1016:しっくりこない
毎日の誤字修正、大変ありがたく思っております。
今日も暑い朝だ。エアコンをつけて寝たが、喉の渇きをおぼえてついアラーム前に起きてしまった。寝る前に水分はちゃんととったはずなんだがな。どうもエアコンによって水分がかなり奪われたようである。
まず寝起きに冷蔵庫から冷やした水を一杯飲む。水分をきっちりとった上で、朝食を作ろう。いつものメニューをいつもより少し早い時間帯に食べることになった。お腹は……途中で空いたらまた考えよう。保管庫には一応胃袋を少しだけ満たしてくれるためのものがいくつか存在する。
小腹が空いても外の暑さにもかかわらず保管庫でそこそこ冷えてくれているおかげでチョコ物のお菓子でも無事に食べることが出来るのは便利さの一つだ。
今日は探索へはいかない。鬼ころしへ行く。昨日の一件で折れた直刀の代わりを探さなければならない。柄があるんだから直刀の代わりは要らないんじゃないかという意見も俺の中にはあるがそれだと六十三層へ向かう道中の石像の相手を芽生さん一人に負わせる形になるのであまり精神的によろしくない。
芽生さん自身はどう考えているかは解らないが、二人だけのパーティーでどちらかに依存した形で物事を進めていくのはごく限られた状況だけにしておかないと、詰みが発生する可能性が高くなる。
精々保管庫のおかげで荷物の重さを感じることなく探索が出来る、出来れば依存する形のものはこれだけにしておきたい。その為にはやはり実体剣のような物質的な攻撃力を持つ装備を俺が間違いなく持っているという状況は必要だ。今日一日をその為に使うだけの価値がここにはある。
鬼ころしへ行くと言っても朝食を食べ終わってまだ午前八時。店が開くまでには時間があるのでニュースを見る。すると、新熊本第二ダンジョンの公開日時と詳細が発表されていた。
新熊本第二ダンジョンのおおよそ七層までのドロップ品の価格や戦力の予想などが揃ったため、暫定的にダンジョンへの民間探索者の入場を許可する、ということらしい。
ただし条件として、Cランク以上の探索者でないと入場を許可されないということと、潜っても十五層までにしておくこと、八層以降のドロップ品についてはまだ詳細が出切っていないため、査定拒否になるものが出てくる可能性があることなどが注意点として挙げられていた。
そして、オープン日は価格改定に合わせた八月一日。俺はしばらく行くことは無いだろうが、どういう食品がどのような形で出て来るかは非常に興味がある。
ニュースサイトにはサンプルとしてダンジョン庁が提示したドロップ品のある程度の品目が公開されていた。パッケージに謎の文字のようなものが描かれているが、中身は小麦粉っぽい何かと米、それからラッピングされた真っ直ぐ上から下まで同じ太さのネギ。とにかく色々出るらしいということは解る。
ダンジョン産食品として珍しさだけではなく味や見た目、それから他の食材との組み合わせなんかも考えられて、ふるさと納税の返礼品なんかになったりしたらそれは面白そうだ、俺も食べてみたい。
国内ではあるが精神的距離が比較的遠い熊本という地域に思いを馳せながらスレッドを見ると、ついに公開日確定かという情報と共に、そういえば捕まった配信者のあいつどうなったんだっけ? という話題になっていた。どうやら罪状が不法侵入だけだったので早々と釈放はされたらしいが、ダンジョン庁の罰則が公開されている訳でもないので今どうなっているかまでは解らないらしい。
それ以外にも価格改定前とあって、どの品目がどのくらい下がるのか、それによって探索者としての収入がいくら減ることになるのか、等の暫定計算があちこちで行われている。
俺としてはスノーオウルとダーククロウの羽根の価格だけを気にしていればいいので結構気楽な気持ちでいる。そもそも、その収入に頼らなくてもダンジョンに一回潜れば一般的なご家庭数年分の利益を出して戻ってくることが出来るのだ。
スノーオウルの羽根が値下がりするのに加えて、B+ランクの探索者の拡充ともなれば市場にあふれ返るのが目に見えている。何より、ダーククロウに比べてスノーオウルは格段に出てくる数が違う。階層が浅いけど人目につくところにしか生息しにくいダーククロウのほうが少ないぐらいだ。
