1068:新技の効能
マツさんのゲル
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こちらもよろしくお願いします。
五十七層をうろつき、回廊部分に出て階段に近いモンスターの出ない所で昼食。ここまでもいつもと同じ。五十九層に挑む時は必ずここで休憩を取って昼食にしている。今日はサンドイッチなので座り込んでゆっくり食事と行かなくても立って食事することも可能だが、体のスイッチの切り替えを含めてこれから密度の高い階層で戦うのだからメンテナンスをそれなりにしておく事は必要だろう。
座ってサンドイッチにかじりつきながら、足に触って太ももが妙に張ったりしていないか、体の関節は大丈夫か等を色々試しながらなので立ったままでは解らないこともある。背中やふくらはぎ、腰なんかは特にそうだ。
口の中で馬肉を咀嚼しながらあちこち触って動かして試して、まだ年齢的に行けるんだという自信を持つためにポキポキと骨を鳴らしてみたり、筋肉を伸ばしてミチミチっと音を感じたりして問題の場所を探す。
とりあえず今日のところは問題なく行けるらしい。今日は行けたとして明日は、明後日は。不安はちょっとずつ大きなものになっていく。このままあと何年探索者を続けられるだろう。収入としては明日止めても何の問題もないが、これからまだ残り半分ぐらいは生きるであろう人生のことを考えるとここでFIREするのは少し勿体ない。出来るだけ稼げる間に稼ぎたいし、続きを作れと言った以上その続きに挑んでいかないのはミルコに対しても申し訳が無いからな。
芽生さんは、というと呑気に雑誌を読みながら食べている。揚げカスが本に挟まらないように本と食べ物は離して、齧って口の中で咀嚼して飲み込む間に本を読み、また齧って……と器用にやっている。
まあ保管庫の中なら本の隙間に入ったカスからカビが生え出して……なんてことになる前に雑誌は捨てられるだろうし心配はないと言えば無いのだが、あまりお勧めできる食べ方でもない。かといって注意するほどのものでもないのでまあ好きにやらせておく。
食事を簡単に終えて保温ポットの中のアイスコーヒーを飲むとストレッチの続き。出来るだけ体を温かいまま維持できるようにいつでも出立する準備をしておく。今日は俺比で少なめのサンドイッチの量にしておいたので動くと戻ってくるようなことも無い。
「よし、今日も体のほうは問題なしだな。これで午後の戦いも無事にやれそうだ」
「念入りに準備してますねえ。そこまでやらないと難しいお年頃なんですか? 」
まだまだ若い芽生さんにはわかるまいて。年齢相応のきつさというものが。芽生さんも食べ終わったので少し体を動かす気なのか、ラジオ体操っぽい何かをし始めた。
「常にベストコンディションというわけにはいかないが、できるだけモアベターを目指しておきたい。その為には多少の時間と労力を割くことになるが、それを上回って余りある収入が目の前にぶら下がってるんだからその分慎重にもなる。焦って怪我したらポーション代が無駄になるからな」
「そういうものですか。私が洋一さんぐらいの年齢になってたら同じことを言ってるんですかねえ」
「どうだろうな。個人差もあるし、そもそも芽生さんは身体を動かすのは嫌いじゃないだろう? 普段からある程度所作や行動で細かく動かしてるなら長持ちはするんじゃないかな……と、そろそろ胃袋も落ち着いたしゆっくり手早く行くか。最小動作で最良の結果を出していけば多少まだ胃に残ってるものも消化されていくだろうし後はいつも通りでなんとかなるだろう」
食事セットを片付けてお互い武器を握り直すと、回廊部分から通路に入り、もう何度目かの通路に侵入する。すぐにリビングアーマーと鉢合わせするが、ここはまだ身体を動かさずに全力雷撃一発で全部吹き飛ばす。体を動かし始めるのは五十九層に入ってからでもいい。出来るだけ今は低燃費でいこう。
五十七層から五十八層にはいるまでにポーションは二個落ちたので収入としては上々。後は指輪が何層で出るかにもよるが、やはりモンスター生息数の多い五十九層で出やすいと感じる。その分多く戦っているせいでもあるが、やはり数が多いとやりがいがある。やりがいとは確実なリターンであり、この場合ドロップ品の査定価格そのものであることが近い。
