1106:久しぶりのカニうまはそこまでカニうまではなかった
昼食が終わり良い感じに休んだところでそろそろ仕事に取り掛かる時間だ。いつまでもだべっていることもできるだろうが、若者のパーティーにおじさんが割り込んでいつまでもしゃべり続けているのは、飲み会で説教をし始める上司と同じポジションに立つようなものだという自覚がある。若者は若者同士で試行錯誤して、解らない所は聞きに来る。そういう関係でありたいと思う。
「じゃ、俺は探索に戻るよ。唐揚げごちそうさま」
「あぁ、また出会ったらよろしく」
チワワから借りてきた猫ぐらいに大人しいイメージにチェンジした相沢君達に一声かけて四十三層へ向かう。彼らも同伴しないということは四十一層へ向かうのかな。
さて、久しぶりのカニうまダッシュだ。とはいえ、今日はもしかすると河岸を変えてこっちへきた相沢君達と鉢合わせになる可能性もある。その瞬間に保管庫を見られていたら色々とアウトということになるのでそれはあらかじめ避けたい。
つまり今日は今までどおりスキル打ち放題保管庫使い放題の全力でぶん回すことは出来ない。適度に帰ってきてはリヤカーにドウラクの身を積み込んでいく作業が必要になるな。手間はかかるがこれも保管庫を隠すため。面倒だがきっちりしないといけない部分だな。
とりあえず今はそのまま四十三層に下りて軽くストレッチをしながら緩めのスピードで走り込み、索敵で反応したドウラクに向かって急接近、そのまま圧切でスパッと甲羅ごと割り切る感じで刃を入れていく。
流石の圧切というべきか、カニの甲羅は刃の筋に沿って綺麗に切れていき、一発で黒い粒子に還った。雷切でじわじわ焼いたり雷撃で遠距離から吹き飛ばすことも可能だが、圧切で近づいて切ったほうがドロップ回収にかかる僅かな時間を徐々に切り詰めていけるのでこっちのほうがより高速に周回できるんじゃないだろうか。
遠距離で倒せないことはまず無い相手ではあるが、うっかり俺の気づかないうちに誰かに見られるという可能性をはらんでいる状態でのスキル使用はそもそも危険度が高い。ここは多少の効率が落ちるとはいえ、遠距離収納を使わずに手元で収納するのが安全策だ。その上で出来る限り美味しい思いを出来るようにしていこう。
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四十三層を一周してきてドウラクの身は三十個、ドウラクミソは十個。これを度々四十二層のリヤカーまで持ち帰り積んでいく。ドウラクの身を何十個も背負っているのに動きにブレが無いとか言われるのもあれなので面倒だがきっちり納めてもう一度走りに行く。バッグに入っている分はバッグに入っているとカウントしてくれるであろうことを予想していく。一周する間に相沢君達と出会わなかったので、彼らはおそらく四十一層で探索を行っているんだろう。
だからといって不用心になるのは保管庫バレリスクが高まる。今日はこのペースで一日やっていくことにしよう。いくら稼げるかは解らないが、時間までに……六千万から七千万ってところだろうな。半日仕事にしては充分な収穫であると言えるだろうな。
しかし、もう階層目一杯を自分一人で独占するカニうまダッシュ大会は開催出来なくなるんだな。保管庫の無限収納と自分の身体強化の強度と雷魔法と近接攻撃を使えるだけ使ってのスピーディーな戦闘で視聴者にも好評だったらしい。それ以外にもこの階層は思い入れも多い。
四十三層だけでなく四十二層もそうだが、ここでは色んなことをやった。ガンテツと初めて出会ったのも四十二層だし、リーンとも出会った。新しいダンジョンを作るためのいろんなことを考えたのもここだ。通信の……そういえば、一方向通信はまだできるようになっているままだな。ここでだけは何故か送信だけは出来るようになっているという現象に誰かが気づくまでは黙っておいていてもいいだろう。
リヤカーにドロップ品を乗せると再び四十三層へ。そしてダッシュ。リヤカーに荷物を置きに来るまで余分な時間がかかる分実際に探索を行える時間は少ない。それでも後四回ぐらいは出来そうだな。
久しぶりのカニうまダッシュに心が躍り、体も踊り、カニも全身バラバラにされて踊る。久しぶりの視聴者サービスは視聴者の声の聞こえない所ではあるし保管庫が使えない分多少のもたつきもあるだろうが、スピードそのものはあまり落とさずに戦うことが出来ている。
