1103:近づく飽きと秋
午後からはいつもの戦闘を繰り返すスタイルになった。五十八層へ下りて五十九層の階段まで一直線に向かい、五十九層に下りてから本番開始。
剣も柄から圧切に持ち替えて、石像と出会っても問題なく切り刻めるように手筈を整えると早速石像と戦闘開始。
圧切は充分な切れ味を見せてくれている。ガーゴイルでもリビングアーマーでも石像でも何でもスルッと斬れてしまうので本当に自分自身も斬ってしまわないか心配になるほどだ。体の動かし方には十分注意しているが、その為にも何十回何百回と使っていって使いこなせているといえるほどまで習熟する必要がある。
ただ、リビングアーマーは切っただけでは倒した判定にならないので、ちゃんと鎧の内側を雷撃で焼いてその鎧に付着した本体のような黒い粒子のほうまで焼いてきっちり止めを刺す必要があるのは雷切に比べて一手間増えたような感覚もするが、無力化した後でのトドメなので手順的にはむしろ安全に戦えている方ではあると思う。
石像が気楽に戦える相手としてランクダウンしたのは良いが、今度は物理メインになったおかげでリビングアーマーが戦いづらい相手になってしまった。
リビングアーマーは芽生さんに任せてガーゴイルと石像をこっちで請け負う形のほうが良いのかな。石像こそもうスキルオーブドロップは期待できないが、リビングアーマーにはそれほど高くないとはいえ鎧の破片のドロップと、まだ出てないスキルオーブの期待が出来るからな。
でもリビングアーマーも雷撃だけで吹き飛ばすことは出来る。そう考えるとわざわざ装備の持ち替えをするよりも雷撃撃ちこむほうが早いか。雷撃と圧切、それぞれでスキルと物理を使い分けていこう、雷撃が効かない相手が出て来るならまた別だが、そうじゃないならこれでいけることはもう解っている。
今更と言えば今更だが、出来るだけ戦闘時間は短く、移動時間も短く、そして戦闘回数を稼ぐことでドロップも多く回収するといういつも通りの目標を掲げて戦ってはいるものの、今日までおよそ三週間近く同じ行程を繰り返している。何処にどんなモンスターが湧きやすいか、固定リポップの場所、戦うタイミング、入れる力具合。大体のものが頭に入り体に馴染み、そして出来上がった動きにブレがなくなってきた。
飽きが始まった、ということだ。この後はミルコとの我慢合戦だ。こっちが嫌になるか、それともミルコが先に次の階層を作るか。そのタイミングと時間の長さでこっちの懐の温まり具合やダンジョンへの情熱が決まってくる。
意識を飛ばし始めるにはまだもうちょっと圧切に慣れる必要があるが、そこまで到達できればきっとこの時間も頭の中で宴会やピクニックを敢行しながら戦うことができるようになっているだろう。
飽き始めたとはいえ、それまでにはもう数日かかるかもしれないな。そのときまでゆっくり自分を研ぎ澄ませていこう。
◇◆◇◆◇◆◇
今日もいつも通り指輪を一つとポーションを十個。ついでに二人とも身体強化レベルアップ。きっちり拾って帰れたので今日も一日一億の稼ぎは得られているだろう。五十六層へ戻ったところで保管庫の中身を覗くが、ざっと二百個以上の魔結晶があるのでそれだけでも二千万ぐらいの価値はある。それに加えてポーション十本で一億九千万。この時点でほぼ一億。後は細かい数字と鎧の破片の分を足せばギルド税を引いても一億は手元に残るだろう。
「今日も稼げましたか? 」
預けられていたコーヒーの残りを飲み干しながら芽生さんが収入の確認をしてくる。
「いつも通りってところかな。だからまあ大丈夫だよ、予定通りの行程ではある」
「あ、安村さんだ」
ふと足音がしたので階段のほうを振り返ると結衣さん達が勢ぞろい。どうやら今日は早めの撤収らしい。
「早いね。もう一時間ぐらい粘ってから帰るのかと思ったけど」
「今日はスキルオーブも拾えたし、たまには早く帰ってゆっくりするのが良いと思ったのよ」
向こうもスキルオーブが出たらしい。何が出たかまでは解らないが良いことだ。今日は何処のパーティーも良い戦果を挙げられたということになる。
「こっちは茂君に通ってから戻るから先に帰っちゃう形になるかな? 」
「そうなるわね。にしても、まだ通ってるのねダーククロウ」
