1105:謝罪
四十二層に着いた。早速昼食……と行く前に、たどり着いてる探索者チェックだ。
まずノートを見る。すると、小寺さん達の名前が並んでいた。もう到着しているのか、後発とはいえ早いな。相沢君達の名前もある。ちゃんと活用してくれているんだな、といううれしさがまずこみあげてきた。
特に細かいことやドロップの報告こそないものの、自分の足跡の後に更に足跡を付けてくれている人たちが間違いなくいる、ということはダンジョンにとってもうれしい話のはずだ。
エレベーター付近に自分以外のリヤカーは見つけられなかったので、持ってきてないだけの可能性もあるが、砂浜をリヤカーで移動するのはかなり難しい。もしかしたらリヤカーだけは三十五層に置いてきてこっちには持ってきていない、という可能性もある。まあ使い方はパーティーによるからな、邪魔だからどけてくれと言われるまでは何処にどうおこうが自由ということだろう。
とりあえずリヤカーの上でいつものお供えを行う。布団の山本で預かった羊羹とコーラ、それにミントタブレットといくつかのお菓子を供えると手を二拍。十秒ほどの時差の後、回収された。これで日課とお使いは達成だな。
テントのほうに移動し始めると、索敵に人が引っかかった。誰かいるな。出会う前にお供え物をやっといてよかった。表向きお供え物は二十一層で、というローカルルールがある以上さっきの行動は俺だから許される、等という話ではないだろうから見られないほうが都合がいい。
人の反応のほうへ歩いていくと、四人組が存在することが解っている。これは小寺さん達か相沢君達か、もしくは他の誰かか。特定はできないな。まあ出会ったらやあ久しぶりなのは間違いないだろう。
「あ、安村さんだ」
最初に声を上げたのは鈴木君だった。どうやら相沢君達だったらしい。
「やあ、久しぶり。四十二層到着おめでとう」
「ありがとうございます。今日はお一人なんですね」
一目で芽生さんが居ないことに確実に気づいているあたり、索敵持ちは多分鈴木君なのだろう。
「今日は一人で午後勤務。せっかくなので久しぶりにドウラク狩りとしゃれこもうと思ってね。君らは休憩中かな。もしお邪魔でなければご一緒したいところだけど」
「えっと……どうなのかな」
鈴木君は相沢君の顔色伺いをしている様子。多分パーティーとしての決定権は相変わらず相沢君にあるのだろう。
「ああ、いいよ。話もあるしな」
相沢君はこちらを見ずに返事すると、食事の続きを始めた。どうやらコンビニ弁当を買ってきてそれぞれで食事、という形らしい。午前中はテントに荷物を置いてすぐ近くで探索、四十二層で休憩中といった形だろうか。
「じゃあ、お邪魔するよ」
折り畳み椅子をバッグから取り出すと机の端っこを借りて、サンドイッチを取り出す。
「安村さんは手作りなんですね。奥さんですか? 」
「いや、自分で作ってる。ここの所……というか、ここ一年ぐらいは家で作ってこっちへもってきて仕上げて食べるってのがほとんどかな。現地で作るとどうしても時間がかかるし、そうなると探索する時間が減ってしまうからね」
「こちらも似たような理由でコンビニ弁当ですね。よほどの理由がない限りはそういう流れでやってます」
鈴木君がメインで多少の会話を進める。と、ここで相沢君が箸をおいてこっちを見つめる。
「安村さん、話がある」
少し唇の端を噛んで、苦々しさを伝えつつも、何か言っておかなければいけないことがあるらしい。こちらもその覚悟、というか相沢君の真面目さを受け取るように、サンドイッチを食べる手を止めた。
「なんだろう、しっかり聞くよ」
相沢君は視線を上下にさせた後、しっかりこっちを見つめて言葉を切り出し始めた。
「初めて会った時、失礼な物言いをして申し訳なかった。今日を境に態度を改めたい」
そう言うと頭を下げて謝罪してきた。そういえばそんなこともあったな。あれは十二層か十三層あたりの出来事だっただろうか。
「ずっと言おうとは思ってたんだ。でもなかなか出会う機会が無いし、安村さん達はどんどん奥へ向かってしまっているし、かといってギルドの建物で出てくるのをひたすら待つのでも良かったんだが、その、人前でいきなり全力で謝罪してもかえって困らせるようなことになるのかもしれないと思って今日までずっと言えないままだった。俺は生意気だった」
