1047:深夜の六十四層 2/2
活動報告にも書きましたが、いましばらくのお付き合いを願います。
引き続き水路を上流へとたどっていく。モンスター密度は相変わらずそこそこ分厚く、歩く時間はそう多くないので進捗はゆっくりだ。
ステータスブ……もう【身体強化】でいいか。こいつも先ほどランクが一つ上がって一段階楽に戦えるようにはなったが、それで相手の硬さや厄介さが和らぐほどではないらしい。もっと強くなる必要があるな。
そういえば【身体強化】は自然に重ね掛けをされるようにレベルアップしていくが、スキルオーブに関してはスキルオーブを多重化させないとさらなる強化は望めない。元から持っているスキルだからこそいくらでも強化される……というのが自然な考えなんだろう。
スキルオーブはダンジョンに力を借りているから使った個数によって限度は来るが、【身体強化】はスキルオーブの形ではなく自分で能力を持っているので段階的に上がっていくことが可能である、と。
論としては筋が通っていそうだな。否定材料が見当たらないのでこの論は現状ほぼ正しいのだろう。いずれ何かの形でダンジョンの探索者として気になっていることがあるか聞かれた場合はこの話を持ちネタとして使っていくことにするかな。
収入のほうは順調と言えば順調。魔結晶の査定が可能であることと、もう一本ぐらいポーションが出ればサンプルとして提出できる。高級品なので確実に効果が見込めるような相手をギルド側で見繕ってもらってキュアポーションのおそらくランク5であるその効能を調べてもらうことが出来る。
キュアポーションのランク5って何処まで効くんだろうな。ヒールポーションのランク4でも遺伝子レベルで損傷を治すことが出来るのだから、ランク5はもっとすごいレベルで何かしらの効果があることは間違いない。かといって、ランク4で治せる病気一覧を聞いたことがあるわけでもないので何か聞いたことのないような難しい症候群や生存に致命的なアレルギーなんかにも効果があるかもしれないな。
亀を転がして腹を焼きつつ、エンペラの部分ってこの辺なんかな? 等と考える余裕も出てきた。エンペラは美味しかった。酒のつまみとしても良さそうだ。今度家で酒を飲む機会があったら味付けして一杯やるのも悪くないし、中華屋の爺さんへのお土産としてもいいだろう。
またワニと亀と戯れながら水路沿いをドンドン進む。水の中に居るワニはいいとして、問題は亀である。水に浸かっていた亀はのっそりと陸上に出てきた後こちらに襲い掛かってくるのだが、ひっくり返す際に甲羅が水分で滑る。力の入れ具合を間違えるとうまく転がってくれないことがある。
その場合は穴をねらって攻撃を仕掛けて正攻法で戦うことにしているが、これは時間がかかるのであまりやりたくない戦闘方法ではある。が、下手に何度も転がすのを狙ってダメージを受けるようなことはしたくないのでできるだけ少ない手順で戦えるように努力はしているつもりだが、さすがにまだまだ実力が足りないらしいな。
「お、私も【身体強化】の段階が上がりましたね。でも、戦ってきた数を考えると上りは少し悪いかもしれません。流石にそろそろ頭打ちなんですかね? 」
「どうだろう。ここのモンスターが経験値的に美味しくない段階に来ているのかもしれないしな。そうなったらスキルのほうを強化していくのが筋かもしれん。魔法矢も多重化を考えるか? かなりここでは活躍してくれてるけど威力のほうはもうちょっとあったほうがより便利だろう? 」
芽生さんは亀相手だと容赦なく魔法矢を乱射しているので、魔力量は【水魔法】を多重化させているおかげでいわゆるMPの量は多い。ただ、一発のダメージがそれほど期待できないから射出する数でダメージを補っている形になっていると思われる。
「そうですね。今度貸しを回収する時にお願いしてみるのもいいかもしれません。洋一さんは何か当てはあるんですか? ボーナスの使い道」
そう言えば二回分溜まってるんだったな。【雷魔法】をこのまま極めていくか、それとも【生活魔法】をあげていくか。使い道にも色々あるから考え物だな。
「まだぼんやりしてるな。ただそろそろ雷撃の威力ももう一段階欲しいのは確かだな。次にミルコに会った時に相談してみるか」
