1006:中華屋で夕食を
ダンジョンで潮干狩りを
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ギルドから出るとまだ若干明るさが残る夕暮れ時の最後の一瞬、という所。間もなく暗くなるのは間違いない。そんな中バス停には寄らずに中華屋へ歩き出す。この辺も少し道路が整備されて電灯が増えた。目の前でちょうど点灯をはじめ、今からが夜だと言わんばかりに輝いている。
バス停から歩いて数分、なじみの中華屋は今日も営業中らしい。早速のれんをくぐり、中へ。流石に書き入れ時であるので俺以外にも探索者らしき人たちがテーブルを囲んでそれぞれ食事を楽しんでいる。外より涼しいが中華屋だからか、厨房からの熱気も漂っていて涼しいのか暑いのか判断に困る所だ。
「なんだ兄ちゃん、今日は一人か? いつもの相棒はどうした」
丁度手が空いていたのか、中華屋の爺さんが話しかけに来る。
「今日は相棒は本職の学業だよ。俺も本職の探索者を楽しんで帰ってきたところだ。一人だけどいいかな? 」
「悪いなんてこたあねえ。好きな所座りな。あ、でもテーブル席は団体さんが来るかもしんねえな。やっぱりカウンターで頼むわ」
カウンター席に座り込むとメニューを確認。さて、今日は何を頼もうかな……と。すると、時期物としてカニの項目があることに気が付いた。
「爺さん、時期物のカニってなんだい」
「そいつはカニの美味い時期だけやってるメニューだ。季節で使うカニも違ってくるが……そういえば兄ちゃん前にカニも扱ってたな。アレもダンジョンの品物だろ? 今は持ち合わせあるか? 」
在庫は常にあるので今日はカニを取りに行っていた、ということにしておくか。
「丁度今日カニ漁をしてたところだけど、いくつ欲しい? 」
「そうだな……二つもあればしばらくは困らねえかな。パッケージ開けないまま置いときゃ問題ないんだろ? 」
「そういうことになる。二つなら手持ちがあるから渡すよ」
「悪いな、代金はいくらだ」
「本来なら一パック一万五千円するんだが、今度の価格改定で値下がりしそうだからな。それに卸先が決まってるわけじゃないし、自分で使うにもちょっと苦労するだろうから何か美味しそうな食べ方を今度までに考えてくれてたまに食わせてくれるってことなら、二万でいいよ」
いくら剥き身でたっぷりと詰まってるとはいえ、この爺さんの店の仕入れでは一万五千円を二つ、しかもいつ使うか解らないとなれば不良在庫を抱え込んでしまわせることにもなってしまう。
「わかった、二万だな。紙書くからちょっと待っててくれ」
流石に二万の仕入れには受領書が必要になるらしい。これも税理士さんに渡してちゃんと収入として計上しなきゃいけないレシートになるんだろうな。
しばらくして、受け取った書類の中には小西の文字。小西か、この辺に多い名字なんだろうか?
「もしかして、爺さんの名字小西だったりするのか? 」
「そうだぞ、あまり公に言っちゃうとここでは評判悪くなりそうだからあんまり言わないんだけどな。気にせずいつも通り爺さんで通してくれや」
「ということは、この辺の地主の小西ってもしかして」
「一応親戚筋にあたる。古くからここにいるからそんなに気にしちゃあいねえんだがやっぱりどうしても、な。くるお客さんもあんまりいい顔しそうにないし、黙っといてくれ」
バツが悪そうに頭を掻きながら爺さんが答える。複雑な事情が色々あるんだな。もしも小西ダンジョンが小西ダンジョンではなくこの場所の地名が使われ、この辺一帯の土地がダンジョンに接収されていたらまた話は変わったのかもしれないが、とりあえず今の話は無かったことにしようと思う。
こっちも領収書を手書きで用意すると、二万円として名前とハンコを押して爺さんに渡す。これで税務処理上多分問題ない取引にはなったと思う。
「さて、飯の話をするか。食べたことないメニューを挑戦しようと思ってる。だから今日はカニは無しだ。なんかお薦めある? 」
「お薦めか、そうだな……ザーサイが賞味期限が切れそうだから協力してくれると嬉しいな。後は今日朝絞めの鶏のいいのが入ってるぞ」
鶏か……唐揚げ! と行きたいところだが唐揚げは散々食わせてもらっている。メニューの鶏肉欄を横目にすると、油淋鶏の文字。よし、これだな。後はチャーハンだが……
