1109:数日経ち
数日経った。ひたすら五十七層から五十九層を往復して指輪とポーションを拾い集め続けた。
その数日の間に他のスキルオーブではなく【魔法耐性】を無事拾えたのは、ミルコの手が加えられた可能性もある。ミルコはどのスキルオーブがドロップするかをある程度操作できるらしいので、ダンジョン内の二人の会話なんかを聞いてタイミングよくドロップしてくれるように仕組んでくれたのかもしれない。
そして物理耐性二枚刺しの効果だが、ガーゴイルやリビングアーマーに槍で殴られても問題なく、石像とのステゴロを挑んでもこっちにダメージが無いことが確認できた。さすがに石像を殴るのは衝撃が走るが、痛みは無かった。
ただし素手で石像を割って倒すことは出来なかったので、もしそれをしたかったら【硬化】で表面強化しておけば殴って倒すこともできるのではないか、ということは何となく肌で感じた。耐性さえしっかりしていれば服装も武器もある程度何とかなるらしい。
そして、目標額である所の四十億という金額を無事に稼ぎ切ったので、新しい目標を立てる段階に来ている。何をどうする、というわけではないが、とりあえず現時点でやる事リストには指輪の個数を溜めておく以外にはない。だからそれをひたすら続ける、ぐらいしか目標が無いのも確か。何もやることなく無意義にダンジョンに潜り続けるよりはよほどマシだが、もう少し何かモチベーションにかかわる刺激を求めたいのは確かである。
五十八層のスキルオーブも全部掘り出してスキル販売にかける、という話も有りだ。しかし、夏休みに入ってから三つほどスキルオーブを掘り出しているので期間と出たスキルオーブを考えるとすでに十分すぎるほどドロップはしている。
「というわけで、今後どうしていくかの相談なんだが何か芽生さんからリクエストはあるだろうか」
ダンジョンに潜り始める前、休憩室でのちょっとした今後の進路相談が始まった。流石に大声でやり合う話でもないのでいつも通り内緒話風だが、それでも足を止めて俺たち二人の様子を見かけては再び歩き過ぎていく探索者は何人か居る。朝帰りで今休んでいるのか、それともこれから潜るのか、どっちにしろおつかれちゃん、という感じの挨拶を送ってくる者もいる。
「モチベーションの維持は大事ですからねえ。さすがの私もお金になることだけを目標にして探索していくには少々厳しくなってきました」
芽生さんが金稼ぎで満足しない。つまりこれは相当不味い状態なのではなかろうか。
「しいて言うなら市場に流したい品物を、という三番目か四番目辺りにあった目標を満たしていく、というのがいいかもしれませんね。ギルマスに相談しますか? 」
「それも有りなんだろうけど、調べものをしてもらって結果が出るまでは数日かかるだろうし、その間のモチベーションをどう保つかが問題になる。それに欠点として誰でも潜り込める階層での需要が大きいドロップ品、例えば馬肉なんかが今足りてないって話になるとこっちの出る幕はないからな。今後の需要予想なんかを握ってる部署と直接連絡が取れればそれがベターなんだろうけど、そういう伝手は無いからな」
「中々うまくいきませんねえ。しかし、モチベーションの維持で悩むことがあるとは思いませんでしたよ。今まで奥に奥に、金に金に、と潜っていた我々が、ですよ」
金に金に、は芽生さん特有の現象ではあると思うんだがな。でも進捗を金額で考えるにあたっては金が儲かるということは進捗が進んでいるという証拠としては解りやすかったし、そういう意味では俺のモチベーションにもなっていたということになる。
「指輪何個、という形で目標を立てることも悪くはないとは思うが、割と早めに限界が来そうな気はする。何かやる気につながるものを考えないとな」
「そもそも探索者でやる気を維持する方法を考えるということはなんだか違うような気がしないでもないですが……何のために潜っていくのか、改めて考える時期に来たってことでしょうかね」
