1003:人付き合いは大事にしよう
ダンジョンで潮干狩りを
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今日もアラームで目が覚める。すぐ隣からはほのかに熱さを帯びる朝。昨日は一日結衣さんと遊びまわって結衣さんの手料理を食べて、お返しに夕飯をこちらで作り、そして一晩泊まっていった。丸一日デートという感じだ。
詳細は……まあ、俺もまだ若いということでもある、あっちのほうもこっちのほうもまだまだ元気でいることは確からしいことを確認できたのでヨシ。
隣の結衣さんもアラームで目が覚めたらしく、むくりと起きた後目線が合って、短めの口づけを交わす。
「……おはよう」
「おはよう。起きるにはまだ早かったか? 」
少しだけ眠さの残るような顔であいさつを交わしてきた。俺はしっかりダーククロウスノーオウル枕の香りを存分に楽しんで寝たが、俺の腕を枕にしていた結衣さんには効果が無かったのかもしれない。
「ううん、多分顔洗ったら目が覚めると思うわ。ちょっと行ってくるわね」
そういって半裸のまま洗面所に向かっていった。ついでに自室扱いしている家の中の一部屋で身支度して帰ってくるんだろう。
少し時間をおいてからこっちもシャワーを浴びにいき、最後に冷水をピシャリ。ヒヤッとした感触がこの暑い夏を乗り切るにはちょうどいい策になっている。さぁ今日を張り切って生きるぞ。
シャワーを浴びた後で朝食作り。いつもの、おなじみのメニューだ。結衣さんが居るからと言って特に代わり映えのしない、刻んだキャベツと目玉焼きとトースト二枚だけのおなじみのメニューだ。
ダンジョンでも家でも変わらずこのメニュー。だが、このメニューこそ俺のダンジョン生活を朝から支えてきた料理であり、手軽に作れてお腹にもそこそこ溜まるしお通じも良い俺の身体にあった大事なメニューだ。これだけは少なくとも探索者のお仕事を終えるその日か、人生で大事な転機が訪れるその時まで毎日続くのだろう。
ただし、トーストするパンは一般的な量産食パンに比べたら高級なものを使用しているし、卵も六個何百円とする卵だし、キャベツは……キャベツはさすがに普通の奴か。でも今度タイミングや機会があれば雪キャベツとかいう、冬季限定のキャベツというものを味わってみたい。
財布に余裕はあるので時期物ではあるものの、そういう希少素材の一般食というのを楽しんでみるのもいいだろう。どんな美味しさなんだろう。甘いのかな、それとも食感が違うのかな、また冬が来るのが楽しみだ。
結衣さんが着替えて戻ってきたので二人分朝食を並べていただきますする。
「今日は何する予定なの? 」
「そうだなあ。羽根の納品はまだ在庫が無いから行かないとして、あとできる事と言えばダンジョンに潜るぐらいかな。スノーオウルの羽根も在庫はあるので一日かけて集める必要もないし……あえて予定という予定は無いな」
「そう。私はちょっと私用があるから今日は大人しく帰るわね」
結衣さんは予定があるらしい。多分パーティー用の食料やらなんやらを買いに行ったり消耗品を補充したりするのだろう。どうせなら昨日ついでに言ってくれれば付き合ったんだが、私用というからには俺にもあまり言うべきでは無いようなもの、乙女の秘密という奴があるのかもしれないな。口に出すのはやめておこう。
「昨日一日しっかり遊んで休んで運動して、気力も満たされた事だし今日もダンジョンで一頑張りするかな」
「本当にダンジョン好きねえ。何のために潜ってるのか時々解らなくなることがあるけど」
結衣さんがトーストを丁寧にちぎっては口に運びながら尋ねてくる。
「もうすぐちゃんとした職業として認められるようになるんだろ? 今は精々山師ってところだろうけど、きちんと職業として認識されるならそれなりの仕事をしててちゃんと収入を得てるって証明を自分の身を証として立てたいところもある。もう仕事しなくてもいいぐらいの稼ぎは得ちゃっているけど、そこでやめたら宝くじ当ててるのと大差ないと思われないように、っていうのもあるかな」
