1072:特注品
ダンジョンで潮干狩りを
Renta!等いろいろなサイトで発売中です。是非とも続刊のためにもご購入のほうよろしくお願いします。
疲労が取れる食べ物をしっかり食べて寝たからか、寝ている間に身体がかなりの汗をかいた。羽毛布団と枕に早速ウォッシュ、そこからの着替え。早速洗濯機を回し寝間着を洗い、その間にシャワーを浴びる。ついでに汗取りパッドも洗濯して新しいものに変えてしまうか。そのぐらいの寝汗だった。
昨日の昼にあれだけ寝汗をかいて疲労抜きをしたにもかかわらず連続してのこの大量の汗。しばらくサウナ行く必要は無さそうだな。そもそも外がサウナだしな。
どうやら自分が思っていた以上に見えない疲労が蓄積していたらしい。これは自分のダンジョン仕事における内容として大きな減点だな。今日が休みでなければこれだけの汗はかかなかったであろうし、今日もダンジョンだったら途中で疲労が蓄積しすぎて動けなくなっていたかもしれない。
反省しつつ、いつもの朝食をとる。寝汗を充分にかいたので、いつもより水分も多めにとる。脱水症でも起こすと困るし、水分は常に持ち歩いてはいるものの気づかないうちにフラフラする様なら早めにとっておくのが大事だ。
今日は午前中に石原刃物へ行き、特注の剣の様子を見に行く。休みだから目新しさついでにもし出来が良かったら私も注文しましょうかねえと見当を付けに芽生さんもついてくる。結局休みと言ってもいつもの二人でデートということになる。デートに鍛冶屋で本当にデートなのかはさておき、二人で出かけることに違いはない。
とりあえず石原刃物の開店時間から移動時間を逆算して、芽生さんに時間を連絡する。向こうからは解ったーと返事。後は遅れないようにでかけるだけだ。
◇◆◇◆◇◆◇
名古屋駅……と一口に言っても地下鉄名鉄近鉄JRと四種類あるし、地下鉄にしても二つある。名駅ダンジョンと密かに呼ばれる所以はここにもある。その外側に広がるそこそこ広い地下街が周辺各ビルへ地下経由でアクセスしているのもあって、結構迷いやすい構造をしている。
救いがあると言えば電車の改札口は比較的まとまっていることから、乗り換えするという行為について迷う可能性は低いということだろうか。それはともかくとして、ある程度解りやすく東山線の乗り換え口という人口密度の比較的高い所で待ち合わせにした。東山線も乗り換え口が複数あるが、一番近鉄に近い乗り換え口を指定しておいたのでお互い行った行ってない着いた着いてないとごちゃごちゃすることなく合流することが出来た。
「お待たせです。で、どうやって行くんですか? 」
とりあえず栄まで東山線に乗り栄から名城線に乗り換え。最寄りの駅まで行った後バスを待つかタクシーを捕まえるかして近くまで行くことを伝える。
地下鉄の中は人が多いとはいえまだ涼しいが、地上に出た時が問題だな。涼しさを担保してもらえるわけではないし、正直サバンナや赤砂の砂漠より地上のほうがよっぽど暑い。スタイリッシュにタクシーを止められればそれが一番いいんだがそううまいこと行く保証はない。覚悟が必要だろうな。
最寄り駅に到着し、バスを待とうとするがバスの到着までに随分汗をかいてしまった。今日は朝から汗に縁があるらしい。芽生さんはというと、軽く化粧をしているのもあるだろうが日傘と気合で汗を耐えている状態だ。これは早くバスにきてもらわんといかんね。
暑い中バスを待ち乗り込み、数停車駅を経由して石原刃物にたどり着いた。
「ほーここですか。お願いしたところは。いろいろ飾ってありますねえ」
芽生さんが早速中に入り、店内の冷房で涼みだした。店内に入ると若干効きすぎともいえる冷房が俺がかいた汗をドンドン冷やしてくる。これはお腹に来るかもしれないな、と心配しているところへ昭江さんがやってきた。
「いらっしゃいませ……と、安村さん。お待ちしていました。どうぞ奥のほうへ。こちらはお連れ様ですか? 」
「えぇ、ダンジョン探索の相棒の文月と言います。こちら、石原刃物の懐事情を握っていらっしゃる昭江さんだ。昭江さん、これお土産のカニです」
お中元の意味も込めて、ドウラクの身を二つほど渡しておく。こういう心遣いは大切だと思う。
「初めまして、文月です」
