1063:計画再設定
ダンジョンで潮干狩りを
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家に着いたがまだ夕食にも早い時間。テレビを点けたりネットを見たりして過ごしても良かったのだが、今の内に明日以降の話をまとめておこうということになった。それ以外のことは後でもまとめてできる。
お茶菓子とお茶請けを用意してリビングのテーブルに座り、落ち着いた気分で落ち着かない用事を取りまとめる。
「さて、夏休み初日にして予定が大幅に狂ってしまったわけだが」
「考えてみればいつ最下層が来てもおかしくは無かったんですよね。四年間かけて三十八層までしかできてなかったダンジョンがいくつもあったことを考えれば、むしろ六十四層まで出来上がっていたのが奇跡的……というよりミルコ君がいかに頑張ってくれていたかということになるんでしょうね」
「そうだな……ミルコには冷え冷えのシュークリームでも明日渡しに行くか。きっと喜ぶはずだしその分奮起してダンジョン作りをがんばってくれるかもしれない。我々のダンジョン進捗はダンジョンマスターに任せるしかないからな。そこで、待っている間何をするか、だが」
ホワイトボードがあればそこに水性ペンで色々と書きながらそれっぽい演出がしたいところだが、そんなことのためにホワイトボードを用意するのもアレだったので、いつものノートにボールペンで少々頼りない字で「今後の計画について 第二案」と書き込んで、机を挟んで議論開始だ。
「まず、第一案で出ていた話について見直す必要がある。当初目的では……七十層ぐらいまで行けると良いね、ぐらいの気持ちでいた。しかし、実際は六十四層でいきなり出ばなをくじかれるというか、ダンジョンが無かった」
七十層、と書き込んだあとバツ印を書きこみ、六十四層まで と書き直す。
「ここで、目標が一段階無くなったところで、一息ついてダンジョンの無い日常を謳歌する……という手もあるが、それは二つの理由から却下だ」
「ほほう、二つの理由とはなんでしょう。参考までにお聞きしましょう」
芽生さんが興味深そうに尋ねて来る。
「一つ、俺がダンジョンの無い暇な時間に耐え切れそうにない事。二つ、芽生さんも同じく稼ぎたくて仕方ないだろうからそっちも抑えられそうにない事」
「一つ目はともかく、二つ目は間違いないですね。人生最後の長い夏休みですからやりたいことをできるだけやって悔いの残らないようにしたいです」
金を稼ぎ続けることが悔いが残らない夏休みなのかどうかは置いといて、短時間高収入が確実に解っているその時間を無駄にしたくない、というのは確かだろう。
「そういうわけで、我々の出来ることは二つ。ギルド税をしっかり納めてその分のお賃金をしっかりと稼ぐことと、需要のあるもの、俺達じゃないと取りに行けないものを優先的に取りに行き市場に供給する。大まかに言えばこの二点だ。実際にやれることと言えば確かにもっと色々あるだろうけど、優先度的には低い」
お賃金、ドロップ品と書く。すると、芽生さんがペンをひったくり、お賃金のところをグルグルと丸で囲みだし、花丸を付け出した。どんなドロップを拾うにしろ、お賃金優先らしい。
「ここに各階層をフルに使い倒せる前提でおおよその一時間当たりのモンスターの討伐数とおおよその金額を記したリストがある。ここにダンジョン庁のドロップ品買い取り参考価格を更に足し込むと、我々の時給が出るわけだ」
メモ帳から試しに四十二層ダッシュ時の記録を取り出し、出会うモンスターの数とドロップ品の割合、それからドロップ品であるドウラクミソ、ドウラクの身の価格をドロップ品の割合から計算して書き出す。
「サンプルとして出した四十二層のドウラクをひたすら狩り続けるダッシュモードだと、一時間当たりの期待値は、千六百万から二千三百万ということになる。差が七百万もあるのは、ポーションが一本落ちるかどうか微妙なラインだからだな。これを午前に二時間、午後に五時間やり続けて……」
電卓を出して計算結果を叩きだす。
「ざっくりと計算して一日平均で九千四百万円ほど。そこからギルド税を引かれるので八千五百万円ってのが一日の収入だな。かなりこれが儲かるラインになる」
「じゃあ、他の階層でも出してみましょう。二人で回れるのを前提で、素早く動くとどうなるかを考えて……そうですね、手数も威力も上がった事ですし五割増しぐらいで考えるとどうなりますか」
試しに五割増しで全階層を回ってみる仮定で色々計算をし続ける。そして色々計算した結果、やはり今のところ一番おいしいのは五十九層であることを計算上の数値で確認した。
