1113:六十五層へ
いつもよりジャンクなお昼を楽しんだ。ちゃんと自分たちの分の冷えたコーラを残しておいたのは英断だったと思う。ポテトが冷凍モノの解凍だけだったのは少しだけ不満点だと言われた。やはり冷凍状態から揚げ直してやったもののほうが美味しいらしい。油が跳ねて掃除が大変だから冷凍食品をそのまま揚げ物に転用するのはあまりしたくない所なんだが、美味しさを追求する際には考えておこうと思う。
充分休息した後で再び出発。目指すは六十五層だ。一度だけ通ったルートなのでさすがに覚えていないから地図を頼りに六十四層を進む。
「さて、ここからは地図頼りだ。流石に何処をどう曲がれば階段まで行きつくか、一回しか通ってないので覚えてない」
「地図があるだけマシと考えましょう。間違ってなければ到着できるはずですしね」
ここのあたりはこんな地形だっけか? という若干の地形ボケを乗り越えつつ、もはや相手にならなくなったワニと亀を相手に進んでいく。まだ収入にはならないものの、保管庫に徐々に積まれていくドロップ品が一体いくらで取引されていくのだろう? という疑問にはまだ誰も答えてくれてはいない。
他の国や地域で同じドロップ品が産出されて参考価格が提示されていたならもっと早くこの辺は解決したんだろうが、そうなってない辺りを考えるとどうやらここが世界の最深部、ということらしい。ダンジョン自体は出来上がってるけど到達者が居ないか、到達していることを国や地域ぐるみで隠しているかのどちらかだろう。
ダンジョンについては国の大小や地域の治安にもよるが、少なくとも欧州に関しては安定した治安とよどみないダンジョン探索活動が行われている印象があるので、そっちのほうではまだここまで深く潜り込んでいる探索者は居ない、と考えてもいいんだろうな。国内でもそうだ。
小西ダンジョンよりも深く潜っているダンジョンがあればそのダンジョンを担当するギルドマスターの評価にもつながるし、長官から他のダンジョンだともっと深くまで潜ってるんだけどね、みたいなこぼれ話を聞かされていてもおかしくはない。もしかしたらあえて俺の耳に届かせないようにしておいて、実はもっと深くまで攻略しているダンジョンがあるんだよ、という話もあるかもしれない。
こっちは【保管庫】という制限かつメリットがある中で活動を黙認されているのだから深く潜りたいからと他所のダンジョンに行かないようにこちらで受け取れる情報を制限されているのでは? という話もありえないとは言えない。東西大ダンジョンではその辺どうなっているんだろう? 今度聞いてみるか。
いやまて落ち着け、そんな疑心暗鬼に陥る必要は無い。それなら八月の価格改定段階で五十六層以降のドロップ品が解放されていることになるだろうし、その後でこっそり言われた五十七層から六十層のドロップや指輪に関しても俺のところから持っていかなくても他のダンジョンから仕入れるというルートだって使えるのだ。真中長官はそこを隠しておいてこっちに不信を抱かせるようなことをする人ではないだろう。
一人悶々としながら地図をたどっている間に無事に六十五層への階段へ到着した。結構長い時間疑心暗鬼に陥っていた気がする。
ここからは未知の階層だ。気を取り直して落ち着いていこう。
「ようやく到着しましたね。ここまでざっと一時間ぐらいですかね」
「帰りも同じだけかかると考えると……三時間ぐらいは迷えるな。しかし、他の階層に比べて広いなここは」
後ろを振り返る。流石に湧きなおしてはいないが、ここまで歩いてきた証明として静まり返ったダンジョン内で、索敵の視界内には収まっているもののまだ赤くなってないモンスターの生存証明がダンジョン内であることを教えてくれている。
「他の階層だともう二十分位短い時間で階段までたどり着けるような覚えがありますね。あ、五十五層は別ですが」
「ここから先は適度に狭いと嬉しい所だが、他のダンジョンではこれと同じかそれ以上の広さのダンジョンを迷いながら探索してることを考えると、小西ダンジョンの手軽さと深さは今まで楽をさせてもらっていたと考えるほうがまだ気が楽だな。さて……ここで待ってても何事も進まない。下りるか」