「今日はこの後人に会う予定もないし、ガーリックチャーハンいっちゃうかな。油淋鶏とガーリックチャーハン、それと在庫処分に付き合ってザーサイで」
「わかった。しばし水でも汲んで待っててくれ。ザーサイはすぐ出すからよ」
自分で水を汲んで元の席に座り、ちびりと水を飲む。やはり水の美味しさではギルドのほうが勝るな。ギルドの施設の福利厚生の一環でもあるし、企業付き合いとかそういうのもあるのだろう。比べてこっちは多分冷やしただけの水道水。店によっては気を利かせて麦茶だったりするのかもしれないが、町中華に多くを求めるのは筋違いだろう。
少しだけ待つと、ザーサイが丸ごと一個をスライスした形で運ばれてきた。ちょっと予想より多いな。この半分ぐらいを思い浮かべていた。
「ちょうどそろそろ危ないと思ってたのが一個あってな。おかげで助かったぜ。それを喰ってる間に他を用意するからな」
早速ザーサイを一齧り。程よい塩味と辛味。ピリッとまではしておらず、白米にちょうど合うといった感じだ。これはチャーハンが来る時まで大事に残しつつ、胃袋をフル回転させる燃料として大事に使っていこう。だが、量のおかげでそこそこ腹に溜まりそうだ。二、三切れ食べたところで、胃袋にこれからお前にはしっかり働いてもらうからなとの指令を送る。
数分間ザーサイをちびりちびりとやっている間に爺さんは厨房で料理との格闘を演じている。結果は楽しみだ。油淋鶏の甘酸っぱいたれの味と長ネギの食感を楽しみにすると、口の中から更に唾液があふれ出てくるのを感じる。まだかな。
またしばらく待って、油淋鶏とガーリックチャーハンが同時に届いた。どっちも美味そうである。特に香りだ。ガーリックのそれだけで食欲を刺激するものと、油淋鶏の甘酢たれが同時に鼻腔をくすぐり、口の中の唾液がさらに大変なことになっている。これは早く食さなければ俺は唾液で溺れてしまうだろう。
早速、口の中を収めるためにガーリックチャーハンから一口。かなりの量のガーリックが使ってあるのか、あっという間に口の中がニンニクになってしまった。他の具材はどうでもいい、ニンニクを追求したガーリックチャーハンという感じがする。口の中の唾液はそれを味わうために大忙し、そして胃袋のほうも早く消化させろと脈動を始める。
落ち着け、まだ料理は始まったばかりだ。しっかりと口の中でかみ砕き、唾液と混ぜ合わせると米の一粒一粒まで丁寧に歯ですりおろし、ペースト状になるまで頑張った後に飲み込み、第一陣を胃袋へ誘導する。
口の中にきちんと食物が入ったため一旦落ち着きを取り戻した唾液の分泌は、次に控える油淋鶏の香りに誘われている。ここは交互に行くべきだろう。油淋鶏を一切れ、しっかりたれと長ネギを乗せたまま口へ運ぶ。
ううん、この酸味がいいね。咽るほど濃くない酢の香りがちょうどいい。そして長ネギのシャキシャキ感が歯触りを楽しませる。ほのかに香る生姜もアクセントになっていて非常にいい。
鶏肉も柔らかく、それでいてしっかり揚げられていて、たれのかかってなかった部分はサクサクとしていてこれもまた違う食感を味わえる。たれのあるところも無いところも同時に楽しめるのがまたいいところ。
唐揚げとはまた違った揚げられかたをしているようなので食感は唐揚げとはまた違う。だが、それがいい。これでまた二品、店のメニューを制覇することになった。後は今日お出しされた分をきっちり食い切ってしまうことが今日の夕食に課せられた使命だ。
油淋鶏とチャーハンを交互に食べつつ、ザーサイを要所に挟んでそれぞれの味の違いと舌の喜ぶ場所を選んで楽しむ。今日は楽しい夕食だなあ。
食べ始めるとあっという間に食べつくしてしまった。今日も満足である。最後に水を一杯飲み、今日のこの楽しい宴の終わりを体に覚えさせ、ここまでで終わりだということを告げる。胃袋も十分満たされた、食いすぎたということは無い。
「ご馳走様。今日も美味かった」
「毎度、また近いうちに来てくれよ。何なら毎日でも良いぜ」
「毎日来ると太りそうだしな。ほどほどにしておくよ。じゃあまた」