身体のエンジンもアクセルをめいっぱい踏み込むことでスピードが更に増し、テンポが良くなっていく。テンポがかなり上がったところで一周して帰ってきてしまうのが勿体ない所ではあるが、それでも時間が長めのシャトルランだと思えば自己鍛錬にはちょうどいい。
さぁ、もう三周頑張っていくか。ドウラクが俺を待っている。待ってくれている以上出迎えに行くのがマナーであり、この階層は今日までは俺一人で独占して探索してもいいものだという最後の一試合の気持ちで大事に狩りとっていこう。
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あれからきっちり三周、合計四周のカニうまダッシュを終わらせたところで時刻は午後六時。帰るにはちょうどいい時間となった。いつも通りリヤカーをエレベーターに詰め込んで七層へのボタンぽち。今日の行きの茂君は狩れなかったが夕方はちゃんと狩って帰ろう。
カニうまダッシュ四周分でドウラクの身が多分百二十ほど、ドウラクミソは四十ほど。収入としては……六千万円行けばいいほうかな。エコバッグに小分けせずにただひたすらリヤカーに載せられただけのドロップ品をすべて収納しなおすと、エコバッグに決まった数ずつ収納していつもの綺麗に仕分けられたドロップ品の山、という状態を作り出す。ついでに今のドロップ品の価格から大まかな金額を推定しておく。
ざっくり計算して税込みで六千万円強。ギルド税を取られると六千万円を切るぐらいになるだろう。半日作業で一人で、しかも保管庫をほとんどに使わずにこれだけ稼げれば上々だな。元々休みにするかどうかという日だったんだし収入があっただけでも文字通り儲けものだ。誰も見ていないエレベーターの中で保管庫からコーヒーを取り出すと口を湿らせ、七層茂君への往復ランニング分の水分を補給しておく。
残った時間で体力を回復させ、カロリーバーを口にして軽くエネルギーを補給しておく。七層の扉が開いたらテントをバッグ経由で取り出していつものようにリヤカーに目隠し。芽生さんが居るなら芽生さんに任せているのが最近のスタイルだが、今日のところは一人しかいないので前のように要らん気持ちを抱かせないようにドロップ品はきちんと目に留まらない形にしておく。
茂君は綺麗に湧きなおしていた。やはり一発で刈り取りきると気持ちがよく、今日一日が無事に終わったなという気持ちにさせてくれる。
再びリヤカーを背負い一層へ。到着次第退ダン手続きと査定。久しぶりのカニうまダッシュは荷物としてそこそこの量があるので時間はかかったが、問題なく査定手続きは終わり本日の稼ぎが俺に提出される。本日の稼ぎ、五千九百二十二万七千二百円。
普段に比べれば少ないが半日仕事ならまぁこんなものだろう。それに相沢君と話す機会も出来た。これはもし今日四十二層に来なかったらこの機会は無かった。その為には芽生さんが所用で緊急休みという形にならなければそもそも発生しなかったイベントだろう。
芽生さんが居なくて直接謝れなくて相沢君は残念に思うのか、それとも後日謝る機会が訪れるのかは解らないが、少なくともギルドでバッタリ会うまではしばらくなさそうだな。さて、バスまでにはかなり時間があるし、久々に夕食を食べに中華屋へ行くか。
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訪れた中華屋はいつも通りの客入り。どうやら俺と同じく探索帰りに喰って帰る探索者も居るのか、そこそこ混んでいた。今日は長話できるような雰囲気ではないな。
「こんばんは、食いに来たよ」
「おぉ兄ちゃんいらっしゃい。何にする? 」
爺さんは今日も元気に鍋を振っている。爺さんが店を畳むのが早いか、俺がダンジョンに通わなくなるのが早いか、それとも全メニューを踏破するのが早いか。これは勝負所だな。
さて今日は何を喰うか……まだ試してないメニューはいっぱいあるが、バスの発車時間を考えるとそう調理に時間がかかるものは食えないな。手軽な所で攻めよう。まず餃子は確定コースとしてメインを何にするか、だな。
夏の真っ盛りだしアッツアツでくるものはちょっと避けたい。が、しかし探索の疲れを癒すためにいい汗をかいてしまいたいという欲求もある、となると……白ごま担々麺。これにするか。
「餃子と白ごま担々麺、辛さ調整できるなら甘めで」
「あいよー」
厨房から元気に返事が飛んできたところで、おしぼりで手と顔を拭く。程よく温かいおしぼりで顔までスッキリする。生活魔法で全身綺麗にすることは出来るが、おしぼりで顔を拭くときの気持ちよさとどっちがいいと言われたら、おしぼりのほうに軍配が上がるかもしれない。もしかしたら生活魔法も極めたら全身をおしぼりで拭き終わったような気持ちいい感覚にまで昇華させることができるかもしれないが、それはまたスキルを極めたいと思った時にやることにしよう。
