1032:価格改定と記者会見
あ、ここから新章です。念のため。
エアコン設置で終わる前章もどうだったんだろう?
この暑いさなか、探索者を更に熱く、そして場合によっては懐が寒くなる日がやってきた。布団は今日もそこそこの涼しさの中で快眠を約束してくれていたのでお礼を言って軽くウォッシュ。寝ている間に布団が吸い込んだであろう水分を飛ばしておく。
本気でウォッシュするとダーククロウやスノーオウルの香りの成分や効果までウォッシュしてただの羽毛布団になりそうな気がするので、水分だけ……水分だけ……と念を込めてのウォッシュだ。きっと今夜も気持ちいい眠りを提供してくれるだろう。
今日は八月一日、価格改定の日である。今回からはギルドにどのドロップ品がいくらの買い取りになるのか、という参考価格を貼り出して、誰でもどのドロップ品がいくらの価値を持っているのかを一瞥できるようにするらしい。
解禁は午前〇時に一斉に変更開始とのことなので、まだ開場していない小西ダンジョンはともかく清州ダンジョンや他の二十四時間営業のダンジョンでは既に広まっていて、各スレでは何がいくら下がったのかについて調査と議論が行われているんだろうな。
朝食を食べて昼食のサンドイッチ……今日は非常にシンプルにハムタマゴとレタストマトツナのサンドイッチをトースト換算で二枚分用意した。シンプル過ぎていまいち腹が満たされない可能性もあるが、それほど動く日でもないと考えているので俺の胃袋は今日はあまり重たいものを求めないだろう。
早めに出て現地について開いたギルドでそれぞれの価格を確認するのでもいいが、エアコンを新しくした最新の涼しい部屋でネットを眺めている方が多分肉体的な負荷は低くて済む。着替えながら価格改定緊急スレッドなるものが立っていることを確認し、そこで価格について情報を得ることにした。
具体的に大きな変更点になったのは、熊胆とスノーオウルの羽根が三万円まで値下がりしていることと、ドウラクの身が一万二千円、ドウラクミソが五千円になっている点だろうか。後はワイバーン系の各種素材が肉以外は一回のドロップにつき三万円程度まで値下がっている。肉は据え置きだった。
後、Bランク帯が行ける所まで行ける、つまり三十層まで到達する探索者が増えたため、トレントとケルピーの査定価格が軒並みダウン。メモ帳にある範囲で計算すると、総じて二割減、という形になっている。
トレントの実が四千円と多少お求めやすい価格になっている。樹液と枝は相変わらずのドロップ品の需要があまりないことからの判断だとスレッドでは分析がなされていた。
今回の価格改定に当たってどうやらダンジョン庁は今まで示していたドロップ品の査定価格について、値上がりしたか値下がりしたかの基準を示さず、これからはこの金額で査定します、と一方的に情報開示をしたことで、良いほうにも悪いほうにも影響を与えている。
悪いほうの影響では、前と比べて得するようになったのか損するようになったのかが区別がつかない探索者がそれなりにいることである。
今まで拾えるだけ拾って査定にかけて、それで一日いくらになったな、ヨシ! とどんぶり勘定で探索をしていた探索者はまだいいものの、ドロップ品のおおよそのドロップ率から換算してモンスター一匹当たりの期待金額を考えながら探索をしていた探索者は金額の左右が解らなくなったため全モンスター総当たりで計算しなおし、という形になっていて、パーティーの経理担当が頭を悩ませているらしい。
良いほうの影響としては、査定にかけられるすべてのドロップ品が公開されている、という点だ。今までB+ランクでしかお目にかかれなかったワイバーン素材やその先のドウラクの身やダンジョンタンブルウィードの種やシャドウバタフライの鱗粉やあのインゴットとエルダートレントが落とすことになる青魔結晶の重量換算価格に至るまで、五十六層までのドロップ品が全て情報公開された形になる。
