1007:官庁訪問 1/3
大体想像図でお送りしております。こんなんじゃなかった、という意見は受け入れますのでどうぞよろしくお願いいます。
side:文月芽生、ダンジョン庁にて
省庁訪問。国家公務員総合職、一般職が試験に合格した後情報収集や自己アピール、現場の実態を確かめるために行う試験の一環であり職場参観の制度である。
安村が試験の結果がどうだったのかヤキモキしているのはさておき、あっさり一次試験を突破していた文月芽生はその結果を家族には伝えたものの、肝心の安村本人には伝えないまま官庁訪問に来ていた。
「ご無沙汰しております、真中長官。お忙しい時期でしょうがお元気そうで何よりです」
「おや文月君。ちゃんと正門から入ってきてくれたみたいで結構なことだね。その通り忙しい真っ盛りでね。おかげで私もこうして官庁訪問に駆り出されるぐらいなのさ」
丁寧に挨拶をする。同じ日に官庁訪問に来ていた数人の訪問者達はその長官のフランクさと、何故省庁のトップと面識があるんだこの人は、という感じで驚いていた。
そもそも官庁訪問の案内に職場のトップである長官が来ることは絶対と言っていいほど無い。その絶対と言っていいほど無い事態が目の前で繰り広げられていた。
「実は彼女は既に探索者としてある程度活躍していてね、私とも何度か顔合わせをしたことがあったんだよ。かといって試験結果や面接で手を加えるようなことはしないので、他の人たちは安心してくれていい」
真中が驚いている他の一次試験合格者に説明をする。説明を受けた数人は納得したような、それでいてそこまで成果をあげられる探索者がこの若さで存在するのか、とそれぞれ内心は複雑であったが、既に試験の最中でもあるということだと認識すると態度を改め、真中のほうに向きなおる。
「さて、何故官庁訪問にわざわざ長官が出向いて説明をしているのか、と驚いている人も居るだろうから簡単に説明しておくことにするよ。人手が足りないのか? と思ったかもしれないが、実はここだけの話その通りでね。時間を空けておけたのが私ぐらいだったという理由で今ここにいる。それと同時に、自分の部下になるかもしれない人たちの顔を見ておきたかった、というのが一つの理由でもある」
真中はまずそれらしく説明をすると、リラックスさせると同時に既に面接試験は始まっているようなものなのだよ、というプレッシャーを同時に一次試験合格者に向ける。
一次試験合格者からすれば情報収集にちょっと訪ねてみたらトップ自ら案内役を務めてくれるというサプライズに動揺を隠せないのは間違いない。が、この場に居ても一人リラックスをしている者がいる。文月だった。
一人だけ明らかに高いスーツを着て他の一次試験合格者との差が出来ているのも有り、ひときわ目立つ彼女のその柔らかな接触具合に他の者もつられ、また真中の優しい口調もありピリッとした空気が流れておらず和やかな雰囲気での官庁訪問が始まったのである。
◇◆◇◆◇◆◇
「みんな知ってるとは思うが、知らない人はこれを機に覚えておいて欲しい。実はダンジョン庁ってつい最近できた完全に新しい仕組みの官庁なんだ。だからどっちを向いてもダンジョンに関わることはみんなこっちに押し付けてくることが多くてね。人員は常に不足しているし椅子も空き放題だ。君らの実力いかんにもよるが、好きな椅子に座れるチャンスはあるということをまず頭に入れておいて欲しい。その上で自分の能力で何処の部署に向いているのか、どういう仕事が求められているかを覚えていってほしいね」
真中が会議室から皆を連れ出し、自ら各部屋と各部署の案内、そして解説を始める。この間にも真中の机の上には書類が溜まり続けているのだろうが、秘書である多田野がある程度選別と優先順位をつけてくれているだろうから、安心して若い人たちとのコミュニケーションに時間を費やすことが出来る、と真中はかなり気楽な方向で案内を続けている。
一方の一次試験合格者たち側はといえば、せっかくトップ自ら案内をしてくれているのだから一言一句漏らさぬよう聞き取ってスキがあればメモを取り、頭の中に納め、それぞれの部署で何をするのか、というのを覚えて質問や体系的なダンジョン庁の仕組みについて理解するのに必死であった。
何故ならダンジョン庁は歴史が浅い。それこそぽっと出の新しい省庁であるし、先輩が働いているとか先人の知恵が詰まった攻略法なんてものはほとんど存在しない。どのような質問をされるか、どのような議題でディスカッションを行うのか、それらのほぼ全てにおいて彼らの頭の中に今形作られている。
