1019:商談はそうめんの後で
ダンジョンで潮干狩りを
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グラスに注がれたヒールポーションとキュアポーションのちゃんぽんをお父様がグイっと一気にあおる。すると、曲がっていた背筋が徐々に真っ直ぐになり、膝の震えが止まり、やがて体が真っ直ぐになっていく様をスローモーションで見ている雰囲気になった。
「……ふむ」
お父様は体のあちこちを確かめた後、ゆっくりと体を後ろにそらし始めた。ゆっくり、ほんとうにゆっくりだが、確実に背中は後ろへ曲がっている。そして、またゆっくりと腰を戻した後、スクワットを始めた。
「治ってんな」
ぽつりとつぶやくと、途端に腹を押さえ始めた。
「ポーションを飲むと腹が減るって聞いてはいたが、流石に二本も飲むとこんなにヤバいのか。母さん飯、後安村さんの分も素麺茹でて、多めでな! 」
「もうやってますよ」
長年連れ添った夫婦の流れるような連携を見た気がする。そしてお父様は元気に胃を押さえながらラジオ体操みたいなものを始めた。
「これだけ体が軽いのは十数年ぶりだな。安村さん、賭けはあんたの勝ちだ」
「どうやらそうみたいですね」
「さあ、お中元でもらいたての素麺で悪いがついでに飯も食って行ってくれ。この後話すこともあるだろうし、そもそも鍛冶仕事の話をしに来たはずだ、時間はあるだろ? 」
「ご相伴に与ります」
賭けに勝った。掛け金はざっと二百八十八万円だが、そもそもこれは表に出ていない金だ。実際にポーション貰って飲んで体が治った! 等と喧伝されてしまった場合贈与税の対象になってしまうはずだから、そこだけは黙っててもらわないといけないな。それとも、武器作成の費用として現物で渡した中に金額として含んでしまってもらうか、だな。
食卓に間に合わせの椅子を用意してもらって四人で素麺をつつき合うことになった。昼飯を何にしようか考えたり、場合によっては一緒に飯について来てもらって経費で落とすなんて事も考えていたが、せっかく用意してもらった素麺であるし喜んでご馳走になろう。
「しかし、ポーションのランク3だったか。ポンと渡せるということは相当な資産家になってるんだろうな、安村さんは」
「それだけじゃないぞ親父、例のインゴットを安村さんは複数所持してる。今見せてもらっただけでも二十本はあった。これだけあれば俺でもなんとか形になるものを作れそうだ」
「何を言う。俺も作るんだ、そんなに使い倒す必要はねえぞ。こうして腰も治ったことだし、良いものを作らないとな」
楽しそうな親子の会話を見てほっこりする。二人とも鍛冶仕事が好きなんだな。
「ありがとうございます安村さん。お父さん、腰を患って以来若干ふさぎ込み気味だったんですよ。それがこんなに元気に」
お母さまが丁寧に礼を言ってくれる。それだけでもうなんか今日はいい仕事したなという気分になってきた。
「俺は必要なものを必要な所に必要なだけ用意した。後はそれをヨシとしてもらえるかどうか、それだけだったんです。実は他の会社にも話を持っていきはしたんですが、何処も時間がかかると言われてしまいまして」
「まあそうでしたの。こっちはちょうど鍛冶の仕事を断り続けていたんで丁度手が空きましたし、何よりベテランの鍛冶師がたった今元気になりましたから、いつでもお受けいたしますよ」
話を聞くとお母さまは主にお金の出入りについて担当していたらしい。もう少し、この一家は鍛冶仕事を続けられそうだ。その間に庄司さんに技術と自信がつけば立派に仕事をこなしていけるだろう。
「挨拶が遅れたな、石原裕一だ。こっちは息子の庄司。妻の昭代だ。これからよろしくな」
改めて家族構成とそれぞれの名前を教えてもらう。
「安村洋一です。B+ランク探索者をやっています。先ほどお見せしたインゴットは自分で拾ってきたドロップ品の一部です。ご入用ならそれなりに数をそろえることが出来ますし、ワイバーン素材に関しても自分で取りに行くことが出来ますので、御用向きがあればいつでもどうぞ」
「これは良いパイプが出来たな。庄司、大事にしなきゃいけないお客さんだぞ」
