろう。単純計算で昼から作業を開始していつもの時間に戻るなら、出来れば五本、少なくても四本出てくれると五十九層帯と同等の価値があって有り難い収入源になる計算か。
戻ったら報告ついでに色々と情報のすり合わせをしないとな。新しいドロップ品……この怪しい醤油差しは早めに研究の対象として解析してもらわないといけないものでもあるし、何よりも途中で弁当の揚げ物につい振りかけたくなるような見た目をしているこの醤油差し風何か。
うっかり体内に入って未知の病原菌がばらまかれる……なんて事態が発生する可能性すらある。そんなドロップ品が存在する以上、緊急をもってしてなおかつ厳重に保管された上で科学的研究機関に調査を依頼しなければならないだろう。
保管庫の中ならもみくちゃにされたり他のドロップ品と混ざったり、間違っても中身が飛び出たりという可能性は無いので安心だが、自分以外の誰かがこの階層までたどり着いてドロップ品を拾い、それをうっかり開封しても大丈夫かどうかはこの後の報告にかかっていると言っていい。しっかり責任は果たさなければな。その前にミルコには何故この容器なのかを問い詰めなければならない所だが。
考えごとをしつつ地図を見て行きとは逆に道をたどり、無事六十三層まで抜け出ることが出来た。
「茂君は寄っていきますか? 」
「今は報告が先かな。報告して戻って、まだ時間があったらその時に茂君ということでいこう」
そのまま一層へ直通で戻る間に保管庫からリヤカーに荷物を下ろす。流石に青魔結晶と言えど中々の重さになってきた。リヤカーが必要というほどの量ではないが、まぁ最下層まで潜ってきてこの量なら知れているとも言える。今日の稼ぎにはあまり期待できそうにないな。
一層までの長い待ち時間の間に明日の予定を相談するも、芽生さんは若干不満顔。
「また明日も行くんですか。あんまり稼げそうにないのに」
「ポーションの在庫はいくらあってもいいしな。やはり、計算上だと六十五層から先のほうがポーションのドロップ率は上がっている計算になる。二倍ぐらいかな。二時間動いて一本出るか出ないかの六十四層より、一時間に一本は出る可能性が非常に高い六十五層と六十六層、しかも六十六層はモンスター密度も高いようだし、その分だけ更に出やすい可能性が高い。ポーション一本の価格は試算上でだけど五千八百万の価値がある。一日三時間六十五層に潜るとしてそれだけで一億七千万以下略。充分な稼ぎとは言えないか? 」
メンタル的にあまり潜りたくないという芽生さんに金銭的メリットでもってお得さを示す。
「なるほど、運が良ければ四本出るわけですか」
「それに六十四層を往復する分でさらに一本と考えると、五十九層よりもおいしい階層である可能性は高いぞ」
「ちょっとやる気が出てきました。頑張って克服するとします。ゴキよりはマシですよ……ね」
「そこは芽生さん次第かな」
外壁が気持ち悪いのとモンスターが細菌や寄生虫を模していること以外は問題が無いので、そこを乗り切ってくれれば一方的に倒せることも確認できているし、今日は初日だったからゆっくり地図を作りながら回ったが、スピードを上げて戦って階段まで急げばより短時間で高密度なモンスターとの戦闘を繰り広げることができる。うまく回れば五十九層よりも更に美味しい思いが出来るようになるであろう可能性は高い。
「そういうわけなので、しばらくあの階層には潜ろう。六十八層まで行けるかどうかはともかくとして、六十六層の地図を作り終える所までは最低でもやっておきたいな」
「うーん……よし、頑張ることに決めました。後は報告してその時に何かあるかで判断しましょう」
「さて、こっちの話題は終わったところで……ミルコ、こっちへ来れるか? 」
虚空に向かってミルコを呼ぶ。
「何だい、早速感想か苦情を聞かせてくれるのかな。といってもモニタリングはしてたから何が言いたいかは察しがついてるんだけどね」
頭の後ろを掻きながらミルコが現れた。若干申し訳なさそうにしているのはこっちからどんな苦情が飛び出してくるかあらかじめ予想がついていたんだろうな。
「この容器はさすがにないぞ。これはこっちの世界では食品添加物……ソースの類をチョイがけする時に使う容器だ。もっとこう、何かなかったのか。これでは食べ物かと思って間違って食べてしまう探索者が出てくるかもしれないぞ」
「とりあえずそこはゴメンと謝っておくよ。今後似たようなケースが出た際には相談の上で再構成をかけてみるつもりではある。ちなみに中身は細菌というかウィルスというか、そういうものが入っている。使う用途についてはどうなるかは解らないけど、きっと人類のためになるような物質が詰まっているはずだよ」
人類のためになるような物質で細菌みたいなもの……抗生剤とか抗ウィルス剤の原料みたいなものだろうか。この容器で密閉ちゃんとされてるんだろうか、ちょっと心配になってきたぞ。