「ちゃんと考えてるんだ。偉いねえ」
結衣さんが頭をなでようとしてくるので手をさっと避ける。手を避けられたことで少しむくれるような表情を見せたが、すぐに元に戻り食事の続きを始める。
「他の素材はともかく、布団の材料の仕入れに関しては俺に結構な負荷がかかってるのは間違いないので頑張っておかないといけないなと思ってる。ほとんど趣味の域だが楽しんで素材取りに向かえる間は続けようと思ってる。もし飽きるか、俺が普段羽根取りしてる時間まで他の探索者が集めるようになってきたなら、その時こそ布団屋へ行く機会は……あぁ、でもスノーオウルの羽根があるか。うん、よし。まだまだしばらく布団屋との縁は切れそうにないな」
「そういう社会とのつながりみたいなの、私も作ったほうがいいのかしら。探索者やってると人付き合いが薄くなるからなんか社会から浮いてる気がしないでもないのよね」
どうやら真剣に悩み始めたらしい。確かに現状を考えるとつるむのは自分達二人と後はチームTWYS、そしてまさかの時の田中君ぐらいだろうからな。
「んー、二十年社会人やってた経験の範囲で言えば、仕事と家の往復だけしてるようなら大体似たようなもんだと思うぞ。たとえば家族ぐるみで付き合いのある古くからの友人がいるとか、そういうのが居るならまだましな方で友達もいないとなると仕事の話しかしない相手ばっかりになるから……なんだろう、このトースト少ししょっぱいな、視界も少しゆがんできた気がする」
「ま、まあ人それぞれよね。必要不必要で分けるわけじゃないけど、とりあえず今の仕事を続けていくならたまには清州に戻って古い仲間と再会するのも悪くないかも、と思っただけだから」
そういえば結衣さん達には清州ダンジョンに籠ってた時代のダンジョン仲間がたくさん居るんだな。俺よりも顔が広いとなればそう心配するようなことも無いんだろう。
話題を変えようと、リビングのテレビを点ける。すると、ダンジョンの話題がちょうど出て来た。ダンジョンマスターの情報の公開について、ダンジョン庁はBランク探索者とB+ランク探索者の差について、ダンジョンマスターの存在と面識が条件でランクの扱いを変えていた事を正式に認める発言をしたという内容だった。
「あー、ちゃんとそこ言っちゃうのか。だとすると、次の流れはB+ランクにこれからなる方法について議論だろうな」
「Bランク探索者も増えて三十層までじゃとてもじゃないけど探索場所が限られてるから? 」
「それもあるだろうし、B+ランクになれないならスノーオウルの羽根やワイバーン素材の供給元が少ないままになっちゃうからな。探索者素材の市場としては仕入れ先が多くなることは大歓迎だろうし、たくさん供給されれば値下がりもするけど装備品やそれ以外の品物について研究が進んでいくだろうしそろそろ俺も装備変えたいお年頃なので、素材が無くて作れません、では自分で調達してきて作ってもらうことになる。出来ればそこは手間がかからないようにキャッシュで気軽に買い物して帰ってくればいいようにしたいんだよね」
食後のコーヒーを淹れて飲みながら話は続く。
「ダンジョンの数がおよそ百。十五層と三十層でうまい事別のパーティーが討伐に成功したとしても二百。探索者人口はそこまで少なくないだろうし、遠方からはるばる探索者ランクを上げるためだけにダンジョンマスターに会いに行くのも手間だろうし、都市部で生活してる、たとえば清州ダンジョン専属の探索者なんかは永久に昇級の望みが断たれることになるからな。それは探索者のやる気をそぐことになるだろうし、そうなることはだれも望まない。なら、新しいランクを作るか? ってなると永遠に鼬ごっこになるだけだしそうなるぐらいならB+の門戸を正式に開いちゃってもいいと思うんだよね」
「ダンジョンマスターについて隠しておく理由がなくなるだけでそれだけ便利になるならみんなB+ランクになりたいわよね。私も安村さんからエレベーターの件でダンジョンマスターに知己を得る機会が無ければ未だに三十層を延々歩き回ってた可能性は大きいわけだし」