他の省庁に比べて気楽な雰囲気とは言え、今肩に背負わんとしている情報の密度や有益さは莫大な物であった。
「他の官庁との繋ぎで常に出払っている部署がここ。今のところ部署のまとめは副長官に最終的に任せている形になっている。ダンジョンの発生や消失、異変なんかは基本的に各ギルドに対応を任せているのが現状だが、報告は上がってくるのでそれを取りまとめて私に報告書として上げてくれる人を今盛大に募集中だ。報告書が要点を押さえていて読みやすく、必要な判断だけを簡潔にまとめてくれる程度の行政能力があるに越したことは無い。今のところは全員出払っているが、この部署に配属される人がいた場合、まずは各ギルドとの繋ぎとしての顔を求めたいところだね」
それほど広くないオフィスを順番に案内しながら各部署、各部門、それから今求められている人材についてを簡潔にかつ正確に説明できるのは長官自らが案内をしているからだろう。
「ここは他の省庁に無いだろう仕組みとして、市場、主に商社関係との取引になるね。ダンジョンから排出されたドロップ品の納品先との話し合いや値段の確認、それから年に二回行われるダンジョンドロップ品の価格改定の基準を決めるのもここの部署の仕事だ。ちょうど今その改定作業の最終段階でね。みんな死屍累々なのは一目でわかると思う」
そこには死体置き場とも呼んでいいほどの大量の寝袋とエナジードリンク、そして若干虚ろな目で作業をしている職員の姿があった。皆は思った。ここは今戦場だと。
「もう少ししたらここも落ち着くんだ。そうなったらもっと居心地のいい空気のいいオフィスになるんだけどね。時期的にはちょうどもうすぐ価格改定になるので、その最終調整でみんな頑張ってくれてるから割と悲惨な状況になってしまっているんだ。おーいみんなー。部下候補生たちが見に来てくれたぞー」
真中の一言に対して、力なく手を振る人たち。こんにちは、というよりも力なく降参を意味するようなフラフラした手つきがあちこちで上がる。
「ここにも人手は配置しておきたい。そうなれば年に二回の……そうだな、一般企業で言う所の棚卸業務になるかな? 君ら候補生の中で何人かここに入ってくれればそれも後々楽にはなると思うよ」
戦場を出て、空気がきれいになった廊下へとまた先導する。一次試験合格者たちはここに配属されたら地獄を見るな、という気持ちでいっぱいだったが、幾人かはここでやる気を出して成果を挙げればより出世も見込めるんじゃないのかと算段を始めたものも居た。
しばらくすると、空き部屋に何もないデスクだけがある部屋に案内された。掃除は行き届いているが、人の寄り付いているような雰囲気も無い。
「ここは今度新設する予定の部署だ。気が早いが、既に場所と人員数は決めてあって、管理者になるだろう人物についてはメドをつけている、私が今一番期待をしている部署でもある。気の長い話だけどね。来年の四月にはここを始動させてダンジョン庁独自の探索部隊を持つ流れを作ることになっている」
突然のダンジョン庁直轄部隊発言に対し、一次試験合格者たちが一人を除きどよめく。
「質問してもよろしいでしょうか」
一次試験合格者の中から代表して一人、真中に問いかける。
「もちろん、なんでも聞いてくれていいよ。その為の官庁訪問だ。私一人で喋り倒しても構わないが、お互いのために意見を交換することは大事だからね」
「そのダンジョン攻略部隊には強制的に配属される可能性というのはあるのでしょうか。私は現在探索者ではありませんしその予定も無かったのですが」
探索者になってまでダンジョン庁の仕事をやりたくない、という意思がひしひしと伝わってくる。そこの確認は大事だろうな、と文月は考えていた。探索者になるだけならこうして公務員試験を受けて官庁訪問までする必要は無い。最寄りのギルドで探索者の資格を取るための受講手続きをすればそれで済むのだ。
「なるほど、後方支援、つまり事務方担当と考えていたわけかい。もしくはギルド内の職員として働くというところかな」
「えっと……そうです」