スノーオウルの羽根の価格はめいっぱい下がっても不思議はない、ということだけ考えておこう。後はワイバーン素材か。肉は希少で美味しいからそのままだとしても他の素材も値下がりする可能性はあるな。他にもいろいろ想像だけはしておこう。
魔結晶とポーションが値下がるような出来事は今のところは何もないはず。この二つの値段が探索者にとっての生命線だ。そこにだけは引き続き注視していくことにしよう。
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いい時間になったので開店に合わせて車を出発させる。人の目がある所で荷物を買いに行く都合上、車移動のほうがいいだろう。街中を危険物ぶら下げて平気な顔をして、探索者だから大丈夫ですと説明しながら移動する趣味は無い。車のほうが便利なら車で移動するに越したことは無いのだ。
しかし、久々の交通危険地帯。腕は鈍っていないだろうかと、家の近くの狭い路地をあえて通ってから太い幹線道路に繰り出したが、運転の腕は大丈夫そうだ。後は他の車がやらかさないことを祈るだけ。ここからは信心こそが俺の命を守ってくれる。最悪の場合【物理耐性】の出番になるだろうが、そうならないことをやはり祈る。祈りはすべてに通じる。
祈りながら運転をする姿を他の人が見たらどう思うのだろうか。まあそれはさておき、何事も起きずに県境をまたぎ、清須市へ入り、清州ダンジョン近くまで向かう。清州ダンジョンから鬼ころしはすぐだ。目印にするにも清州ダンジョンは結構わかりやすい。
開店五分後に鬼ころしに到着、良い感じに到着できたなと自分を褒めながら早速武器のコーナーへ。今日は値札を見ない日だ。値札ではなく手に持った時の感覚や重心、それから強度なんかを調べ、気に入ったものなら安かろうと高かろうと購入する。
とはいえ、安すぎるものも不安である。普段の収入から考えれば一日で元を取れるぐらいのもの、となるともはや重要文化財扱いされてそうな骨とう品ぐらいしかないのではないかとも考える。しかし、そこまで高級な品を一店舗レベルで仕入れることもできないだろうから、そこそこの値段……そこそこの基準がよく解らなくなってきた。俺の財布的には、そこそこの値段とはいくらなのだろう。
試しに形の似ていたショーケースに入った日本刀を店員に言って持たせてもらう。流石に鞘付きの状態ではあるが、上下に軽く振って重心感覚を確かめる。が、どうもしっくりこない。
以前使っていた直刀と同じモデルの、さらに品質の良いとされるバージョンがあったのでそれも持たせてもらった。確かに前のモデルに近く、重心もそれほど変化しないし前に比べて強度も四割ほどアップしているらしい。お値段は二倍ほどになっているが安いものだろう。
これで決めてしまってもいいものかどうか悩む。とりあえずの一本として保有しておくのは問題ないだろう。しかし、この先この一本で俺は戦えるのかどうかと言われたら答えは否だろう。そして、B+ランク探索者として恥ずかしくない一本をもう一つ、何か仕入れておきたい。
うーん、何かいいものは無いかな……
「何か引っかかりがあるように感じられますが、当店の品ぞろえではご満足いただけない様です。ならば、直接製造元に問い合わせてみる、というのはいかがでしょうか」
店員が一つ案を出してきた。直接販売、そういうのも、あるのか。
「とりあえずこの一本は予備で購入しようと思うのですが、メインウェポンとして使っていくとなるとちょっと不安というか、強度の面でも不安がありまして」
「強度の面、と申しますと具体的にどんな感じになりますか? 一例を出していただけますとある程度の御説明や解説をさしあげることは出来ると思うのですが」
そうだな……せっかく相談に乗ってくれるということなので、正直に話してしまうか。
「とりあえず、この一本をください。その後で車から現品を持ってきますので」
「かしこまりました。お買い上げありがとうございます」
新しい直刀を手に入れた。前のよりもよく切れてよく耐えていいものに仕上がっているらしい。お値段六十万円。出費としてはモンスター一匹掻っ捌けば元値は取れる形になる。予備として持っておくにはそれでも安すぎる出費だろう。
