1112:待ちに待った
今日も気持ちのいい朝。冷房もダーククロウもスノーオウルもありがとう。この枕を使いだしてからほぼ毎日欠かさずレポートは送っているが、そろそろ潮時だろう。時間的にも長続きはしているということは解っているだろうしこの辺りでレポートを終わりということにしておこう。
レインで今日の寝起きについて送ると、長期間のレポートになったが一旦ここで日常に関してはそこそこ長い時間扱っていけることが確認できたので今後は異常事態や効果の消滅が感じられた時点でまたレポートを送るという内容を送信し、枕のサンプルテストを終了ということにしておく。
気晴らしに五十七層に潜ってから三日経った。二日間は予定通りに五十二層へ通い、昨日は休み。せっかくの休みなので休みの間にやることはやってしまおうと、早めの羽根の納品をしに布団の山本に行った。いつもよりまだ余裕があるのでしばらくは大丈夫そうだという話と、羊羹のお供えはちゃんとしておいたことを報告。
向こうからは、今後は冬に向けて分厚い布団の相談が出るだろうから少し需要が高くなりそうな話を再び聞かされた。まあ今のところはこのローテーションを使っている間は問題なくダーククロウの納品は出来そうだということも報告しておいた。お互いの商売が上手くいっていることを確認したところで話をまとめて帰った。
午後からは新しいローテーション料理の試作をした。細切れにした馬肉を赤ワイン風味に仕立てて煮込んだものにキャベツをぶち込んで更に一緒に煮るというお手軽でそこそこ腹も膨れる一品が出来上がったので、今度芽生さんにも一味試してもらって感想のほうを聞こう。
いつもの朝食の後、日課通りに昼食の準備を始める。さすがに昨日の今日で同じメニューを作るのもアレだし昨日の残り物があるわけではないので今日は別の昼食を作らなくてはな。うーん、何作ろうかな。
たまにはハンバーガーというのも悪くないかもしれないな。流石にもうひき肉の在庫は無いし、朝からミンチマシンを使うのは少々労働負荷が高い。ここは一枚肉のステーキにしよう。食べ応えもあってインパクトもあるはずだ。
それに保管庫にあるバンズ型のパンも賞味期限が切れる前に消費してしまいたいしな。四つぐらい作って二つずつ食べる感じで行こう。味付けは定番の照り焼きにするか。一枚肉の照り焼き……カウバーガーだな。照り焼きはチキンかビーフが美味しい。トマトも薄めだが挟んで厚みの足しにしよう。レタスとマヨネーズとトマト、具はこんなものか。
肉をバンズの大きさに合わせて適度な大きさに切り、豪快に強火で表面を焼き締めてから弱火で中まで火を落とす。きっちり焼いて、軽くトマトとレタスに熱をあたえてから挟み込むことで冷めた肉になりにくいようにする。
きゅうりの浅漬けを簡単に作り、ピクルスの代わりに挟み込めば具材もバッチリそろって、これでハンバーガーと名乗ることは許されるだろう。
そこまで仕上げてから、余った肉をコマ切れステーキとしてちゃんと使い切る。それとハンバーガーのお供にポテトが欲しい所なので、冷凍モノで申し訳ないがフライドポテトを解凍して軽く塩を振って出来上がりだ。
贅沢なハンバーガーが四つ出来上がった。これだけで材料費約三万円大事なのはいくら使ったかではなく美味しく食べられるかだからな。今日は中々の贅沢が出来る日だ。多分値段としてはカウ肉のしゃぶしゃぶ以来の高級路線の食事になるだろう。今から楽しみである。
今日は五十六層に行くか四十九層に行くか決めていない。流石に休みを一つとったところで稼ぐ日が一つ減ったと芽生さんなら考えるだろうし、ちゃんと稼げる五十六層へ向かおうかな。
さて美味しいであろう昼食の準備が出来たことだし、今日も一日稼ぐ準備をしますか。スーツに着替えると各箇所チェック。
柄、ヨシ!
圧切、ヨシ!