「なるほど、これだけ稼げるわけですか。でも、五十九層でずっと居続けるわけではないですよね、行き帰りには五十七層と五十八層を抜ける必要があります」
「なので、一時間当たりに戦う数を通り抜ける時間で割ってその分を往復で足す。残った分が五十九層での戦いの時間、ということになる。午前の部午後の部、と分ける必要があるかどうかはその時の昼食次第だが、休憩を切り詰めてまでやらなければいけないのか? という疑問が残る。そこで午前中を……」
◇◆◇◆◇◆◇
一通りの話題は出切った。ひたすら電卓とノートに計算結果を書きこみつつ、それぞれの階層の利点と問題点、それに加えて稼げるかどうか、更に稼いだあとそのドロップ品がどういうルートで何処の市場や業界に流れ込んでいくかなどを調査し、解る範囲でまとめていく。
「これさえ読めば疑問解決、みたいなのが出来上がったな。後はこれに従って探索を続ければ日銭も稼げるし何処の方面で自分のドロップ品が活躍してくれるかもある程度推測ができる。社会的奉仕を目的としても悪くない出来だとは思う」
「卒論そういう形でまとめてもよかったですかね。これは私たちにしかまとめられないといってもちょっとだけ過言ではあるものの、実際に潜ったパーティーでないと意見が出せないし反証も中々立てられないという困った話にはなりそうですが」
「そういえば卒論どういうテーマで書いたの? ちょっと興味あるかも」
もちろんこの質問には、ちゃんと卒業できるんだろうな? という意味も含まれている。夏休みが終わってそれから書き始めるのでも良いが、それで間に合うのだろうか。
「えっとですね、小西ダンジョンにエレベーターが設置されたことによる周辺地域への経済的波及効果って感じですね。具体的には人口流入とそれに伴った施設の改築、新築、それらも含めてどのぐらいの経済規模で動いているかをざっと説明して、ダンジョンが有るだけでなくダンジョンにエレベーターがあるということはこれだけ周りが変わったんだぞ、というテーマですね。もしテーマ被りで何処かの誰かとネタが被ったら最悪このノートを参考にして、探索者はダンジョンという鉱山からどれだけの紙幣を刷らせることが出来るのか、に変えるのも有りかなとは思いました」
ということはこの本が論文の一端を担ってるようなものなのか。それだけの価値がある一冊、ということだろう。
「さて、良い感じの時間になったので夕食を温めなおすか。結局夕食は自宅で取ることになったわけだが、この後どうするね。帰る? それとも泊まってく? 」
「そうですね、泊まっていきましょうかね。今日の私の布団は洋一さんということになります」
「そうか、じゃあ朝食も作らないとな……うん、朝食を作る余裕はある。いつも通りのもので構わないならという但し書きが付くが。換えの服は置いてるんだっけ? 」
「一応は。なのでこっちで洗って干させてもらいます。干すと言っても広げて乾燥かければ終わりなのでとても短い時間ですが」
なるほど、短時間乾燥という事が出来るから洗えれば問題ないわけか。そして俺も同じことが出来る。これは家事の短縮につながるな、今度試そう。多分温風乾燥が出来るからよりふんわりと仕上げることが出来るはずだ。
「乾燥やろうか? 【水魔法】の乾燥より【生活魔法】の乾燥のほうが多分仕上がりはいいぞ」
「うーん、下着もありますからねえ。いくら心知れる仲とはいえ全部お任せするのはちょっと気が引けます」
「そうか、じゃあそっちはそっちで洗濯機回すという事で。匂いが移っても困るかもしれないしな」
「結衣さん辺りは喜ぶかもしれませんね。洗って干して着なおしたらふわっと洋一さんの香りがするって」
そう言えば結衣さんは結構香りに気を使ってるな。ダンジョンの中でも制汗剤を欠かさないのかいい香りがしてたし、丁寧に清潔感を保ってるのかは解らないが……そういえば時々匂いも嗅ぎに来るし、案外そういうところがあるのかもしれない。
「さて、夕食を温めよう。リクエストがあれば他にも何か作るが、続けてエンペラはさすがに無しにしよう。それ以外なら何か受け付ける」
「そうですね……ビタミンCが取れそうなものを少しばかりご用意していただけると良いのですが」
「ビタミンCはそこにある生キャベツでは不足か」
タンドリーボア肉の下に敷いてあるキャベツを指さす。
「では、キャベツマシでお願いします。今日はしっかりお野菜を取って明日からのアルバイトに備えるんです」