ダンジョンマスターにスキルについて質問をするという若干変な形になるが、それで貸しを消費されないなら話してしまうのも有りだろう。四段階目の【雷魔法】、どこまでのことができるようになるかはちょっと楽しみだな。よし、貸しの片方はスキルオーブにしよう。もう片方は……またその内にダンジョンとの引き合いで使わされることになるかもしれないのでその時のためにとっておこう。
水路の上流行ってみた、の旅はまだ続く。しかし、この水路長いな。水路が長いのか、よほど下流から遡ってきたのかどっちとは言えないが、かなりの距離を進んできた。マップもそれなりに広くなってきたし、そろそろゴールでは? と思いたくもなる。
しかし、戦闘を挟みながらであり迷宮マップのように決まった形の壁オブジェクトが積み重なっている訳でもないので、方眼紙に記入するのもなかなか難しい。難易度が高いなこのマップ、というかこの階層は。
更に十分ほど進み、漸く最上流らしい地点にたどり着いた。壁があり、水が下を流れ、水路には鉄格子。間違いなく過去の例に合わせれば上流である。
「ふむ……上流側に階段があるわけでは無かったですね。結構歩きましたしちょっと休憩しますか」
「そうだな。ここなら一方向に注意してればモンスターに襲われることも無さそうだし安心して休めるな」
少し壁にもたれて休憩する。地下水路とはいえ壁にコケが生えていたりするわけではないので、汚くは無い。椅子も取り出してゆったりと休憩する。水路を遡ること一時間。戻りも同じぐらいの時間がかかるだろう。今までのマップの広さから言うと、かなり遠回りをしてきた印象はぬぐえない。
もしかしたら水路に沿わない道が正解だったのかもしれないが、マップ全体を見返す機会もそうそうないだろうし元々どっちへ行くかも決めてなかったのでこれはこれでヨシだな。
「真っ直ぐ水路をたどって戻るのもアレだから、次はこっちへ行ってみないか」
芽生さんと休憩しながら次への進路を模索していく。水路が合流していた部分の水路の無い方向だ。
「そうですねえ、解りやすいからそっちへ行ってみるのがいいかもですねえ。その後でまた行く方向を考えましょう。できるだけ水路に近い方向から埋めていきたいですねえ」
「階段が何処にあるのかさっぱりわからないが、どうやらかなり遠回りをしてここまで回ってきた気がする。もっと階段は近くに設置されていたかもしれん」
「それも含めて今から一つ一つ潰していきましょう。まだ時間は……時間はありますし休憩は今とってますし、元気なうちに地図を埋めきってしまいましょう」
十分ほど休憩し、体をほぐしてドライフルーツも食べ、ほぼ万全と言える状態まで体を回復させたと思う。さて、もうしばらくこの六十四層を迷ってみることにしよう。今回で階段を見つける必要は無いし、六十五層に下りる必要もない。ポーション三つという目標もあるが、それもこの調子なら達成できそうだ。気楽に行こう気楽に。
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まず、結論から言う。階段は発見できなかった。モンスター密度がそこそこ濃いのも理由にあげられるが、マップ作りに難航した。行ってない所に階段があるのは確実で、それがどの辺にあるのかを探しながらというよりは、マップを水路に沿うような形で埋めていったおかげで行ったり来たりを繰り返したところも有る。メイン水路が一本のわりに思った以上にこの六十四層はややこしい作りになっている。
水路の付近、水路を乗り越える橋を渡ったり、水路からちょっと離れてただ歩くだけのところも結構あったが、スタート地点が上流から、というのも輪をかけて混乱を巻き起こす結果になった。どうやら上流側には階段は無いらしい、ということまでは判明しているが、その先もうちょっと行けば階段があったかもしれない、という場所がさすがに多い。
最初に描いていた地図を途中で描きなおし、今はバージョン3の地図になっている。つまり一から地図を二回描きなおしたことになる。三枚の地図を見比べつつ、描き入れるべきポイントはちゃんと描き入れて目標物になりそうなオブジェクトを見つけたら足し込み……とやっていたら段々地図がぼんやりしたものになっていった。