直刀、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。収入という面ではもう今年と言わずむこう二十年ぐらいは心配しなくていいほどのものを確保できているが、それはそれとして稼げるうちに稼ぎたいと思うのは俺も芽生さんも同じだし、体が動く間に出来ることというのは日に日に少なくなっていく。
出来る間に出来ることをしよう。まだ老化というほどのものは訪れてないし、白髪が出始めているということも無い。こうして深い階層に赴けるのも今の内だ。なら、せめて今毎日稼げるところで稼いで行くのがダンジョンへの礼儀というもの。礼は収入でもって取り替えてもらおう。
◇◆◇◆◇◆◇
ダンジョンへ着くと芽生さんと合流。今日の予定を考えつつ入ダン手続きを終えていつもの茂君へ向かう。
「今日は何処へ行くんですか? 」
「予定では五十六層から五十九層かな。スキルオーブの心配はしなくていいし、逆に気軽に探索できるし収入も多いしちょうどいいかなって。やはり稼げるところで稼ぐのが先を行く探索者としての責務だと思うんだ」
「確かにそれは大事ですね。自分たちの行く先の人があんまり稼いでないって話になると先行きが怪しくなっていきますし、その辺を期待する声はあるでしょうね」
「あー、二人とも相談中だけどちょっといいかな? 」
自分たち二人以外の声がしたので声のほうを見ると、うっすらとミルコの影が見え始め、やがて実体を持ったミルコが転移してくる。
「頼みというわけではないんだけれど、一応報告に来たよ」
「お、報告ということは続きが出来上がりましたか? 待ちに待った新マップですか? 」
芽生さんのテンションの上がり具合が目に見えてわかる。
「そういうことになる。前も安村には言ったと思うけど、既に百層まで作ってるダンジョンマスターが居るんで、そのテンプレを参考に作っていったはいいんだけどね、次のマップは……正直あまり居心地のいいマップではないかもしれない」
居心地のいいマップではないという事前情報をくれた。どういう意味で居心地が良くないのだろうか。
「ふむ、ちなみにだけど、暑過ぎてダメとか寒すぎてダメとかそういうのか? 」
「さすがにそれはない。一応赤砂の砂漠よりは生存環境は整っているとは思う。温く感じるのはあるかもしれないけどね」
言い方を察するに、今屋外に出て活動するのよりはマシのような気がするな。でも何だか気になる所ではある。
「ちなみになんだが、今回の公開は何層までだ? 」
「マップの切り替えまで作るのがキリが良いと思ったので、ひとまず六十八層までだね。今六十九層に潜ろうとすると前と同じダンジョンコアルームに接続されることになるよ。君たちのことだから結構手早くたどり着かれる可能性はあるけど、まあその先が無いことは承知の上だろうから是非ゆっくり探索していってほしいね」
わざわざエレベーター内に転移してまで情報を伝えてくれたのだ、感謝のおやつを持たせてやらないとな。
「じゃあ、これ、いつもの袖の下」
「最近は君たちの触れ回りのおかげで祭壇? へのお供え物が多くて僕もやる気が満ち溢れてきたよ。これだけの人に支持されてダンジョンを運営しているんだと思うと不思議とうれしくなるものだね」
ミルコには評判が良いということは、変なものをお供えしていたりする輩はほぼ居ないか少ないと見ていいんだろうな。
「さて、五十六層への到着はキャンセルだな。そのまま六十三層へ下りて早速新しい階層へ向かってみることにしよう」
「楽しみではありますが、ミルコ君の言い方を聞くと何だかこう、もにょるものがありますね」
「……たどり着いてくれれば解ると思う。ただ、テンプレートを破棄して作り直すのはちょっと難しくてね。それならいっその事ガンテツみたいに新しいダンジョンということにして、一から作り始めるほうが早くなったりするんだ。まあ、君たち以外には高橋……だっけ? もう一パーティーがダンジョンコアルームにはたどり着いてるから彼らにも続報を伝えてあげると良いんじゃないかな」
そうか、やはり高橋さん達は一応あの光景を目にしているのだな。その上でインゴット集めという作業に従事しているという認識で良いらしい。まあ、七十層が出来上がるまではセーフエリア到着レースをする必要は無いだろうからここは情報を共有しておいて素直に進むほうが良さそうだな。
「じゃ、まあ、なんだ。僕から言えることはこのぐらいだ。頑張って攻略していってほしい」
奥歯にモノが挟まったような言い方をしつつミルコは帰って行った。五十六層で一旦扉は開いたので、ちょっと途中下車。ノートに「六十五層可能」とだけ書いておく。これなら他の探索者から見ても何のことかは解らないだろう。