やっぱ豆のほうが私は好きかな、とコーヒーは豆から派閥に俺を誘うつぶやきを残しつつ、相槌を打ってくれている。
「とすると、今度は条件かな。せっかく三十層に解りやすい戦力計測用のモンスターがあることだし、連携して倒せるかどうかでパーティーの社会性なんかも測れることになる。掲示板でも話題になってたけど、あれを倒して一定金額のギルド税を納めていればB+ランクに昇級、って流れが自然かなと」
「やっぱり早めにB+ランクになっておいてよかったわ。小西ダンジョンでエルダートレント倒せるかどうかと聞かれたら私たちのパーティーではちょっと難しいかもしれない。総合力はあると思うんだけど、決定的な高火力みたいなものが欠けてるのよね。それこそ安村さんの保管庫の射出みたいなやつが」
コーヒーにミルクを混ぜ込んだ後、ピーンとスプーンを弾いて音だけを出し、射出の真似事をする。
「あれは基本的に封印してるからな。どうしようもないときだけ使うようにしてる。それでも六十層のボスでは効果がほとんど無かったわけだが」
「あ、その話は……どうしようかな、聞いて覚悟を決めておいたほうがいいのか、聞かずに自力で挑んで倒せるようになりたいのか悩む所だわ」
「そういえば四十五層のボスは挑んだの? 」
「挑んで無事倒せたわよ。村田さんの爆破がいい感じに核を削り取って行ってくれたおかげで。……あぁ、そうか。その手で倒すというのなら今からでもエルダートレントに挑むだけの実力はあるわけね」
そういえば、という顔で結衣さんが気づく。しっかりとした火力はご用意されているのだ。試しに潜ってみるのも確かに有りかもしれないな。
「どのぐらいの爆破規模か解らないけど、爆破できっちりエルダートレントを折り切れるなら十分勝機はあるんじゃないかな。しかし、三十層のほうがある意味四十五層よりも挑みにくいというのも不思議な感じだ」
「今後の予定に組み込んでみることにするわ。何かコツとか無い? 」
「そうだな……木こりになった気持ちでどんどん木の幹の同じ場所に向けてダメージを与え続けて、上下にぶった切るのが一番早いかな。少なくとも動いて攻撃してくる木材を伐採するイメージでやれば一人でも倒せたし何とかなると思うよ」
「……そういえばスレッドで話題になってたわね。また無茶なことをしでかしてこの人は」
結衣さんからブーイングが飛ぶ。無茶だと思ったらやらないから大丈夫なのに。これでも自信がないことはやらないようにしているのだ。自分の実力の最大値を出さなくてもいいように安全率を設定しての探索を心がけている。
「無茶と言えば、六十一層に行くのはいつになるだろうね。もしかしたらしばらく五十七層あたりに滞留する可能性が出てきたからしばらく先に進めないかもしれない」
「素材的な理由? それとも金銭的な理由? 」
「両方かな。価格改定が来たら今保管庫に溜まってるかなりの量の在庫を吐き出させることになるし、それの分け前を芽生さんに渡さなくちゃいけないから色々とまぁ、やることはあるのよ」
「今年中に追いつくのが目標だったんだけど、なかなか厳しそうね。とりあえず目の前の問題である五十二層から五十五層を抜ける算段をしないと。また【毒耐性】でたらこっちに回してくれる? 」
結衣さんは出来れば全員分の【毒耐性】を揃えたいらしい。
「そっちでもスキルオーブのオファーかけておいてね。少なくとも五十一層で一個出たって事は間違いないわけだし、三か月後ぐらいに毒耐性が揃ったところで突破して、その先で戦闘がきつくて詰まりだす、って可能性もあるわけだし」
「解ってるわ……ご馳走様、洗い物よろしく。私はさっき言った通り私用があるので帰るわね」
「おう、お粗末様。俺もダンジョンへ行く準備するかな。さて昼食は何にしようかな……と」
結衣さんを玄関先まで送り出し、見送った後でキッチンに戻り、今日の昼食の準備を始める。今日の昼食リストに出てきたものはカレー。今日は手軽にウルフ肉の切り落としを作って薄めの肉を楽しむことにしよう。
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