103:帰還
退ダン手続きをする。入ダン時に渡した探索者証の二枚つづりの内、片方を返してもらう。しかし、死ぬと赤くなるって現象は相変わらずどういう仕組みになっているんだろう。不思議だ。
地上の空気を吸う。味は変わらない気がするが、香りがする。地上の香りだ。車の排気ガスと、エアコンの排熱にまみれた人類技術の香りだ。
「ダンジョン七層の空気缶」とか作ったら土産物として売れるんだろうか。昔ハワイの香り缶詰とかいうのを見たことがある。そんな感じだ。ダンジョン十四層ならもっと珍しがられるかもしれない。
商売用にたくさん持ち帰るには、コンプレッサーと持ち運び式電源とガスボンベが必要かな。
七層でそういう商売は見当たらなかった。誰も思い付かないのか、それとも七層ぐらいだったら自分で来いということだろうか。
しまったな、七層の空気をもっと味わってくるべきだった。また今度行った時に味わってこよう。その気になればいつでも行けるんだから。
歩いてダンジョンギルドの建物に向かう。荷物はぎっしりだ、きっと戦果もそれに見合うものだろう。重さがそれほどじゃないのは主にダーククロウの羽根のせいではあるが。
査定コーナーに並ぶ。時刻は午前四時半。始発にも早い時間だ。にもかかわらず査定を受けている列は俺の後ろにもでき始める。
これは時間がかかるな……小西ならすぐだったはずだが。小西ダンジョンでは公平性を期すためという理由で目の前で査定物を査定し始めるが、清州では受付と内部でカウントする係が別で配属されている。
さすがにすべて一人でやるには時間も手間もかかるため、査定物を提出した後番号で呼び出され、査定結果を確認する、という流れになっている。もしそこで物品の数え忘れや行き違い、パーティー分配する場合は改めて申し伝える、という事になっている。
今日は一人だ、だから戦利品のキュアポーションと結局使わなかったヒールポーション。それ以外は全部出してしまおう。荷物にもなるしな。
しかし長いな。ふと前を見ると、ザラザラとスライムドロップを提出する姿が見えた。あぁ……みんなスライムか……それは多いし数えるのも大変だ。見た目以上に長蛇の列になることを覚悟しておこう。
十分ほど待って、やっと俺の番だ。カウンターに体積が多いことを告げ、バッグから次々に物を出す。スライムの査定に飽きていたのか、査定嬢の表情が少し明るくなった気がする。本当は表情に出すの、あまり宜しくないとは思うが、まぁこの状況では仕方がないというか。
とりあえずバッグをさかさまにし、テントや椅子やスキレットやバーナーや食器等、そもそもドロップ品でない物を別に出す。その後、ポケットやバッグのポケットに入っている魔結晶を出す。肉も革もだ。あ、肉は一個保持しておこう。後ポーション類もだ。今回手に入ったキュアポーションは記念品として残しておこう。
そして最後に、だばだばだば~っとダーククロウの羽根をバッグをさかさまにして最後の一枚まで提出する。小西だと珍しい光景なのかもしれないが、こっちでは慣れた光景のようだ。一通り出したのを確認すると、これで全部ですと伝える。
順番待ちの番号札を渡されると、それまで列から離れて待つことにする。二十四時間営業だとはいえ、日の出前からこの人数居る光景はあまりお目にかかれないかもしれない。が、始発待ちの時間と考えたらまぁこのぐらいいてもおかしくないな。
椅子に座って待つ事にする。そういえば喉が渇いたな、ジュースでも買うか。適当な自動販売機で良く冷えたコーラを買って飲む。疲れた体に糖分が沁みわたる。
七層からほぼ休憩なしで歩いてきたからか、体は糖分を相当欲していたようだ。胃から、頭、指先に向けて熱を帯びたような感覚が駆け巡る。多分血糖値が上がっていってるのだろう。そこまで早く吸収されるはずはないんだろうけど、とにかくそういう感じだった。
三十分ぐらい待っただろうか。漸く俺の番号が呼ばれた。提示された金額は九万七千二十円。ほぼ丸一日で稼いだ金額としてはそこそこだった。カロリーバースライム換算で七百七十匹分だ。カロリーバーを使わなかったらざっと一万匹分の収入になる。
ダーククロウの羽根とワイルドボアの革を運ばない分魔結晶を運んでいたら、いったいどれほどの収入を得ることが出来ただろうか。清州ダンジョンで七層以降に潜るなら、現地買い取りの商売人に託すのも立派なやりくりに入るんだろうな。新浜さんたちは現にそうしていた。
冷えたコーラを手に持ち考える。差し入れ程度のビールやコーラなら、ある程度冷やしたまま持ち込むことが出来る。耐熱用のアルミバッグに入れたまま取り出してさも急いで持ってきました、という体を装えば誤魔化しはきくだろう。