「やけに時給払いのいいアルバイトだな。キャベツマシ了解。たらふく食べていってくれ。どうせ明日の朝もキャベツだ」
「洋一さんキャベツ好きですねえ。ザワークラウトとか自分で作ってみるのはどうです、保管庫の機能使えば簡単にできると思いますが」
漬物かあ……試したことは無いがやってみようかな。軽く浅漬けを作るぐらいなら出来るだろうが、ぬか床をかき混ぜるタイミングが難しい分ムラが出来てしまうことになるだろうな。
「今後考えておく。保管時間をうまく調節すれば一晩で良い感じのものが仕上がるだろうし、そのあたりからやってみるのも悪くないな」
マシにしたキャベツを持ち出して芽生さんの前に出すと、自分も食事を開始する。食べ慣れたタンドリー肉なので味のほうはいつも通り、良い感じに仕上がっている。温めなおした分ホカホカとしていて、夕食で今作りたてと言い張ることも可能だろう。
食事が終わると芽生さんが風呂に入っている間にコンビニへ行ってちょっと買い物。必要なものを「色々と」買い込むと帰宅。
家に戻ると、簡単に作れるザワークラウトのレシピを探し、日にちがかかってもいいので工数の少なそうなものを選ぶとそれを試してみることにした。明日の朝起きて取り出して、良い感じに出来ていたらちょっとずつ箸休めとしての自家製食品を増やしておく事にしよう。
やっぱり次は大根の浅漬けとかになるんだろうか。次に時間がある時に色々調べてみよう。別に今日全てを始めて明日結果を出す必要は無い。ちょっとずつで良い、出来る範囲でやっていくのだ。
芽生さんが風呂から上がり同時に洗濯の終わった洗濯物を干すためにハンガーを使いだしたので、俺も入れ違いに風呂へ入って洗濯物を洗い始める。
風呂でしっかりと匂いの元になりそうなところを念入りに洗浄した後、念のためウォッシュ。全身の匂いを確認し、気になる匂いが無いかどうかを確認。そして湯船に入る。
まさか初日から目標達成してしまうとは思わなかったな。さて今後は金稼ぎか……そういえば今年は今日までにいくら稼いだんだろう。風呂から出たらちょっと計算してみるか。それから夏休みの間はほぼ毎日潜ると考えて、一日の予想査定金額から夏休みが終わった時の金額を算出して、どのくらいの稼ぎになるかを考えていこう。
明日から夏休み。俺はここ一年年中夏休みだ。寒い日もあったが満喫していると言えばそう言い切れるだろう。そしてこれからも……まだしばらくは夏休みだな。芽生さんの人生最後の長い休みにわざわざ働きに出て、その後の人生分の収入を稼ぎ切ってしまおうって話らしい。
ただ、おそらくはそうはならないだろうと思っている。あの真中長官のことだ、いい具合に顔の前に人参をぶら下げさせて人をコントロールする術には長けていると考える。そうなると、芽生さんはこの先ずっと働き詰めということになる。もしかしたら夏休みが明けた時が人生最後の休み、という事にもなりかねんな。
とりあえず明日からだ。明日からの予定はおおよそ立てた。その予定に従って精々二人で稼ごうじゃないか。二人で楽しようぜ、というのがこのパーティーのルールだったはず。基本を思い出そう。二人で楽して稼いで帰る。それに従って粛々と進めていこう。
風呂から上がり風呂の掃除をしてから戻ると、芽生さんは俺の枕を使って既にベッドに寝そべっていた。フリフリの中々かわいいパジャマを着ている。明日もあるし今夜も頑張るか、という感じでは無さそうだ。準備は要らなかったかな。
「さて寝るか、と言いたいところだが、その前に明日の仕込みをしておこう。昼食夕食の準備と、今日までにいくら稼いだかをまとめて、それが終わったら寝る。先に寝てていいぞ」
「じゃあ、食事のほう手伝います。収入のほうはギルドにお任せするだけの一年の予定なので私が計算するのは年明けまでお預けということで」
「そうか。明日の昼食は……カレーだ。そして夕食はパスタか。パスタは明日茹でればいいな。ソースの変更は自由にできるけどどうする? 」
「そうですね、パスタソースは明日適当に選びましょう。まずはカレーを今の内に煮込んで冷蔵庫で冷やして、翌日のカレーに変化させるところから始めましょう」
夜は更けていく。そして、また翌日が始まるのだ。
結局明日もダンジョンに行く。お弁当と保管庫を携えて。
潮干狩りは……さすがに夏休み中はしないだろうな。何か問題が発生して悩まなきゃいけない時までお預けだな。
ここまでで一区切り、明日からまた新章です
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