1073:昼下がり、のんびり
ダンジョンで潮干狩りを
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前金に百万。インゴットを二十本。原価でかんがえてここまでの金額でおよそ五百万。腰を治すためのポーション代金も見込めば八百万ほど。インゴットは原価だとは言え、実際に市場で流れている金額を考えたら実際の金額はもっと高いことになる。インゴットの市場価格を調べた訳ではないので、正確にインゴットの価格を判断することは出来ない。
「実は初めてオーダーメイドするので金額の目安がさっぱりわからないんですよね。今回は裕一さんのほうで値段を提示してくれるとありがたいんですが」
「それは昭江の出番だな。金勘定は家内のほうが何枚も上手なんだ。おーい」
裕一さんが昭江さんを呼ぶ。近くにいたのか、昭江さんが鍛冶場へやってくる。
「前の日本刀の特注、あれの金額いくらだったっけ? 」
「はいはい……ええと、全部こっちでまとめ払いで請け負って、込々で三百五十万でしたね。あれを参考にしますか? 」
「色々新しいことにチャレンジさせてもらったのもあるからな。腰のお礼も込みで考えるとそんなぐらいだろう」
腰の費用は別個で考えてくれていいのだが、その分割引するつもりでいたらしい。
「ただ、安村さんには原料でかなりの支援を頂いてますし、前金もいただいていますし、これ以上お支払いいただく必要は無いのですけれど。むしろこちらとしては使わなかった分のインゴットを返却しなきゃいけないぐらいだと思うのですがその辺はどうお考えで? 」
「ふーむ。どうしたもんかなあ」
「うーん、困りましたねえ」
昭江さんと裕一さんと三人、頭を悩ませている。芽生さんは包丁を使うように藁を細かく切り始めている。なんだか俺より楽しそうに刀を扱っているな。
「この際、全額インゴットで支払い終えた、ということでいかがでしょう? 現金で収入が無いと困る、という場合なら残りのインゴットは引き取ってその差額を支払う、という形になりますが」
「うーん、インゴットの形でもらっておくほうがお安くはなるんだよな。底値で提供してくれたってのもあるが、色々流通経路をたどっていくごとに高くなっていくからよ、実際に手元に来るまでにはそれなりの金額になっちまう。そこを査定価格で譲ってくれるってならこれ以上ない物々交換ってことになるんだが」
「そうですねえ。次のお仕事も来てますし、お店の儲けとしての現金はそちらから受け取るって形でも問題ないですから、今回は現物で物をやり取りしたって事で細かいことを言い合わずに前金でもらった百万円、それで取引をしたということでどうでしょう? 」
昭江さんからの案が一番面倒が無くて助かる。しかし、流通経路で高くなっていくってどういう仕組みで原材料の流通が行われているんだろう。ちょっと気になるな。
「じゃあ今回の代金は前金で払った分の百万だけが実際に動いたお金の代金ということでいいんですかね」
「こちらはそれで構いませんよ。インゴットを手元に置かせてくれるならこれを元手に商売は出来ますし、これだけ貴重な素材を扱っている店があると広まれば宣伝にもなりますし。それにインゴットをそのまま安値で他に譲り渡すだけでもいくらかお金にはできます。こちらはそういう商売もやらせてもらってますので少なくとも現物がここにある以上、最悪でも安村さんに買い取ってもらうって形でお金にすることもできますし、ねえ? 」
「うん、その辺は任せた。母さんが一番良いと思う方法を取ってくれればそれでいい」
裕一さんは金の計算は完全に昭江さん任せなんだな。そして昭江さんがそれで良いと太鼓判を押すということは、それで商売が回る宛てがある、ということでもあるだろう。こっちとしてはもっと上乗せしてもいいぐらいなんだが……それでいいと言われるなら有り難く受け取っておこうかな。
「それじゃ、柄部分の調整が終わったら後日また取りに来るってことで良いですかね」
「じゃあ明細書もその時までにまとめておきますね。なるべく早く終わるようにはさせていただこうとは思っていますのでそれほど時間はかからないと思います」
「そういうわけだ、今日のところは手ぶらで帰して悪いが、また後日ってことで」
「解りました。芽生さん帰るよー」
「はーい」
藁を好き放題切り刻んで満足したのか、芽生さんは鍛冶場を荒らして帰っていくことになった。
「あれ気にいったの? 」
「ここまで切れ味が鋭いものが出来るとなるとさすがに興味が湧きますね。私も後日お願いすることになるかもしれません。その時は原料も自分で取ってからお願いしたほうが良いですかね? 」