「親父にとってもそうだろ。治らないって言われてた腰を治してくれた大事な人なんだから」
素麺を、楽しく食べる、夏の日よ。 詠み人 安村洋一
◇◆◇◆◇◆◇
楽しく昼食を食べ終わり、裕一さんの胃袋の調子も元に戻ったところで商談に入る。
「さて、早速仕事の話を……ちょっと食いすぎたかな、まだ胃がおもてえや」
「ポーションは体内カロリーをしっかり使いますからね。ランク3を一気に二本飲んだんですから相当カロリー不足になっている可能性があります。夕食もガッツリ行っちゃってください」
「おう、おかげで胃腸の調子までよくなってきたみたいだからな。夕飯が楽しみだ」
「ならお夕飯は揚げ物にしようかしらねえ」
仲の良い一家だ。ほほえましいが、ここは商談の時間になった。キリッと顔を戻し、まずは壊した武器を裕一さんにも見てもらう。
「ほほう……なるほど、これは確かに硬度も強度も不足してるな。相当使いまわしたうえでの疲労破壊にもなるだろうが、殴った相手が硬すぎたな」
「ただの疲労破壊ならもうちょっとこの辺までヒビが入っててもおかしくないから、やっぱりモンスターの硬さにも問題があったと言えるね」
二人して検証を始める。俺も参加したいところだが材料工学やら鍛冶仕事に関してはド素人も良い所なので言われたとおりにはい、はい、と答えるぐらいしかできない。
「さて、インゴットだが……さすがに今すぐ溶かしてはい、サンプルできました。と言えるほど簡単でもないからな。そこはまずサンプルとして作ってみるとして……具体的にどういうものを求めてここにやってきたのか、まずそこからだな。欲しいのは剣か、槍か、斧か」
「剣がいいですね……ちょっとサンプルを持ってきますよ」
さっき鬼ころしで買いなおしたばっかりの剣を持ってくる。これは重量バランスが前の直刀とほぼ同じなので、サンプルとしては解りやすい。
「これのちょっと古いバージョンを使ってました」
「なるほど。ちょっと軽く振ってみてくれるか」
庭に出て、軽く二、三回モンスターと対峙した時のイメージを込めて全力で振る。その姿を見ると、紙に色々な数字を書きだし、ついでに剣をスマホで撮影。即座にプリンタで印刷してきた紙にそれぞれの重量バランスや理想的な形などを出力し始めた。
「安村さんの動きを見る感じ、もう少し手元に重量が残ってるほうが振りやすいんじゃないかと思うんだがどうだ? 」
言われてみると確かに、前の直刀はもうちょっと手持ちの部分が重かった。ほんの百グラムかそのぐらいの感覚だとは思うが、そこまで見抜いているのか、いや見えるものなのか、と驚く。
「そうですが……逆に、どう重量バランスを持てばより体に無理なく動かせるか、というのは解りますかね」
「うーん、そこまではちょっと解らんな。だが、振りの癖は解った。ちょっとイメージを書いてみるから……とその前に、剣でいいんだよな? 作るのは。どんな剣がいいんだ。日本刀か、前と同じ直刀か、それとももっと別の何かか」
急激にまくしたてられるが……そういえばそこまで考えてなかったな。
「そこまで考えてませんでした、すいません。ただ体に馴染む品で出来ればメンテナンスの手間が無いなら良いな、ぐらいしか」
「なるほど、それなら日本刀みたいにすぐ錆びてダメになるような代物は無しだな。このインゴットが錆びるかどうかは試してみないと解らないが、作り方によっては表面にすぐ酸化膜が出来て錆びることなく……アルミ製品みたいにな。そういう作りに出来るかもしれない。とりあえずそのとっかかりを作るのに三日、試しで作って七日、研ぎや持ち手の外注に出すとして……今すぐに回せる現金はどれだけある? 」
「持ち手はともかくとして研ぎが問題かな。この代用品と同じ設えでやるとしても持ち手分は出せる。ただ研ぎに出すとなるとちょっと……」
どうやら運転資金に問題があるらしい。身に着けているボディバッグから保管庫経由で札束を取り出すと、目の前に置く。
「前金としてお使いください」
「承った! 」
あっさり承諾が下りた。これで三百八十八万円とインゴット代。インゴットはまだ値段がついたものではないから今のところゼロ円ということにしておこう。
