1060:最下層
ダンジョンで潮干狩りを
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六十五層への階段を下りていく。マップの切れ目に差し掛かったが気温の変化はそれほどなく、次もそこそこ涼しいマップが続いているんだろうか、と考えていると、小さい部屋に出た。
その部屋には何もなく……いや、正確には一つのオブジェクト、台座とその上に浮いている丸い玉がそこにはあるだけだった。
「あれ? 」
「え? 」
芽生さんと顔を見合わせて目を擦ってもう一度確認する。
間違いなく六十四層の階段を下りてきたはずである。つまりここは六十五層で間違いはない。それでこのオブジェクトということは……
「最深層まで潜ってきてしまったということか」
「これがダンジョンコアちゃんですか。割ったら終わり、でしたっけ」
「割るなよ? 割るにしてもダンジョン庁に確認を取る必要があるし、今のところ割ったほうが俺達にデメリットが発生するし、小西ダンジョンが消えてしまう。ダンジョンマスターの存在が明らかになった現段階でダンジョンを崩壊させるとなったらできるだけ他の探索者に損害を与えないように対処してから割るようにしないといけないからな」
ついにたどり着いた、と言えるだろう。ダンジョンの底の底。ダンジョンコアをこの目で目にすることになった。スマホで撮影しながら、いろんな角度からダンジョンコアを見て、部屋の様子を撮影する。
ダンジョンコア、どのぐらいの硬さなんだろう。その気になれば破壊は出来るとは言われているものの、ちょっと突いてみただけで壊れるのか。パンチで破壊すればいいのか。壊してみたいなあという欲求とそれはかなり不味いことになるのでは、という思いが心の中で若干の戦闘を始める。
「さすがにいきなり壊すのは問題でしょうから、ダンジョン庁に確認を取ってその後で破壊するかどうかを論議するべきでしょうね」
「お、おう、そうだな。とりあえず……ミルコ、色々聞きたいことが出来たから来てもらっていいか? 」
困った時のミルコだ。せっかく呼びつけられるんだからここはちゃんと相談しておくべきだろう。
「ついにたどり着いてしまったんだね」
ミルコが現れる。ちょっと寂しそうにしている感じが漂ってくる。
「予想より早くたどり着かれてしまった、みたいな雰囲気が漂ってきてるが大丈夫か」
「あぁ、大丈夫だよ。それにいずれは追いつかれるだろうと覚悟はしていたからね。安村とのダンジョン建設勝負は安村のほうが早かったみたいだ。で、お察しの通りここがダンジョンの最下層になる。その中央にあるダンジョンコアを壊せばダンジョンは破壊される。詳細は君らも知ってる通りの流れでのダンジョン崩壊になるかな。そうなれば僕もお役御免だ。さて、どうするんだい? 」
ミルコはそっちに生殺与奪の権利があるぞ、と言わんばかりの様子。ダンジョンマスターにとってもちょっとショックらしい。まあ、他のダンジョンに比べて頑張っていたのは確かだからな。今のところこの階層まで下りてきているダンジョンの話を聞かないところをみるに、一番努力しているダンジョンマスターだと言えるだろう。
とりあえず椅子と机を出して、座ろうと促す。三人椅子に座り、コーラの予備を出してまず一息落ち着くことにした。
「まず、ダンジョンコアなんだがしばらく破壊する可能性は低いとみてくれていいぞ」
「そうなのかい? てっきり手早く踏破して君らも他のダンジョンに行ってしまうのかと思ったけど」
ミルコが若干うれしそうにしている。おそらく、おやつの供給源が断たれることが死活問題化してしまっているのだろう。いきなりお預けを喰らってしまってはミルコも困るということか。
「そもそもダンジョンの最下層にたどり着いた時点で、というよりこの光景を見た時点で一旦報告して、踏破するかどうかはしばらく論議した後、中にいる人の資産や荷物を移動させてから踏破、という形になるだろうからね。最短で決まるとしても一ヶ月ぐらいは猶予はあるし、他にも色々と取れる方法はある。それに第一、俺がダンジョンの終わりに納得が出来ていない」
ミルコにはっきりと、ここで終わりにはしてくれるなよと伝えておく。