「お嬢ちゃんも気に入ってくれたなら是非注文は家で取らせてくれ。原料の在庫はその時にならなきゃはっきりしたことは言えんが、一応予備で持ってくるような形にしてくれると助かる」
保管庫に在庫を蓄えておいたほうが良い、ということは覚えておこうか。早速明日一日分ぐらいは予備として残しておく原料を取るために五十五層に潜ることも考えていいかな。
挨拶を終えて石原刃物を後にする。なんだかんだで結構時間喰ったな。近くで昼食取ってから解散するか。
「ご飯どうする? どこか入る? 」
「そうですねえ。洋一さんのおごりならどこでもいいですよ? 」
「近くの食べるところ……喫茶店ならあるな」
数件の喫茶店と、大通りに出てからのファミレス。ファミレスまでこの暑い中歩くのはちょっと大変だし駅からも少し離れる。帰り道を考えると喫茶店で済ませるほうが涼しくて楽が出来るだろう。
近くの個人経営の喫茶店に入ることにした。まだギリギリモーニングをやっている……というか昼過ぎまでモーニングをやっているらしい。モーニングの概念が崩れていくが、この辺から一宮にかけてはモーニングの一大産地みたいなところがあるので昼過ぎまでやっているモーニングがあっても気にしないことにした。
「モーニングにしますか、それとも普通のメニューにしますか」
「モーニングを二回とるのも悪くはないだろうが、休日だししっかり食べたいかな。普通のメニューにするよ」
メニューを開き、一通り眺める。ナポリタンから始まるオムパスタや定番サンドイッチ、日替わりランチにドリアもある。ピザはさすがに無いがピザトーストはあった。でもまあ一通りファミレスに対抗するだけの戦力は蓄えられている。まずはアイスコーヒーをセットで頼めるメニューから眺めていくとするか。
店内は地元のラジオが流されていて地元では名の知られた全国区ではない有名DJがくだらない話を盛り上げようと苦慮している。どうやらあまり得意ではない話題を拾い上げてしまったらしい。苦々しい声を荒げながらそれでもなんとか展開しようとしている。頑張れ。
さて、メニューだがランチタイムに滑り込んだところでランチセットを頼むことが出来るようになっている。日替わりのハンバーガーセットがお薦めらしい。お値段は高いが、他の客を眺めてみるとそれを頼んでいる客もいて、パッと見た感じ量には問題なさそうである。これにしよう。
「もう決めたんですか、早いですね」
「何となく思い付きで入った店ではお薦めのメニューを頼む、そういうことにした。じっくり何回か通ってレシピを制覇するわけじゃないなら、評判メニューを頼んでおくのが間違いはないと今俺の中で決まった」
「なるほど……じゃあわたしもこれにしましょう」
「すいません、注文お願いします」
「はーい」
すぐに店員がこちらへ来る。呼んですぐ注文を取りに来る店は人が潤沢に回っている証拠でもある。それだけ店員が充足しているならそこそこ売り上げが上がっているということになるだろう。多分評判も悪くないはずだ。
「ランチのハンバーガーAセット、アイスコーヒーで」
「わたしはハンバーガーBセット、コーラで」
「かしこまりました、少々お待ちください」
すぐにオーダーを通しに行く。てきぱきと働いている様はちゃんと仕事をしててえらいという気にさせるので、好感触だ。
「で、経験がそれなりにあるだろう芽生さんに質問があるんだが、材料持ち込みで特注品百万って安いほうなのかな」
注文が終わったので水を飲み、料理が来るまでの間しばし歓談。勿論話題は剣のこと。
「安いほうだと思いますよ。多分アレですね、腰を治してくれたお礼の分がかなり入ってると思います。私も槍に不満が出たらあそこでお願いすることにしますのでその時は材料が無かった場合インゴットの供給をお願いしますね」
「それを考えてたところだ。早速明日にでも二十本あたりは在庫として常に持っておくことにしよう。行って材料が無くて材料集めて持っていくという二度手間はしたくないだろうしな」
「では明日は五十五層ですね。一日回らなくても午前中だけで充分稼げる気がしますので午後からはまた五十九層ということでも良いですよ」
午前中だけ五十五層か。それも悪くはないんだろうな。ただ今後インゴットを輸出する相手として石原刃物を見る場合、流石に査定の値段そのままで流し続けるというのは問題が起こるだろうから、その際はその分だけ金額のマージンを得ることにしようかな。
