1092:保管庫の限界
ダンジョンで潮干狩りを
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受付で入ダン手続きをする。
「今日は何かお話でもしてたんですか? もうちょっと早く到着していたような気がしていましたが」
どうやらダンジョンにたどり着いた段階で捕捉されていたらしい。
「ちょっとギルマスとお金の相談をしていただけですよ。今からいつも通り潜ります」
「そうですか、ご安全に」
「ご安全に~」
いつもの挨拶といつもの声掛けを背に、リヤカーを引いてエレベーターを使う。今日は七層には寄らずに四十二層に寄る。ずっと前から気にはなっていたが困らないのでずっと放置していた、保管庫の問題に一つ答えを出すための行動だ。
今、俺の保管庫にはどれだけの質量を詰め込むことができるのか。その限界値は重さなのか体積なのか。それを確かめるために、我々調査班二名は四十二層に向かう。
「しかし、今までよくここまで放置してきたもんですね。普通限界とか気になる所でしょうに。何かきっかけとかあったんですか? 」
「そうだなー。俺も今更ながらとは思ってる。が、思いついたのが昨日だったからな。最近保管庫が成長している兆しが無いし、速度の倍数ダイヤルも百以上に変化することもない。もしかしたら保管庫の中で個数を分けてダイヤルを回すことができるなんてこともできるようには……ふむ、それも試してないな。今のうちに試すか」
分割しても問題ないペットボトルの水を対象に、保管庫のウィンドウを操作。水を選択して移動させるようなそぶりを見せる。が、リストがずれるだけで何も変化なし。
「どうやら中で一緒と判断されたものを分割するのは不可能らしい。次の実験、いったん外に出して、もう一度中に入れるときに別のものと思いながら入れてみる」
一度ペットボトルを数本取り出し、この水は別物だ……と考えながら挿入する。すると、別枠でウィンドウ内に水が別のカテゴリとして認識されるようになった。
「お、出来たぞ。出し入れという一手間はかかるが、同じ物品を違うものとして認識することができるようになっている。これで一つ便利になったと言えば便利になった。常温の水と低温の水と湯を分けて収納することができる」
「それが出来るようになって何か便利に……あぁ、でも便利と言えば便利ですね。冷えた水が飲みたいときもあればぬるい水でとにかく水分補給だけしたいときもあります」
「最初は温い水を飲んで、後から冷たい水を飲んで、と体に負担をかけないように水分補給することもできるようになる。これで一つ保管庫が知らない内に便利になっていたって気付きを得ることが出来た。ちょっと便利になった。メモっておこう」
取り出しと収納のタイミングで別物認識が可能になった……と。
「後、また結衣さん達と一緒に探索するようなパターンの場合、共同戦果を最初から別枠として認識できるから後で山分けする時に便利になる。これは非常に大きい」
「なるほど、それは確かに大きいですねえ。一々メモに取ってここからここまで自分らの稼ぎ、と計算しなくてよくなってたってことですか」
そういうことになる。この間一緒に五十五層を巡ってきてた時に気づいてればちょっとだけ楽が出来たな。
「でもそれ、うっかり混ざったりしないですよね。何も考えずに放り込んだら自分たちの稼ぎの分に混じったりしませんか? 」
なるほど、そういう危険性はあるか。試しに古いほうからペットボトルを出して、そのまま何も考えずに収納。すると、最近使ったリストの上のほうにあるペットボトルのほうに加算された。
「どうやら、新しく最近入手した側のリストに放り込まれるらしい。これ、元に戻るんだろうな? 」
新しいほうのペットボトルリストの中身を全部取り出してまとめて収納すると、古いリストが上のほうに来て新しくリストは作成されなかった。
「ふむ、使用する順番と俺の意識の有る無しで変わってくれるらしい。便利と言えば便利だが使い方を間違えると合体事故が起こるな。出来るだけ同じものは同じ、違うものは違う、と入れるモノによって使い分けができるようになったのは一つ利点かな」
「後は……うーん、思いつくようなことは今のところないですねえ。とりあえず一つ便利になったことは確かなのでいいんじゃないですかねえ」
