1093:通常営業かと思いきや
帰還勇者の内事六課異能録
https://ncode.syosetu.com/n5185ko/
こちらもよろしくお願いします。
四十二層から五十六層に下りながら、いつも通りの行程に戻れるよう時間配分を始める。ちょっと予定よりも時間がかかったことも有り、茂君へ刈り取りに出かけなかった分よりも多めに消費してしまった。次回同じことをやる際はもっと収納のバルブを緩めてガバガバと入れていって素早く取り出せるようにしていこう。
「本当に四十二層に水捨てて来てよかったんですかね? 」
「というと何か活用法があったとかかな。具体的には何だろう」
「ほら、五十六層何もないですし、適当に水たまりを作ってオアシスらしさを景観として作ってみるとか、そういういたずらをしても良かったんじゃないですか? 」
なるほど、オアシス演出か。思い浮かばなかったな。
「確かにそういういたずらはあっても良かったかもしれんな。保管庫でどうせ俺が持ってきたんだろうということは想像つくだろうし、いくらなんでも芽生さんでもこの量は出せないだろうから……ふむ、悪くないな。次回同じことして保管庫の容量を調べるようなことがあったら採用しようかな。でも実際は水がひたすら染み込んでいくだけで終わりなんじゃないかとも思う。多分水を維持するには地中に粘土層みたいな水を通さない地層が必要だろうし、それがあるなら砂漠みたいにならないんじゃないかなあとも思う。そこまで考えられて出来てるかどうかはわからないけどね」
「保水力がないってことですか。じゃあいたずらもくたびれもうけで終わる可能性も高いですね。ちょっと残念かも」
たまには自分が考えたいたずらを採用されようと思った芽生さんだが、どうやらそううまくいかないらしいということを認識したらしく少ししょげ返っている。
「それにどっちもダンジョン内だしそこで魔素を循環させてもあまりダンジョンに貢献しそうにないしな。不要ないたずらはほどほどにしておこう」
「そうですね、気分転換にはなりますが一円にもならないし驚きも得られないでは何の意味もないですから」
五十六層に着いてリヤカーを置くと、他に二台のリヤカー。どうやら両パーティーともにリヤカーを確保できたらしいな。特に高橋さん達はインゴット目当てで潜っているのでリヤカーの有無は非常に大きいだろう。
五十七層の階段まで歩いてこっちは下へ潜る準備。潜る前にきちんとスーツと靴が乾いていることを確認すると、階段を下りる。いつもの回廊部分まで歩きとおして昼食、そののちに五十九層へ下りるいつもの行程を進む。
その時、事件は起きた。
五十七層でいつも通りまだ雷切片手にブォンブォン言わせながらガーゴイルを切り刻んでいた時、光に包まれた宝玉がボロンッと転がり出た。戦闘が終わって周辺確認をした後、そっと拾い上げたスキルオーブからは次の音声が流れた。
「【硬化】を習得しますか? Y/N 残り二千八百七十九」
「ノー。【硬化】だってさ」
芽生さんにも渡して確認してもらう。
「ノー。硬化って具体的にどう硬化するんでしょう? 体の表面が固くなるとか? 」
「ガーゴイルの最初の石像状態の色が硬化の効果なのかもしれんな。気にせずぶったたいてはいるが、もしかするとこれで一時的に防御力を上げたり、逆に殴る時に使用することで威力が上がったりするのかもしれん。しかし、硬化か……常時発動型のスキルだったら困るな。お肌が石のようになるのかもしれん」
「それは困りますね。で、とりあえず保留ってことでいいんですよね? 」
「そうだな、今は保留で……たまには頼るか、南城さん」
こういうわけの解らないスキルが出てくれると非常に反応に困るので、どうしても大事な時だけ話を通しておく事にしようと思っていた。耐性指輪の時も、どうせ最終的にあちらに話が回っていくだろうと思ってあえて個人連絡で確認を取らなかった。都合のいい時だけ利用してくれてありがとうと言われる可能性はあるが、貴重なスキルオーブをただ無駄に消滅させるのも社会的な損失だ。
地上に出たら南城さんに連絡を取ろう。その上で……そうだな、ビデオ通話越しにでも鑑定が可能かどうか聞いてみて、このスキルがどういうスキルなのか確認してもらう。ギルマスの立ち合いの上なら了承してくれるかもしれない。