「ここまで地図作りにてこずっている洋一さんを見るのは初めてかもしれません」
「これでワープの罠とか周りが何も見えない罠が無いだけマシだな。どうやら六十四層は迷宮系の地図だと今までで一番広い階層になってるみたいだ。もっとこう、東西南北に対して正確にそっちを向いているような形ならここまで迷うことは無かったとは思うんだが」
このマップは東西南北だけではなく、南東方向や南西方向と言った斜めに向かう通路も存在した。おかげで余計に地図が狭くなったり描きこむ場所が無くなったり、距離感がつかめなくなったりと中々に趣向を凝らしてくれている。マッピング大好き人間からして楽しくはあるんだが、把握しづらいというのは中々に厳しいものがある。
合計三時間迷って結局、全体の七割ぐらいを埋めるぐらいで終わってしまった。残りの三割は六十三層の階段から見て水路の下流側にあたる。次回のトライではここを攻めていこうと思う。
収入のほうだが、モンスター密度が高いおかげでかなりの収入を期待できる。一億とはいかなくとも、それに近い金額は得られているだろう。それに加えて、キュアポーションのランク5らしきポーションを合計で四つ拾うことに成功した。これが現金になっていればかなりの収入になっていたであろう。後指輪も。
「よし、今日は帰るか。ここで粘って次の階層を見に行く理由は無いし、次の階層こそフル装備で向かわないとどうにもならない、そんなモンスターに襲われる可能性もある。このマップできっちり稼げる態勢をダンジョン庁がバックアップしてくれて、その後で潜ってもいいぐらいだ」
「そうですねえ。無理せず行くのがモットーですからここは大人しく帰りましょう。後日の楽しみは取っておくに限ります」
帰り道はちゃんと記録されているし、解らなくなっても三枚の描きなおされた地図を総合すれば道は解る。迷う可能性は低い。ただ、家に帰ってこれをどうやってマージしようか悩む所ではある。家に帰ったら存分に悩むか。どの情報を残してどの情報を消していくか。取捨選択をするために全部を書きこみ切った地図を一枚用意して、それとは別に行動用の白抜きに近い形の地図も一枚作っておくか。
作った地図に沿って帰る。水路沿いにではなく、水路に頼ることなくショートカットしていく道も見つけられているので最短ルートで帰る。これで水路沿いにまっすぐ行くよりも十五分ほど短い時間で帰ることが出来る。
水路はマップ全体の外側に沿ってぐるっと回るように配置されていたということがここまでの探索で明らかになっている。一周していればそれはそれで面白かったのだが、それだとペンローズの階段みたいな話になるが、壁の外側に出入口がある以上その可能性は否定できている。
三十分戦いながら地図を戻り、階段までたどり着いた。休憩は途中で取ったとはいえ、ずっと戦いっぱなしだったな。階段を上って六十三層に戻り、中央のドーム部分にまで足を運んだ。
「さて、朝食食べてからゆっくり戻ることにするか。急いで戻って査定する理由は無いしな」
「そうですね、私も一食浮きますし丁度お腹が空いてきたところです」
芽生さんが少しお腹をさすっている。やはりエンペラと一緒にご飯を食べなかった分だけ空腹感が早めにきているのだろう。
「いつもので良ければすぐに出すがそれでいいか? 」
「おごりのご飯に注文は付けませんよ。いつものトーストと目玉焼きとキャベツですよね。ご馳走になります」
素直なのはいいことだ。ご飯を食べ終わって一休憩したら今度こそ地上に戻るか。二人分のトーストと目玉焼きを焼いてる間にキャベツを千切りにして皿に移して山盛りに。目玉焼きが焼きあがる間にトーストを二枚仕上げる。
まずは芽生さんの分。遅れて自分のトーストを焼き始める。ここで電気が使えたらトースターで一発なんだけどな。その内時代が進めば携帯型の魔結晶発電機なんかも開発されるようになるんだろうか。そうなればダンジョン探索もぐっと楽になるんだろうが……さすがに【雷魔法】でトースターを無理やり動かすと壊れそうだからな。何個か壊す前提で出力設定を触って実感を確かめてみるというのも有りだろうがそれはまたその内考えておこう。
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