絞り出すような声で謝罪の言葉を口にする相沢君。昼食の席とは言え、その謝罪の言葉は本物だろうという気概が伝わってくる。
「初めて会った後、色々あったんだ。小寺さん達にも言われた。ステータスブースト……【身体強化】を俺達に教えてくれたのは小寺さん達だったんだが、その時に安村さんへの不満を漏らしたときもやんわりと注意された。これを教えてくれたのは安村さんであの人は凄い人だから、きっと俺達よりも先に行く。見た目や年齢で人を判断するのは良くないし、自分が先に行こうという気持ちは大事だけれど、それは他人を踏み台やガヤ扱いしてまで手に入れるものじゃない。それに、探索者同士仲良く探索しておいたほうがきっと最終的には自分の利益として返ってくるものだからその内心が決まったらちゃんとそのことは謝っておいたほうが良い、と」
それで二回目、二十一層で出会った時にはちょっと態度が軟化していたのか。小寺さん、こっちにも気を使ってくれていたんだな。
「俺は安村さんより若い。若い分体力もあるし気力もある。それについて来てくれているパーティーメンバーだって多い。俺たちのほうが戦力的にも上なんだからこの小西ダンジョンで最初にゴブリンキングを倒す事だってできるはずだと舞い上がっていた。でも実際は安村さんのほうが先に討伐して、更に二十一層にも、それ以降にも先に行くようになって、俺はCランクのままで。しかも安村参上なんてわざわざ当てつけされるようなことにまでなってしまった」
そういえばそんなこともしたな俺。おちょくるつもりだけだったんだが、やっぱり精神的にくるものはあったらしい。
「あれは俺も悪いことをしたと思っている。大事な相棒をバカにされてちょっと腹が立っていたのも事実だ。だからその件に関しては俺からも謝罪をしたいと思う、煽るようなことしてゴメン」
「いや、いいんだ。今だからこそ言えるがそれだけ失礼なことをしたって自覚はある。それからも安村さんは小西ダンジョンが栄えるようにこうして行く先々のセーフエリアに情報交換用のノートを置いたり、それを利用してみんなが便利に使えるように色々手配してくれている。鈴木が【索敵】を覚えられるようになったのもあのノートに既にこの階層では出た、出てないって情報が集まっていたからこそ拾えたようなもんだ。だからこそ、ちゃんとあのことを謝りたくて、そしてお礼を言いたくて、今日まで時間がかかってしまった。本当に申し訳ありませんでした」
相沢君がらしくないことをずっと言い続けている。それだけ心の中に溜まったものが残っていたということなんだろうな。
ふと、机の上を見ると水滴が数滴。下を向いたままの相沢君の表情は見えないが、多分これはそういうことなんだろう。きちんと受け止めて、そして言葉を選んで答えを返さなければいけないな。
「まあ、若い内は色々失敗するもんだし、その失敗は時に取り返しがつかないことになる。相沢君が俺達に吐いた言葉はもう引っ込めることは出来ないけど、今回は取り返すことは今できた。だからそのことはもう気にしなくていい。もしまだ引っかかるなら……そうだな、その唐揚げ美味しそうだから一つ貰おうかな」
相沢君が顔を上げる。顔の前には唐揚げ弁当が一つ。唐揚げが贅沢に五個も乗っている。一つぐらいは拝借してもまだ許される範囲だろう。
「そんなんでいいのか? 」
やはり顔には涙の筋。少し涙声で言葉を返してくる相沢君に言葉を続ける。
「それで俺が納得してるんだからそれでいい。大事なのは俺がどう思うかではなく、相沢君自身の気持ちがどうなるか、じゃないのか? 」
「それは……」
謝罪にはいくつも形があるが、相手の留飲を下げさせるための謝罪と、自分の気持ちにけじめをつけるための謝罪がある。今回はおそらく後者だ。前者は俺が気にして仕方ないので謝れ、という形での謝罪にあたるだろう。俺は彼の過去の言動や振る舞いについてそれほどムカついても居ないし、そんなこともあったねえと懐かしむぐらいの気持ちでいるので、俺に対する謝罪というものはあまり効力を発揮しない。
だから今回は、相沢君の気持ちを落ち着かせるための謝罪を受け入れるという形になる。この場合必要なのは相沢君の納得だ。謝った、許した、それで終わりになるのだ。だから、こっちから唐揚げ一つという提案をすることでその両者の温度差を少なくしていこう、という感じだ。
