1091:査定お悩み相談室
ダンジョンで潮干狩りを
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今日は寝起きがいつもよりスッキリしている。やはり早めに寝たのが効果があったのか、それとも思ったより疲れていたのか。どちらとも言い難いが、久々にお、これは気分が良いぞ、と高揚するほどの目覚めを得ることが出来た。およそ一年経つが、まだ布団も枕も現役らしい。このままもう一年ぐらいは保ってもらいたいものである。
昨日は何もしないでただ風呂に入って寝たので特にダンジョンに関するネタは仕入れていない。多分今日もネタを仕入れることはないだろう。というか今日は仕事が終わり次第買い出しに行く予定だ。今日の朝食で食パンを使い切ってしまう、もし売ってなかったらそれはちょっと残念なお知らせになるが、いつも通りのペースで探索をやって帰ればきっと大丈夫だろう。
朝食を作り、昼食のカレーを多めに作る。今日は材料の都合でジャガイモを入れずに人参と玉ねぎ、それからキノコを数種類入れた少々変わり種のカレーだ。肉は普通の豚肉をチョイス。これも冷凍庫で眠っていたものをそろそろ使い時だろうと引っ張り出してきたものだ。気が付くとダンジョン食材でばかり食事を作ってしまうので、きちんと冷蔵庫の中身は定期的にチェックしておかないとな。
ただでさえ保管庫と冷蔵庫という二つの保温、保管施設があるのだからそれぞれのチェックは欠かさないようにしなければならない。冷凍庫に眠りっぱなしで冷凍焼けを起こしたりしたら食材に対して失礼に値する。そうならない内に食べられるものはローテーションに従いつつも時に脱線しながら食べていく必要がある。
うちはIHだから難しいが、コンロに火をつけたまま保管庫に鍋ごと格納して百倍速にしたら百倍速でカレーが煮込まれたりしないだろうか? その場合酸素の補給は何処からなされるんだろうか。もしかしたら入れた時点で火が消えてただ鍋の中身が百倍速で劣化していくだけのような気がする。料理の時短に色々便利な保管庫ではあるが、謎の部分も多いため迂闊に実験できない。
何かこう、解決策があるような気がするので気長にスキルを鍛えつつ……そういえば個別ダイヤルがついてから保管庫成長してないな。そろそろ何かしら変化があっても良さそうなもんである。百倍が二百倍になるとか、容量が……容量は人知れずでかくなってる可能性はあるか。今度四十二層で海の水をすべて吸い込む勢いで保管庫に収納して行って、何処まで入るかを試す、というのも有りだな。やるなら他の探索者が四十二層にたどり着く前だな。むしろ今日の内にやってしまうことすら考える内容ではある。今日芽生さんに相談してやらせてもらうことにするか。
カレーをかき混ぜながら炊飯器が無事に動いていることを確認すると、カレーの味見。ジャガイモが入ってない分今日のカレーにはとろみが少ないので、小麦粉を水で溶いて追加して流し込み、無理やりとろみをつけさせる。
シャバシャバのバターチキンカレーのようなカレーも嫌いではないが、もしもスーツにはねたりあちこちに飛び散ったりということを考えるとある程度のとろみは有ったほうが良い。カレーのルーにある程度存在するとはいえ、普段はジャガイモから溶け出してくる分のとろみが足りない。とろみ好きの俺としてはやはりカレーはとろとろこくまろであってほしい。
カレーの用意と炊飯器の準備ができると、食器が揃っているのを確認して保管庫へ。さて今日も着替えてダンジョンへ出かけよう。
柄、ヨシ!
圧切、ヨシ!
