1110:これはただの白い粉じゃ
気分を新たにできたところでギルマスに礼を言うと、お礼は稼ぎで期待してるよと言われ、気合を金銭欲で入れ直されてギルマスルームを後にした。お礼は稼ぎで、というのはギルマスの本音だろうが、稼いできてくれるなら何でもいいから頑張れ、というギルマスなりのねぎらいの言葉だったのだろう。
稼いでくれればそれでいい。金額の多少はこの際問題にしない、ということか。期待を余計に乗せられたような気もするが、このようにしてくれたらうれしい、という意見を採用して動くのもまた探索者ということになろう。ギルマスからの話はきっと、何処かで社会的な貢献になるはずだ。
さて、しばらく暇つぶしを兼ねての五十二層巡りだ。セーフエリアから歩いて向かうという点では五十六層から五十九層を目指すのと大きくは変わらない。ただ、やはり階層が浅い分だけポーションや魔結晶なんかの査定金額が変わってくるのでその分収入は少し減る。
とりあえず初日の今日は【隠蔽】を解除してひたすら戦い続けるという行為をして、一時間当たりどのくらいの金額ベースを稼ぐことができるのか、ということを確認することである。
以前ここを通過する際は二人とも【隠蔽】をONのままで抜けていったため、実際にはもっと多くのモンスターと出会いながら歩き抜けることになるだろう。その際の時給が知りたいという所である。実際には四十九層から五十五層にかけて、というのが正しい認識だが、この間の階層は【隠蔽】の効き具合のおかげで初回突破をしてきたようなもんだ。ここらで正しいこの階層の在り方というのを知っておく必要があるだろう。
七層で茂君を狩った後、エレベーターで四十九層へ向かう。その間にやること相談と戦い方についておさらいしておく。
「まずは、【隠蔽】のOFFは確定事項。これでモンスターのほうから寄ってきてくれるようになっているはずだ。普通に通り抜ける時は【隠蔽】をONの状態であれだけのモンスターに囲まれて鱗粉まみれにされたんだ、今回はもっと鱗粉まみれになることは確定事項と考えていい」
「また甘さでべとべとになるんですか。でも洋一さんのウォッシュの腕も上がりましたし、後で綺麗にしてもらえるなら大きな問題にはなら無さそうですね。あとは一番モンスター密度が濃いであろう五十二層で想定通りにモンスターが寄ってきてくれるかどうかによりますね」
「思ったより来なかったはまだいいが、思った以上に来すぎただと消耗が激しくて五十二層に居られなくなる可能性まで考えておかないといけない。ドライフルーツがある分魔力の補充についてはあまり問題ではないが、肉体的、精神的疲労がどのくらい蓄積していくかが悩みだな。良い感じのところで水分やカロリーの補給をしたいところだ」
お昼どうしようかな。五十層で肩慣らしした後食べて、その後で五十二層って形のほうが良さそうかな。
「お昼何処で食べようね? 四十九層まで戻ってくるかい? 」
「そのほうが安心できるでしょうし、神経をすり減らしながら食べたり交互に戦う側と食べる側で分けて戦うには私たちは人数的な余裕がないですからね。四十九層で素直に食べましょう。そのほうが楽なはずです……と、ちなみにメニューは何ですか」
「今日は生姜焼きだよ。漬物とキャベツ添えのいつものスタンダードなメニューになった」
お昼は四十九層……と。後決めておくことはなにかあるだろうか。一人でも通い慣れた場所ではあるので、【隠蔽】をONにした状態での時給や何やらは大体頭に入っているし、モンスター側から受けるプレッシャーにも慣れている。
四十九層に着き、とりあえず昼飯までの短い時間だが体のウォーミングアップと称して久しぶりのシャドウバイパー、シャドウバタフライ、シャドウスライム相手をしていく。五十層はまだまだモンスターの湧く量に余裕があるので体の動かし方や当時できなかった倒し方なんかをそれぞれでチェックし始める。
ざっくり一時間ほど戦って分かったことは、圧切の出番はないということだ。雷切で充分対応できるし遠距離からスキル一発で倒すこともできる。シャドウスライムを潮干狩ることも忘れてはいない。【身体強化】がかなり上がったおかげで二匹相手でも問題なく潮干狩ることができているので、キュアポーションが一杯落ちる分保管庫の中身は充分に満たしていくことができる。