やる気を出して階段を下り始める。地下の涼しい環境だったところから一転、少し蒸し暑い、いや結構暑いか? 外ほどではないがここも冷房が欲しい程度の気温、いや室温を有している。そして何より湿気が凄い気がする。ジャングルにでも迷い込んだらこんな感じなんだろうな。
途中で壁がピッタリと変わり、何やら肉肉しい壁になった。何かの体内……みたいなオブジェクトなんだろうな。もし巨大生物がいて、それに飲み込まれたらきっとこんな感じの場所になるんだろうな。
「ミルコ君が言いよどんだのが解った気がします。はっきり言って気持ち悪いです」
「同感だ。早いところ七十二層まで作ってもらって七十層で一息つきたい気分だな」
そのまま階段を下りていくが、足元は普通に歩ける。壁も念のため触っておくが、何かの粘液が付着しているとかそういうのではなかった。だが、触っていてあまり気分のいいものではない。
「なるほど、何処かに滞留してても溶かされたりする心配はなさそうだし、壁面から吸収されていく、というギミックも無さそうだ。とりあえず移動することに関しては問題はなさそうかな? 」
「早く出たい、というのが本音ですね。むしろ七十二層まで出来上がるまでここに通うの無しにしたいぐらいです。とりあえず行くなら早くいきませんか。じっとしてるのも嫌なぐらいなんですけど」
芽生さんには大不評らしい。まあ、それも仕方ないことか。誰かの胃袋の中に入ってるような感じというのは普通は誰でも嫌悪感を覚えるものだ。
「とりあえず安全確認はこんなもんか。壁はオブジェクト。触っても粘液や消化液みたいなものは出ない、足元は……普通に床だ」
床につま先をトントンと叩きつけて、床までぶよぶよぷにぷにではないことを確認する。これで床まで同じ構造だったら戦闘時に足元を取られてうまく行動できない可能性もあるからな。そのあたりの安全が確認できただけでも大きい。
「とりあえず、ここで食事ってのは無しだな。食欲が失せる。先に食事を済ませて来てよかったな」
「思い出すと戻ってきそうですが……」
「そこまでここはダメか。だとするとミルコの助言は当たっていたことになるな」
人によっては嫌悪感を催すマップというのは確かにある。芽生さんの場合ゴキマップがそれだった。今回はそれに慣れることができるかどうかがカギだな。流石にこのマップでゴキが出てくる、という可能性は無いだろうが、どんなモンスターが出てくるのかぐらいまではせっかく来たところだし把握しておきたいところ。
「索敵に集中すれば少しはマシになるんじゃないか? 」
「そうかもしれないですね。そっちに基準を置くことにします。どうやら……マップ自体は普通の迷宮っぽいですし」
迷宮マップのテクスチャ変更バージョンというあたりか。でも、体内を意識して作っているなら小部屋は少なそうだな。マップによってここが小腸でここが大腸で……みたいなことになっている可能性はあるが、今のところ一本道。どこに放り出されたのかは解らないがとりあえず索敵で反応するモンスターの内で一番近い所へ移動しよう。それが一番芽生さんのためにもなるはずだ。後は地図をちゃんと作っていかないとな。こんな所で迷って時間を取られると芽生さんのメンタルに支障をきたすだろう。
「とりあえず……あっち行ってみるか。曲がった後にモンスターと遭遇しそうだ」
「そうですね、とっとと行きましょう。サンプル撮影してるんで後はよろしくお願いします」
どうやら撮影に回ったほうが多少気分が落ち着くらしいので、俺のスマホを渡して録画モードにして渡す。俺のヘルメットにマウントしても良かったのだが、気分が落ち着くまで三人称視点で居たいらしい。
そのほうが気分がまぎれるなら仕方ない……と、角を曲がってモンスターを視認。緑色の……なんだろう、ウィルスか菌を模したような丸い物体が三つ重なって空中に浮かんでいる。それが二つ。体内細菌とでも呼称しておけばいいのだろうか。