「後、ダンジョンの見た目もですよ。なんであんなに気持ち悪い設計なんですかねえ。他の生物の体内に入ったような感じのダンジョンって事は解りますが、あまり気分がいいマップとは言えないですねえ」
「そこについてもゴメン。今更このダンジョンのこのマップだけ違う形に……とは出来なかったんだ。これもテンプレの一つとして仕方ないと受け入れてもらうしかないところかな」
ふむ……まあ、ミルコを糾弾したところで解決する問題でもないという所だろう。アトラクションとしてはよくできているとは思うし、俺自身はそれなりに楽しめている。芽生さんとしては苦情の申し立てをしたいところなんだろうが、まあ言うだけ言えば満足して落ち着いてくれることだろう。
「とりあえず苦情を言うだけは言った。それ以上のことは……まあ、これだけ深く潜ったんだ、文句の一つぐらいは出ても仕方がない所だろうし、この辺にしておこう。ミルコには引き続きダンジョンを深く作ってくれることに期待するよ。出来るだけ早めに」
「わかってるよ。君らの評判が悪いとなるときっと他の探索者からの評判も悪いだろうからね。とっとと通り抜けが出来るように早めに手を動かすつもりさ。運がいいことに次のマップはそれほど製作コストのかからないマップになって……おっと、楽しみを奪うかもしれないからこれ以上は言わないでおくよ。それじゃあ、引き続き作業に入るから君らも頑張ってね。今日はお疲れ様」
ミルコは帰っていった。いろいろ言いたいことはあるがミルコの責任というわけではないからな。ダンジョンマスター全体の責任というか今後の改善要望としては通ったと思っていいだろう。
一層に着き、退ダン手続きを終えて査定カウンターへ。今日は魔結晶だけなのですぐに終わり、今日のお賃金として千百二十九万五千円の稼ぎを得た。非常に少ない金額だが、ポーションも六十四層の稼ぎも査定にかけられないとなっては仕方がない所ではある。
芽生さんにレシートを渡すと着替える前にそのままスーツ姿で報告に行くらしいので、振り込みを済ませるとリヤカーを元の位置に戻してギルマスの所在を聞き、部屋に居るそうなので二階へお邪魔して報告をすることになった。
「仕事終わりにいらっしゃい。何かいい報告が聞けそうかな? ……と、その前に連絡だ。六十一層から六十四層までのドロップ品の査定開始と、君らが持ってきた最新のポーション、無事査定開始となったことを先に連絡しておくよ」
開口一番うれしい情報だ。これで保管庫の中身を綺麗にできる。
「芽生さん、スマホ渡すから報告のほう任せていい? その間に七層へ下りてカモフラージュしながらドロップ品の整理をして戻ってくるよ」
「じゃあ任されました。お金のほうよろしくお願いしますね」
「というわけで、早速査定するためにダンジョンへ潜ってダンジョンから荷物を引き取って戻ってきたように見せかける形でちょっと潜ってきます。細かいことは彼女から報告を受けてください。これも一応社会勉強兼練習ということで一つお願いします」
芽生さんにスマホと醤油差しを一つ渡すと、大急ぎで巻き戻しをするように逆順にリヤカーを再び装着して入ダン手続き。七層に下りて、周りを確認。誰も居ないことを確認すると七層でポン立てテントを出してテントの中でリヤカーに保管庫の中身を載せていく。流石に茂君をしていたら時間がかかり過ぎだと怒られる可能性があるから今回はなしにしておこう。ポーションも亀の甲羅もワニの革もそれなりの数が溜まっている。査定には期待できそうだな。
山積みになったリヤカーを背負って再び一層に戻り退ダン手続き。
「さっき入られたばかりですよね? 」
「ダンジョンの中に置きっぱなしだった荷物を持ってきたんです。今日から査定開始だと言われたもので」
「そうですか、ご苦労様です」
今の時間帯の受付嬢は詳しく問い詰めなかったのでスムーズにやり取りを終えることが出来た。そのまま査定カウンターで査定をお願いする。
「今日から査定可能になったというドロップ品を持ってきたのですが」
「確認しますね……はい、間違いないと思います。早速数を確認しますね」
今回査定可能になったワニの革と亀の甲羅とポーション。それぞれを数えてもらって査定してもらって、いつも通り二分割。一億七千八百五十九万千五百円になった。
さっき査定してもらった金額と合計すると約二億。流石にポーションはお高い。どうやらこっちの予想通りの値段で査定が行われているらしい。どのような効能があってこの値段なのかはギルマスにでも聞けばわかるかな。
リヤカーを返却した後自分の分は先に振り込んで、芽生さんのレシートを片手に二階へ再び上がっていく。
ノックをして入ると、ちょうど映像の確認をしているところだった。
「おかえりなさい洋一さん」
「ただいま、きっちり査定してもらって来たよ」
「お帰り安村さん、ちょうどその醤油差しについて話を聞くところだったんだよ」
タイミングは良かったらしい、茂君してこなくて正解だったな。
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