「どっちにせよある一定の在庫があって要求があればすぐに出せる、という形にしておけば大丈夫だからな。最悪重たい荷物を背負ってきたふりをしてインゴットを出せばいいし、出来ればもう車で来たくないしな」
「洋一さんこの辺りの交通事情にビビりすぎでは? さすがに怒られますよいろんなところから」
俺としては慎重に慎重を重ねた結果、数千億の価値がある男に安易に危険な場所を運転するべきではない、と考えているだけなのだ。よくよく考えると一時停止線をほとんどすべての車が無視している地元のほうが道路事情は悪いのではないかとかそういう考えも浮かんでは消えていく。
しばらくしてハンバーガーセットが届いた。Aセットはチーズとベーコンとビーフパティ、Bセットはトマトとレタスにビーフパティという違いがあり、どちらにもアボカドソース付きのポテトフライが少量ついてきている。
「心の健康にいいか、体の健康にいいかの差だなこれは」
「洋一さんは心のほうですね。ではいただきます」
結構大きめのバンズに同じ大きさのパティが乗ってるおかげでボリュームはしっかりある。そこの上に肉厚ベーコンととろーりチーズがはみ出ていて、そのままむしゃぶりつきたい気持ちでいっぱいだが、ナイフとフォークがついてきているため、かじりつくよりも今は優雅にこの昼食を楽しもうと思う。多少皿に食べる分を奪われてしまうが、後でポテトフライか何かで拭きとってしっかり胃袋に詰め込んでいこう。
芽生さんは零れ落ちるトマトの汁にあくせくしながらも美味しそうに食べている。あっちも悪くなかったかもしれないな。夕飯は野菜を摂ろう。ポテトフライのアボカドソースがまた美味しい。多分これはいろんな料理に応用できる味だ。アボカドとマヨと……それから何かで出来ているような気がする。
その何かを感じ取るためには舌をリセットしなくてはいけないが、チーズとベーコンという味覚への暴力を先に味わってしまった結果中々舌がリセットされない。
ほのかな爽やかさがあるので、サワークリームかレモンか、そのあたりが混ぜ込まれているのだろう。また一つ勉強になったな、アボカドソースは美味しい。
今日は気分転換の意味でも良い休日になったな。ちゃんと予定通りに外食で済ませて家では料理しないことを目標に……あ、朝食は料理に入らないってことで一つ。
付け合わせのサラダも少量だがある。人参二分の一ぐらいの量の野菜が甘く味付けられて添えられている。しっかり砂糖の味がするしお子様でも食べられるように味を考えてあるんだろう。やはりサラダを摂ることを考えたらBセットのほうがお得感があるな。挟んであるトマトの分厚さもそれを印象付けている。
肉とチーズとベーコンというチートデイ三点セットを胃袋に納め、ポテトフライの最後の一本まで完食し、気分良く汗をほどほどにかいたところでアイスコーヒーを飲んで汗を引かせる。中々量もあって楽しい食事だったな。
「さて、食事に満足したところで午後休をゆっくり過ごすか」
「ゆっくりと言ってもどうせダンジョン絡みで色々調べものしたりするんでしょう? ちゃんと頭も休ませないとだめですよ」
コーラをジューっと吸いながら芽生さんがジト目でこっちを見る。
「善処はする。でも他の探索者が今どうしてるかってのも気になるしな。その辺を眺めてゆっくりするさ。少なくとも身体は休められるし、頭はその気になれば戦闘中でも休ませられるようにはなった」
「まあ、戦闘中心ここにあらずって場面は要所要所で見受けられますからね。その辺はちゃんと動いて仕事をしてるって事で良しとしましょう。では、ごちそうさまでした。私はこのままちょっと用事で動くのでここでお別れにしましょう」
芽生さんはそのまま用事に出かけるらしい。そういえば実家に寄ると言っていた気がするな。
「じゃ、支払いは済ませておくからお先にどうぞ。後これ、実家に寄るって言ってたしお土産にどうかな。俺はもうちょっと涼んでから行くよ」
エコバッグに各種ダンジョン食品を二種類ずつ詰め込んで渡す。
「お、これは有り難く受け取っておきます。お中元としてもやはり優秀ですね。ではお疲れ様でした」
芽生さんは先に出ていった。ラジオのほうは同じ話題を広げるのを諦めたらしく、次の話題に移っていた。探索者情報でも流してくれたらこのままもうちょっと注文を追加してラジオを聞いておくのも悪くないとは考えたが、そういう方面に向かうわけでもないらしい。大人しく俺も帰るか。
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後毎度の誤字修正、感謝しております。