他の探索者からすればその分過酷だと感じる所だろうが、着実に実力をつけて過剰火力気味で戦うのをよしとしているパーティーの都合上、この階層で自由に動き回れることは間違いない。今のところ五十九層でもヒヤリハットを感じるような場面は今のところ発生していないので、気を抜いていいわけではないがまあ安全に戦えていると言えるだろう。
五十八層でポーションを更に一つ拾い、五十九層へ。今日もここが主戦場。残るはここでポーションを六本と指輪を手に入れれば今日の収入も確かなものとなる。ついでにスキルオーブでも出てくれればより有り難いことになるが、何が出るか解らないのでガチャ要素が大きいな。現状ほぼ最新層で出てくるんだから真新しいものにも期待したい。
◇◆◇◆◇◆◇
新技の名前を白雷と決めて数日たち、色々と威力や効果範囲、それから他に気になった点についてかなり解ることが増えてきた。
どうやらこの白雷は自分から発射された直線上の敵にはすべて等しくダメージを与えてくれるらしく、相手の耐久力が充分でなければ貫通して感電するらしい。試しにリビングアーマーが縦に並んだ時に発射してみたが、両方共のリビングアーマーに等しいだけのダメージを与えてどちらも黒い粒子に還っていった。
石像ぐらいの魔法耐性の強度になるとさすがにそこで止まる。が、石像はそれで致死ダメージに達するらしいので石像は一発、ガーゴイルは運が良ければ一発で二匹三匹と倒していける。
威力としては現状の全力雷撃の二発分ぐらいのダメージを与えることが出来るようになったというあたりだろうか。初めて雷魔法を覚えた当初から比べたら何倍になっているのか測定するのはちょっと難しい。
そして、燃費のほうだが全力雷撃の五倍以上魔力を使うことも確認できた。一度魔力がほぼフル回復しているであろう状態から全力雷撃を連射してみたが、百発ほど撃ちこんだあたりで眩暈が発生した。十数回で眩暈がきた白雷に比べれば圧倒的に燃費と効果を考えると、白雷は石像以降、今のところワニと亀と石像相手でなければ使うだけもったいない技だな。
しかし手数と時間を天秤にかけると、石像を確実に撃破できるこの技は使い所があることに違いはない。今後もできるだけ使い分けしつつ、儲けを大きくする手段として使っていくことにためらいはない。もっと連射できるようになればそれだけ自分のポテンシャルを高めることもできるし、もしかしたら五十七層ぐらいなら一人で潜れるようになっているかもしれないからな。
魔力タンクは大きければ大きいほどいいのだ。適度に魔力を消費して自分の体内の魔力タンクを大きく育てていこう。
◇◆◇◆◇◆◇
五十九層に下りて二時間半ぐらい経った頃、スキルオーブがぽろっと石像から落ちてきた。久しぶりな感触に一瞬体の動きを止めるが戦闘の真っ最中である。戦闘を手早く終わらせることが先決だ。残りのガーゴイルをさっさと倒してそれからゆっくりスキルオーブの検分に入ろう。
芽生さんにスキルオーブ!と声だけかけるとさっさとモンスターを倒して素早く手じまい。終わったところで周囲を確認して、他のモンスターの認知範囲外であることを芽生さんに確認を取ると、スキルオーブを拾い上げる。
「【魔法耐性】を習得しますか? Y/N 残り二千八百七十九」
やはり【魔法耐性】らしい。真新しさこそないものの、石像が落としそうなものだなあという第一候補が素直にドロップされたのは納得のことではある。この階層で石像を倒した回数としてはそう多くはないはずだが、一番出にくそうな石像から出たということは他からのドロップも十分見込めるということではある。
しかし、石像はこの階層で何匹倒したんだろうな。百は超えてるはずだが、そこまで出やすいスキルオーブでもないだろうに。運が良かったと考えておくのが面倒くさいことが無くて良いな。いっそのことこの階層のスキルオーブを出し切ってしまうのを目標として追加するのも有りかな、なんてことまで思い始める。
「さて、どっちが覚えようね。どっちでもいいが……じゃんけんか」
「そうしましょう。恨みっこ無しです。じゃんけん……」
