1018:事情聴取
ダンジョンで潮干狩りを
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無事に石原刃物にたどり着いた。無事だった。何が無事だったかは表現が難しいものの、車には傷一つ付けられることなく、またパッシングや異様な幅寄せなんかも起こされずに周りの流速に乗ってきちんと車を運転できた、という意味での無事だ。一人で五十層回ってるほうがまだ気をつかわずに済むな。
石原刃物の前には駐車場があったのでそこに停めさせてもらう。すると、中から女性が出てくるのが見えた。目が合ったので会釈し、車を降りる。
「もしかして安村さんでいらっしゃいますか? 」
事前に到着しそうな時間を伝えてあったからか、他に来客予定が無かったからか、確認を取られた。
「はい、安村です。本日はお世話になります」
「石原の家内……先ほど電話口に出たものの母になります。本日はよくおいでくださいました」
非常に丁寧に挨拶をされる。丁寧過ぎて驚くぐらいだ。ここまでされるほどの客とみなされているのか、それとも店のほうに問題があるのか。ともかく話を聞かせてもらうことが一番だな。
店内に案内されると、そこは地元の金物屋、といった風情のたたずまいが俺を待ち受けていた。大体の刃物というものはそろっているというイメージだ。包丁もあるしポケットナイフもある、ハサミもあれば地元の人が使うであろう農機具や大きいほうも小さいほうも両方のシャベル……日本の東西でそれぞれが変わるんだったな。シャベルもスコップもあるといえば大体通じるだろう。後は金盥なんかも置いてある。とてもじゃないが探索者向けの装備を作る店には見えない。
「探索者向けの装備も奥で作ってるんですよ。古いながらですが鍛冶場もありますので、そちらで特注する形でお仕事してるんですよ」
奥さんが説明をしてくれている。やがて奥に通され、そのまま和室に通される。
「安村さんがおいでになりました。ちゃんと説明するんですよ」
「解ってるよ。どうも初めまして、石原庄司と言います。今は店主見習い、というところですかね。父が腰を痛めてからは鍛冶仕事も私の仕事になっていますが、一応店主として父が居ます」
お父様もこちらのお仕事を務められていたらしい。新米若社長といったところだろう。
「初めまして、安村です。鬼ころしさんにこちらをご紹介いただいて来ました」
「なるほど、オーダーメイドの武器ですか。念のためにお聞きしますが、以前はどのようなものをお使いだったんですか? 」
「ちょっと車に積んであるので持ってきますね」
車に戻って荷物を取ってくるふりをして保管庫から折れた直刀をとりだし、袋に入れて戻ってくる。
「こちらなんですが、この通りポッキリとやってしまいまして」
しばらく折れた場所や折れ方、折れた所の金属の曲がり方などをまじまじと観察する庄司さん。その間にお母さまがお茶とお菓子を運んできた。丁度お腹が空き始めるころにこれはちょっとうれしい所ではある。せっかくなのでどちらもいただくことにしよう。
「なるほど……相当硬いものを相手にされましたね。多分ゴーレム……いやそれ以上かな。失礼ですが、Bランクの探索者さんとみてお間違いないでしょうか? 」
折れた部分や破片からそこまで分析できるのか。この人、かなり目利きできるのか。それとも、俺が無頓着なだけなのか。鬼ころしの店員さんもほぼ同じような推論を立てていたし見る人にはわかるってことなんだろうな。
「実は、B+ランクです」
「B+ランクですか。なるほど、そこまで硬いモンスターが出てくる、とすると……これは厳しいかもしれませんね」
「厳しいんですか」
「素材の問題もありますが、硬すぎる物を切ると刃物ってのは刃先がつぶれてしまいますから、そうなるとより硬い物質で刃の部分を作る必要があります。私が思い浮かぶ範囲でその物質に心当たりがあるのは……ダンジョン素材で手に入る範囲ですとワイバーンの爪ぐらいでしょうかね。後は、鍛冶関係の仕事で一度だけ目にしたことがある物質があるのですが、残念ながら手元にないんですよ」
残念そうに庄司さんが言う。物が無いんじゃ作りようがないよな。