「こっちが書類手続きや実際に踏破するかどうか悩んでる間に、ミルコには続きを作って欲しい。いざ六十五層に突入してみたら続きが作られていました、という形がいいな。もしくは続きが出来た時点でこっそり教えてくれるのでも良い。こっちはそのぐらいの期間待つ姿勢は出来ている」
「安村……」
「まあ、夏休みの間に散々深くまで潜って一杯ダンジョンを楽しみましょうという私の目論見は吹き飛んでしまったわけですが」
芽生さんから追撃の苦情が発生する。ミルコはちょっとしょんぼりしながらコーラを飲んでいる。
「少なくともミルコに対して怠慢であるとか、そういうことを言うつもりはない。俺が知っている中では一番深くまでダンジョンを作ってくれているのはここだし、通いなれてるのもここ。今更他のダンジョンで同じ作業を繰り返してくれ、と言われても厳しい場面はあるし、なにより俺のこの【保管庫】はまだまだ内緒のスキルってことに表向きはなってるんだ。他のダンジョンマスターとしても、それを内緒にしてミルコにそのあたりの責任を押し付けて次を作って楽しませてやれとエールを送るほうが多いんじゃないかな。そうすれば自分がその間サボっていられるしな」
小西ダンジョンがここにある、というのは交通の立地的な面では不便ではあるが、実際にこのダンジョンにしかない機能、例えば四十二層の一方向通信が可能であるという事実やそれ以外にここでダンジョンマスターが時々うろついているという情報など外部に漏らせない事情もいくつかある。
それに他の探索者が追いついてくるまでかなりの時間的猶予がある。その間にダンジョンの次を作れ、というお願いは難しいものではないと考える。
「解ったよ。続き、頑張って作っていくよ。それまではちょっと待っててね。後、何かいるかい? 貸し三とかにしとくかい? 」
急にミルコの腰が低くなった気がする。やはりおやつ抜きは相当堪えるんだろうか。
「いや、何も要らん……いや、何も要らんは嘘だな。欲しいものはあるといえばある。ここで消化させてもらってもいいかなと思うぐらいには」
「そうですねえ。いくつかスキルが欲しい所ではあります。この際貸し分をもらってお互い何もない状態にしておくほうが良いかもしれませんねえ」
芽生さんも思い当たる節はあるらしい。何が欲しいんだろう。
「とりあえず貸し借りをどうするかの前に話をまとめよう。まず、ミルコには引き続きダンジョンの製作をお願いする。俺はこの件をギルマスや真中長官に伝えて、とりあえず続きが作れるなら続きが作ってもらえるように交渉しておいたことは伝える。実際にミルコとしてはダンジョンの続きを作っていくことについてはどう思ってるんだ? 」
ミルコの意見も尊重する。もし、ダンジョン作りに疲れてしばらく休みが欲しいというのなら、ダンジョンを引き続きのばさないで現状維持の状態でしばらく休憩してもらうというのも有りだからな。
「そうだね。そこは是非やらせてもらいたいところかな。ダンジョンマスターとして真面目に仕事しているぞと他のダンジョンマスターに見せつける行為にもなるし、仮に今壊されることになっていたとしても、他のダンジョンマスターには顔向けできるだけの努力はした、と言えるんじゃないかな。それを承知の上でダンジョンの続きを作らせてくれるのならそれ以上の救いは無いね」
「これはあくまで俺個人の考えだが、むやみにダンジョンを潰してダンジョン産のドロップ品の供給元の一つを潰すのも美味しくない話だと思っているし、この小西ダンジョンを目当てにしてわざわざ近所に引っ越してきた探索者だっている。彼らの努力ややる気を無駄にさせないためにもこのダンジョンはこのまま維持していきたいと考えている」
ミルコがやる気ならこっちもそのやる気に応えて新しい階層が出来るまで待つのは何ら問題はない。その間にやることはあるし、もうすぐできて来るであろう新しい武器の切れ味を試したい。
「なるほど。他の探索者もこれから深く潜れるようになる、といった先からダンジョンが消滅してしまうのでは楽しみが無くなる、ということだね」
「それも理由として存在するということだ。何にせよこの件は一旦保留するように通達されているからしばらくはダンジョンコアの破壊については心配しなくていいと思う。その間に精々頑張ってもらうとするよ。一層ずつでも四層ずつでもそこはミルコのやる気次第だが」
