1054:常時冷房効いてます
ダンジョンで潮干狩りを
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最寄駅からダンジョン最寄りの駅まではスムーズに来ることが出来たが、いつもより遅いのでバスのほうは乗り過ごしてしまった。次まで三十分待つのは時間が勿体ない。タイムイズマネー。タイムイズマネーだ。この三十分の間にいくら稼げるかを考えたら手段は二つ。自転車かタクシーだ。そして、自転車は一台しかない。
「タクシー使いましょう」
「それが一番金銭的効率がいいな」
タクシー乗り場に行きちょうど停まっていたタクシーの窓をノック。運ちゃんが冷房の効いた車内から顔を出す。顔を出したところから冷風が届くことを感じ、キンキンに冷やしておいてくれたことに気づく。
「すぐ出せます? 」
「いいよ、ちょうど帰ってきて暇だったところだ。どこまでだい」
「小西ダンジョン前までお願いします」
「という事は探索者さんか、乗って乗って」
急かされるように乗り込むと、外気温とタクシーの中の気温差で少し体が驚く。思った以上に冷えているタクシーの中は、まだタクシーがそれほど古くなくエアコンも変なにおいがしみつくようなこともなく、まだ新しい車であることを教えてくれていた。
「もうバスが行っちゃった時間だからね。もしかすると探索者の一人ぐらいは利用してくれるかと思って待ってた甲斐があったよ」
もう爺さんと呼ぶに近いような年齢の運転手は人懐っこく、会話が止まらない。運転に危うさが無いのは長年の腕の見せ所という所だろう。
「タクシーまで使ってくれてるということは、お兄さんたち結構稼ぐ口なのかい? 」
ひたすら喋り続ける。無言で運転されるよりはマシだとは思うし、急いでくれているのは感じ取れるので受け答えをしっかりしていく。
「少なくとも次のバスが来るまで待つ時間が勿体ないと思うぐらいには稼いでますよ」
「それは嬉しい答えだね。一日に二、三回は探索者を乗せるけどさ、みんな高いとも言わずにちゃんと料金払って下りてくれるし、だれが払うかで揉めないし、酔っぱらっても居ないから上客なんだよね」
無茶が無い速度で、いわゆる交通法規に則った速度ではなく車列を乱さない速度でタクシーはぐんぐんダンジョンに近づいていく。自転車使うよりも捕まるならタクシーのほうが効率がいいな。今後は一人でダンジョン来る時にバスを逃したら自転車ではなくタクシーを使うことにしようか。そうすればその分経済が回る。
バスは乗り降りの停車がある分だけ時間がかかるが、タクシーはその心配がない。道が混んでなければその分早く目的地にたどり着ける。朝の通勤ラッシュが終わったこの時間帯は道も空いていてスイスイとタクシーはダンジョンに近づいていく。
「この距離だと料金は二千円ぐらいだから用意しておいてくれると嬉しいね」
バス料金の数倍の運賃を要求されるが、これだけクーラーが効いた中で運転を任せてしかもバスより早く着くなら安いものだろう。むしろ毎日使ったっておつりが群れをなして帰ってくるぐらいだ。
しっかり財布に入っていることを確認すると、ダンジョンまでの最後の曲がり角を曲がる。そして目に入ってくる小西ダンジョンギルドの建物。タクシーは正面を少し過ぎて停まった。最後の料金が上がる音がする。
「二千七十円。すまん、ちょっとオーバーした」
「釣りはチップでいいよ。ありがとう」
二千五百円を渡すと、急いで降りてギルドの建物へ芽生さんは着替えに向かう。その間に直射日光で温まったリヤカーを引いて入ダン手続きの列の手前で芽生さんとの合流を待つ。
数分して芽生さんが着替え終わったところで揃って入ダン手続き。
「今日はちょっと遅刻ですかね? 」
いつもの受付嬢が時間の遅れを指摘してくる。
「ちょっと作戦会議をやってたんでその分遅れました。遅れは取り戻しますが……今日はそんなに稼がないかと」
「解りました、ご安全に」
一層へ入りすぐエレベーターへ。さっきのタクシーほどではないが程よくひんやりした一層の空気が炎天下で待っていた俺とリヤカーを涼しくしてくれる。
七層へ到着すると一旦全員下りる。
「どうする? 俺が帰ってくるまで待ってる? 」
