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ダンジョンで潮干狩りを  作者: 大正
第二十二章:新階層来る
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1108:納品即自家消費はもったいない

 歩いて中華屋に向かう。まだ暑いが、蝉の声は一時期に比べて夜でも聞かなくなった。夕方の明るさはかなり控えめになってきていて、徐々に日の入りが早くなっていくのを伝えてくれるように、道端の電灯が点き始めている。


「こんばんは、約束通り来たよ」


 中華屋ののれんをくぐり、中に入って声をかける。爺さんはちょうど注文が入っていたらしく、厨房であちこちへ動いたり忙しそうにしている。今は取引のタイミングではないな。


「勝手に涼んでくつろいでるから、手が空いたらよろしく」

「あいよー。今日は二人か、ちょっと待っててくれよな」


 おしぼりと水を二人分、勝手知ったるなんとやらで自前で用意するとテーブル席へ腰かけてメニューを開いてあちこちを拭いたり水で涼んだりしてしばし待つ。


 今日も客入りは上々といったところだろうか。混み過ぎない程度に席が埋まっているというのは店としても忙しすぎないという意味では程よい所なんだろう。ここはいつ来ても満席、というような店であってほしくないという俺のわがままがある。でないと気軽に納品や注文もできなくなるし、雑談する暇すらなくなってしまう。それはそれで寂しい。


「さて今日は何頼みますかねえ。洋一さんは昨日何頼んだんですか? 」

「辛さ控えめの白ごま担々麺だな。スーツで汗かきたくなかったし、辛い物を食べて今日に響くのは避けたかった」

「なるほど」


 翌日の尻が痛くて探索の調子が悪い、というのは控えたい。そういうチャレンジ精神は次の日が休みだと確定している時にだけやる冒険みたいなものだ。


「さて、残りの目標は【魔法耐性】一つと夏休み中にいくら稼げるか、ですが」

「暇だし、俺を基準でちょっと計算してみるか」


 机の上を拭いて綺麗にした上で、バッグから保管庫経由でレシートを出しては一つずつスマホの電卓機能で金額を入力。面倒くさいので千円以下は切り捨てで考えていく。夏休みの開始がちょうどインゴットの納品時期だったので金額から見える切れ目も解りやすく、レシートのクリアブック内の仕分けも月ごとにしてあるのでキリが良いところで計算できるようにしてある。こういう時に金に几帳面な自分にグッジョブを上げたくなるな。


 爺さんが来るまでに計算し終わり、ざっと計算結果を出す。


「芽生さん無しで潜った日もあるが……ざっと三十二億。後八日潜れば当初の予定だった四十億には手が届くし、指輪の取引代金はこれとはまた別。しっかり稼いでるな。年間で試算すると去年の……八倍ぐらいは既に稼いでいることになる」

「これが今後のスタンダードになっていくのか、それとも後発が追いついてないからこその収入なのかは判断がつけられませんが、よくもまあこれだけ稼いで平然としてられますね、私たち」


 たしかに。普通は去年の八倍稼いでる、って時点でまず驚くべきだろうし、去年の収入が十六億、税金支払ってもまだ六億超が銀行口座に眠っていることを考えると、それらを吹っ飛ばして稼いでるんだからもはや屁みたいなものであるし、この三十二億の内手元で確実に扱えるのは十二億程度ということも考えても……いや、十二億を程度と呼んでいる時点で既に金銭感覚がマヒしてるか、マヒしたまま帰ってきていないかのどちらかだろう。


「ま、とにかく物事は順調に進んでいるって事で一つ」

「そうですね、目標は高くと思って四十億と言いましたが思ったより早く達成できそうなのは指輪のおかげでしょうかねえ」

「一気に八個も納品すると三日分の日当になるわけだからな。今のところ自分たちが使ってる分を抜いて、八個ずつある。もう一回納品をお願いされてもいい感じだな」


 指輪の代金は一億、ギルド税引かれて九千万。初回分はそのまま公的機関に納める分として素直に渡したが、これが市場に流れた時に相場がいくらになるかは楽しみではある。本来金では買えない安全を金で買えるようになった、ということになれば資産家がこぞって買い求めに走るだろう。


