1015:報告 ~ギルマスが仕事している~
ダンジョンで潮干狩りを
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夕食の時間を終えてささっと荷物を片付けると、エレベーターに乗り込む。リヤカーの上にはクロスワードと今日お出しできる分のドロップ品であるヒールポーションのランク5が八本。五十七層以降のドロップ品で査定にかけて金がもらえるのはここまでだ。
これも価格改定で新規追加されるそうなのだが、多分六十一層以降のワニ革や亀の甲羅、それからエンペラについてはまたしばらく時間がかかるだろう。自分たちが先頭を走っている都合上仕方がないとはいえ、これがもし保管庫持ちではない俺たち以外の探索者だった場合、自分のテントに置きっぱなしになるであろうドロップ品が盗まれたりしないかヤキモキするに違いない。
その点こっちは保管庫に仕舞われているので、盗まれる心配もない。しいて言えば俺にしか見えない保管庫の中身リストを見逃して何処へ行ったか探すという作業が必要になるわけだが、それも頻繁に出し入れしていれば割と解りやすい所に出て来てくれるのでこれもヨシ。
そういえば、個別で時間を設定できるようになって以来何か保管庫のレベルアップみたいなものは起きてないのだろうか。試しに時間経過ダイヤルをいじって見たりはするが、最大値は百、最小値は百分の一でこれも変化なし。保管庫は保管しているだけではレベルアップに値するものを中々しないらしい。
相談できる相手が居ないのでヒントも何もない。今度ミルコと顔を合わせる機会があったらヒントでも聞いてみることにするか。
一層に到着し、クロスワードをしまい込んでリヤカーを引き退ダン手続き。ここ最近リヤカーに乗る品物が少ないことに不思議がっている受付嬢を尻目にリヤカーを戻し、ポーションだけ抱え込んで査定カウンターへ。
「今日もポーションだけですか」
「価格改定までの我慢です。その時になったら嫌になるほど持ってきますんで一つよろしく頼みますよ」
「解りました、私が担当するかは解りませんが覚悟しておきます」
ポーションをそろえて数を確認、そして種別にチェック。二等分してもらって今日のお賃金、六千九百十二万円。そこそこキリのいい数字になったのでちょっとお得感が出たな。実際は六十一層に潜っていなければもう二本か三本分ぐらいの収入はあったかもしれない。
しかし冷静になって考えよう。今日は直刀が折れるというハプニングに出会った。もしもっと早くから直刀を使い込んで戦っていれば、より早い時間で折れていた可能性がある。そうなれば俺のやる気も折れて早く帰ってきて、結果的に見込み収入が少なくなっていただろう。
それに比べれば、六十一層の情報を仕入れて来た後で事件が起こったのは幸運だったのかもしれない。もしかしたら指輪も拾わなかったかもしれない。今日はこれで良かったんだ、と自分に言い聞かせておこう。
支払いカウンターで振り込みついでに念のためギルマスが居るかどうかを確認する。
「ギルマスなら今日は遅番なのでまだ居ますよ。会いに行かれますか? 」
今日は居るらしい、珍しいこともあったもんだ。もしかしたら価格改定を前に会議だの連絡事項だのが重なって、すべてのギルマスが揃う時間が遅くなってしまって会議も遅く終わった、なんてことだったかもしれないが、今日の出来事を今日の内に報告できるのは幸運。これも直刀が折れた分の運をつかみなおしたんだと考えておこう。
「ギルマス居るらしい。今日中に報告と提出は済ませておこうか」
「そうですね。それが良いと思います。明日報告だけしてとんぼ返りで武器を探しに出かける、なんてことをせずに済みますし、そうじゃないにしても探索の時間を使って報告をしなくて済む分、稼ぐことを考えたら時間効率も良いです」
二階に上がり扉を三回ノック。
「こんな時間に来るのは安村さんかな? それとも他の誰かかな? 三十秒したら入っていいよ」
三十秒待たなければいけないらしい。たかが三十秒、されど三十秒。きっちり数えて中に入ると、ギルマスの机の上は片付いていた。どうやらみられると本当にマズイ書類や何かを片付けていた可能性が高いな。
「こんな時間にお疲れ様。何か報告? 」
「えぇ、新階層に下りて来たので映像でのデータ提出とドロップ品の確認ですね」
「じゃあさっさと済ませてしまおう。私も予定より少し遅めになってしまっていてね。本当は後一時間ほど早く帰る予定だったんだが」