「そうですねえ、テントがどうなってるかも気になりますし、ちょっと見に行ってきますよ。自転車もあることですし」
「じゃあスマホ預けとくから、ついでにノートの内容で興味深そうな内容有ったら撮影しといて。具体的にはスキルオーブ関連のネタとか、諍いみたいな内容が無いかとか」
「そうですね、やっておきます。現行のノートだけでいいですか」
「任せた」
芽生さんに小事を託して走って茂君まで行く。後ろからはブイブイとワイルドボアが迫ってくるが、既に俺の足のほうが速いので追いかけてきても追いつけない状態のワイルドボアだ。茂らない君まで走ったところでまとめて処理。茂君まで走って茂君の手前で処理。出来るだけ時短でやっていく。今なら誰も見ていないのでトレイン行為には当たらない。そう、当たらないんだ。
茂君を回収するとダッシュで戻る。往復三十分ほどで回収することが出来た。これで朝の作戦会議の遅れを少しは取り戻せたと思う。
七層に戻ると芽生さんがリヤカーに座り込んで俺のスマホをいじっていた。
「何か面白いものでもあったか? 人のスマホをいじり倒して」
「面白いものが無かったので逆にびっくりでした」
「そういういたずらはほどほどにな」
先に触るな、と言っておかない俺が悪いのでここは怒らず大人の対応。そもそもみられて困るような内容は無いし、芽生さんが知らなくて俺だけが知ってる情報みたいなものも無いはずだ。結衣さんとだけ秘密にしてるような会話の内容も無いしな。そういうのが有ったらそこで何か申し上げることの一つでもあったのかもしれないが、肩透かしに終わったのだろう。
今度は三十五層に向けてボタンを押す。その間に芽生さんが撮ってきてくれた撮影内容を流し読みする。
どうやら各階層共にスキルオーブは順調に出現しているようだ。特に六層では、ダーククロウとワイルドボア両方からのドロップが認められている。ダーククロウからドロップということは、あのチームIHIが拾ったということで良いのかな。彼らもスキルがスキルを呼ぶような形になって美味しい思いが出来たに違いない。
それと今まで確認されてなかったが、あのモンスター数が少ない八層でも【火魔法】のスキルオーブが出たらしい。これはおめでたいことだ。何処の階層でもスキルオーブが出ることが立証された形になる。よほど運がよかったのだろうが、そこで運を使い果たさなかった事だけを祈る。
一、二、三層でのドロップ報告は見た限りでは存在しない。三層ぐらいなら七層までわざわざ報告に来ない、という可能性が高いが、四層から先は確実にドロップすることは解っている。とすると四層のゴブリンも何かしら落としていた可能性は高いな。散々ダッシュ大会を開いたわりに俺の手元に来なかったことを考えるとタイミングが悪かっただけなのかもしれないな。
狩場の込み具合による諍いなんかは最近は起こってないらしい。DランクからBランクまでほどほどに散らばっているので七層あたりに滞留している探索者が少ないというのも理由の内なんだろうな。
「そういえば、テント無事だった? 何かいたずらとかされてなかった? 」
「何もなかったですね。何も無さすぎて逆に不安になるぐらいにはいつも通りでした。でも人はちゃんと索敵で確認できましたから誰もいないとかってわけでもないですね」
ならばよし、と。七層は平和だな。他の階層もまた見回ってノートなりなんなりを補充するタイミングがあるだろうから、その時に確認するか。
確認のしようが無い、というか唯一設置されてない十四層だが、あそこは本当に何がどうなってるのかわからないな。自分たちが立てていたテントを撤収させたのもあるが、おそらく十五層近辺で探索を進めているCランクの溜まり場になってそうではある。
いずれ彼らも二十一層にたどり着き、エレベーターがその場に有るセーフエリアに居着くようになるのだろうな。自分が通ってきた道だ、何となくわかる。しかし、十四層が空いているのをいいことに十三層から十六層にかけてスキルオーブが出るまで粘って頑張る、という金の稼ぎ方もあるわけだから一概に二十一層のほうが良いとは言いにくいか。
おそらく【魔法矢】を買わせてもらったパーティーもそんな中の一つだったのかもしれない。懐かしいな、あれからもう八ヶ月ほど経つのか。あの頃はまだ四十二層あたりをうろうろしてる時期だったか。なんだかんだで四十三層にはかなり世話になったし、世話になった分大量のドウラクの身とドウラクミソを市場に流せたと思う。