シャドウバイパーの牙は比較的価値は低いが、他の探索者があまりたどり着いてないであろうことを考えるとまだ需要を掘り起こすことは出来るだろう。シャドウバイパーの牙とほぼ同確率でシャドウバタフライから落ちる鱗粉、今日はこっちに用事がある。午後からはしっかりとこれを稼ぎに五十二層に潜る。地図もしっかりできているし迷うことはほぼ無い。真っ直ぐ五十二層まで下りられそうだという確かな感覚を得てはいる。
準備運動を終えて昼食。生姜焼きを並べて食事開始。いつもの食べ慣れたメニュー。ダンジョンでは生姜焼きだったかタタキだったか、どっちかを食べていたことを思い出す。あの頃は人の目も有ったが、保管庫の使い勝手も違っていたので煮炊き焼きとダンジョン内で行っていたが、今は家で作ってきてここでほぼ出来立てを味わう。ダンジョンで作っても家で作っても出来てから時間がそれほど違いが無いなら、家で作ってきたほうが時間を有効的に使える。狩りの時間も増やせる。
ここまでやってしまうと、これ以上の効率化はダンジョンに早くついて片手で食べられるものを食べながら戦闘をしてめいっぱい時間を使って帰る、ということになる。さすがにそこまで効率を求めることはしないが、出来る短縮はしてしまう。大事なことだ。
普段通りの量を普段通りに食べて、普段通りに休憩する。出来るだけ同じを心がけることでモチベーションやテンション、コンディションを維持し続けるのも大事だと考える。その第一歩が食事だ。
食後に机にもたれて雑誌をふむふむと読み込み、頭は動かしつつも体はしっかり休めておく。このレシピは何処かで食事に使おう。自分で作る夕食でまず一品作ってみて好評そうなら一つ作ってお出しして、ダンジョン内で食べるには向いているか向いていないかを判断するのも良さそうだ。
ふむ……他所のダンジョンでは順次新規B+が出陣しているおかげで二十六層から三十層にかけての階層が空き始めているそうな。一気に複数パーティーがB+になったわけではないだろうが、と、大手ダンジョンなら別か。あっちならかなりの数になっていてもおかしくはない。他のダンジョンの三十三層から三十六層にかけてはどんな感じなんだろう。もっと広い登山道なのか、それとももっと違った光景を目に出来るのか。ちょっと見てみたいと思った俺でもある。
そうだよな。たまには他のダンジョンの状態を見に行くという行動も有りなんだよな。今のところ保管庫を使わないというルール以外では別に小西ダンジョン以外に潜ってはいけないというルールはないのだ。清須でもゴブリンキングを倒して、ついでにエレベーターを使わせてもらって三十五層の景色を見に行く、というのもありだったろう。
鱗粉集めに行くという前に他のダンジョンに試しに潜ってみる、という選択肢を見出して選べなかった俺の落ち度か。これは保管庫を使う前提で小西ダンジョンに潜る、という先入観に魅入られ過ぎた。今後はそれも考えていくのも有りだな。
「あ、そうじゃん。今ごろ思いついたが今こそ熊本第二ダンジョンへ行くチャンスだったんじゃないか? 」
「そういえばそういうタスクもありましたね。良い地酒見繕って潜れるところまで見に行って、ガンテツさんにお参りしに行くのもありでしたね」
「ぐぬぬ……まあ次回どうするか迷った時に相談して会いに行くのも今後は予定として入れていこうか。いつになるか解らないけど」
「ギルマスと話し合った以上は数日はここで鱗粉集めなのは確定ですね。その後は……何個か集めてはいおしまい、ではもったいないですし、せっかくそこそこ稼げて楽しめる環境があるんですし、もう少ししたらここにもいずれ他の探索者が潜り込んでくるんでしょうからそれまでに遊べるだけ遊びましょう」
探索を遊ぶ、と言い換えるのはどうかとは思うところではある。シャドウバイパーの毒はまだこちらに対して有効な攻撃ではあるだろうし、油断しても良いところではない。さっきウォーミングアップは終えたとはいえ、これから先は密度が高くなる。【隠蔽】がONなら俺一人でも回れるとは言え、OFFにして二人でどこまで戦えるかはまだ未知数な所がある。