ミルコはふむ……と顎に手を当てて考える仕草をする。しばらく無言の間が支配する。芽生さんがぐびっとコーラを飲んでゲップするまで無言の間は続いた。
「解ったよ、どっちにするかは作ってみてのお楽しみ、ということでいいかな」
「いいとも。その間精々もうちょっと上のほうの階層で活動してお金を稼いで帰るだけだからな」
とりあえずダンジョンの続きを作る方向性で話は一致した、と思う。
「さて、それで貸しの件だが、【雷魔法】をもう一段階上げたいと思う」
「あ、私も【魔法矢】と【索敵】が欲しいです」
芽生さんは両方の貸しを使うようだ。どうやら索敵を更に高めて斥候としての役割を十全に果たしたいと考えているらしい。俺がタネに気づいたからここでもう一段階上げておこうという腹づもりなのかも。
「安村の貸し一つは緊急用、ということであってるのかな」
「そう思ってくれていい。また秘密会談が行われる、とかそういうことになった場合のことを考えてだな。出来れば貸しを使わずまた会ってくれると都合がいいんだがそうも言ってられないような場合はこっちに無理やり合わせてもらうための貸し、ということで」
そう伝えるとミルコはまた無言でしばし考えごと。何か今の言葉で考えるようなことがあったのだろうか。しばらくして懐からスキルオーブを三つ取り出した。
「まずは貸しの分のお返し。【雷魔法】と【魔法矢】と【索敵】。それぞれで覚えておくれ」
早速ミルコからスキルオーブを受け取る。
「【雷魔法】を習得しますか? Y/N 残り二千八百八十」
「イエス」
「あなたは既に【雷魔法】を習得しています。それでも習得しますか? Y/N」
「イエス」
スキルオーブが体に染み込み、発光。いつものスキル習得シーンが始まった。
「イエス、イエス、イエス、イエース! 」
芽生さんは両方一気に覚えたらしく、イエスを四連発して一気にスキルを覚えた。俺より光り具合が凄い。同時に二個覚えると光り具合も二倍になるらしい。同時に二個覚える機会なんてないだろうからお目にかけることはほぼ無いのだろうな。
「さて、貸しについてはこれで一旦終了だ。僕からできることはダンジョンを一生懸命作るぐらいしかない。後のことは……地上での理屈とか政治的な利害の一致とか経済的な話については安村に一任してもいいってことかな」
「任された。というよりそれが俺の仕事でもある。とりあえず今日は帰り道がてら魔法の性能実験をしつつ早めに帰ることにするよ。ここはまだ金としては稼げるマップではないからな」
ポーションとワニ革と甲羅とエンペラ。それと前のマップの鎧の破片。この辺が現金化できるようになるまでは、六十一層から六十四層に潜る理由は非常に薄い。素直に五十九層あたりを巡っている方が集中的に稼ぎやすいのもある。
とりあえず、来れる所まで来てしまったという達成感がいったん自分の中に残る。ダンジョンを踏破した。ランクに評価はされなくても、かなりの深さのダンジョンを、それも二人で。自己満足感が自分の中を占め始め、そしてあふれ出すなにかこう、気持ちのいい心の内が外に解き放たれるような感触を覚える。誰も見ていなかったら一人で踊りだしていたかもしれない。
「さて、じゃあ早速試し打ちがてら報告に俺達は戻るよ。またいつも通り適度なタイミングでお菓子はお供えするからそれを燃料にして頑張って欲しい」
「解ったよ。がっかり……は、させるかどうかは解らないけど、手持ちのダンジョン作成マニュアルに従って手順通りに作っていくから楽しみにしていておくれ」
ダンジョン作成マニュアルなんてあるのか。多分どの階層にはどういうイメージの外装や内装を設えて出てくるモンスターはこうで……みたいなことがつらつらと書かれているんだろう。向こうの文字だからちょっと見せてくれというわけにはいかないだろうが、この先はもうダンジョンとして存在しない、というわけでは無さそうなので一安心する。
「またねー」
芽生さんが元気に手を振っていると、ミルコも振り返し、そして転移していった。
机と椅子を片付けて戻る準備だ。とりあえず、ダンジョンは一旦六十四層までは作成されている、と報告に向かわなくちゃな。
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。