後、最近ノートに立ち寄ることが無かったので五十七層以降でドロップしたスキルオーブの内容もまとめて記述していく。高橋さん達もインゴット集めが一区切りしてノートを見れば先が出来ていることに気づいてくれるだろう。
待たせている芽生さんにお待たせを言ってもう七層分下、六十三層へ久々に降り立つ。
「なんかこのじめじめ感も久しぶりだなあ」
「そうですねえ、三週間ぶりぐらいになるんでしょうかねえ。とりあえずお昼は六十三層で食べるとして、一旦六十四層へ下りて勘を取り戻す時間になるんでしょうか」
「そうだなあ。圧切がここのモンスターにどれだけ効果があるのかも見たいし、あの亀の甲羅も切断できるなら手間は格段に少なくて済むようになる。石原さんを信じて行ってみるか」
リヤカーを六十三層のエレベーターの脇のスペースに置くとそのまま六十四層へ。久しぶりのワニと亀。そういえば、正式名称もまだ決まってないんだよな。石像も含めて最近ダンジョン業界サボり気味じゃないか? とも思う。この階層ドロップ品の買い取りはまだ早いとしても、映像データと仮称も提出しているんだから早めに名前を決めてもらいたいところ。
ワニ相手には苦戦しないのは前から分かっているし、四重化した雷魔法の前では一発でコゲてくれるのも相変わらず。こっちはどうとでもなる。
問題は亀のほう。ワニ数匹を退治した後しばらく歩いて少し広い所に出たところで亀さんのご登場だ。早速圧切で圧し切る……とまではいかないものの、スッパリ切れてくれると嬉しい所だ。
最初から切りかかるつもりで正面から挑むと、首を伸ばして水魔法を数発撃って来た。体で耐えるが、魔法耐性を多重化したおかげかダメージも損傷も無く、体の周辺で弾き飛ばされるように魔法が霧散していく。やはり指輪を一つ着けてるのもあって、防御力のほうはしばらく問題にしなくても良さそうだな。
そのまま亀に接近し、圧切で切り込む。圧切は斬りたいイメージラインの通りに亀の甲羅を綺麗にスッパリと斬ってくれた。こいつなら亀も行けるか。ちょっと自信がついたし、何より亀を直接切り刻めるなら時間短縮にも一役買ってくれる。やはり、高い金出した甲斐はあったらしい。
背中を斬られた亀は手足をバタバタさせて痛みから逃れようとするが、足で押さえて逃げようとするのを抑え、そのままもう一度、今度は胴体を下まで斬るつもりで力を入れて引くように切る。胴からすっぱりと二分割された亀はそのまま黒い粒子に還った。よし、手に入れてから相当時間はかかったが新武器の切れ味を試すというタスクは今日でようやく完了だ。なんだか晴れやかな気分になってきたぞ。
残りの一匹はいつも通り芽生さんが穴に槍を突き刺して槍の先から魔法矢を連射して内部を破壊するという結構えぐいやり方で撃破していた。
「どうでしたか、切れ味のほうは」
こっちにドロップ品の魔結晶を放り投げて来る芽生さんに、空中で範囲収納して答える。
「納得の一品、これなら俺も太鼓判ってところだな。こいつに限定して言えばまだ元は取れてないが今日一日使っていれば嫌でも回収できると思うよ」
「それはそれは。私のほうも出来上がったら連絡が来るはずですから、次のマップで試し斬りってところでしょうかね」
「腕が確かなのは間違いないからな。きっと楽しんで探索できるようになると思うよ」
そのまま軽く一時間半ほど六十四層を回って六十三層に戻ってきた。やはり久しぶりなおかげかワニの接近を許したり亀から水魔法を受けたりはしたが、耐性をしっかり上げたおかげで傷一つなく戻ってこれたのはここまでの自分たちの頑張りの成果、と胸を張って言えるところだろう。
お昼のハンバーガーは好評だった。どこぞのハンバーガーによく似てるとは言われたものの、バンズもしっかり焼いてあったし中のお肉は柔らかくて噛み切れるし、挟んでおいたトマトも好印象だった。また作ろう、ハンバーガー。今度はちゃんとミンチ肉でパティを成型してからやろうかな。せっかく買ったミンチマシンなのに結局使ってないのはあの時予想した通りの話になったな。
「掃除に時間かかりますからねえ。前日から準備しないといけないのは辛い所ですねえ」
「なので今回は一枚肉を豪快に焼いたってことなんだ」
「なるほど、手が足りないなら私またミンチ肉作りに行きますからその時またやりましょう。料理は二人でやってもなかなか楽しいものですから」
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
後毎度の誤字修正、感謝しております。