頭を掻きながらぼやくギルマスに、スマホからパソコンへデータの転送をする。それから保管庫からドロップ品を出し、まずはドロップ品の説明から始めることにした。
「まず、ドロップ品ですが二時間ほど潜った範囲内での結果になりますのでこれ以外にもなにかドロップするものがあるかもしれません。その前提でお願いします」
「解った。いわゆるコモンドロップ品という奴だな。ワニ革と甲羅と……何かの肉だね」
「芽生さん曰くすっぽんで言う所のエンペラに当たる部分ではないかという話らしいですが」
俺自身もそこまで食肉に詳しいわけではない。専門家の見識を待たなくてはな。
「なるほどエンペラか。熱燗に合うんだよねこれ。食べ物なので試食してもらって価格のほうを決めるという形になるだろうから、出来れば手持ちのエンペラは全部出してくれるとありがたいんだが」
確かに。ワニ革はそれの大きさや質感をそれぞれで見て回ればそれで終わりだが、食肉は味も風味も効果も食べてみないと解らないし、そもそも食べられるものなのか、という点からも調査が必要なものだ。数は必要だろう。
手持ちのエンペラをすべてギルマスに提出する。流石にカニの時みたいに皆も食べていいからじゃんじゃん食べてじゃんじゃん宣伝してください、と言えるほど数は多くない。
「二時間ほどで、しかもモンスターの密度が低かったので今ある手持ちはこれだけですね。数としては心許ないでしょうがまた足りなくなった際は潜って取ってこようと思いますし、もっとレアなドロップ品……たとえば先日提出した指輪に代表されるようなものがあればまた持ってきますよ」
「悪いねえ。本当なら私も早速持って帰ってこいつを温めてキュッと一杯やりたいところではあるんだが、ダンジョン産でしかもこの大きさとなるとかなりの値段になりそうだからね。とりあえずドロップ品とモンスターについては報告を上げておくことを約束しよう。それ以外に何かあるかな? 」
「あの、私から良いですか? 」
芽生さんが珍しく声を上げる。
「何、どうしたの? 」
「先日官庁訪問に行ってきまして。もうすぐ二次試験面接があるのですが、その際に探索者として既に探索経験があることを表に出してアピールしてこようと思うんです」
「なるほどね、確かにトップ探索者であることはこっそり隠して潜ってるところにいきなり探索者であることをアピールしても伝わらない可能性があるということかな」
「大体合ってます。公式的に、私たちは何階層まで潜っていることにしていいのか、それを公の場に出していいのか、という点について、ギルマスはどうお考えですか」
ギルマスの動きが止まる。そして机の上をトントン……と叩き始め、少しして手が止まった。
「これは今度の価格改定にも引っかかる話なのでここだけの話にしておいて欲しい。その前提で私なりの見解を述べる。ついでに真中長官への報告もしておいたほうがいいだろうな。君らの探索階層はある程度の機密になっているからね。その前提で言えば、五十六層までは到達していることを公にしてくれても構わないと、情報を把握している範囲で私には答えることが出来る」
五十六層か。流石に現状最深層である六十一層と言えないのと、価格改定についての話が両方にかかってくるとなれば、おのずと何が言いたいかは見えて来た。
「あれですか。今度の価格改定を機に、現状ギルドで査定できる物品のリストを画像付きで掲載とかして、買い取りが可能な範囲である五十六層までのドロップ品リストを公開するということで合ってますか? 」
「安村さんはさすがだね。ほぼそれで合ってる。そしてついでに言えば、価格改定のタイミングでB+探索者の開放も視野に入れている。ダンジョンマスターの存在が公になった以上BとB+を分ける理由が非常に乏しい。そして現状のBランク帯探索者とB+ランク帯探索者は戦力面でも収入面でもかなりの差がついている。そこを認識してもらったうえで、それだけの報酬に見合った危険度のダンジョンの階層に挑むことになるけれどそれでもなるかい? といった具合でB+ランクに見合った実力とギルド税を条件にパーティー単位で引き上げることを考えている」
パーティー単位でということは、田中君はやはりBで止まってしまうことになるんだろうな。でも、B+ランク帯を一人で行動するような頭のおかしい奴はまず居ないだろうからそのほうが安全でいいともいえるな。