直刀、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。圧切は保管庫の中に入っているし、圧切の予備武器である今までメインウェポンだった直刀はこれからも指さし確認はしていくものの、使っていくケースは少なくなっていくだろう。そのうち指さし確認しなくなる可能性もあるが、その時はその時だな。
◇◆◇◆◇◆◇
ギルドに着くと既に着替え終わっていた芽生さんとまず合流。その後で支払いカウンターでいつも通りギルマスの所在を聞く。すると今日は三十分ほど遅れて出社してくるらしいので、その間休憩室で待ってることを伝えて休憩室でクロスワードを解きながら軽く今日の予定を流す。
「今日も朝一茂君は無しの方向で。その代わりちょっと試したいことがある。保管庫の最大容量が重さなのか体積なのかの区別、そしてどのぐらいまで入るのかをチェックしたい」
ろくろを回しながら芽生さんに説明する。
「お、ようやくですか。そろそろ内容量に不安が出てくるほど中身を詰め込み始めたとか? 」
芽生さんは乗り気だ。多分自分が普段お世話になっている収入源の限界値を知りたかったんだろうな。
「少なくとも二トンの重さは余裕で入る。水の体積で言えば、二千リットルは入る。そこまでは解ってるんだ。本来スキルを手に入れてすぐにチェックするべき事柄でもあるんだが、今までなんだかんだ困らなかったから放置していた部分でもある。ただ、最近保管庫がレベルアップしてないことを考えると、もしかしたら最大容量の増加の方向性でレベルが上がっている可能性を考えたんだよ」
「なるほど、続けてください」
「ただ、サンプルでやってみるからと言って地上で海や川の水を抜いてみるをやる訳にもいかない。他人に見られるのが解り切っているし、あらかた保管庫に吸い込んで出す間に眩暈を起こして一緒に川流れ……なんてことにもなりかねない。そこで、今のうちに四十二層で試験をやってしまおうと思う」
昨日も帰り際に覗いたが、四十二層に人の気配は無かった。これはまだ新規B+勢が四十二層まで到達していないことを指す。そして、四十二層には広大な魔素を含んだ水がある。これを使わない手はない。
「なるほど、あそこの水ならサンプルにぴったりということですか。でも、水って重さなんですかね、それとも体積なんですかね? 」
「それも含めての調査かな。ただ、表示によると水はリットル表示になってたが小麦粉を入れた時はグラム表示だった。だから体積で限界が来るのか重さで限界が来るのかはまだ判別できないことになるんだよね」
「打たせ湯してた時はどうだったんですか。お風呂でやってくれてましたよね? 」
「あの時は……どうだったかな、覚えてないから解らないがリットル表示だったようにも思える。入れてすぐ出したから単位系についてはちゃんと確認してなかったな。今日注水する時にちゃんと単位を確認しておこう」
しばらく小声でひそひそやっていると、査定カウンターからちょいちょいと手招きをしている姿が見えた。自分を指さして俺? と質問を空中で返すと、向こうが頷く。なんだろう?
「ギルマス出勤してきたので仕事を始めたりソリティア始める前に行ったほうがいいですよ」
「お、来たか。教えてくれてありがとう」
芽生さんを呼びに行って二階へ。すると後ろからギルマスが上がってきた。
「あぁ、安村さん。ちょうど用事もあったのよ。そちらもご用事? 」
「えぇ、査定に関することで一つ相談がありまして」
「ならもしかするとこちらの用事と同じかもしれないねえ。まあ入って入って」
通されたギルドマスタールーム。そういえばそろそろゴルフの季節だったか、またパターゴルフの準備がされている。次回はもうちょっといい成績を残せそうなんだろうか。
「またゴルフの時期ですか」
「そうなんだよ、今回は入賞常連という名誉と不名誉の境目である立場を挽回しないとね。それで、二人とも用事って言うのは多分、指輪の話だよね? 」
朝一だからとはボーっとしておらずに要点を押さえて来てる辺り、ちゃんと朝ご飯は食べて来てるんだなという感想が俺の中に浮かんで消えた。
「そういうことです。昨日の夜の時点で六十層まで査定可能という話を聞いたので、一往復分だけは査定して帰って残りは今日査定していこうという話で落ち着いたんですが、この指輪、そのまま査定にかけて市場に流れていくという形になると色々と不都合が生じませんか? 」
「私たちとしては真に重要な人物にまず行きわたらせてからの市場への解放、という風に段階を刻むべきだと思っています。それを確認するためにも一度ギルマスと相談したらどうか、ということになりまして」