車に直刀を置きに行き、ついでに保管庫からポキッと折れた直刀の残骸を取り出して袋に入れ、それを店の奥で広げる。
「これは見事に折れてますね。ゴーレム叩いてもここまでの破損は無いと思いますが、よほど酷使されたか、ダンジョンの壁を殴ったとか、そういう感じなのでしょうか」
「まあ、ゴーレムのようなものを叩きまわった結果、という所でしょうかね。今探索している層ではこれではちょっと強度不足だったということだと思います」
店員が破断した断面を念入りに見て、明らかに硬いものを殴ったんだな、という事を感じ取っていたのか、一通りのチェックを済ませた後一つ提案をしてくる。
「どうでしょう、ここはメーカーのほうへ直接出向いてもらってこれを見せて訳を話し、解決できそうな武器をオーダーメイドで作ってもらうということが出来るとは思うのですが」
「オーダーメイドですか……」
ふむ、考えないでもなかったが、伝手がなかったので考えの中からは外していたんだが、逆に提案されるとは思わなかった。オーダーメイドの一品物。スーツもオーダーメイドだし、ここは武器も……というのも悪い話ではない。ただ、こっちも価格は天井知らずなんだろうな。
「失礼な聞き方で申し訳ないのですが、御社にはそういう伝手があって、それを使わせてもらうことが出来るという事でいいのですか? 」
「別に失礼ではないですよ。それに、直接紹介でいくらかキックバックをもらうという契約を結んでいますので、逆にどんどんこちらから紹介させていただいたほうが嬉しいぐらいなんですよ」
普通はそういう話は店長ぐらいしかしないような内容だとは思うのだが、店員全員にそれが周知徹底されているということは、それだけ探索者により良い一品を提供できるように企業努力しているということでいいのだろうか。
「なるほど……ちょっと考えさせてください」
金が余分にかかるという点は何の問題も無い。そしてしっくりくるものが無い以上、オーダーメイドという方向に行くのは自然な流れだ。そして、オーダーメイドなら体に合った品物を作ってもらうことも難しくないだろうとは考えられる。問題があるとすれば、出来上がるまでにそれなりに時間がかかるということか。
オーダーを入れたとして、出来上がるその間に使う予備の武器は仕入れたばかりだ。前のよりも丈夫で切れ味が良いと言われている以上、信用するしかない。また折れたらその時は文句を付けに来ることとしよう。
「そのお勧めしているメーカーさん、普段はどういうものを扱っているのですか? 」
オーダーメイドの意見、受け入れてみよう。いざ行ってみてダメだったら他のメーカーさんをまたお勧めしてもらう、という形にしようとおもう。
「そうですね、この近辺だと数社あるんですが、それぞれ得意なものは違っています。お客様は片手剣タイプの武器をお求めなようですのでお勧めするのはこちらとこちらと……それからこちらですね。ちなみに先ほど購入された直刀はこの辺の会社では無くて全国的に商売しておられるので、この近くに支店みたいなものは持っておられないですね」
直刀の延長上でより高品質なものがあれば、と思ったがそれはちょっと難しいらしい。まあ時間はあるので実際の会社へ出向いてお願いをしに行くことは不可能ではないが、出来るだけ地場産業に貢献したいという気持ちもある。地元の会社で何件か回ってみるのがいいかもしれないな。
「なるほど……解りました。鬼ころしさんから紹介を受けてまいりました、という形で事前にお断りを入れさせてもらえればいいのですね? 」
「是非それでお願いします。それで当店も潤いますので」
ちゃっかりしているが、自分の店からお客さんをそっちに誘導しましたよ、ということでお互いに儲ける算段が出来ているのは説明してもらったのだし、本来なら店と会社同士でやり取りする間に一枚噛ませてもらうのだから、その分会社にも店舗にも利益が出るようにしなくてはな。
「それではいくつかの企業を回らせてもらおうと思います。今日はありがとうございました」
「いえ、体に馴染んでしっかり使える一品に出会えることをお祈り申し上げております。本日は毎度ありがとうございました」
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