 後はポーションもか。不治と言われた病が治るような代物ならこれも高い値がついてもおかしくない。第一次生産者のポケットに入るお金はそれに比べればそう多くないだろうが、それでも誰かのためになる、という意味では取り続ける意義はある。


「待たせたな、ようやく一息つけるぜ」


 爺さんがこっちに座りに来た。どうやら客の注文が一段落着いたらしい。


「で、例のブツは。バッグの中か? 」

「あぁ、十パックと言われたが念のため十五パック持ってきた。さて、まだダンジョン庁からも価格が決まってないこれ、いくらで買い取るね? 」


 十五パックを出して見せる。爺さんは一度見ているとはいえ、どのパッケージにも同じものが画一的に入っている様を見て少々眉間にしわを寄せるが、そういえば他の肉でもそうだったんだよな、と独り言をつぶやいた後、品質を確認して少し考える。


「これ、相当深い所で取れたもんなんだよな? 」

「そうなる。現状取りに行けるのは小西ダンジョンでも二パーティーってところかな」

「正直に話すと、そっちの思ったほどの値段は付けられないぜ? 精々三千円ってところだろう」


 三千円か。まあそんな所だろうなとは思っていた。本体の肉セットでエンペラ付きならそれなりのお値段になっただろうが、今のダンジョンの仕様ではエンペラしか出てこない。さて、エンペラだけの値段で考えると……


「まあ、原価だとそんなものなのかもね。十五パックで四万五千円。それでいいかな」

「おう、じゃあ請求書は書けるか? 」

「そう思って準備はしておいた。今回は普段と違って正式な商談だからな。こっちもちゃんとした収入として記録しておかないと後が怖い」

「ちげえねえ。こっちも一つ二つなら見逃してもらってるが、かなりの数を一気にってなると税務署の目が怖いからな。ここらでちゃんと取引しているって証は立てておかないといけねえし、この量の代金分食いつくすってにも無理が有るからな」


 取引証明して実物の書類を用意したのでこれで商売したという痕跡を残しておけた。これで後は税理士さんにお任せすればいい。この辺でもし足りないものがあれば後日教えてくれるだろうし問題はないだろう。


「じゃ、これは貰ってくぜ。で、早速食っていくか? 何品か出せると思うが」


 早速エンペラ料理を出したいらしい。が、今日はエンペラは無しだな。他のものを注文しよう。


「今渡して今食わせてもらうなら、もっと数を用意してその分調理してくれって話にしたほうがお互い利があるからな。是非他の客に食わせてやってくれ。今日はメニュー制覇のためにまた一つ違う料理を堪能することにするよ」

「そうか、解った。注文決まったら呼んでくれ」


 爺さんはエンペラを倉庫に仕舞いに行ったらしい。その間にさっさと決めてしまおう。さてメニューを順番になめてかかる……とすると被ったりするかもしれないからまだ食べたことのない所を攻めよう。さて何にするかな……


「まだですか? 私はもう決めましたが」


 芽生さんが焦らせてくる。うーん、どうしようかな。たしか麻婆茄子はまだ頼んでないな。よしこれにしよう。


「決めた、麻婆茄子にしよう。決まったよー」


 爺さんに声をかけて注文。芽生さんは今日は天津飯のお腹らしい。餃子も唐揚げも無しで天津飯だけを狙うらしい。こっちは麻婆茄子セット。流石に麻婆茄子単品だけではお腹は満たされない、セットのチャーハンとスープも欲しい。


「あいよー、ちょっとまってな」


 爺さんが注文を取り中に引っ込む。その間に水をちびり。料理が出て来るまでしばし待ちの時間だ。そう思うと腹が急に減ってきたな。


「しかし、商売はしないって話じゃなかったんですか? これで取引先、もう一件増えそうですよ」

「まあ仕方ない。食い気を出して爺さんにうっかり見せてしまった結果だ。それに今年から自分で資産計算をしなくてよくなった分だけ余裕はある。ちゃんと書類は残した、後は足りない分は改めて請求することにして、足りる分はあっちで処理してくれるさ」