そもそもの原因はミルコがダンジョン更新が間に合わずに六十四層で足止めを喰っているところから始まる。そのおかげで残りの夏休みは金稼ぎに終始することになって目標を決めて達成した。そして次の目標は、というのが現時点である。それは確か。この後のモチベーションを発揮するには、より美味しい階層での探索か、六十五層以降のダンジョンの開放を見なければならない。
他の探索者がランク制限のおかげで深くまで潜れないのとほぼ同様の事態が現状起きているということになる。他のみんなはこういう、なんというか、イガイガするというか、イライラするというか、先に進めない切なさみたいなものを感じていたんだろうなあということが今解った。
皆ごめんな、今まで我慢していてもらってて。でも、ここまで話が進むためには自分たちで開拓してきた結果が基となっている部分もあるのでその辺は御理解とご協力のほどをお願いしたいところである。
「どうしたもんかなあ」
「どうしたもんでしょうねえ」
二人して悩んでいると、ちょうどトイレの帰りなのか、ギルマスが通りかかった。
「あれ、お二人さんどうしたのこんなところで。今日も元気にダン活じゃないの? 」
「まあ、それについての相談を色々していた所なんですよ。この先どうしようかねえ? って感じで」
ギルマスにざっくりと説明をしてみる。しばらくふんふんと話を聞いていたギルマスだが、どうやらどこかで真面目モードに入るスイッチが入ったらしく、真面目な顔になる。
「ここで話すのもなんだし、私の部屋においでよ。今日は仕事もほとんどないし、君らの活動方針如何はギルドとしての収入にもかかわるものだからね。君らのピンチは僕らの財布のピンチだ。是非そういう時こそギルマスである私も交えて話し合いたいところだね」
せっかくの御厚意だし、ここで二人して頭を抱えていても仕方ない所ではあるか。もしかしたらギルマスという一滴の異物をドーピングさせることで何か解決に導かれる話が思いつくかもしれない。
「そうだな、せっかくだし移動して話するか。ここで話せないこともあるわけだし」
「そうですねえ。二人で悩みを解決できなくても三人ならマシな方向性で話が進むかもしれません。ここは一つ頼ってみますか」
「そうしてちょうだい。そのほうが私もせっかくギルドマスターという管理者の立場をもらっているんだし、存分に利用してもらいたいところだよ」
三人納得したので場所を二階に移し、ギルマスルームへ入り込む。部屋に入るとギルマスは三人分のコーヒーを用意してくれた。室内は冷房が入っているので涼しく、淹れたての熱いコーヒーでもまあそれなりに飲むことは出来る。
「それで、これからの相談ってのはダンジョンにどう挑んでいくかとか、何を目的にしていくとか、そういう感じなのかい? 」
ギルマスにざっと、そもそもの予定だったことと予定が空振りに終わったこと、そして目標としていた金額を稼ぎ切ってしまってこれから何を目的にしてダンジョンに潜っていくのか悩んでいる、という話をした。
「なるほどねえ。他の探索者からすれば贅沢な悩みであるのは確かだが、モチベーションの維持という意味ではみんな同じだろうね。これからどうしていくか、か。そういえば同じぐらいの深さに潜っている他のパーティーはどうしているんだろうね? 」
「片方は上からの命令でインゴット集め、もう片方はこっちに追いつくための地力を付けるための探索って言ってましたっけね。片方は命令なので粛々と従うしかないのでしょうけど」
「仕事って割り切ってしまえば苦も苦じゃなくなる部分は確かにあるだろうね。でも本当はもっと奥へ行きたいと思ってる可能性もあるよね」
「その辺はD部隊の皆さんのほうがプロっぽい姿勢を見せてくれてますからねえ。見習うべき姿勢なのでしょうけど」
ふむ……とギルマスは考えて、それから気軽にポンポンといくつかの意見を出してくれている。こういう時、大事なのは意見の数であり、その意見が重要かどうかではない。ブレインストーミングの原則って奴だな。
「休みの間に指輪が後何セット手に入るか、というのはどうだい。たとえば三十個とか」
「それも出ましたね。この間みたいに渡す相手が決まっててその為に……というのならやる気は充分に出ますが、出荷されるかどうかも解らないものに対してため込むというのはいくら保管庫が広くてもちょっと、というところはありますね」