「ふむ。ダンジョン庁としても、新しいスキルが出たならそれをデータベースに登録しておきたいだろうし、ギルマス立ち合いの上で南城さんに連絡が取れればそこで鑑定を行ってもらおう。いくらか取られるならそれでもいいや。個人的な依頼って事で納得してもらうところでもある」
「請け負ってくれると良いですね」
そんな一幕も有り、五十七層では順調に進み、いつものところで昼食タイム。今日はカレーの日だ。豚肉のジャガイモ抜きでもとろみは充分にあるんだぞカレー。さっそく二人分よそって差し出し、いただきますする。
「今日のカレーはジャガイモが入っていませんがとろみはしっかりついてますね。ジャガイモはどうしたんですかジャガイモは」
「芽生さんカレーのジャガイモ好きなの? 今日は手持ちの材料の都合でジャガイモは無いんだ。その代わりに小麦粉を溶いてとろみを多めにしておいたので食感以外は大体いつものカレーになってるし、肉もダンジョン肉じゃなくて今日は豚肉を使っておいたんだけど」
「私カレーのジャガイモは大好きなんですよ。次回は入っていることに期待します」
「非常に前向きに善処する」
芽生さんの好みがまた一つ、非常にピンポイントな所で解った。カレーのジャガイモは大事。これからもそれは忘れないでおこう。カレーを作る時にジャガイモが無かったら作らないか、急いで買いに走る努力をすることにしよう。
◇◆◇◆◇◆◇
午後はいつものこなれた五十九層、ちゃんと指輪を一個出してノルマは達成。現状これ一つで九千万、一人当たり四千五百万の収入増が見込めるので、一日の収入としては指輪が出た時点で億を見込めることとなった。
ポーションが十本出ればそれだけでおよそ税抜き八千万。そこに指輪の売却益を見込むと一億二千五百万。気楽に構えて一日一億というプランがこれで成り立つ。うっかり二個出してしまえばそれだけでも一億に届いてしまう。
はー、稼ぐようになったな俺も。一日一億稼ぐ男。でもこち亀の中川の親父は一秒に一億稼ぐらしいから、それに比べればまだまだであるともいえる。いくらなんでも競う相手としては分が悪すぎる、もうちょっと手ごろな競争相手で今度探してみよう。
いつも通りの時間で切り上げ、五十六層へ戻る。流石に二個目のスキルオーブは拝めなかったが、五十九層にはかなり集中して挑んでいるため、次々にガーゴイルとリビングアーマーからスキルが出てくる可能性はかなり高まっている。良い感じにボルテージが上がっているという所だろう。
「さすがにもう今日はイベントは無いだろうな。行きにスキルオーブが出たことだし、帰りにももう一個とそうそう簡単に出てくれるものじゃないことは自分がよく解っている。今日はこのまま大人しく帰ってギルマスに新しいスキルが出たことを報告するのを含めて、南城さんに連絡が出来るなら連絡して鑑定してもらうことにしよう」
「日本で、もしかしたら世界で最初のスキルって可能性もありますからね。希少では無くても珍しいスキルではあります。他にドロップしたという情報が無いのでしたら鑑定してもらうことも渋々承知してくれるかもしれません」
「まずは、ビデオ通話越しでも鑑定が出来るかどうかの確認、いやそもそも通話が繋がるかどうかの確認からだな。探索者はいつでもどこでも連絡が付くというわけではないのがここできいてくるわけだ。面倒だが、タイミングが合うことを願っておこう」
何事もなく五十六層に戻り、最後の鎧の破片と今日のドロップをリヤカーに押し込むと、一層へのボタンを押す。
「あれ、七層寄らなくていいんですか? 」
「茂君してる間にギルマス帰っちゃったら面倒だからね。出来ればいる内に話を通して色々と一日で済ませてしまいたい。茂君出来ないのは心残りではあるが、スキルオーブの希少性に比べたらまだ挽回する余地はあると考える」
「なるほど、たしかに」
そんなわけで七層には寄らず一層に直接上がる。念のため、スキルオーブはエレベーターに入った時点で保管庫から出したままにしておく。少しなりとも時間経過をさせておくことでドロップ時点からの時間差を作らせるためだ。誰に見られるかもわからないスキルオーブ、不自然な残り時間を見られることを考えたら保管庫での保管期間こそ短くなるものの、普通は二日で消えてしまうことを考えたら充分時間的猶予はあると考えられる。