これは現在日本のダンジョン庁として正式に五十六層までは到達した記録がある、という証明になり、最先端の探索者はその先を更に探索しているという証拠でもある。これを公開することで、日本のダンジョン庁としては正式に日本の最深記録はここまで潜ってるけど君ら大丈夫? ちゃんと探索出来てる? と諸外国を煽っていくスタイルにしてきた、ということだろう。
もちろんこのやりかたにもちゃんと解決法はあり、日本として提示した金額と外国で採取された同じドロップ品の価格に差が出る場合、貿易という形で物品のやり取りが出来るようになる、という点である。
日本での査定価格が安すぎた場合外国へ持ち出してでも利益が出るように輸出をし、逆に日本では高すぎる物は国内へ持ち込まれてくるといった形だ。
そこまで考えての行動なのかは解らないが、現状でも商社系の子会社として専属探索者を雇っているところはあるらしいので、その辺は今回の品物公開に及ばなくても既に輸出入に関わることは行われているんだろうな。
いずれにせよ、ようやくこの重荷を下ろす準備が出来た。ちなみにインゴットには日本からダンジョニウムという名称でとりあえず仮称を立てておくのでいいんじゃないの? という意見が採用されたらしい。いずれもっと他の金属が出た時はそれっぽい名前を付けようということになった。
ダンジョンから算出された新種の金属だからダンジョニウムという、いつものどうせダンジョンがつけば何でもいいんだろ的な投げやりさと、そこに知能をひねったり神話にあてこすったりする余裕があるならもっと別の方向に力を使おうよというある種の落ち着きすら見えた。
価格が全て転記されていたので、保管庫の中の物をざっとだが選別する。今ダンジョニウムインゴットは千二百本ほどある。この間数十本石原刃物に納品したが、銀とほぼ同価格帯とはいえ話題の商品をいきなり大量に市場に放出した場合、多分買い取る側も高値で買い占めることをヨシとはしないだろう。
なのでまず、芽生さんと一緒にダンジョンへ行って、三十五層に全て移動させておいて随分溜めこんであった、という言い訳をもとにしてエレベーターで往復作業を行う。その間は俺一人でも行動できるので、芽生さんは一緒にダンジョンに潜って作業を行っているというアリバイさえあればその辺をうろついてワイバーンを早速狩ったりしてもらっていても構わない。
大事なのはその日中に二等分された大量の査定証明書を支払いカウンターに持って行ってもらうことなので、ここはキッチリ分け前を渡しておかなければならない所である。
五十六層や青い魔結晶と言えば、預けている指輪がどうなっているかだが、今のところ返したくないとかいくらで引き取るから数を持ってきてくれ、といった問い合わせはない。詳細を詰めるのに時間がかかっているのだろう。いくら【物理耐性】が上がる、【魔法耐性】があがる、と言われたとて、実際に殴られたりスキルを打たれたりする物好きはそういないはずだ。
これについてはある程度時間が経ったところで調査を進めた結果、そういう耐性の指輪であるということが確認された、という立派な証明が……あ、芽生さんが真中長官にボス戦について報告してるんだから、その線から辿って物品そのものの威力はあると証明されたと考えていいのか。
だとするならどのくらいの耐性が付与されているのかを調べている段階なのかもしれないな。まあ急いで返してもらわなくちゃ困るってわけでもないし、スキルほどではないにせよ中々の値段が付きそうなものだ、大人しく査定可能になるか、それともギルドには卸さずに個人所有としてそれぞれ持っているか、やり方は色々あるし防御面の性能はいくらあっても困らないしな。
しばらくは死蔵させておくか、使ってみてモンスターの殴り心地が変わるかなんかをこちらで実験するのもいいだろう。
さて、価格改定初日ではあるが芽生さんは今日ではなく明日御出勤だ。明日の予定は一応伝えてあるので暇な一日になるかもしれないが、換金作業に時間がかかるのは仕方がないこと、これも保管庫をフル活用している弊害でもあり、本来なら捨てるなり泣く泣く置いて帰ってくるものがちゃんと金になるなら彼女も文句は言わないだろう。