俺と芽生さんが順番に話す。ギルマスはさすがに来て早々なのでまだコーヒーも淹れておらず、素のままの状態でいる。こめかみをポリポリと掻くと、こちらの言葉に続くセリフを紡ぎ出した。
「つまり、こう続くのかな。ダンジョン庁として恩を売っておくべき人物にまず譲り渡すなり貸与する形にして、政治的な意味でも友好的な意味でも駆け引きの道具にしてはどうか、と」
「何なら最初に真中長官が身に着けておいて、その効果を立証した上でダンジョン庁から各個人や部署の長、もっと言ってしまえば森本総理から順番に身に着けていただいて、自分の身の安全さを少しなりともダンジョン庁の力である程度保証してしまう、という形になります」
ギルマスはうつむいていた頭を上げてから話し始める。
「君たち、それぞれの指輪がいくらの価値を付けられたか知ってて言ってるわけじゃないんだよね? 」
「まだ聞いてませんね。仮に聞いていたとしても答えは同じですが、受付で値段を聞いてそれを横で聞いていた探索者から漏れて最下層に潜れば誰でも一気に金持ちになれる、なんて風に広まれば無理な探索を始める者がいても困るのであえて照会はしなかったんですが」
「まあ、そこまで潜れる時点でかなりの資産を形成しているのは間違いないんだが、ちなみにどっちの指輪も一億、ということになったよ」
一億か。大体予想の範囲内だな。特に物理耐性の指輪はそもそも【物理耐性】が億を超えているからそれよりも高くなる可能性を考えていたのだが、どっちも一億、ということで収まったらしい。
「ちなみに値段の理由は解ってますか? 」
念のためギルマスに値段が付いた経緯を知っているかどうかたずねておく。知っているなら話が早くなるからな。
「物理耐性の指輪のほうは最初は一億五千万あたりで調整をしようという意見が多かったんだが、指輪の意匠の違いだけでぱっと見で区別がつけにくいのと、どっちにしろ付け外しが出来て気軽にその威力を楽しめるなら魔法耐性にしろ物理耐性にしろ同じにしておいたほうがいい。それに、【物理耐性】のスキルオーブは他に比べて一段階高いだろう? その価格を下げさせてもっと気軽に色んな探索者が入手する機会を得られるようにした方がいいという判断が真中長官から入ってね。それでどっちも同じ価格ということになった。指輪の値段がスキルよりも高いのは、付け外しが自由に利くという点が大きいね」
大体こっちの読み通りの話で決着がついたらしい。しかし、魔法耐性の指輪のほうは使用用途というか防御用途が限定されるから安い値段かとも思ったが、そうでもないらしいな。
「とりあえずどうするかはそちらで相談してもらうとしてですね、こちらが把握してる範囲ではサンプルに渡した一つずつと、こちらの手持ちが七つずつ、というのが現状お出しできる最大数になります。それを伝えておいたうえで、ダンジョン庁としてこの預かりをどうするか決めていただきたいところですが」
「そうだね。早速真中長官と相談しておくよ。今受け取っている一つずつの分についてはすぐに査定完了レシートを出すこともできるけどどうする? 」
「先に出しておいてくれると助かります。今から潜るのでその間宙に浮いているよりは、確実に振り込みを指定しておくほうがお互い楽でしょうし、忘れてたってことにもならないと思いますので」
「解った、早速下で手続きをしておいてくれたまえ。私は朝一から長官とその辺について話し合いをするよ。相談は以上かな? 」
朝一から仕事が大変そうだという感じではないので、今日の仕事量はそんなに多くないのだろう。こちらとしてはダンジョン庁に出来るだけ恩を、出来るだけ高く売りつけておいてくれと忠告して受け入れてもらえた立場になったのだからこれ以上やることは無いと考える。
「じゃ、お仕事に参りますか。最近は毎日どちらか一つずつドロップするまで頑張る、というのが日課になってるんですよ」
「それは中々豪勢な目標だねえ。文月くんも最後の夏休みということになるし、しっかり稼いでいってくれたまえ。来年からは私の部下になるかもしれない人材でもあるし」
「そこは内定が出るまでまだ解りませんからねえ。でも、覚悟はしておきます」
一階に下りるとギルマスが査定カウンターに耳打ちを始める。その後すぐに査定カウンターのほうから呼ばれ、指輪二つ分の査定を完了したということでレシートを発行してもらう。今日はまだ何もしていないのに税抜き九千万稼いでしまった。このまま帰ってもいいぐらいだな。
振り込みカウンターでそれぞれ振り込みを済ませると、さあ行くぞダンジョン。今日も楽しい探索のお時間だ。
作者からのお願い
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
後毎度の誤字修正、感謝しております。