動体視力に最大限の【身体強化】をかけて芽生さんの出す手を予測し、負けておく。芽生さんはそのままグーを出しそうな気がするのでここはチョキを出しておこう。
結果、無事に負けてしまうことが出来た。芽生さんに耐性スキルを先に押し付けておくことで安全性を担保させる。悪い手では無いだろうな。
「じゃあ覚えますね……イエス……イエス! 」
どうやら耐性系のスキルでも、多重化の確認は行われるらしい。スキルの多重化は全て二重確認される、という認識で良いらしいな。さて、耐性が二重になったからと言って物理じゃなくて魔法だ、ちょっとぶっ放してみるから耐えてみて、なんて芽生さんに言えるわけでも無し、自覚症状が出るでも無し。
ここは四十二層に戻ってドウラクにショットガンをぶっ放してもらうぐらいしか安全な確認方法が無いので実戦はうっかり喰らってしまった時までとっておこう。
「やっぱり変わった感じはないよね? 」
「無いですねー。魔法耐性覚えた時もそうでしたが耐性スキルは効果があるのかどうか悩ましい所があるので中々に確認が難しい所がありますね」
「そういえば索敵のほうはどうなの。確認してなかったけど、範囲が変わったりした以外は何か変化は? 」
「範囲はそうですね。見通しが良いマップなら視界内全部索敵できてるぐらいの広さは確認できてると思います。だから半径一キロメートル近くまでは行けるんじゃないですかね。あと、モンスターの強さで少しマーカーの光り具合が変わるようになりました。石像のほうがちょっと光り方が強いので石像のほうがちょっと強いということになるんですかね」
なるほど、敵の強弱も解るようになったのか。逆にスライムは弱すぎて光りが弱くなりすぎて見逃す、なんてことにならなければいいが。
まあさすがに見えなくなってしまっては索敵の意味がないので、今の周りのモンスターの光り方の中で強弱が解る、という程度だろうな。スライムだらけの所ではスライムがしっかりと見えて、その中でポツリと……
「そういえばモンスター増えると頭痛がするぐらいきつかったはずよね。範囲が広がった分マーカーも大量に見えてると思うんだけどそこは大丈夫なの? 」
気になったので今の内に質問しておく。索敵を自分も多重化してしまうような状況が出来た場合どうなるかを知っておきたいのだ。
「そこは範囲を絞ればいいので何とかなりますよ。後、この階層ぐらいの量でしたら多重化させたときに許容量も増えたみたいで問題なく戦いながらでも表示できますよ。今更の確認ですが」
たしかに。だが思いついたのが今だから仕方がない。一応索敵の多重化については効果と多重化した影響についてメモっておこう。ダンジョン庁側からスキルについて何かしら問い合わせが来た時に答えられるようにしておかないとな。
スキルオーブを一つ拾ったことで今日の収入はポーションが余分に二本手に入ったぐらいの実質的収入を得ることが出来た。こうなれば他の二種類、リビングアーマーとガーゴイルからも何かしらのスキルオーブを手に入れるまでは通おうという気にもなる。
「よし、目標変更だ。ガーゴイルとリビングアーマーからも何かスキルオーブをもらおう。五十九層で拾えればより良いという心持ちで挑めば多分そのうち出る」
「スキルオーブ狙ってひたすら潜るのは五十一層以来ですか。耐性が出てほしいという意味では二十七層以来ですね。ほぼ一年前になりますが」
「毎年一段階ずつ耐性が高くなると考えれば悪い話じゃない。しかし、上手いこと魔法耐性がもう一個出てくれる保証はないからな。残りの二種類は他のスキルオーブかもしれないし、石像も魔法耐性以外に色々となにかくれるはずだ。それを確かめるためにも密度が濃い階層でたくさん戦ってスキルオーブを狙っていこう」
今日の指輪は魔法耐性の指輪を既に拾っているのでノルマは達成している。そろそろ帰りの階段に向かってもいい頃合いだな。引き返してエレベーターに乗り、茂君と査定の時間だ。今日は豊作だぞ。
作者からのお願い
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
後毎度の誤字修正、感謝しております。