一層に戻るとそのまま退ダン手続きして査定カウンターへ。ついでにギルマスの所在も確認しておく。
「ギルマスなら今日はまだお帰りになってないと思いますよ。帰る時はみんなに一声必ずかけていくので」
几帳面なギルマスの一面を見れたとともに、査定金額のレシートを出してもらった。今日のお賃金、一億六百一万六千円。これに販売していない指輪が一つ。今日も億り人なり。
着替え終わった芽生さんにレシートを渡して振り込むと、支払いカウンターでギルマスがまだ居るかどうか確認すると、連絡待ちの話があるため少し残業しているという。好都合だな。連絡もおそらく指輪の件だろうし、今日は一日こっちが振り回す形になっているな。
ギルマスが帰らない内に話を付けに行くのが良かろう。早速二階へ上がってノック三回。返事を待って中に入っていく。
「あれ、安村さん。何か続きの用事? 指輪の件ならまだまとまってないから返事はしばらく先になるよ? 」
「指輪はひとまず横に置いといてですね、新しいスキルが出ましたのでそれの報告に来ました」
机の上にコツッとスキルオーブを乗せる。ギルマスはほほう? といった表情でスキルオーブを眺めている。見てるだけだと何も変化しないのはお互い承知の上だが、やはり新しいスキルオーブを握るとなると少し勇気みたいなものが必要らしく、数度深呼吸をするとギルマスはスキルオーブを持ち上げた。
「……ノー」
しばらく持った後断り、机の上に戻す。
「【硬化】とは聞いたことが無いスキルだね。これ何層で手に入れたの? 」
「五十七層ですね。探索者雑誌にも多分乗ってないので新規スキルの発掘ということになるかと」
探索・オブ・ザ・イヤーのスキルオーブの価格欄を開いて見せて、該当スキルが存在しないことを確認する。ちなみにだが、最近出回り始めた【糸】や【木魔法】は二千万円ほどで取引されているらしい。【糸】なんかはあこがれる探索者も多そうだが、ドロップが中々少ないのか、それとも逆に多いのか、珍しさのわりに使い所が少ないのか、あまり高値のスキルという形にはなっていないようだ。なにかしらデメリットのあるスキルである可能性は高いな。
「で、これをどうするの。ギルドのオークションにかけるにしてもまだほかにスキルが存在しないことやそもそもオファーがないことから、おそらく値段が付く可能性はないよ? 」
「そこでお願いがあるんですが、大梅田ダンジョンを拠点に活動しているパーティー、猛寅会に連絡を付けてみるので、ダンジョン庁からの依頼という形で鑑定をお願いしたいのですよ」
「噂の鑑定持ちかね。私のお願いでも聞いてくれるのかなあ」
「まあギルマスは後押しの一手というところでしょうか。基本的には私が連絡を……そうですね、まずは鑑定持ちが地上にいるか確認するのが最初ですね。なのでまずは呼び出しに応じてくれるかどうか、そこからです。向こうもダンジョンに潜ってる可能性がありますし、タイミングが悪ければ今日は解散ということになります」
そういいつつ、レインで南城さんを呼び出す。しばらく呼び出しが鳴った後、反応があった。
「誰かと思えばお久しぶりですね。年末のパーティー以来ですか。もっと気軽に使ってくれてもいいんですがね。ですが、ちゃんと覚えていてくれたことは有り難いと思っておくべきでしょうかね」
「用事もないのに話しかけるのもダンジョン探索の邪魔になるかと考えて連絡を控えていたんですけどね。今後は適度に使っておくことにしますよ」
南城さんの声と顔が画面に表示される。確かにほぼ八カ月放りっぱなしだったことは認める。が、今回はちゃんと用事があってのことだ。ちゃんと用件を伝えておかないとな。
「実は今回はちょっと鑑定してみていただきたいものがあって、相談も込みなんですが、ちょっと見ていただきたいと思いまして」
「鑑定依頼、ということですか。なるほど、それは確かに私の出番かもしれませんね」
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
後毎度の誤字修正、感謝しております。