「答えとしては、無理やりダンジョンへ向かわせる気はない。希望者が集まらなかったら発足しないだろうから足りない人員については民間からの助力を頼むことになるだろう。ただ、自分はこれから探索者としても活躍していきたい、国の庇護下で出来るだけ安全に探索がしたい、もしくはまだ見たことのない景色を望んでみたい。そういう人材がここに集まってくれればいいなと思っている」
つまり、自主的に国のバックアップを受けながら探索者をする、という道を今ここで作ろうとしているのだな、と文月は思った。
「よろしいでしょうか。ダンジョン庁内にスペースが置かれるということは最寄りのダンジョンは高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンを拠点として活動を始める、という形になるということで良いのでしょうか」
次に質問をした彼は探索者には多少興味があるらしい。どうやら部署に配属された後どこのダンジョンに飛ばされるかの確認をしたいようだ。
「そこは人による。既に探索者として自分のダンジョンを決めているものはそのダンジョンに、もし仲間がいるなら仲間と潜ってくれて構わない、と考えている」
「ならば、わざわざダンジョン庁として人員を集めて部隊を持つ意味とはどのあたりにあるんでしょうか。一般の探索者に声をかけて国の支援を受けてみないか? という形でも成り立つとは思うのですが」
確かにそうだ。文月自身で言えば安村との相棒関係を解消してまで新しく探索者として別のパーティーを作って潜り込むことに重点を置く、なんてことはダンジョン関連にとっても手間と暇の無駄遣いでしかない。
「そうだねえ。例えばだが、ドロップ品の市場在庫としてスライムゼリーが枯渇するような状態になったとしよう。その場合、探索者が優先してスライムゼリーを拾いに行ってくれるかというとそういうわけでもない。ダンジョン庁からギルドを通してクエストの形で買い取り強化中とすることもできるが、限度がある。不足しがちな物資を収入減、最悪自腹を切るのを承知で採取に向かえというのはあまりにも酷な話だろう? そこにダンジョン庁の部隊があれば、部隊をスライムゼリー集めに集中して業務を行ってもらうことで枯渇を防ぐように持っていくこともできる。公共事業の亜種というのがわかりやすいか。今はまだ効果が出るのかどうか検証の段階だが、官専用ダンジョンに潜ってそれらを回収してきてもらう、という話に持っていけると思うのだけれど、そういう方針での部隊設立は制度として甘いかな? 」
真中本人も少し疑問符がつくような形での回答をよこす。たしかに、スライムゼリーがそうなる可能性は限りなく低いとしても他の物品……例えば今最深層で手に入るような耐性指輪のような、一般社会に流通しても効果があるようなものを出来るだけ数多く取ってきて欲しいということになれば話は変わってくる。
例えば安村が一人で潜って回収しているシャドウバタフライの鱗粉や今後素材として流通しそうな資源としてのインゴット等もそれにあたる。長い目で見る必要があるとしても、そういう素材集め専門の部隊が組織されて各地に散らばっていくことは悪い話ではないし、世の中への布教という意味ではかなり大きな意味を持つだろう。
「まだちょっと煮詰めが足りないような気はしますね。ただダンジョン庁として戦力を持つのは、今後防衛省から人手不足や探索者人口の増加による人員充足を理由に人的資源の協力が得られなくなるような未来を考えた場合ですと、今その仕組みについて決断をしておくのはいい流れだとは思います。ただもう一押し何か欲しいところではあると思いますね。せっかく公務員になれたのにやってることは探索者と変わらない、ではやる気をそぐような形になる可能性があります」
文月が発言する。他の一次試験合格者たちもうなずく。
「ただ、国家というちゃんとした後ろ盾がある中でのダンジョン探索者というのは、最悪探索者を辞めるような都合が出来たとしても、他部署に回ることでダンジョン庁の仕事を継続することは出来ますし、経済的な面での安心と安全を担保されていることに価値を見出すことは出来ると思いますのでそれは大事かとも同時に思います」
そのまま自分の思っていることをまくしたてる文月。真中長官もその回答に少し渋い顔をしながらも、きちんと意見を通しに来た文月に一定の信用があり、深層探索者としての視点からみる意見であるというのは解っているようだった。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。