「それに伴って、今後爆発的に供給が増えるであろう階層のドロップ品については軒並み値下がり、というのがダンジョン庁の見解でね。これもまだ未発表情報になるが、三十三層から四十四層にかけてのドロップ品は軒並み値下げをしてとにかく市場に供給が増えていくに伴って現状以上の需要が発生すると思われる。その中でドロップ品の価格が……まぁ、これも今更だから言っちゃっていいかな。安村さん達が困らないようにわざと適当な価格設定をしてとにかく持ち帰ってきてもらう形にしてたのをモノの需要を見込んだうえで価格を再設定することになった。既存のB+ランク探索者はともかくとして、新しくB+になった人たちには解らないだろうから、ということだ。B+の人たちにとっても、これから人が増えて供給が爆発するんだからその分値下げして市場に物を流すことを優先されてもまぁ仕方ないか、ぐらいの認識でやっていってもらうことになる。さて、ちょっと長官に連絡しておくね。文月君のことで一応一報を入れておかないといけないから」
ギルマスは一言で現状をまくしたてると席を少し外し電話。真中長官と連絡が取れたらしく、芽生さんの今何層まで潜っているかについての認可というか、黙認してもらえるかどうか確認してくれているらしい。この娘のために国を動かすことになった、という言い方もできる。やはり芽生さんは期待の大型新人だった。
「なんか、大げさな話になってません? 」
「本来ならもっと大げさな話になってるはずなんだよな。誰にも知られていなかったダンジョンの最深到達点の達成者が弱冠二十一歳の美少女だった、となれば週刊誌にワイドショーものだぞ」
「取材費は貰えそうにないですね。でもそれも仕方がないのかもしれません。この道を選ぶと決めた以上多少の露出は見込んでおかないと」
芽生さんは覚悟を決めたらしい。なら、仕事上のパートナーとして俺にもスポットが当たるという点についても覚悟が必要だろうな。
「話はついたよ。文月芽生さん、安村洋一さん、あなた方をダンジョン庁として公式に、五十六層まで潜っている探索者ということで探索者の備考欄に乗せることを覚悟していただきたい。それが条件です」
「解りました、安村洋一、承諾します」
「同じく文月芽生、承諾します。これで、何処まで潜ってるか聞かれた時に五十六層だって答えていいことになるんですよね? 」
「そういうことになる。自称じゃなく公認だからね。ダンジョン庁にホラ吹いてるパーティーが居たと苦情が来ても、その二人は公式に到着したことを認めるって手続きが今終わったところだね」
これで情報封鎖も解禁か。やっと大声出しても良いと言われると肩の荷がまた大分下りたな。
「これで後は価格改定の時にダンジョンを往復したふりをして荷物をドンドン運び入れることになるわけですね。裏口から保管庫経由でこっそりって形にはなりませんか? 」
「そうだなあ、量にもよるかな。どのぐらいになりそうなの? それ」
「どんなに少なく見積もっても一トンは超えますね。以前提出して価格改定で値段を出すって言われてるインゴットが一つ一キログラム、これが千二百ほどありますんで」
「つまり、リヤカーで何往復もしなきゃいけなくなるってことか。保管庫のことは引き続き機密であるとして、律義に保管庫を使わずに往復する……とやってくれた方がこっちとしても見物ではあるかな。それに、奥からそれだけのドロップ品を持ち帰っていることを周りにも見せつけることが出来るから、本当に五十六層まで潜ってるんだという証明にもなるからねえ」
やはりだめか。価格改定の後は一日荷物の出し入れでつぶれることになりそうだな。
「解りました。確かに目で確かめてもらうことは大事ですからね。諦めてエレベーターを往復することにしますよ」
「そうしてくれるとありがたいね。それに、それだけの旨味を搬出してるってことにもなれば他の探索者のやる気にもつながるからね。そこまで潜ればこれだけの収入が得られるって確証になる。確かにばからしい手間だが、他の探索者はみんなやってることだ。たまには保管庫に頼らずに、探索者らしいところを見せつけるのも大事じゃないかな」
「そうします、じゃ、この辺で報告は以上とさせていただきます」
「うん、ご苦労様。またよろしくね」
ギルマスの部屋を出て一呼吸、そしていつもの冷たい水を飲んでリフレッシュ。もう日も暮れたし、帰るにはいい時間だろう。明日は早速鬼ころしへ向かう必要があることだし、少しだけだがゆっくりできるな。明日は外食で一日を食いつなごう。
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