「ちなみに、その物質というのはどのような物なんでしょうか? 」
念のため聞いておく。金額によっては入手できるかもしれないからな。
「それもダンジョン素材なんですが、インゴットの形でドロップされるそうで、黒い金属だったと記憶しています。試しで溶かして刃入れしてみたもので鋼を斬っていましたが、欠けも起こらずそのまま何度も使い続けられそうな素晴らしい金属でした。あれならもしかしたら、望みの切れ味と強度、それから使いまわしの効くような装備品を作れたとは思います。ですがサンプルの量が少なくて大手の会社が研究開発のために持っていってしまって、私の前は通り抜けていっただけでした」
少年のような眼をしてその時の光景を思い出す庄司さん。出来る事なら自分の手でそれを扱ってみたいという思いが伝わってくるようだ。
伝わってくるようだが、その「インゴット」と発言された時点で俺はもうその先がある程度予測されていた。多分このインゴットだろう。保管庫から直接出すことが出来ないので実は持ってるんです、と実物をお出しするのはもう少し先まで待とう。
「それに、親父の腰の件もありまして。元々鍛冶仕事は俺と親父の二人でやってたんですが、メインで仕事をやってた親父が完全に腰をやってしまいまして、医者にも完治は難しいと言われてしまって。それで親父は完全に鍛冶仕事を続けることを諦めてしまったようです。それで今は俺が店主をやっている、という形になります。鬼ころしさんにはその件が伝わってなかったようなのです。電話口でちょっと濁したような話をしたのはそういううちの事情もありまして、私一人でそれだけの品物が作れるかと言われると……正直自信がありません」
腰をやったか。しかも完治しないとまで言われた、と。
「そんなわけで、今回は本当に申し訳ないのですが、武器製作の件はこちらからお断りさせていただこうと思いまして。わざわざ来ていただいたのに申し訳ありません」
庄司さんが頭を下げる。お母様も頭を下げる。しかし、俺はまだあきらめていない。
「現状の問題は三つ、ということでよろしいですか。一つ、素材が手に入らないこと。二つ、お父様の腰が良くないこと。三つ、庄司さんに自信がないということ。以上ですか。他に何か問題点はございますか」
「ええと……その三つで間違いないと思います。本当に申し訳ないです」
庄司さんがまた頭を下げる。俺が庄司さんの頭をガッとつかみ、ゆっくりと持ち上げる。
「問題が解決すれば、武器を作っていただける。そういう認識でよろしいですね? 」
「確かにそうしたいのは山々なんですが、解決しない、特に素材に関してはどうしようもなくてですね、それにそこに妥協しては良いものは作れないと思っています。仮に必要な数のインゴットがあったとしてもそれで一発で作れる保証はないですし、たびたび足を運んでもらう必要も有ります。揃えを作るにしても他の職人さんの力を借りなければいけませんし、その辺をうまくできるかどうか」
「居られるならですがお父様を呼んできていただいても良いですか。それと、グラスを一つ、少し大きめのをお願いします。後、お昼はまだですよね? 」
「え、ええ……まだこれからですが」
「要は、問題が解決すればいいんですよね。なら、解決しましょう。ちょっとまっててください」
車に再び戻り、車経由でインゴットを二十本とヒールポーションとキュアポーションのランク3を一本ずつ用意する。インゴット一つで一キログラム。何回か試しや失敗するとしてもこれだけあれば数としては足りるだろう。それと、ワイバーンの爪の在庫を持っているだけ出す。こういう時のための予備資材だ、放出してしまおう。
家の中に立ち戻り、インゴットを取り出す。
「これですよね。庄司さんが言ってたインゴットというのは」
「これは……持ってみても? 」
確認をすると同時にインゴットに触りだし、コンコンと叩き、そしてほおずりし始めた。
「これです! あの時見たインゴット! あぁ、間違いない。これが欲しかった。是非これを自分で叩いて己の糧として腕を存分に奮って見たかった! ……味も見ておこう」
インゴットを軽く舐め始めた。ちょっと大丈夫か?
