101:ただいま七層また来てテント
百話おめでとうのコメントありがとうございます。
七層に帰ってきた。屋台を見るとあー帰ってきたんだな~という気分にさせられる。時計を見ると、午後八時ぐらいだった。
補充する物は今のところないかな。多村さんはまだフンショックから立ち直れていないらしく、早くテントに戻ろうと無言の圧力と催促をかけてくる。まずは戻りましょうかね。
新浜パーティーのテントに戻ると、皆勢ぞろいだった。
「お早いお帰りで。もう少し粘ってくるかと思うてましたが」
「キュアポーション手に入れるまで、と思って狩りしてきました。後、意外に収入が多くなりまして」
バッグに詰まったダーククロウの羽根を見せる。
「なんですそのダーククロウの羽根の量は」
「八層九層の階段に詰まってまして、それを掃除した時に一杯出ました」
「それは不運なのか幸運なのか」
「不運だったのはリーダーだったかもしれませんね」
「どういうことです? 」
多村さんが勿体なさそうに会話を続ける。
「階段に詰まったダーククロウ、排除するのに熊手でやってたんですよ。つまりダーククロウ潮干狩りですよ」
「あ~……それは見たかった……なぁ……」
明らかに新浜さんのテンションが落ちている。もう今日は寝てしまおうと言わんばかりの落胆ぶりだ。
「別にみても面白いものでもないとは思うんですが」
「動画でなく生で見れるところにポイントがあったんですよ……」
「リーダー落ち込みすぎですよ」
「だってさぁ……生だよ生。多村君いいなぁ、私がついていけばよかった」
「私もああなるとは遭遇するまで思いませんでしたので」
「次詰まってた時は是非お願いしますね」
「詰まってること自体問題な気がしますけど、まぁ機会があれば」
潮干狩りの何がこんなに人の精神を操るのだろう。正直俺にはよくわからない。常に合理的最適解を求めてるだけなんだが……
多村さんはリーダーに一杯食わせた後早速フンを落としにかかっている。ここまで精神的にきつかったろうなぁ。
「そういえばですね。道中で拾った革とダーククロウの羽根をこっちで引き受けて、そちらにその分の魔結晶なり肉なりを渡してお互いの荷物の調整しようって話ですが」
「そういえばそんな話してましたね」
「ダーククロウの羽根、予想以上に溜まったんですけどどうします? 」
「とりあえず……羽根をあるだけ出しましょう。それから考えませんか」
ダーククロウの羽根を拾っただけあるだけ出す。これは布団二枚分ぐらい余裕であるな。
「予想以上の収穫ですね。なんならここで商人にうっぱらっても良いぐらいに」
「んー、それも考えたんですが私が持ち帰ることにします。二泊する準備はさすがにしてきてないので」
「じゃぁ、すぐに帰られるんですか? 」
「いえ、さすがに疲れたので休憩はします。その後で、ですね」
正直ちょっと疲れた。休んでから帰りたい。二十四時間営業なのだからいつ帰っても問題ないのはこの際プラスだ。
「では、テントを出すのも面倒でしょうし私らのテントで休んでいかれてはどうです? 」
「お邪魔じゃないでしょうか」
「まさか、大歓迎ですよ。その荷物の様子では、羽根を避けてテントを出して仕舞ってをするのも面倒でしょうし」
「こちらとしては、嵩ばるドロップ品を交換してくれるだけでも大助かりですから」
お言葉に甘えることになった。こちらからはダーククロウの魔結晶を、新浜パーティーからはワイルドボアの革とダーククロウの羽根を受け取り、交換が成立した。
ダーククロウの羽根は凄い量になったが、無理やりバッグの隙間やテントケースに詰め込んでしまう事で体積の低下を図った。これ、査定に出すとき大変だな。念のためエコバッグを一つ外に出しておく。
ここで飲み切るつもりで水と食料を外に出してバッグの口をぎゅうぎゅうに縛り、ダーククロウの羽根を無理やり詰め込むことには成功した。ただ、地上に出るまでバッグを開けると大変なことになるという事に違いはない。