「なるほど。だとすると後は追加でいくら稼ぐのかとか、ドロップ品に主軸を置いて探索するか、あたりになるね。例えばあの白い粉とか」
あぶない言い方をするギルマスにはあえて突っ込まない。シャドウバタフライの鱗粉のことを指しているんだろうが、アレをキめると多分一発で死ぬだろう。なにせ砂糖の五百万倍甘いらしいのだ。人間の味覚にそれだけの刺激を一気に与えれば甘いどころではなく痛い、もしくはその衝撃で良くて廃人悪くて死ぬような気がする。
しかし、あれもこの先商品として出荷されていくことを考えると必要なドロップ品ではあるだろう。今のところ新規B+の最先端が四十二層まで潜り込んでいる、という点を考えると、まだ大手を振って好き放題モンスターを倒しまくってドロップ品を荒稼ぎする、という行為を行えるうちにやってしまおうかというのは一つの案と言える。
「ギルマスの案に乗っかるのも有りですね。白い粉集め、背徳的な言葉ではありますがアレも貴重なドロップ品ですし、シャドウバイパーの牙についても同様かな。まだ商品として名前を聞いたことが無い辺りが怪しいですが……とりあえず価格表を見てから考えますか」
「ここにあるよ、ドロップ品の価格表一覧」
「拝見します」
価格表を見ると、シャドウバイパーの牙は三万円、シャドウバタフライの鱗粉は十万円ということになっている。鱗粉は使い方と方向性が定まっていて、砂糖と比べてコストが非常に安く仕入れることができるからこそ今でもこの値段、ということのようだ。将来的に値上がりをする可能性はあるな。
手元の早わかり時給表と見比べて、いくらぐらい収入の増減が見込めるかを考える。五十一層ならソロでもいけるが、五十二層は階層の特性上ソロで戦い続けると息切れを起こす可能性が非常に高い。しかし二人でなら余裕で切り抜けることができるだろうし、【隠蔽】を切った状態なら長時間ヌルヌルと戦い続けることはそう難しくないだろう。
よく結衣さん達これを突破してきたな、凄いとも思うが、やはりそこは人数差に関わる所らしい。多人数パーティーなら同時に休憩と戦闘をこなせるだろうからやはり数は力であるということなんだろう。
「それも悪くないかもしれませんね。何となく美味しく戦える方向性を見つけることは出来るかもしれません」
「白い粉集め、やれそう? 実はこれは内緒なんだが、この甘味料を新しく使ったコーラの販売が近いらしくてね。もし評判がいいなら定期的に購入していきたいという話が商社経由で回ってきてるんだ。それだけの需要がある商品だとは言えるよ」
うん、儲けにあまり響かない範囲でと但し書きが付くが、しばらくはやることとしては悪くないかもしれない。
「俺としてはそこそこの稼ぎが出来ればいいやと思ってましたが、五十二層でグルグル回ってる分にはそれほど大きく収入を損なうことなくやりがいのある仕事って奴が出来そうですね」
「どういう試算ですか? ちょっとみせてもらっていいですか」
芽生さんがこっちの電卓とメモ帳を覗きに来たので、試算した情報を見せる。うーん、としばらく悩んだ後芽生さんも納得したようで顔を上げる。
「そうですねえ、今の収入にはさすがに勝てませんがやりがいという意味ではありそうですね。目標はこれを使ったお菓子が出て来るまで供給し続ける、という考え方もできますし悪くはなさそうです」
「じゃあ、しばらくは探索出来そうだね。私も収支報告に穴を開けなくて済みそうだよ」
どうやら聞く限りだと、上位三パーティーで相当の金額のギルド税を納めていることになっているらしい。各階層で稼げる金額を基準に考えると……それもそうか、と納得するだけの数字が出てきた。どうやらかなりの重要人物になっているらしいという自覚が出来てきた。これはうっかり休んでいられないな。
「よし、とりあえず数日間この感じで様子見ってことでいくか。何もしない時間よりはマシのはずだ」
「ですね。下手な考え休むに似たりとも言いますし、動かせるうちに身体は動かしていきましょう」
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