そうだな。一つ保管庫について知ることが出来た。知るということはより深く理解するということだ。これもまた何処かでお世話になることがあるかもしれないので指標として覚えておくことにしよう。
しかし、使い所が他所のパーティーと一緒に探索する、しかも特定二パーティーについてだけ使用できる、となると……いや、保管庫を隠して行動する場合、荷物が重くなるのを嫌って保管庫にしまい込む時に誤魔化すのに使えるかもしれないな。もうしばらく他のパーティー、小寺さん達とも長らく一緒に行動することはしていない。
本当にこいつの使い所は何処にあるんだろう? 悩んでみるものの、世の中意外なところで使い所が判明することだってあるのだ、忘れずに覚えておくことが必要かな。
四十二層に着き、一度リヤカーを下ろす。念のためノートの確認もしたが、新しい書き込みなんかも存在していない。まだ上の階層で頑張っているところなんだろうな。
海辺……砂浜……なんと表現すればいいのか。海水ではないから海辺ではないし、砂浜ではある。とにかく水のそばまで来た。
「じゃあ始めるよー」
「見てるよー」
気の抜けた合図とともに範囲収納でズザザザザザっと水を吸い込んでいく。周辺の水は無くなっていき、減った水の領域へと水が外から押し寄せて来る。寄ってくる波によってスーツと靴が軽く濡れるが、後で乾燥すればいいので気にせずそのまま水を吸い上げ続ける。
吸い上げる速さに水が寄っていく速度が追いつかず、勢いよくこっちに寄ってくる水で更に足元が濡れていくが、試験が終わるまでの辛抱だ、終わったら水を元に戻して乾燥させよう。あー靴の中がもぞもぞする。
保管庫のカウンターはどんどん増えていく。どうやらこの水は「魔素水」と俺の中で認識されているらしい。魔素水ということは、水自身は純水だが魔素で構成された水、ということで良いんだろう。多分スキルで通電する、水魔法でいくらでも出せる奴と同じということで良いらしい。
「まだ入りそうですかー? 」
水のかからない離れたところから芽生さんに問いかけられる。
「まだいけそう。まだまだいけそう。どこまでいけるんだろうねこれ。後ついでに、これ魔素を含んだ水で間違いはないらしい。俺の保管庫内で魔素水って表示されてる」
「ということは水魔法で水を生み出さなくても、そのまま保管庫から取り出して水をぶっかけて通電させることもできるってことですよね。それはそれで便利そうですねえ」
保管庫の中の数値はどんどん増えていく。何処まで増えるか俺も楽しみになってきた。まだ海水面の低下が見られない辺り、この階層のほとんどは水で覆われていると推測できる。目に見えて海面が低下するのならそれほど広くないマップだという証拠にもなるが、結構広いらしいな、という感想を覚える。
やがて、保管庫の収納がピタッと止まる。どうやらここまでで限界らしいな。ちょっと眩暈もしてきた。目一杯まで保管庫を使ったことはこれまでになかったから、どうやら保管庫にまとめて出し入れする場合、めいっぱいの分量までまとめて入れる、もしくはまとめて出す、というのが現状の魔力での限界値らしい。
「止まりましたね。どれだけ入りましたか? 」
「えっと、九十九万……まあほぼ百万リットルだな。つまり……千立方メートルが限界ってことかな」
「各辺十メートルってあたりですか。小さな家なら一軒分すっぽり入りそうですねえ。家ごと引っ越しするには便利かもしれません」
「充分に保管庫が広いことは解った。さて、これを今から出すわけだが、その前にちょっと試したいことがある。容量が基準なのか重さが基準なのか、だ」
ウルフ肉を五つ取り出す。ウルフ肉は一つ二百グラムだ。もしこれで一リットルの水が更に入るなら重さ換算で、そこまで入らなかったり逆に多く入ったりすると、体積が基準になっていることになる。
さらにそこから水を収納していくと、一リットル水が増えたところでとまった。どうやら重さが基準で決まっている、ということでいいらしい。
「容積じゃなくて重さだったらしい。ちょうど一リットル入ったよ」
「ということは……千トンが限界ってことになるんですかねえ。インゴットなら百万個入るってところですか」