「文月さんとおっしゃるのね。安村さんも中々隅に置けない方ですこと。あと、お土産ありがとうございます。早速今晩にでも頂くことにしますね」
チクッと刺されたが全ては特注品のため。気にせずに奥の鍛冶場へ通されることとなった。鍛冶場では、どうやら裕一さんが最終調整をしているようで、握り周りのメンテナンスをしていた。
「あなた、安村さんおいでになったわよ。後よろしくね」
どうやら鍛冶仕事には口を出さないのが昭江さんのスタイルらしい。分業体制が整っていらっしゃる。
「お、来たか安村さん。説明は後にしてまずはみてくれや。前の直刀を参考にしつつ、鍛冶屋で剣と言えばやっぱりこっちのスタイルだからな。試作品第一号としてくれてもいいし、これで本振りとしてくれるかもお任せだ。まずは見て、持って、振って、感触を教えて欲しい」
そういって裕一さんが出してきたのは、綺麗な反りを持つ日本刀だった。ご丁寧に柄の部分までおそらく仮なのだろうが付けてくれてある。振るだけなら問題ないという形にはなっているだろうという感触だ。おそらく、試し振りをするための余分として何処かに在庫か安く手に入れるところは無いか探してきてとっつけたのだろう。
「それでこれじゃダメだってなるならまた新しいのを考えるからよ、その時は忌憚ない意見を出してくれればそれに応えるぜ」
まず、手に持ってみる。重心の感覚は前よりも刀身のほうへ……上身って言うんだったか、そっちへ少しばかり重い印象がある。もう少し柄が重ければ今と同じ感触になるかな。その分だけあのインゴット部分が重かったということになるんだろうか。
「柄の部分が軽く感じる。あの金属ってそんなに重さがあるものでしたっけ? 」
「いわゆる心鉄の部分には純粋なインゴットでは無くて合金の形で混ぜ込んでみた。そのほうが硬さが上がったんでな。その代わり皮鉄、つまり外側は純粋なダンジョニウムインゴットでできてる。合金のほうは混ぜ合わせた金属が比重が重いものだったんでその分重さに表れてるのかもしれないな。だが、切れ味のほうは折り紙付きだ。念のために目標物もこしらえておいたんでそれを切ってみて、手ごたえとかそういうものを教えてくれれば微調整はするし、何なら一から作り直しでもいい。気が済むまで相手してやってくれ」
裕一さんがまくしたてる。この様子だと自分では試し切りをしてないんだろうな。刀身をよく見る。黒かった純粋なダンジョニウムと裕一さんの言う重い合金が合わさり、黒い刀身の隙間から徐々に見えてくる灰黒いいわゆる切り結ぶための刃の部分が見えてくる。指でそっと撫でたらスパッと行きそうなぐらい真っ直ぐで、そして何でも斬れそうなその見た目は俺の心を引き付ける。
目標物、と言われた先にあるのは鬼ころしにもあった藁束。刃物で試し切りする時は藁束だと相場が決まっているものらしい。
「合金のほうはここでそうそう加工できるようなもんじゃないからよ、知り合いの研究施設に頼み込んでみようと思ったら、ダンジョニウムの研究させてくれるなら自由に使ってくれて構わないって言ってくれてな。それで少しばかり横流ししたんだが……そのぐらいは問題ないよな? 」
「実際こうやって現物が出来れば問題ないですね。出所もこの辺りで言えば多分私たちのパーティーしか拾いようがない物質でもあるのでどうせいつかはバレることになります」
いくつか持ち方を変えて握り方を変えてみる。重さの問題以外は気になる所はあまりない。しいて言えば握りに違和感はあるが、問題なく扱えると思う。
芽生さんがこっちに来て座り始めた。さっさと切ってみろ、ということらしい。近づいて、力を入れずに藁束をなでてみる。すると、そのまま撫でられる形で藁束がスッと斬られていく。力を込めてないのにこの切れ味か。
「ごらんのとおり、切れ味に関しては一級品とみてくれていい。力、要らなかっただろ? 」
「これは自分を斬りそうで怖いな。使い方をもっと学習しないと」
「最悪お爺ちゃんの伝手を頼るって方法もありますから、使い方はその内身体に慣らしていくしかないですね」
試しに雷を通そうとしてみると、心鉄が光り熱を持ち始めた。これは……雷切には向かないということか。雷を通すのをやめると、光は収まっていった。