「まあ日課だからな。それに布団がいつまで効力を発揮するかは解らない。そうなった場合にいつでも素材を提供できるようにしておくのも仕事の一つだと思ってるし、社会貢献の形としては中々悪くないとは思ってる」
最近布団の山本に行ってないので保管庫にはかなりの数の羽根が溜まっている。今のところ緊急メールが届かないので素材不足で回ってない、という形にはなってないらしい。どうやら俺以外からの素材供給がうまく回っているんだろう。
「じゃ、私たちは先に行くわね、お疲れ様」
「お疲れ様ーまたねー」
結衣さん達は先にエレベーターを使って上がっていった。こっちも動く準備をしておくか。
「さ、俺達も茂君狩って帰るか。帰り道は探索・オブ・ザ・イヤーでも見ながら帰ろう」
「そういえばスキル相場もそれなりに上下しているんでしょうねえ。今の自分の価格を考えるのも大事かもしれません」
早速探索・オブ・ザ・イヤーの最新号からそれぞれの価格を拾ってくる。今持ってるスキルをピックアップしていくと、【雷魔法】は五千万円、【水魔法】は四千万円、【魔法矢】は三千万円、【索敵】は八千万円、【物理耐性】は一億円、【魔法耐性】は四千万円、【隠蔽】は三千万円、【生活魔法】は五千万円、【毒耐性】は四千万円。ざっとこんなところか。さて、後は組み合わせて金額を出して……
「俺は六億四千万円とプラスして【保管庫】。芽生さんは俺の知らない間にスキルを増やしてなければ六億二千万円ってところか」
「私たちもお高くなりましたね。去年あたりは……一億ちょっとぐらいだった気がします。移籍金も自分で払えますしいつスカウトが来てもおかしくないですね」
「それに加えて一日いくら稼げるのか公表したら、誰もスカウトに来ないんじゃないか? 」
下手な野球選手よりもお高い人材になってしまった。これはこれで夢がある仕事であるとは言えるな。これ以上解りやすく体に金がかかっていると言える。
「しかし、ここんところ順調にスキルオーブが出るな。やはり集中して潜るのが大事か」
「通り道のはずの五十七層で両方スキルオーブ出ちゃいましたからね。五十九層でも残りのスキルオーブが出るかもしれません。【物理耐性】、【魔法耐性】あたりが出てくれるとバランスがとれるんですけど」
探索・オブ・ザ・イヤーの他のコラムなどを読み込み、流石に記者そのものがB+になったという話は見付けられないものの、知り合いのB+ランクに話を聞いてみた系の話題があったのでそれを読む。
やはり三十三層のワイバーンは迫力があるらしく、ドロップ品の価格や肉の存在感も相まって人気らしいことが伝わる。そのまま奥まで行くよりもワイバーン素材を集めたり肉を自分で食べたりすることに楽しみを見出した探索者も居るらしい。今度機会があったら自分も食べてみたいので次回は食レポが出来るかもしれない、とのこと。他人の食レポは楽しみだな。
七層に着き茂君を回収するといつも通り査定カウンターまでスパパパっとこなしていく。今日も良く働いた。今日の査定金額は一億六百十四万六千円。予想より多めと感じるのは指輪の査定費用も込みで考えると今日だけで四億六千六百万と端数。いや端数というには充分に多い金額だが、これで夏休みの間に三十億ぐらいは稼いだ計算になる。来年の税金が楽しみだ。
「さて、今日は真っ直ぐ帰りましょう。いい仕事が出来た時は素直に帰っていつも通りに生活して……そしてちょっといいものを食べるのがメンタルを維持する秘訣ですから」
芽生さんは今日は美味しいものを食べに行くらしい。昼食、足りなかったのかな。明日はカロリーの暴力とまではいわないがしっかりしたものを作ろう。
「買い出しついでにお高いプリンか何かでも探しに行くか。疲れた頭と体には糖分を……というほどまでには疲れてないけど疲労はこまめに抜いておかないとな」
「プリンいいですね。ゼラチンのじゃなくてちゃんとしたプリンが食べたい気分になってきました。私も帰ったら美味しいプリンを探す旅に出ます。探さないでください」
「探さないけど、明日までには帰ってきてね」