料金を払い外へ出る。もう完全に暗くなってしまったな。そして蒸し暑さの残る外へでると、やはり店の中のほうが涼しかったなと感じなおす。飯も食って体温がほのかに温まっているので余計に暑く感じる。まあ美味しかったから良いか。
バス停にまできて時間を確認、バスがすぐ来ることがわかった。タイミングはバッチリだ。バスが来るまでの間蒸し暑い中待つことになるが、ギルドへ戻って中で涼んでまた暑い外へ……というのを繰り返すのもためらわれる。大人しくここで待つことにしよう。
やがてバスが来る時間帯になると、ギルドから数人の探索者、そして中華屋のほうからもバスを利用するであろう客が並び始める。涼しい所で待ってるなら中華屋でも良かったってことか。
間が悪いのか良かったのか。まあバスの時間に近かったことだけは間違いないのでそう悪い結果では無かったと思っておこう。
やがてバスが来て乗り込み、いつもの指定席に座る。今日もしっかり稼いでちゃんとお金を使った。これからも適度にお金は使っていこう。もう、どうせ使い切るにはよほどのことが無いと難しいと諦めがついてきたところだ。
ここで高級車を乗り回して颯爽と探索者稼業を始めるならまた別の話になるが、そういう予定は今のところ無い。出来る範囲で出来るだけの金を使い、出来るだけ稼ぎなおす。それでどれだけの社会的経済循環を支えることが出来るかは解らないが、少なくとも金に限らずドロップ品のほうは社会循環を行ってくれるものではあるので、稼いだ分の金回りは良くなってくれるものだと信じることにする。
電車に乗り換え最寄り駅。いつも通りコンビニによって新しいお菓子が無いかチェック。何となくミルコが好きそうなものを探す癖がついてしまった。彼に還流するわけではないが、出来るだけ誼は通じているに越したことは無い。そういえば貸しの一回、何に使おうかな。
今のところ困っていることもないし、この調子だと六十三層はチームTWYSが先に到着するかもしれない。六十一層にはまだ一歩たりとも踏み込んではいないし情報も集めていないので、どんなマップが繰り広げられるかも未知の領域だ。
今後に期待だな。芽生さんと次に潜る日取りは後で確認しよう。一応就活中の御身分なのだ。そういえば公務員試験の結果もまだ聞いていないし、そんな中で次ダンジョンいつ潜ろうね、なんて話をしだしたら彼女のやる気や方向性を見失わせることになるかもしれない。
向こうから連絡が来るのを待つ時期だろう。試験に合格していたとして、次は各省庁での試験があるはずなので今度はそっちにも注力してもらいたいところ。
ミルコ用のおやつ含めて色々かごに入れ、ついでに夜食代わりのホットスナックを買って帰宅。いつも通りスーツの手入れと洗い物、それと食べ残ったカレーとご飯をラップで包んで冷蔵庫。明日の朝は久しぶりにカレーということになりそうだ。寝ぼけていつも通り朝食作って二食分食べる羽目にならないよう、キッチンにメモを残しておこう。
さて、暇な時間になったので調べ物をしよう。国家公務員と言ってもランクや種類が色々あるんだったな。時間もあるし、この際に調べてみよう。芽生さんが向かっている方向は国家公務員の中でもどういう種別に当たるのか。少なくとも総合職と言われる一番難関の種別ではないというのはわかる。というかそれぐらいしか知らない。
エリート国家公務員なんてものには縁のない生活を送ってきた俺である。知らなくても飯は食えるし給料はもらえるし腹も減るのだ。自分の付き合っている人がどういう立場でどういう方向へ進んでいくのか、俺も知っておく必要があるな。
最悪、本当に大学卒業してパーティ解散、芽生さんは一人、いや他の同僚も含めて遠いダンジョンでしばらく研修なんてこともあり得る。その辺の便宜をどう図ってもらえるかが真中長官の胸三寸で決まるということは間違いない。
もしかしたら特別専門職として小西ダンジョンに配属され、公的な任務ではないものの探索者の探索補助みたいな形で俺の手元に帰ってきてくれるのかもしれない。その辺はどうなるのか。何処まで考えてくれているのか。
早速「公務員試験 省庁別」という検索ワードから調べ物をスタートする。さて、どんな情報が出てくることやら……
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。