「それでだな、安村さんの使い方にはちょっと難がある話になるかもしれないが、合金を使っている都合上、心鉄に関しては純粋なダンジョニウムに比べて導電率が悪いんだ。だからそういう感じで雷を纏わせたりすると熱を持っちまって、最悪溶けてなくなってしまう。こればっかりはしょうがない話になっちまうんだが……大丈夫なのか? それで」
「実際には使い分けをする、という形になるでしょうね。一応サンプルに持ってきたんですが、普段はこっちで……こんな感じでスキルを纏わせて戦っています。スキルが通じない相手用の武器として製造をお願いした面があるので、これはこれでいい、と言えると思いますが」
柄だけを持って雷魔法を纏わせ、スキルで刀身を作って見せた。出てくる瞬間にちょっと裕一さんが驚いていたが、そういうこともできるんだな、探索者ってすごいんだな、という感想をもらった。
しかし、物理戦専用ってことか。うっかり雷切モードにしないように注意しないといけない分、今使ってる直刀ほどの汎用性はないが、物理だけを考えればこれ以上のものはちょっと思い浮かばないな。
「柄のほうに重りを付けてくれると良い感じにバランスが取れそうではあるんだけど、それ以外に特に注文を付ける部分は無いですね。良いものを作ってくれました」
「そう言ってくれるとありがたいね。後は握りの部分をどうするかだが……」
細かい話を詰めていく。重心バランスに関しては装飾を少し豪華にすることでバランスをとる、という形になりそうだ。尻側の装飾を重たくしてもらえばその分ある程度違和感は無くなっていくだろう。
「ちょっと貸してみてください」
芽生さんに言われてまだ名も決まっていない刀を渡す。芽生さんは藁束に近づくと、藁束に対して刀を押し付け始めた。押し付ける圧力だけでスルスルっと切れていく藁束。藁束の様子を見に行くと、藁は潰れた様子もなくきれいな形のまま切れていた。
「これなら振って綺麗に形通りに振らなくても圧し切るだけでも充分な切れ味ですね。銘は圧切石原とかでどうでしょう? 」
「圧切長谷部に肖るってことか。まあ名前は好きにつけてくれ。これもスポンサーの特権みたいなもんだ」
圧切石原……微妙なネーミングセンスだが、切れ味のほうに問題は無いしそれっぽさはある。ついでに店の宣伝にもなる。本来なら坊主を圧し切って名付けってところだろうが、銘を付けるためだけに殺人事件を起こすわけにもいかないからな。とりあえず仮名圧切石原君がダンジョニウム合金製装備の第一号として今ここにある。さて、これで満足するかどうかだな。
正直切れ味とより硬いものを斬れるかどうかを試したい。具体的には石像や亀の甲羅を切り刻めるかという点について疑問が湧くので一旦この状態で引き取って実際の物を試し切りして感想を言いたいところではある。
「ちなみに鞘も用意してあるが注意点だ。鞘は完全なダンジョニウム製品だが強度の都合上、刃が触れると斬れてしまうだろう。だから鞘を滑らせて無理矢理引き抜くようなことは出来ないと承知しておいてほしい。こいつだけはどうにもならなかった。何回か刃が当たるように抜いてしまうと鞘はだめになってしまうかもしれない」
鞘走りって奴はできないということ、つまり居合みたいに使うなってことだな。覚えておこう。鞘から抜き出さなくても保管庫から直接出すことは出来るし、鞘を傷つけることはまず無いだろうな。
「試作品一号としてちょっと借りて試し斬りに行くって方が確かだとは思います。ひとまずこれを使ってみようかなって。実際にこいつで狙った獲物を倒せて、それで成果のほどをご報告しようかなと思います。その前に微調整が先ですけどね」
「さて……ここからが問題だが、この刀で一本いくらもらおうか? という話なんだが」
「ちなみに残りのインゴットはどうしましたか? 」
「半分は残ってる。剣に使ったのはごく一部だが、合金を色々確かめるために相当量のインゴットを提供したり試供品を作ったりしたのでその分はまあ研究料として計上してくれるとありがたい」
たしかにこれをポンと渡して最良の結果で作ってくれ、と頼み込んだのはこちらだ、その分の費用が掛かるのは当たり前だろう。実際の特注品がどのぐらいの金額になるかは考えてなかったな。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
後毎度の誤字修正、感謝しております。