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五話。

「そうか……あぁ――」


 ()は本当に良い友人に恵まれたんだなと、俺は(淳一郎)二人の真直ぐな視線に宛てられて安堵の声を洩らしてしまう。


 今の話、それなりに重い話をしていると自覚していた。折角の旅先でするべき話でないとも。実際、話を聞いている二人からは聞き苦しくて辛いといった心情が表情となって伝わってくる。――でも、それでも二人は知りたいという。

 なら話そう。続きを話そう――。例えそれで俺達兄妹の見方を改めてしまったとしても、この二人ならあの男(父親)の呪縛を真の意味で解き放ってくれると思うから。


 あの男から受け継いでしまった呪縛を自覚して、ただ逃げ出してしまっただけの臆病者(俺達兄妹)に代わって――。


「どうして俺と麻紗緋が梨を過剰に大事にしているか? その回答を先に言おう。――梨の心臓と肺を返す気にはなれないからなんだ」


 二人は「え?」と首を揃えて傾げる。


「さっき俺達の心臓と肺は常に機能不全の危険性を抱えていて危かったって話したろ? 今は新しい薬のおかげで大分安定しているけど、それでも俺達にとっては十分脅威なんだ」


 再度、梨の心臓が鼓動する胸元に手を置いて話を続ける。


「子供の頃は心臓なんて壊れても良いから全力で遊びたかった。習い事もしたかった。勉強だって知識欲の赴くままにしたかった。


 胸元に微かな圧迫感を感じながら話を続ける。


「でも年齢を重ねるにつれて死ぬのが怖くて……堪らなくなってっ! 毎日毎日歯痒い思いをしながら怯えてた。生きたいのに明日を迎えられる事すら分からない。自分の人生、悔いが残らない様に全力で生きたいのに、ただ死なない様に生きているだけで精一杯だった」


 続ける。胸元を撫でた後に。


「だからなんて事のない手術が失敗して、死のリスクが極限に高まったと聞かされた時は本当に怖かった。手術を受けてからの数か月は本当に地獄だった。――だからこそ移植手術が受けられる。ドナーが見つかったと聞いた時は嬉しかった――本当に、嬉しかった……! 麻紗緋の前でドナーが見つかったと言ってくれた四季先生に泣きつく位に」


 続ける。ただ――淡々と続ける。


「そして新しい心臓を受け取った事で俺の世界は一変した。死への恐怖が消えて自分の人生を思い通りに全力で……生きられるようになったから。――だから……だからっ――」


 震えてしまった声を必死に抑えながら続ける。続けて――情けない最後の言葉を言う。


「返せない。もう……返せないんだ……ッ。だから俺達は俺達のせいでああなってしまった梨を普通の兄弟以上に大切にしている。せめてもの贖罪のつもりで……」


 もうあの恐怖に取り付かれたくない。怯えて今日を眠りたくないっ――死にたくないッ!!


「――……幻滅してくれて構わない。自分の為に弟を犠牲にした人でなしと罵って貰って構わない。罪の意識から逃げる為にただ自己満足に尽くしているだけの臆病者と罵倒して貰って……構わない」


 誰にも……言葉にしなくとも伝わる麻紗緋以外、誰にも伝えていなかった情けない部分を吐露する。

 

「言いませんよ。罵りなんてしません。幻滅だってしません。話してくれてありがとうございました」


「! そうか」


 俺はそう一言だけ――棗の言葉にただの一言で済ませた。



 数時間後、皆が寝静まった夜中の広縁にて。


「へェ」


 と、サウナでの出来事を麻紗緋にも話す。すると麻紗緋は俺と同じようにただの一言だけで済ませるのだった――。

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