「今年の稼ぎを見せたら佐藤さんも探索者に転職してしまいそうな気がしますよ」

「一握りでしかない収入とはいえ、今から探索者になったらどういう収入になっていくのかはちょっと気になるな。きっと俺達ほどうまいこと稼ぎ抜けるのは難しいだろうな」


 しばらく雑談している間に料理が届いたので冷めないうちに食べる。麻婆茄子はさっと揚げられた後で丁寧に炒めてあるらしく、トロっとした味わいが楽しめそうだ。一緒に炒められている他の野菜や肉そぼろも一皿でまとめられており、味の一体感が目から見ることができる。これはチャーハンが進むな。


 ほんのりとだけ辛さがあるのは豆板醤かな? 汗をかくほどではないが舌に残る辛さが甜面醤らしき甘さと交互に口の中を楽しませてくれる。箸休め代わりに飲むスープも良い感じに優しい。


 もにゅもにゅと茄子を味わいモクモクとチャーハンを詰め込む。急ぐ必要はまだない。時間はまだまだある。ゆっくり味わってこの食の時間を楽しもう。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 時間をかけてゆっくり楽しみ、会計を終える。今日も満足した夕食を楽しむことが出来た。夕食、ヨシ。そして芽生さんと二人、個人事業主同士の食事の場なので、これも経費に出来る。経費で落ちる食事と思うとまた美味しく感じることになった。


 バスがちょうど来る時間になったのでバス停へ向かう。バスはさすがにまだ来ていなかったが、数分待てば来るだろう。他の探索者と一緒にバスを待つ。まだじわっと暑いのでさっきまで涼んでいた中華屋で辛くないものを選んだのに結局汗をかくことになってしまった。


「まだ暑いですねー」


 胸元をパタパタさせながら芽生さんも中々に暑い模様。俺よりはよほど涼しい恰好をしているとは思うがそれでもやはり暑いものは暑いんだな。


 バスが到着してバスに乗り込み、少し他の乗客と距離を置きつつ雑談する。


「さて、商談もちゃんとうまくいったし明日も変わらず稼いで行こう。後一週間チョイあれば理屈上は目標達成だ。その後は……何しようね? 」


 小声で相談する。他の探索者に一応潜ってる階層は五十六層近辺ということになっている。うっかり底まで探索が終わってることがバレるとまずいからな。


「とりあえず稼いだらまた考えましょう。指輪の発注が増える恐れもありますし、五十九層か五十八層で稼ぐのは間違いないでしょうし、その間にもし六十一層以降のドロップ品が査定可能になったとしても、六十四層かあ。うーん、エンペラの買い取り価格を考えるとドロップはポーションが出るかどうかだけで決まりそうな気もしますね」

「儲けとしては五十九層が一番美味しいんだけどなあ。次にスキルオーブが出て、それからだな。その後でも遅くはないと思うし、またドロップ品の山を抱えてエレベーターの行き来をするのは面倒だからな。ほどほどのところにしたいね」


 とりあえず明日からもしばらくは五十九層か五十八層に潜る。その流れは確定で良いようだ。後は……魔法耐性がいつ出るか、うまく出るか。ガーゴイルから【硬化】以外のスキルオーブが出るかどうか、そのあたりの検証も含めて五十九層でガーゴイルからドロップを狙うのが時間的、数的確率からしても確実なドロップを見込めるだろう。


 とりあえずの現状の流れを決めて駅で芽生さんと別れる。さて、明日は何を作って食べようかな……と、ローテーションレシピを覗くと明日はカレー曜日らしい。何の肉を使おうかな。オーク肉は今日使ったからボアかウルフかケルピーか。どれにせよ、美味しく煮込まれてもらおう。


 キノコの旨味もしっかり入れて……うむ、保管庫にはしっかり野菜も確認できている。買い足しの必要はない。つまりこのまま今日は家に帰って身支度を終えてしまっても何ら問題はないということだ。


 家に着いて、着替えて、風呂を入れる。風呂が湧いたらゆっくり入って考えごとをするところだが、今のところ考えごとは一通り済ませてしまった。あまり長風呂をせずに全身サッパリ洗って、今日はゆっくり眠ることにしよう。

作者からのお願い


皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。

続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。

後毎度の誤字修正、感謝しております。

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このまま探索だけで夏休み終わるの。 私もおやっさんの料理食べたい。 マイラーメン屋はあるけどマイ中華屋は無いです。 街中華元から少なかったし、場所柄デカ盛り店が多くて。 ちょっとね。
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