「この唐揚げを咀嚼して飲み込むという行為で、すべての謝罪を受け入れてお互いわだかまりなしで今後もいい関係を続けていこう、という印だ。これで貸し借りもなしで言いっこなし。それでいいな? 」
「わかった。安村さんがそれでいい、というなら俺はその提案を飲んで、俺も自分の中で咀嚼していこうと思う」
今回の件、芽生さんに関してはオマケ扱いされていたが、本人がオマケでもいいやと言っていたしそのオマケ成分も公私含めて今では欠かすことのできない相棒ではあるし、芽生さんのほうこそそういえばそんなこともありましたね~で済まされて逆に相沢君の気分を阻害しかねないからな。芽生さんに伝えるのはともかく、相沢君の前でそのことを伝えるとさらに委縮させることになるかもしれないからここは黙っておくことにしよう。
「さて、謝罪も受け取った。お互い納得もした。さあ、昼食の続きにしよう。たまには情報交換も大事だろうし、いつも通りの食事を再開するってことでいいんじゃないかな。さぁ和解はこれで終わりだ。楽しく食べよう」
そういうと再びサンドイッチに齧り付き始める。俺が納得して食事を再開はじめたからか、他のメンバーも食事を再開する。相沢君は立ち直りつつあるが、鈴木君が背中をさすって気合を入れなおしている。リーダーとしての素質は相沢君には立派にあるが、女房役として全体を支えるのが鈴木君、というところか。
「安村さんは五十六層まではたどり着いてるんですよね? 今のところどのぐらい儲けてますか」
たしか池田君だったか、センシティブギリギリのところを攻めて来る。はっきり一億と言い切ることもできるが、ここは彼ら基準で話す方がいいだろうか。
「芽生さんと二人で行けるなら二人で二億ってところだろうか。ただ自分たち以外に探索者が居ないことと、順調に進んでる前提だから参考にならないかもしれないな」
「二億……さすがですねえ。それだけ稼いでる探索者、他にいないんじゃないでしょうか」
池田君が文字通り一桁違う収入に驚いている。最深部相当だけあってそれになりに夢があることだけは伝えておかないとな。何よりもポーションの収入がほとんどを占めるので、保管庫が無くても持ち歩きやすく破損したりしづらいのも好ポイントだと思われる。
「うーん、どうだろう。同じぐらいまで潜ってる探索者が後二グループあるから、彼らと取り合いにならなきゃそのまま維持は出来るってところじゃないかな」
「他の二グループと言うと、女の人がリーダーのパーティーとあのやたらマッチョなパーティーですかね」
結衣さん達と高橋さん達だな。情報はちゃんと仕入れているらしい。池田君はそういう担当なのだろう。ちゃんとパーティーメンバーでそれぞれやることが決まっているのはこっちとは違う面だな。そういえば結衣さん達もある程度分担してそれぞれのポジションをこなしている。こっちもそろそろそういう役割分担をしつつ潜るほうがいいのか、それとも今まで通り仕入れたい情報は自分で仕入れていく、という形のほうがいいのか。芽生さんが独り立ちできるようになるというケースを考えておくほうがいいかもしれないな。
「ここでも頑張ればそうだな……全員で一億ぐらいは稼げるかもしれない。ただ、相当手順を簡略化してできるだけ手数を少なくして、出来るだけ走る。そういうやり方をすれば稼ぎを満喫することは出来ると思う」
カニうまダッシュを参考にしてはいけないと思いつつも、カニうまダッシュをしないときのデータを基にメモ帳にさらさらと基準を書いて見せてみる。
「なるほど、ここでの安村さんの基準はその辺ですか。僕らではまだそこまでたどり着けてませんね。しばらく体を慣らして身体強化も上げてスキルオーブも拾ってベストな所を探っていかないとだめですね」
「一時間ずつ走り込んで戻ってきてドロップ品置いて、また走り込んで……を繰り返せば段々タイムは縮まっていくだろうし、その間に付けた実力でさらに深い層へ行く形に持っていけると良いかもね」
ゆっくりとお互いの質問や解ってるスキルの扱い方なんかを話し合いつつ、和気あいあいと昼食を楽しむことが出来た。最後のほうは相沢君も元気を取り戻して会話に参加できたので、今回は四十二層でカニうまを決めるという俺の決断は正解なんだと心に刻み込むことが出来た。
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後毎度の誤字修正、感謝しております。