駅で芽生さんと別れると、自宅に帰って日常に戻る。夕飯は何にしようかな……プリンを添えることは確定としても、洋食に合わせる必要性も無い。俺は焼き魚定食のシメのデザートにシュークリームが食べられる人間だ、それがプリンになったところで胃袋で拒否反応が出たり翌日のお腹に伝播することも無い。
さて、いつもの買い出しに出かけてそこでお高いプリンを……と、ショッピングモールまで足を伸ばしてプリンの専門店でも見回るか。ちょっと自宅から距離はあるが、いつも食パンをお願いしているお店の系列店も入っている。もし食パンがなかったら改めて自宅近くのところまで戻ってきて買い求めればいいので問題は無いぞ。ショッピングモールで食事でも……そうだな、外食して家に帰っておやつにプリン。悪くないこれで行こう。
車をいつもより長く運転してショッピングモールへ。まずは日々の必要食品から補充していく。いつもの食パンが売っていたので購入して、十二枚切りと六枚切りとそれぞれ用意してもらう。それとは別にチョコレートの練り込まれた菓子パンを一つ買い、お高い卵とお高いバター、そして野菜やキノコを保管庫に無いものから順番に新しく買い漁っていく。
一通り購入した後、プリンの専門店に顔を出す。流石に時間が時間で店自体の閉店が近づいていたのか、それほどメニューの種類は並んでいなかった。メニューこそはそこそこ種類はあるものの空き棚が見受けられた。昼間とか開店時間に並べば全部そろっていた、というところなんだろうな。
仕方がないので一瓶六百円ほどのこの店のスタンダードなプリンを二つ買って帰る。本当はあればコーヒー味を試したかったのだが売り切れでは仕方が無いし、そのプリンを買うためだけにまた後日ダンジョンへ行くのをキャンセルしてまで食べたくなるかどうかはこのプリンの美味しさにかかっている。
数百万の稼ぎを捨ててまで食べたいプリンというのもイメージが湧かないが、ここのプリンは評判が高い。スマホで軽く調べた口コミサイトでも星四つ半だったので信頼性はそれなりに高いんだろう。本店は名古屋のほうにあってここにあるのは支店。毎日本店から運んできて販売する形でやっているらしいので今日ここになければないですね形式のお店だと言える。
さて、夕飯は何にするかな。買い物を両方終えた後で店内を物色し、フードコート……そういえばフードコートで食べるというのも最近やってないな。ここでハンバーガーやチキン、というのもあれなので、ここにしかなさそうなメニューを探すと松阪肉の肉専門店があった。ここにするか。
メニューは色々あるが、ローストビーフと牛カツと牛カルビを乗せたトリプル丼というのがあったのでこれにした。一食で三種類試せるというお得感があふれる一品だ。値段のほうにはお得感は残念ながらない。
早速注文し順番をしばし待ち、呼び出しがあったら取りに行く形式。出来たてほやほやの夕飯を早速頂く。ご飯に染み込んだタレが濃く、多い。ローストビーフだけでも充分な味付けの濃さを味わえるのに、更に牛カルビの甘いたれを更に口の中に流し込まれる。暴力の足し算で攻めるスタイルだな。
その両者に押し出されるがごとく牛カツは少し浮いてしまっている。脂っぽさでは断トツのものをお持ちのようだが、他のたれや牛カルビの甘さに押し負けている印象があるな。牛カツ丼だったらその特性を生かせるのかもしれないが、この三種丼というフィールド上では苦戦している印象を受ける。ふむ……これなら牛カツはあっても無くても変わらない印象が残るな。ちょっと攻める場所を失敗した感じだ。次回もしプリンが食べたくてここを再度訪れることがあれば今度は牛カツをメインに押し出したメニューにチャレンジしてみることにしよう。
ローストビーフも牛カツも牛カルビも単品で頼めばそれぞれ活躍できるのだろうが、この諸兵科連合ではうまく統制が取れていない感じが残る。これは家に帰ってからプリン片手に反省会だな。
久々にハズレとまではいかないがいまいち、そうだなぁ……値段を考えると星二つぐらいの店を引いたところで帰宅に入る。家に帰ったらプリンで舌のリセットと気分転換をしておこう。プリンのほうは口コミを信じるなら絶対美味しいはずだからな。
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