これは帰りは強行軍だな。その為にもしっかりと休憩を取っておかないと。テントの一部を貸してもらったことだし、少しゆっくりさせてもらおう。まずは仮眠だ。その後のことはその後考えればいいや。
◇◆◇◆◇◆◇
side:新浜パーティー
安村が仮眠している間、新浜パーティーは少しテントから離れて会話する。安村を起こすのは悪いという気づかいと、その安村についての報告を聞くためだった。
「いいなぁ……生潮干狩り」
「まだ言ってるんですかリーダー」
新浜はまだ落ち込んでいる。落ち込みつつも報告を促す。
「で、稼ぎのほうは? 」
「二人合わせてダーククロウの羽根一杯と魔結晶が四十五個、ジャイアントアントの牙が十五個、魔結晶が六十三個、キュアポーションが一個。あとはワイルドボアの肉が十個、革が一枚、魔結晶が八個」
「ざっくり計算して……羽根は除外するとしてざっくり十二万ってとこか」
「等分割なんで六万ぐらいですかね。ちなみにキュアポーションは記念に安村さんにあげました」
「ざっと三時間で十二万。小遣い稼ぎにはいい儲けでしたね」
多村は臨時収入にホクホク顔のようだ。ちなみに新浜パーティーはパーティー内ルールとして、パーティーとして潜った以上戦果は合計してから等分するというルールを課している。
そのため、多村が回収してきた六万円分の素材は各人に分け与えられることになる。
「まぁ、予定外があったおかげですかね。トレインに遭遇して無傷……フン一発だけで帰還したのが一番びっくりですが」
「ステータスの件ですが、ステータスを使う、という妙な言い方になりますが、あるんじゃないでしょうか」
「そういう動きだったと? 」
新浜は身を乗り出して興味を隠さずにさらに深く聞き込む。
「動きの緩急が人体のものじゃなかったですね。急加速急減速を自在に操るというか」
「被弾なし、か。動体視力がいいだけでは話がつかないな」
「もっと苦戦して帰ってくるものと思ってたが、そうでもなかったようだね。安村さん、うちのパーティーに入らないかな」
新浜が素直な感想を口にする。新浜は決して冗談でパーティーメンバーを誘ったりはしない。真剣に考えての希望だろう。
「無理だと、思います」
「多村さんは何故そう思う? 彼がそう言ってた? 」
「小西は自宅のようなものだ。自分は産まれてこの方実家から出たことはない、と」
「なるほど、じゃぁ我々が小西に行ってみるのもありだな」
「たまにはいいでしょうが、安村さんにやけに執着しますね」
「冷静に考えてみてくれ。ここまで二人で来て、ここから九層へ行って帰ってきて、彼がダメージを受けた姿は見た? 」
全員を見渡しながら新浜が訊ねる。他のメンバーは上を向いてここまでの場面を思い返しているようだ。
「そういえば、ダメージらしきダメージは負ったことないですね」
「こっちもですわ。六層でワイルドボアの突進を受け止めたりはしてますが、ダメージっちゅうダメージはうけとりませんわ」
「まだDランクらしいけど、Cランクに上がるのもきっと早いはずだ。それに」
「それに? 」
「安村さん、一人で七層から帰る気だよ。つまりそこに不安がないって事になる。それだけの自信か実力があるんだと思う。だから」
「だから取り合いになる前に唾つけておこうと? 」
「無理かな? 」
「選択肢としてはベターだと思いますが、本人は断ると思います」
多村は安村について、形を決めてダンジョンに潜ったりするタイプではないだろう、という印象を受け取っていた。その点については平田も同様だった。
「ただ、たまたま出会って一緒にパーティーを、というのは断らないでしょうね」
「それは私が誘った時も同じですわ。向きが同じなら一緒に行こうってタイプやと思います」
「小西に遠征するのも計画してみようかな」
「でも小西の七層、ほぼ人が居らんらしいですわ」
「完全自給自足、だからこそのチャンスでもあるわけか」