と、スレッドを見ていたらダンジョン庁長官の記者会見が始まったとの情報が流れて来た。ちょっとTV点けて、見てからダンジョンに行くとするかな。
◇◆◇◆◇◆◇
「本日八月一日をもって、ダンジョン庁はギルドでの査定物品に関する金額について新たに改定したものを発表いたしました。詳しくは各ダンジョンのギルドで貼り出されている物品と金額、それから査定品の参考画像を参照してください。既にギルドで待機していた探索者の皆様におかれましては、本日も探索作業ご苦労様です、との言葉をかけておきます。さて、今回の価格改定作業には今まであやふやだった査定物について、正しくこういうものをこの量を基準にしてこの金額で査定をいたします、ということを明確にするために各ダンジョンギルド内部に掲示したものであります。また、現在Bランクの人たちはこうも思っているかもしれません。俺達でこれだけの品物を査定しているということは、B+ランクの人たちはどんなモンスター相手にどんな戦いをしてどんなドロップ品を持ち帰っているのだろう? と。それに答えるため、今回の価格改定では、現在最深層と目される五十六層までのドロップ品を一気に現物の画像付きで公開することと相成りました。つまり、日本の探索者の最先端は既に五十六層まで到達しているということです。それを世界に公開するための手段となりました。そして、こうも思うでしょう。俺もB+ランクになりたい、と」
ここで真中長官は一口水を飲んだ。
「それならば、ダンジョン庁から出される課題をクリアして、その証明を取り付けてください。各ギルドに既に配布済みである各ランクへの昇格条件をさらに明確にし、今回B+ランクへ上がるための手段を設定させていただきました。B+ランクになるための手段は、一定額……これはここで言うと問題が起きるので各ギルドに配布済みの昇格マニュアルを借りて参考にしてください、一定額のギルド税納付と、エルダートレントの討伐の証明になるもの……既にエルダートレントを討伐した経験があるパーティーならそれを既に持っているはずです。その二つをクリアして、ギルドに対し主張してください。俺はB+ランクにふさわしいからB+ランクにさせろと。それが叶ったパーティーから順にB+ランクの探索者証と、最下層まで……これはダンジョンによって深さは変わることが確認されていますが、つまり無制限のダンジョン探索許可証としてのB+ランクを手にしてください。我々ダンジョン庁が望むのは二つです。更なるダンジョンの掘り進みとより多くの資源の回収、そして皆さんの安全な探索。三つでした。この三つをきちんと守った探索を行っていただきたいと思います」
真中長官がまた水を一口飲む。
「はっきりこの場で申し上げます。昨日時点でB+ランクに該当する探索者は全員ダンジョンマスターとの何らかの関わり合いがある探索者達でした。彼らにダンジョンマスターとの顔つなぎの任務を背負わせ、そして出来るだけダンジョン庁とダンジョンマスターの懸け橋になるように努めてもらいたい、という非常に重要な任務をやってくれていました。しかし、皆さんがご存じの通り、ダンジョンマスターの存在については隠匿されていたものが海外の諸事情により既に情報が公開され、ダンジョンマスターに気軽に会いに行けるダンジョンもあるとの情報があります。それが何処のダンジョンかは解りませんし、あなた方が何処のダンジョンへ潜るかも私は指示しません。ただ、ダンジョンマスターが望んでいるのは、出来るだけ多くのダンジョンドロップ品を地上に向けて送り出すこと。それが彼らの望みであることは間違いないのです。なので探索者の皆さんには、これからも頑張っていただきたいと望んでいます。もしダンジョンマスターと出会ったとしても、危害をお互いに加え合うようなことは無いはずです。私はそれを信じています。以上です」
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