市場に流し過ぎた結果値下がりになったのか、それともそもそも高すぎたのかは解らないが、今は昔ほど美味しくはない。高値で売り抜けたと思っておこう。
三十五層に着いたので机と椅子を取り出す前に周囲の確認。他のパーティーは……さすがに潜ってきてはいないようだ。人の気配も無いしテントも増えていない。新規B+ランク探索者第一陣はまだ到着していないと判断するほうが良さそうだな。
机と椅子を出してご飯の準備。芽生さんは座り込んで既に食べる準備は万全といったところ。早速ご飯をよそい、ワイバーンカツをたっぷりとお出しする。ワイバーン肉は一パックの量が多い上に今回は二パック使用した。そんな架空肉の暴力を更に油で揚げてカロリーの魔物と化している。
でーんと一皿に盛られた合計八百グラムほどのワイバーンカツが、皿からはみ出んとせんばかりに鎮座するその光景は、おそらく新浜パーティーならばお代わりを所望されるところだろうが我々二人にとっては充分な量であることが解る。
「ほほぉ……これはまた頑張りましたね」
「中々の迫力だろう。これだけでざっと原価十万円だ。それを贅沢に素材の味を活かしつつ、ちゃんと肉も柔らかくしてから揚げた贅沢な一品だ。流石にダンジョンの中では作れないが、自宅の一番でかい鍋で揚げたから揚げムラもそれほどないと思う。さあ、食べよう」
既にカットされていて一口サイズに切りそろえられたカツをまず一口。サクッといい音を立ててカツが切断されていく音が聞こえる。まだサクサクで出来立てを維持できているという事だ。そして中から現れる、どんな肉とも違う肉汁の味と脂の香りが鼻を通り抜けていく。口で細かくかみ砕きながら鼻で呼吸をしてその香りと食感を舌と口の奥と鼻で同時に味わう。やはり肉体労働には揚げ物が良く合う。
カツに埋もれてしまっているキャベツに届くまでちょっと時間がかかるが、その間にカツを食べて少し疲れた顎を休ませるためにキャベツを掘り返し、その甘味を味わう。人参も生だが人参そのもののえぐみが少ない品種を選んで使っているので生でも甘く、美味しい。
この野菜の甘さと脂の暴力で米がまた進む。漬物を何品かついでに持ってきていたので詰め込んであったタッパー容器を開けて芽生さんにも届く位置に見せると、早速ポリポリと食べ始めた。箸休めにちょうど良かったな。
しかし……もしかしたら一パックだけでも充分だったかもしれないな。流石に量が多すぎたような気がする。これは食後ちょっと動けない奴だな。まあ食べきる必要もないし、残るようなら俺の夕食として再利用させてもらおう。
バクバクサクサクと無言でカツを胃に入れていく二人。美味しいと伝わる一言が無くても、食べっぷりから伝わってくるので余計な言葉はいらない。今はただこの美味しい高級カツをひたすらに味わってお肌にもいいらしいワイバーンの肉を食べ続けよう。
半分ぐらいまで進んだところでご飯が無くなり、芽生さんが小盛でお代わりを所望する。炊飯器の中には若干の余裕があるのでお代わりを渡し、キャベツと人参で消化を助けながらカツを崩しにかかるものの、やはり作りすぎたかもな。次からは二人で一パックにして、その分他の品物を作る方面で調整していこう。
残り三分の一ほどになったところで芽生さんが満足し、箸を止める。
「いやー、満足しました。流石に全部は厳しいですが思う存分高級肉が食べられるっていいことですね」
「じゃあ残りは俺の夕食だな。有り難く持ち帰らせてもらおう」
お腹がちょっとこんもりしている芽生さんに軽く笑いを覚えるが、気づかれないようにしておく。食器と残りを片付けて机と椅子だけになった状態でしばらく休憩。そよ風しか吹かないが涼しいこの高山マップの気候は小休止という意味では非常に気持ちいい所になっている。食事中に軽くかいた汗も蒸発していき、涼しさが体の中を抜けていく。食後の気持ちいい感覚を味わいつつ、今日も良い料理を作れたと満足している。今日も美味しく頂けた。明日はどうなるだろうな。
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