「……失礼、望みの品を目にして興奮してしまいました。インゴットは綺麗にしてお返しします。で、どうしてこれをお持ちになってるんですか。安村さんは一体どのような探索者なんですか」
庄司さんは俺の正体について勘繰り始めた。まあ、一般公開されておらず買値も解らず、大企業が研究のために大金はたいて買い集めていった謎の素材がポンと車から出てくる。普通は怪しむわな。
「あと、これがワイバーンの爪です。手持ちにあったものをあらかじめ車に積んでおいて正解でした。とりあえず二十本ご用意しましたが、車にはまだ若干の在庫があります。これで、一つ目の問題は解決ですね? 」
「う、確かにそうです。ですが、親父の腰の問題はどうやって……まさか」
「ここにキュアポーションとヒールポーションのランク3があります。神経をやられたのか筋肉をやられたのか、両方同時にやられたのかは医者ではないので判断できませんので両方お持ちしました。どっちか解らないときは両方服用してもらいましょう。それで腰が治ったかどうか確認してもらって、その後急ぎでお昼ご飯にしませんか。ポーションを服用すると体に急激な修復作用をもたらせる弊害で体のカロリーを相当量使うんですよ。ですので、ポーションの服用の後は急激にお腹が空きます。お母様にはお昼ご飯の用意をしてもらってもよろしいですか。お父様に服用していただきましょう。それで二つ目の問題は解決です」
一気にまくし立てて怪しいセールスマンの如くこっちの手のひらから零れ落ちないようにこの一家を支える。全ては新しい武器のため。その為ならインゴットの数十本やいくらでも取れるポーションなど安いもの。これからの命を支えてくれる一品に比べたら安い買い物だと言える。
「あいたたた……俺にお客さんだと聞いてきたが、兄さんがそのお客さんか? 」
どうやらお父様のご登場らしい。だんだんお膳立てが整ってきた。
「どうも、安村と言います。今日はお願いがあって参上しました」
「この老体……というほど年は食っては無いが、病人に一体どんな用向きだ? 鍛冶仕事ならもう引退したぞ。関の刃物地帯へ見学に行くか、大手の鳩九条刃物にいくなり選択肢はいくらでもあるんだろうからそこへ行ってくれ」
「その引退、撤回してもらうべく策を献上しに参った次第です」
それらしく口上を述べておく。舞台は整えた。後はこの舞台にみんなが乗ってくれるかどうかにかかっている。
「ほほう、この腰を治せるってことか! おもしろい、一つ賭けに乗ってやろうじゃねえか。兄さんが勝てば兄さんの言う事を聞く、もし俺の腰がより悪くなったらその時は、もうそっとしといてくれ。息子に後は任せた。鍛冶場を畳むなり、なんなら店を畳んで他の仕事をするなり、好きにやらせるつもりだ。で、どんな手を使ってくるんだ? 」
「ここにポーションが二種類あります。どちらもランクは3です。これを混ぜて……」
用意されたグラスにポーションの中身をすべて注ぎ入れる。ポーションを混ぜて飲んで効き目があるかどうかの治験は無いが、ダンジョンのやることだし両方飲んだら両方に効果があるだろうぐらいの気持ちで混ぜている。
もし混ぜて効果が対消滅するようなら、事前にポーションの効能について誰かがレポートを提出しているはずだが、それが無いということは効果はあるものだと考えていいはずだ。
「なるほど、ポーションか。効果のほどは耳にしているし、鍛冶仕事をしてる間にも世間話で効能についてはいろいろ聞いてる。まさか自分が飲むハメになるとは思わなかったが……ちなみにこれ、いくらするんだ? 」
「それが俺の賭け金ですよ。効かなかったらパァ。もし腰以外の悪い所が治ったとしても、腰が治らなきゃ意味ないですからね。だから腰に効くように今必死にダンジョンマスターにお祈りをしている最中ってところですかね」
そう言いつつ、もしかしたらランク4のほうが良かったかも?とか思い始めている自分がいる。なぜランク3でいいと思ったのか。ヒールポーションだけでもランク4にしたほうが良かったのではないか。妙にけち臭い所がここに出てしまったと既に後悔を始めている。
「なるほどな。随分な賭けだが、兄さんの探索者ランクからすればこれも端金の内に入るのかな? 」
「それはどうでしょう。収入は収入ですし、他の探索者からしたらまた随分なことをやっているなと言われるかもしれません。でも、面白い賭けではあるでしょう? 」
「確かに。どっちにしろそれで俺の体のどこかが良くなる、それもこっちは前賭け金無しときた。この賭けに乗らない理由はねえやな。母さん、飯の準備は出来てるか? 」
舞台に上がってくれたらしい。
「お昼は素麺ですけど、安村さんの分も茹でるべきかしら? 」
「それはこいつを飲んでから決めることにすればいい。じゃあ、飲むぞ」
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