「さて、後はどんな形にするかだな。せっかく色々インゴットを持ってきてくれたんだし、溶かして再利用できるかどうかも含めて検証だ。しばらくは喰いっぱぐれなくても済みそうだしな。安村さん、この仕事全力でやらせてもらう。連絡先を教えてくれ。何か細かい調整やどうしても聞きたいことやなんやかんやあった際に連絡が取れるようにしておきたい」
スマホの番号と、普段はダンジョンに潜ってるから連絡が夜になる可能性があることも伝えておく。
「せっかくの上客だ。特急料金は今回は無しで、出来たもん払いってことになるが、それでもいいか? 」
裕一さんはかなり気っ風のいい人らしい。逆に心配になるがその辺はお母さま……昭代さんがしっかり財布のひもを握ってるんだろうな。
「インゴット払いってのもできたりしますかね」
「それでも構わんが……これ、市場価格相当高い代物だぞ。むしろ金がいくらあっても市場に出回らないってんで奪い合いになってるぐらいのもんだ」
「それなんですが、八月一日付でこいつにも値段がつくことになりまして。なので、出来上がるころには正確な価格が見積もりに出せることになると思います。その辺はどうなんですか、昭代さん」
昭代さんに話を振ると、頭を全力で回転させ始めたのか、顎に手を当てながら考え事を始めた。
「そうですねえ。八月一日以降にインゴットを物納していただいたってことにすれば相当安くお見積もりを出せると思います。それにこれから鍛冶作業を再開するってのに材料が無くて作れないって話ではだめでしょうしね。全額とは言いませんが、半額ぐらいなら」
「では、それで。市場価格よりお安く提供できるように努力しますよ」
「前金はもう受け取っちまったからな。今更できませんは無しだ。ビシビシ鍛冶仕事叩きこんでいくからな、覚悟しろよ庄司」
「親父こそ、また腰を傷めないようにしてくれよ」
この親子も仲は良い。成長する余力もありそうだ。今後は俺以外にも色んな人に武具を作っては出荷できる良い職人になると信じよう。
「腰で言い忘れないようにしたいんですが、さっき飲ませたポーション、ギルド価格で二百八十八万円になるんですよ」
「剣一本より高くつきそうだが、必ず返すぞ。これからモリモリ働くからな」
どうやら裕一さんは返済するつもりらしい。
「いえ、それに関しては仕事を始めるための運転資金代わりって事で、周りには黙っていて欲しいんです。迂闊に喋ると多分贈与税が発生することになります」
「なるほど、神秘の力で治ったってことにしとけばいいんだな。わかった、腰のことは誰にも言わないようにしておく」
「そうしていただけるとそちらに都合が良いと思います。贈与税は貰った方にかかる税金なので、私がどうのこうの言うつもりはないですが、そちらでフラッと言い出しちゃうとそれなりのお金がかかることになりますので。金額も金額ですし」
俺のせいで脱税発覚、なんてことになったら申し訳ないからな。
「お中元で腰に良く効く健康食品をもらった、ってことにしとくぜ」
「それでは、製造のほうよろしくお願いします」
「おう、また設えとかデザインとか気になるような出来事やサンプルが出来た時に連絡するからよ、その時まで待っててくれ。長くは待たさないからな」
「えぇ、では失礼します」
「本日はありがとうございました」
丁寧に送り出され、石原刃物を出る。さあ、スーツに引き続き武器もオーダーメイドしてしまったし、ついでにいいこともした。誰もが健康に生活を営める、という社会貢献をまた一つ広めた。
これも財産の使い道の一つか。そう考えると渡したポーション代はタダみたいなものだ。俺はそれ以上に満足できる結果を未来に渡って受け取ることが出来るようになったと言える。
夕飯はお祝いにカツ丼でも食いに行くかな。家の近くにまた新しくオープンしたカツを売りにした店がある。そこへ行こう。
だが、その前に俺はここから、この交通危険地帯から脱出しなければならない。次に石原刃物に来る時は公共交通機関を利用することにしよう。ここは命がいくらあっても足りない。
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