とりあえず向こうはこちらを察知したらしく、こちらに向きなおし? 徐々に近づいてくる。とりあえず初手全力雷撃。全力雷撃を受けた片方は黒い粒子に還り、後には魔結晶が残った。二匹目に全力雷撃しよう……と思ったら物体が分裂した。
「あれ離れるのか! 」
「がんばれー」
芽生さんの助力は無いらしい。芽生さんに向かわない限りはまぁ、ある程度は何とかなるだろう。覚悟を決めてモンスターへ向かいなおす。
丸い物体は三つに分かれてこっちへ体当たりしてきた。体当たりの痛さ……自体は問題じゃないな。普通に吹き飛ばされそうな威力はある。鉄球が吹っ飛んでくるぐらいのイメージで耐えてみたが、あたりの強さはバスケットボールの全力投球を同時に三つぶつけられたぐらいの感じだろう。物理耐性二つの前では大した威力にはなってないようだ。これでこいつは戦力ではなくなった……が、気になることが。
なんだか、かび臭い。このモンスターの匂いだろうか。体当たりされてからなんだかぶつけられた辺りから臭ってくる。これは攻撃の一部なんだろうか。ともかく、俺の周りをグルグル回りながらぶつかってくる丸い物体相手に全力雷撃を一つずつ当て、確実に落としていく。
三つ全部倒したところで戦闘終了。近接に回られると厄介なことは解った。後、かび臭さも一緒に黒い粒子になって還っていったらしく、匂いは落ちていた。念のためウォッシュをかけておく。
「かび臭くない? 」
「ふんふん……大丈夫です、いつもの消臭剤と洋一さんの匂いがします」
俺の匂いはウォッシュでは落ち切らないらしい。あれかな、自分の匂いは無意識に発生してるから意識的に排除しないと匂いが抜けないとかそんなかな。まあそれは良い。ドロップを拾う……前に、こいつの仮称を決めてやらないとな。
「こいつ、名前何が良いと思う? 緑球菌とか? 」
「三つで一つのモンスターらしいので三鎖緑球菌とかどうですかね」
「ちょっと長いな……でもそれっぽいのは確かか」
魔結晶を拾うと、三鎖緑球菌の魔結晶と保管庫には登録された。しばらく頼むぞ、少し名前が長いけど三鎖緑球菌。三鎖緑球菌、さんさりょくきゅうきん。よし、覚えた。
「さて、他にもモンスターは居るのかなっと」
「他の種類はいると思います。今まで通ってきた中でモンスターが一種類しか居ないの、一層のスライムぐらいですからね」
「言われてみれば……そうだな。そしてマップの最終層にだけ存在するモンスターが居る、というのがパターンとしてありえるか」
「そうかもしれません。とりあえず次のモンスターを探しましょう。居るなら二種類ぐらいは居るはずですから」
次のモンスターを探しに回る。さっきの三鎖緑球菌君が複数回現れるものの、一発全力雷撃で撃退していっているので問題なく倒すことは出来ている。
そして、ドロップ品も魔結晶だけでは無かった。範囲回収で回収を進めていたところ、保管庫に見たことのない文字列が出てきた。なんだろうと思って取り出すと、見慣れた円筒形をした醤油差しが出たのだ。ちなみに中は無色透明で何かしらの液体が入っていることだけは確かだ。おそらくあの三鎖緑球菌君の体液のような何かか、それとも細菌的な何かが封入されているらしいことが窺われる。しかし、なぜこの入れ物なのだ……
「これなんじゃろな」
「なんでしょうね。すくなくとも透明なソースや醤油でないことは間違いないと思いますので食べないでくださいね」
しっかり念を押された上で、中身を確認したいところだが、これ口開けたら多分効果なくなっちゃう奴だよなあ。
「何らかの薬品……っぽいな。もしかしたら三鎖緑球菌の菌が中に入ってるとか、そういうのだろうか」
「ともかく、調べてもらうまではおさわり厳禁でそのまま保管庫に仕舞っておいてください。いいですね? 」
更に念を押された上で観察して、何かの液体、と念じながら保管庫に収納することで、何かの液体として保管庫に登録し直された。この容器を選んだ理由をダンジョンマスターに色々と問い詰めたいところではある。この容器の形だとうっかりお弁当にソースと間違えて振りかけかねないので注意が必要だな。
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