餃子はすぐに運ばれてきた。肉は指定してないので適当に今余ってる肉か、ダンジョン肉のどれかだろう。早速口に入れると、口の中で確かな食感を感じる。この味わいはウルフ肉かな? 豚肉だともっとミンチっぽさが出てるはずだし、ボア肉やオーク肉なら肉汁がなかなか大変なことになっているはずだ。
餃子をゆっくりと、しかししっかりと味わっているうちに担々麺が届いた。どうやら甘めを注文するとほとんどトウガラシが入っていないらしい。肉そぼろ、チンゲン菜、ネギがトッピングされ、麺によく絡んだ白ゴマのスープの何とも言えない香りが食欲をそそる。
「甘めって言ってたんでほとんど辛みは入れてねえ。香り程度だとは思うが、それでもちょっと汗はかくかもな。ゆっくり味わってくれ」
まず肉そぼろをレンゲで一口、スープと共に味わう。スープにほんのりと辛さが乗っている。香りからして花椒か。胡椒や唐辛子辛さはないが、しっかり担々麺の風味を忘れずにつけてくれている。香りを嗅いだだけでちょっと汗が出るのは花椒の辛さを身体が覚えていて自然と汗が出てくる、そういう仕組みになってしまっているんだろう。
肉は普通の肉そぼろだが、甘い味付けになっていて本来はスープの辛さとの対比になるところだろうが、この甘さが何故か汗をかかせてくるのはまだ熱いからだろうか。どちらも味の喧嘩をせずにそれぞれが舌を喜ばせてくれてこれも中々に美味い。
チンゲンサイをつまんでちょっと舌をリセットしたところで麺に入る。ズズズッとすすると口の中に広がるゴマの香り。ゴマの香りというよりゴマだ。今俺はゴマを啜っている、と感じるぐらいのゴマ成分が詰まっている。ラー油はちゃんとたらされているものの、このラー油は普段のラー油とは辛さが違う。香りはきちんとしているので、香り付け用のアクセント用のラー油らしい。
ちゃんと辛くなく、甘すぎず、そして濃厚なゴマの香り。この暑さがもうちょっとマシになったら辛いのにもチャレンジしてみたいところだな。流石に昨日今日の暑さで辛いのを頼んでしまってはスーツが汗まみれになってそれなりの手入れが必要になってしまう。辛いのを頼まなかったのはそのせいもあるのだ。
麺にしっかり絡んだゴマの風味とチンゲンサイの香り、そして肉そぼろの甘さが一体となってどれだけでも入っていってしまいそうな雰囲気すら漂わせる。うまい、うまい、と言いながら食べるのがマナーかとでも思わせる程度にうまい。
一気に具材を食べ終わってしまったので、残ったスープを名残惜しく飲むことにする。ゴマの風味と豚骨ベースであろうスープが混ざり合っていてこれもまたいい。スープだけで注文したくなる味わいだ。
すべて食べ終わって会計。本日の支払い千二百円。そういえばここで飯代を支払うのは久しぶりのような気がするな。
「今度でいいからよ、あのエンペラいくらか仕入れられねえか」
どうやら爺さん、あのエンペラを気に入ったらしい。
「じゃあ今度まとめて持ってくることにするよ。数はどのくらいあればいいかな」
「そうだな……とりあえず十ぐらいあればくれ。値段はどのくらいになる? 」
値段か……まだ決まってないんだよな。ようやく六十層までの品物の値段が決まったぐらいなんだ、六十一層から先の価格がいつになるかはまだわからない。
「あれ、まだ値段付いてないんだよ。だからとりあえず爺さんの知ってるエンペラの仕入れ値でいいんじゃないかな。ダンジョン産のカニや牛肉みたいにお高い値段でもないと思うし」
「そうだな……わかった、来るまでに調べておくことにする」
とりあえずエンペラの在庫は百を超えて用意されてはいるが、毎回店に来るたび今持ってる、となると一体どこに入っているんだという話にもなりかねないし、他の探索者の目もある。後日用意してくるという形にしておけば角も立たないだろうし保管庫のこともバレにくいだろう。……と、今日は保管庫バレの話ばかり頭に浮かぶな。
今日も美味しい夕食を食べれた。明日辺りにでも早速エンペラを十パック仕入れて持ってきていることにしておくか。さて明日は何を食べようか。帰り道のバスを待ちながら楽しみを待つことになった。
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後毎度の誤字修正、感謝しております。