出来る範囲で保管庫を使う。一宿一飯の礼とも言うし、今度新浜さんたちと会う事があったらキンキンにひやしたビールかコーラを差し入れに行こう。
支払いカウンターで支払いを受ける。こっちも中々の列だ。もっともレシートを出して現金を受け取るだけなので、コンビニで買い物をするレジよりも列は早く進む。あっという間に俺の番になった。
丸一日の重みを感じる。全部硬貨で支払いを受けたとかそういう話ではない。小西ダンジョンで税込み一日十万円を稼いだこともあった。その日よりもちょっとだけ多い収入を得ることが出来た。
粘ればもっと収入を増やす手立てはあっただろう。だが、ソロキャンプトライアルで七層へ潜ってこれだけの収入が得られたのなら十分すぎる成果だと言える。キャンプ用品そろえた金額以上の稼ぎを得られた。つまりここから先は全部がプラス収入であると言える。
反省点はいくつかあったな。メモに残しておいてあるはずだ。家に帰ってゆっくりしたら、反省会を行おう。そして足りないものを買い足そう。クオリティオブダンジョンライフをより高くしていくのだ。
楽しいピクニックが終わったんだと思った瞬間、どっと疲れと眠気が噴き出してきた。ドーパミンの分泌が止まり、長く感じていた高揚感が終わったようだ。
始発までまだ少しだけ時間があるな。俺と入れ替わりでダンジョンへ入る人も居るだろう。そういえば今日は日曜日か。土曜の夜なら探索者がわんさか居ても確かに不思議じゃないな。
今日はもっと大変な一日になるだろう。それを見越して小西へ来る人も居るだろう。日曜日か……毎日が夏休み最後の一日みたいな俺にとっては実感がないが、世間はどうやら休みらしい。なら俺も今日は休みにしてもいいな。
始発を待って自宅に帰る。清州駅で見た人たちはやる気に満ち溢れていた。多分この後、人の多さにうんざりしながらも楽しく探索活動をするのだろう。
清州の七層はダンジョンの中でも特殊な空間だった。でも、出会ったのは良い人ばかりだったな。また一緒に探索をしたいと思える人と出会えたのは幸運だったろう。もしかしたらそうじゃなかったかもしれない。仮眠している間に荷物を盗んだりする輩も居たかもしれない。そういう人物にたまたま出会わなかったのか、すでに淘汰された後なのかは解らないが、とにかく幸運だった。
電車に揺られながら次は何をしようか、もう考え始めている。小西の七層はどれだけ寂れているのか。そもそも七層へたどり着けるのか。八層はどうか。敵は多すぎないか。小寺さんたちはパーティーで潜っていたけどまた彼らと会えるのか。
楽しみがまた湧き出した。が、今日はゆっくりしよう。気づかないうちに疲労がたまってダンジョンで動けなくなってしまう事は慎まねばならん。
それに、スライム騒ぎの進展を落ち着いてゆっくりと楽しみたい。これでも祭りは好きなほうだ。ちょっと離れたところで騒いでいるのを見るのが好きだ。中心にいるのはあまり好きじゃない。
祭りの元凶が何言ってるんだと思わなくもないが、隅っこでそこそこに楽しんで居るのが好きなのだ。宴の中心になってあっちにこっちに気を回すのが好きではないし、気を回されすぎるのも好きではない。思いついたとおりに行動するような自由でいたいのだ。
下手に騒ぎに便乗してカロリーバーの買い占めを窘められるとか、そっちに熱中するあまりそもそも稼ぐという行為についておざなりになるのは避けたい。が、スライム狩りをやめるという事ではない。
贅沢な悩みだな……自戒する。
とりあえず、朝食を何にしようか考えながら電車を降りる。コンビニでコーヒーとサンドイッチと昼食を買っておいて、まずは眠りにつこう。起きたら祭りに参加しよう。そう思いながらコンビニの出入り口をくぐる。
そういえばここのコンビニも三勢食品のカロリーバー置いてたな。あ、やっぱり売り切れだな。店員に聞くと多分またお前らか、みたいな対応をされそうなのでやめておく。昼食はカップ焼きそばにしよう。朝食はサンドイッチとおにぎりと、あと適当にコーヒーを啜ることにする。家で淹れられるが今はそれすらも手間に感じる。
歩いて十分、無事家に着いた。これで今回のミッション「ソロキャン七層」は完全達成された。ソロだったかといえば微妙にソロじゃなかったが、まぁほぼソロだったという事にしておこう。
早速買ってきたものを冷蔵庫と胃に詰め込み、コーヒーで流し込むと、シャワーを浴びそのままベッドにダイブだ。昼ぐらいまで寝よう。今日は休みの日だからゆっくり寝る……
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