おそらく大丈夫だとは思っているが数で来られると厄介だ、充分に注意していくところかな。
お腹も落ち着いたところで再び五十層から五十二層へ向かう。道は真っ直ぐ解っているので二人とも【隠蔽】をOFFに。俺達はここですよと知らせながら向かうことになるので当然ながらモンスターの寄ってくる密度も段違いに高くなってきた。本来はこの密度がここの難しさなんだろうな。
五十層を抜け五十一層へ。密度はさらに高くなる。シャドウスライムにバニラバーの儀式を出来るのもここ五十一層が限度だろうな。五十二層では途絶えることが少ないぐらいの感覚でモンスターが寄り付いてくる。休む暇がないというのは悪くないが、せっかくなら固まってこっちに向かってきてくれるこっちのほうがメリハリが利く戦闘が出来るのは間違いないが、稼ぎという点では今の自分達ならメリハリを無理やりつけて戦闘することも可能だろう。
五十一層ではほぼ三匹一単位でモンスターが現れる。しかも、そこそこの広さの索敵範囲があるらしく、こちらの視界が紫色の霧で若干不明瞭なことも併せて思ったよりも遠い所からやってきているように錯覚することすらある。いや、実際結構広めなのだろう。
「さすがに結構な密度ですね」
「五十八層といい勝負って感じだな。あっちも中々の密度だがここもどうやら隠蔽無しだとかなりの湧き具合らしい。独り占めできるからこそのこの密度ともいえるが。この調子だと五十二層ではかなり期待できそうだ」
ドロップ率が四分の一ぐらいなので割とポコポコ落ちるイメージのある鱗粉だが、次出ろ次出ろと念じながら倒すとやはり物欲センサーに引っかかるのか、なかなか出てくれないのでドロップ品に一喜一憂するのは諦めることにした。逆にスキルオーブのことを考えよう。その内毒耐性も必要になってくるだろうから他の探索者のことを考えるとこのタイミングでドロップするのはあまりうれしくないところだ。出来れば他の探索者にドロップの権利ごと譲ってあげたいところだな。
五十一層の歯ごたえというほど強くはないものの数多いモンスター相手に戦って進んでいく。全力雷撃で一グループずつまとめて倒せるようになったのは俺の成長の証。芽生さんも魔法矢と水魔法で目視できる範囲の敵をまとめて叩き落としていっているので、全身が甘ったるくなることは非常に少なくなっている。
「ここまでくるとまず近接することがデメリットになってきましたね」
「ウォッシュで綺麗にできるとはいえ、スーツを傷めたくないからな。今日一日の分は四十九層に上がった時点でまとめてウォッシュしてしまおう。もしくは匂いが気になりだした範囲で、かな」
「今のところは……だいじょうぶそうですね」
芽生さんが自分の匂いを嗅ぎながら確認している。俺も念のため自分の匂いを確認するが、ドロップ品も遠隔収納しているおかげで鱗粉に触れた範囲はごく一部であったらしく、軽く甘い匂いはするものの匂いがきつすぎて周りに迷惑をかけるほどということはないだろう。
ペースを崩さずそのまま五十一層から五十二層へ目標物を見据えながら移動する。スムーズに階段まで移動できたのも俺の脳みそと方向感覚がまだ衰えてないことを教えてくれている。視界の悪いこのマップで目印を覚えていてその通りに歩きながら戦闘も続ける。悪くない、ボケがまだ来てないってことを確認できた。
「うむ、やはりまだボケは来てないな。ちゃんと地図を忘れてないぞ」
「でも、時々チェックするのは大事ですよ。迷ってないふりをして迷ってることもあるかもしれませんから」
明後日の方向を見ながら芽生さんが確認を入れて来る。多分向いてるほうにモンスターがちらりと見えているんだろう。
「今のところ大丈夫、というかほら、もう階段見えてきたし問題ないって」
「モンスターも寄ってきてますけど、その辺も大丈夫ですか」
「正面向かって二時方向のモンスターなら確認はしてる」
「なら大丈夫ですねえ。これを倒したら階段下りて五十二層へ行きますよ」
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