「取り合いになる可能性はないですからね。ただここよりちょっと遠いのと、駐車場が無いらしいです」
小西ダンジョンに駐車場が無いというのは小西利用者には当たり前のことだが、清州ダンジョンに慣れたパーティーには致命的な面でもあった。自動車通勤者が多いのだ。
「駐車場が無いのは辛いなぁ……」
「現実の移動の手間がある小西か、栄えてて便利だけど人との取り合いが発生する可能性がある清州。どっちもメリットデメリットがありますね」
「小西に遠征してみるのも面白いし、そこで安村さんに出会ったらまた一緒にパーティー組む、ぐらいが落としどころかな」
「でも安村さん、小西にパーティーメンバーが居るって言うてましたわ」
新浜は意外そうな顔をしなかった。安村は明らかにパーティー慣れしている。そういう風を感じ取っていたからだ。
「そうなのかい? その人も一緒にできたらいいね」
「とりあえず、安村さんには今度聞いてみよう。教えてくれたらいいんだけどな」
「ステータスの件は彼の動きを参考にして、もし存在するのならそれを我々でも使えるようにしよう」
「じゃぁ、体ごなしに出発の準備を始めますか」
無理に誘わない事も大事だ。でもまた機会はあるだろうと新浜は思っていた。
◇◆◇◆◇◆◇
何時間ぐらい寝ただろうか。テントの周りでは新浜さんたちが忙しく動いている。
「もしかして、寝すぎてお邪魔しちゃいましたか」
「いえ、むしろベストタイミングでしたよ。もう少しで下層へ出発するところでしたから」
時計を見ると午前一時。四~五時間ぐらい寝てたことになる。疲れは……うん、大体取れてるな。これなら無事に一層までたどり着けるだろう。
「喉乾いてませんか? 丁度いれたてのコーヒーあるんですが」
「あ、ありがとうございます。ちょうど水分取ろうかと思ってまして」
「豆の使い終わりだったんで多少薄いですが、濃過ぎてトイレが近くなるよりはいいと思います」
「水分ならなんでも。いただきます」
薄めのコーヒーでカロリーバーを流し込む。
「あ、それバニラ風味ですよ、いいんですか? 」
「もともと愛食してまして。今後手に入りにくくなるのを考えると寂しいもんです」
しっかり買い貯めてあるけどな。
「上層はどうなっているんだろう」
「来るときは三層までスライム狩りが入り込んでいる感じでしたね。さすがに四層でスライムまで相手にしてる人は見かけませんでした」
「しばらく続くんですかねぇ」
「続くんでしょうねえ」
新浜さんは諦めたようにつぶやく。やっぱり続くのか……公開しなきゃよかったかな。
「査定カウンターは激混みでしょうね」
「三十分待つぐらいで済めばいいのですが」
「一人でお帰りになるつもりですか? 」
「同じ方向に帰る人が居ればご一緒出来れば楽だとは考えてますが、まぁ大丈夫だと思ってます」
「十分お気をつけて」
「お気遣い感謝します」
丁重にもてなされすぎている感がある。あまり深入りしすぎるのも向こうのパーティーに悪い。ほどほどにしておかないとな。それに彼らは七層をベースキャンプとするパーティーだ。俺より一枚も二枚も上の探索者達だ。俺が足を引っ張りかねない。
「さて、それでは私は戻ろうと思います。ずいぶんお世話になりました」
「また清州に来たならぜひ訊ねて来てください。安村さんならいつでも歓迎ですよ」
「ありがとうございます。では失礼します」
新浜パーティーを後にする。良い人たちだったな……
六層側の階段へ向かう。どうやら同じタイミングで帰る人は居るみたいだ。その人の後ろをコッソリついていこう。そのほうが楽が出来そうだ。
平田さんみたいに声をかけて一緒に帰るというのも手だが、きっとあちらもドロップ品でバッグが満載のはずだ。お互いが邪魔になるといけない。だからコッソリ後ろをつけていこう。
何事も無く帰れるといいな。
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