ふむ。千トンか。探索をするには充分すぎる容量だな。もしかしたら覚えた当初は一トンぐらいだったのかもしれない。見えないところでレベルアップした結果今のこの容量がある、と考えたほうが前向きだな。
「さて、取り出すか。眩暈を起こしそうだしドライフルーツの出番だな」
ドライフルーツを口の中に放り込んで魔力を回復しながら、入れるスピードよりも激しく出すことで時間当たりの魔力操作量を少なくして、眩暈が来ない程度に放出し始める。当然、入れている時よりも出している時のほうが水の勢いは強いため、足元は濡れる。しかし、千トン近くも良く放り込んだな、と自分に感心もする。何事も実験とはいえ、千トンの水を放出するのは中々に時間がかかるな。
「全部出しちゃうんですか? もったいなくないですか、せっかく入れたのに」
「だって水だけ持っててもしょうがないだろ、美味しくないしこの水。それに目的は保管庫の最大容量を調べることなんだから、調べ終わったら元に戻しておくのが多分ダンジョンの負荷的にも優しいはずだ」
「ちゃんと自然環境に配慮してるわけですか。あ、でもこれが魔素を含んだ水なら、このまま地上に運んだら魔素を地上に拡散させたって事になりませんかねえ? 」
「うーん……魔素がどのぐらい配合されてるか解んないからな。それにいざ何処で取り出すかというのも問題だし、何処かの川でこっそり捨てるにしても地上では魔力の消費が激しいから保管庫の中身捨ててる間に眩暈で倒れるかもしれないし……と眩暈が」
急いでドライフルーツを咥えて魔力の回復をする。さすがに消費が少ないとはいえ、保管庫の容量のほぼ九十九%を出し入れしているのだ、魔力が尽きても不思議はない。今までは相当楽して使いまわしてたんだなという感想。俺が使っていたのは一%に満たない矮小な領域でしかなかったわけか。そうなると、パチンコ玉を一発一発出して入れてを繰り返して保管庫の成長を期待していたのは果たして効果があったのか無かったのか。やはり手に入れた頃に容積をちゃんと計測しておくべきだったのだろうな。
半分ぐらい水を抜いたところで精神的にも疲労し始めた。まだ半分も残っているのか……ちょっと休憩しよう。ドライフルーツをかみ砕くと、コーラで流し込み、ついでにミルコに渡すお菓子の準備をして手を二拍、パンパン。時間差でシュッと消えるお菓子。時間差があるということは作業中だったんだろうな。ミルコには引き続き最深部の製作に期待したいところ大である。
「まだ終わりませんか」
「あと半分ぐらい。雑誌でも読んで待ってて」
適当に雑誌を取り出して待っていてもらう。少し休憩しつつ、頭が回り始めたところで残りの水を一気に大放出する。
吸い上げる時よりも激しく保管庫から出される水に芽生さんは一瞬驚いたが、初速を上げて遠くまで飛ばすことでこちらに跳ね返ってくる水を少なくしていく。
そこそこの時間を消費して、無事に水は全部抜き切った。保管庫にはもう魔素水の表示はない。使用した順でさっき収納したペットボトルと、芽生さんに渡そうとしてこれは要らないと言われた雑誌が新しく使った方リストに表示されている。
「ふー、実験終わり。思ったより時間かかったな。想像以上に容量が大きかったのが問題か、それとも収納がゆっくり過ぎたかまでは解らないがとりあえず容量を知れたのは大きい」
「具体的にどう大きいんですか? 適当に何でも放り込んでも大体何とかなるぐらいしか思いつきませんが」
「それがわかったのが大きいかな。相当な量色々と詰め込まないとこの保管庫の容量は満たされない。これで安心してまたドロップ品を溜めこめる」
「溜めこむドロップ品にもよるかと思いますが、しばらく六十四層に行く予定がないならため込むような物資も何もないかと思いますよ」
靴を脱いで中を乾燥させつつ、同時に靴下も温風乾燥。湿り気が完全に無くなったところで靴を履きなおし、芽生さんのちょっと長めの運動前休憩は終わった。こっちも探索の準備は万端だ。しかし、途中で誰も来なくてよかったな。もしみられてたらと思うとちょっと言い訳に窮するところだった。
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後毎度の誤字修正、感謝しております。